学位論文要旨



No 126017
著者(漢字) 岩田,くみ子
著者(英字)
著者(カナ) イワタ,クミコ
標題(和) 成長因子と生体材料の相互作用を活用した軟骨細胞無血清培地の研究
標題(洋)
報告番号 126017
報告番号 甲26017
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3496号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 特任准教授 緒方,直史
 東京大学 准教授 森,良之
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
内容要旨 要旨を表示する

現在、様々な臓器に対し、再生医療の研究が進んでいる。その中でも、軟骨再生医療は比較的臨床応用が進んでいる。従来、細胞培養液中で使用される増殖因子として、牛胎仔血清(FBS)が使用されてきたが、FBSに含まれる交差感染や免疫原性のリスクを回避するため、近年、患者自身から採血する自己血清を用いるようになってきている。しかし、これらの方法では、血清採取の限界から、培養できる枚数や日数が限られ、再生できる軟骨組織の体積が限られる。軟骨再生医療の発展に伴い、今後、再生軟骨のサイズは増大する傾向にある。そのためには必要細胞数が顕著に増加するため、現在軟骨再生医療で行われている細胞増殖培養に比べ、さらに、確実で安全、かつ迅速な培養法を確立する必要がある。このような背景から、近年、細胞増殖培養に関しては、血清の使用濃度を減少させ、最終的には無血清培地を確立するため、添加生理活性物質の研究が進められてきた。

著者が所属している講座および研究室では、5%自己血清に添加する因子の組み合わせとして、FGF-2、insulin、IGF-I、BMP-2、PTHなどの12種類の薬剤を統計学的に検討し、FGF-2(100 ng/mL)とinsulin(5 μg/mL)の組み合わせが顕著に軟骨細胞の増殖を促進することを明らかにした。このように、自己血清を5%まで低下させて、比較的良好な増殖を得ることが出来ることがわかったが、自己血清は、その活性や細胞培養特性に、製品間・ロット間での差が大きく、規格化や品質保証の点で大きな課題となっている。また、高齢患者から自己血清を採取する場合、増殖促進が少ない可能性なども懸念される。現在の再生医療は、20歳代から40歳代といった比較的年齢層の若い患者への応用であり、高齢者への適応拡大は十分には進んでいないが、さらに軟骨再生医療の適応範囲を広げ、高齢者への適応を頻回にしてゆくためには、自己血清に頼らない、安定した増殖促進を実現する増殖培地が必要になると思われた。

そのため、多くの研究者がヒト軟骨細胞に対する無血清培地の研究を進め、現在1週間で2-3倍程度の増殖を得ることができる。しかし、著者は、軟骨再生医療の発展と普及には、軟骨細胞増殖培養用の無血清培地の開発が不可欠と考え、現在1週間で2-3倍程度の増殖にとどまる無血清培地の増殖効果を7倍程度までに増加させることを目標として、添加する成長因子、培養ディッシュのコート、細胞の播種環境、添加する有機成分・生体材料などの検討を行った。本研究の目的は、軟骨細胞増殖培地への添加因子として、成長因子、有機成分、生体材料などを詳細に検討して、臨床応用のニーズにかなう十分な増殖効果を示す軟骨細胞無血清培地システムを構築することである。

自己血清に含まれる成長因子を文献的に検索し、相当する成長因子量を添加した。全血を凝血させる方法で製造した血清には主要なものとして、おおよそ、200 pg/mL EGF、12.5 ng/mL PDGF、400 pg/mL VEGF、100 pg/mL TGFβが含まれていることが報告されている。 第一に、著者はこれらの成長因子を培地中に添加して、血清の代替として細胞増殖を促進することを試みた。FGF-2(100 ng/mL)、insulin (5 μg/mL)、EGF (10 pg/mL)、PDGF (625 pg/mL)、TGFβ (5 pg/mL)を添加した培養液(FIC')が、無血清下で効率的な増殖を示すことがわかった。次いで、培養ディッシュのコート条件に関して検討した。著者らはこれまで、細胞・基質(素材)間相互作用を促進する培養ディッシュのコートタンパクとしてI型コラーゲン(COL)を用いてきたが、それに加えて、血清タンパクとして豊富に含まれるフィブロネクチン、ビトロネクチン、基底膜の主成分であるラミニンについて増殖効果を検討し、さらに、接着や増殖を効率的に実現する播種細胞密度についても、同様に検索した。その結果FIC'培養では、LNやコートなし(Non)にくらべてFN、VNでは増殖が見られたものの、COLと有意な差はなかったまた、13000 cells/cm2にて播種した場合に1週で7倍 、3週で10倍程度まで増殖し、最も効率のよい増殖を示した

さらに、成長因子以外の血清に含まれる脂質あるいはタンパクなどの有機成分を検討した。TF添加においては250 μg/mLで細胞数の著しい低下が見られた以外には著変はなかった(Fig 5 A)。LAにおいても、添加による有意な細胞増殖促進は認められなかった。最後に、血清や細胞外基質に含まれるタンパク、糖で、成長因子を安定化あるいは活性化させる役割を有する各種生体材料(ヒアルロン酸(HA)、アルブミン(ALB)、へパリン(Hepa)、コラーゲン(COL))の併用を検討した。その結果、ALB0.4mg/mL、HA0.5 g/mLの組み合わせを添加したFIC'では、14倍増殖を示し、FIC'のみの増殖に対して有意に高い増殖を示した。これらの生体材料との相互作用を利用して必要な成長因子の実効的な活性維持と半減期を延長することを試みた。

さらにALBならびにHA添加による細胞増殖促進は、増殖因子とHA等の生体材料の相互作用による増殖因子の安定化によるものと仮説し、増殖因子と生体材料の相互作用を促進するため、増殖因子と生体材料の混和方法を検討した。増殖因子と生体材料と直接混和せず、十分に相互作用をさせない方法(II)においては、ほとんど増殖効果が見られなかったのに対し、細胞、増殖因子と生体材料と直接混和し相互作用をさせてから培養ディッシュに播種する混和方法(III)ではFIC'に比べ有意に増殖が促進されており、10日間で25倍程度の増殖を得ることができた。

さらに、無血清培地の継代培養における効果を検証するため、初代のヒト耳介軟骨細胞(P0)を13000 cells/cm2にて播種し、HFI、FIC'、III、Ctの各種培養液で継代を繰り返した。継代を1週間ごとに行い、増殖曲線を作成したところ、HFIでは3週間で1000倍増を超え、混和法方法(III)でも1000倍近くまで増殖した。

またこの作用の分子機序を検討するため、ヒト軟骨細胞存在下または非存在下での、II、III群培地に含有されるFGF-2及びinsulin濃度を、ELISAを用いて経時的(0-7日)に測定した。III群培地においては細胞の有無にかかわらずFGF-2、insulin いずれもほとんど減少は見られなかった。それに対し、II群培地ではFGF-2、insulinいずれの濃度も、培養1日経過後から、急激に減少し、1/200程度になった

さらに、FGF-2などの成長因子の下流に存在し、細胞増殖シグナルの指標として知られているERKの活性化をwestern blottingを用いて測定した。FGF-2との相互作用が知られているHA 0.5 g/L[27]、 及びFGF-2 100 ng/mL添加後5、10分のERKリン酸化発現量の変動を評価した。HA添加によりFGF-2の増殖シグナルが増強することが示唆された。

今回の研究では、成長因子FGF-2(100 ng/mL)、insulin (5 μg/mL)、EGF (10 pg/mL)、PDGF (625 pg/mL)、TGF-β(5 pg/mL)を、HAおよびALBと十分に相互作用させ培地に添加することにより、10日間で約25倍程度の軟骨細胞増殖を得ることができた。これまでの無血清培地は7日間で2-3倍程度である。HAおよびALBといった担体を導入し、また、成長因子が高濃度のうちに十分に混和し、相互作用させることにより、成長因子を安定化させ、かつ効果を増強し、細胞増殖を効率的に促進することができた。幸いこれらの生体材料は、上市薬剤として既に臨床導入されている。再生医療の臨床応用で要請されることは、その一つに安全性があげられる。培地添加因子として、これらの生体材料を利用することは、安全性を確保する上で有利な選択といえる。

近年、様々な再生医療の研究が急速に進められおり、臨床現場における再生医療への期待は高まっている。特に、高齢化社会の進展に伴い、組織修復の困難な軟骨疾患への需要はますます高まってゆくことが予想される。このような状況の中、再生医療の解決すべき問題点のひとつとして、十分数の細胞を確実にかつ効率よく確保することがあげられる。培養液への自己血清の添加はこれまで、大きな増殖促進効果をもたらし、現実的な手段として必要不可欠であった。しかし、感染のリスク、作業工程の頻雑さ、ロット間のばらつきなどが回避しがたい。自己血清による細胞増殖の促進は非常に効率がよく、完全な非存在下の培養は困難であるとされてきたが、本研究では、成長因子と生体材料の相互作用の活用により、血清に匹敵する増殖効果をもたらす無血清培地の開発に成功した。今後、本無血清培地にような、品質や効果が安定している培養液が多数開発されれば、大量の軟骨細胞を確実に入手できるようになり、再生医療の安全性や品質を高めることが可能となる。今後、本研究のような無血清培地の開発はますます重要になってくると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は成長因子と生体材料の相互作用の活用により、血清に匹敵する増殖効果をもたらす無血清培地の開発に成功し、下記の結果を得ている。

1. 自己血清に含まれる成長因子を文献的に検索し、相当する成長因子量を添加した。全血を凝血させる方法で製造した血清には主要なものとして、おおよそ、200 pg/mL EGF、12.5 ng/mL PDGF、400 pg/mL VEGF、100 pg/mL TGFβが含まれていることが報告されている。 第一に、著者はこれらの成長因子を培地中に添加して、血清の代替として細胞増殖を促進することを試みた。FGF-2(100 ng/mL)、insulin (5 μg/mL)、EGF (10 pg/mL)、PDGF (625 pg/mL)、TGFβ (5 pg/mL)を添加した培養液(FIC')が、無血清下で効率的な増殖を示すことがわかった。

2. 次いで、培養ディッシュのコート条件に関して検討した。著者らはこれまで、細胞・基質(素材)間相互作用を促進する培養ディッシュのコートタンパクとしてI型コラーゲン(COL)を用いてきたが、それに加えて、血清タンパクとして豊富に含まれるフィブロネクチン(FN)、ビトロネクチン(VN)、基底膜の主成分であるラミニン(LN)について増殖効果を検討し、さらに、接着や増殖を効率的に実現する播種細胞密度についても、同様に検索した。その結果FIC'培養では、LNやコートなしにくらべてCOL 、FN、VNでは増殖が見られた。また、13000 cells/cm2にて播種した場合に1週で7倍 、3週で10倍程度まで増殖した。

3. さらに、血清や細胞外基質に含まれるタンパク、糖で、成長因子を安定化あるいは活性化させる役割を有する各種生体材料(ヒアルロン酸(HA)、アルブミン(ALB)、へパリン、コラーゲン)の併用を検討した。その結果、ALB0.4 mg/mL、HA0.5 g/mLの組み合わせを添加したFIC'では、FIC'のみの増殖に対して有意に高い増殖を示した。これらの生体材料との相互作用を利用して必要な成長因子の実効的な活性維持と半減期を延長することを試みた。

4. 最後にALBならびにHA添加による細胞増殖促進は、増殖因子とHA等の生体材料の相互作用による増殖因子の安定化によるものと仮説し、増殖因子と生体材料の相互作用を促進するため、増殖因子と生体材料の混和方法を検討した。増殖因子を培養液に最後材料に添加し、生体材料とは直接混和しない方法(I)においては、ほとんど増殖効果が見られなかったのに対し、細胞、増殖因子と直接混和してから培養液に添加する方法 (III)ではFIC'に比べ有意に増殖が促進されており、10日間で25倍程度の増殖を得ることができた。

5. さらに、無血清培地の継代培養における効果を検証するため、初代のヒト耳介軟骨細胞(P0)を13000 cells/cm2にて播種し、HFI、FIC'、III、Ctの各種培養液で継代を繰り返した。継代を1週間ごとに行い、増殖曲線を作成したところ、HFIでは3週間で1000倍増を超え、混和法方法(III)でも1000倍近くまで増殖した。

6. またこの作用の分子機序を検討するため、ヒト軟骨細胞存在下または非存在下での、II、III群培地に含有されるFGF-2及びinsulin濃度を、ELISAを用いて経時的(0-7日)に測定した。III群培地においては細胞の有無にかかわらずFGF-2、insulin いずれもほとんど減少は見られなかった。それに対し、II群培地ではFGF-2、insulinいずれの濃度も、培養1日経過後から、急激に減少し、1/200程度になった

7. さらに、FGF-2などの成長因子の下流に存在し、細胞増殖シグナルの指標として知られているERKの活性化をwestern blottingを用いて測定した。FGF-2との相互作用が知られているHA 0.5 g/L、 及びFGF-2 100 ng/mL添加後5、10分のERKリン酸化発現量の変動を評価した。HA添加によりFGF-2の増殖シグナルが増強することが示唆された。

今回の研究では、成長因子FGF-2(100 ng/mL)、insulin (5 μg/mL)、EGF (10 pg/mL)、PDGF (625 pg/mL)、TGF-β(5 pg/mL)を、HAおよびALBと十分に相互作用させ培地に添加することにより、10日間で約25倍程度の軟骨細胞増殖を得ることができた。HAおよびALBといった担体を導入し、また、成長因子が高濃度のうちに十分に混和し、相互作用させることにより、成長因子を安定化させ、かつ効果を増強し、細胞増殖を効率的に促進することができた。幸いこれらの生体材料は、上市薬剤として既に臨床導入されている。再生医療の臨床応用で要請されることは、その一つに安全性があげられる。培地添加因子として、これらの生体材料を利用することは、安全性を確保する上で有利な選択といえる。今後、本無血清培地にような、品質や効果が安定している培養液が多数開発されれば、大量の軟骨細胞を確実に入手できるようになり、再生医療の安全性や品質を高めることが可能となる。今後、本研究のような無血清培地の開発はますます重要になってくると思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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