学位論文要旨



No 126021
著者(漢字) 加藤,豊章
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,トヨアキ
標題(和) Thymus and activation-regulated chemokine (TARC)/CCL17の創傷治癒における役割
標題(洋)
報告番号 126021
報告番号 甲26021
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3500号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 菊池,かな子
 東京大学 准教授 阿部,修
 東京大学 講師 多田,敬一郎
内容要旨 要旨を表示する

皮膚は人体の最外層を形成する臓器である。外界との境界であるバリアとして機能すると共に、外界との間で免疫応答も行う。皮膚は表皮、真皮、皮下組織に分けられ、表皮は角化細胞 (ケラチノサイト)よりなり、Langerhans細胞、メラノサイトを含む。真皮は線維芽細胞、血管内皮細胞、樹状細胞、肥満細胞等の細胞成分と膠原線維、弾性線維を主体とする間質成分から形成される。さらに炎症時にはリンパ球、マクロファージ、好酸球、好中球、好塩基球などが浸潤する。これらの細胞はサイトカインやケモカインを産生して相互に作用する。

皮膚における創傷治癒は大きく炎症期、増殖期、成熟・再構成期の3期に分けられ、以下のように進行する。炎症期では血小板の凝集、血液凝固機構、血管収縮により止血され、フィブリン塊が形成される。凝集した血小板からは様々な生理活性物質が分泌される。これらの物質により炎症細胞の遊走、血管新生、線維芽細胞の増殖が促進される。受傷後数時間後からの創傷組織の清浄化は炎症反応によってフィブリン塊の下で、好中球、マクロファージ、リンパ球によって行われる。増殖期では炎症期に起こった細胞浸潤が消退するとともにマクロファージや線維芽細胞の周りに細胞外基質が蓄積し、さらに新生血管が生じて肉芽組織が形成される。肉芽組織は徐々に瘢痕組織となり、創は収縮し、周囲から再上皮化が起こって創が閉鎖する。成熟・再構成期においては、形成された瘢痕組織内において血管内皮細胞、線維芽細胞、筋線維芽細胞がアポトーシスを起こし、しだいに細胞成分の少ない瘢痕へと移行する。

ケモカインとは免疫および炎症反応において、様々な白血球の遊走や活性化を司っているペプチドの一群である。Thymus and activation-regulated chemokine (TARC)/CC chemokine ligand (CCL) 17は、CCケモカインの1つで、CC chemokine receptor (CCR) 4のリガンドである。TARCはリンパ球 (特に活性化Th2細胞)、血管内皮細胞、表皮細胞、樹状細胞等より産生される。CCR4は、主にTh2細胞、好塩基球に発現しており、これらの細胞の遊走に関与している。

ケモカインは免疫反応のみでなく、創傷治癒にも大きな役割を果たしている。一部のケモカインは創傷部位への炎症細胞の遊走を促進するだけでなく、組織のリモデリング、血管新生、上皮化を制御する。ケモカインの創傷治癒における役割としては、好中球、マクロファージ、リンパ球の遊走だけでなく、肥満細胞、ケラチノサイト、線維芽細胞に対する作用も示されている。これまでのところTARCと創傷治癒に関する報告はない。

アトピー性皮膚炎 (atopic dermatitis, AD)は、「増悪、寛解を繰り返す、騒痒を伴う湿疹を主病変とする疾患で、患者の多くはアトピー素因をもつ」と定義される。その病態は、アトピー素因といわれるIgEの上昇に代表される抗原特異的アレルギー反応と、角層の異常によるバリア機能異常という皮膚の生理学的異常である。慢性化したADの病変では真皮の線維化、つまり苔癬化が主体となっている。この苔癬化は喘息における気道の線維化に類似し、組織のリモデリングである。TARCは病変部にCCR4陽性Th2細胞を遊走させることによりTh2タイプの反応を引き起こし、ADの病態に重要な役割を果たしている。TARCとADにおける線維化についての報告はないが、TARCは間質性肺炎において線維化に作用することが報告されている。

これらのことを背景として、本研究ではTARCの創傷治癒への関与、その機序を明らかにすることを目的とした。また、ADの病態、特に苔癬化におけるTARCの果たす役割も併せて考察した。

表皮ケラチノサイトにてTARCを強発現するTARC-transgenic (Tg)マウスを東京大学医学部皮膚科学教室の常深祐一郎先生から供与していただいた。このTgマウスでは実際にケラチノサイトにおいてtransgeneは高レベルに転写されており、ケラチノサイトからCCR4陽性細胞を遊走させる能力のあるTARCが産生されている。また、Tgマウスではoxazolone、fluorescein isothiocyanateによるcontact hypersensitibity (CHS)反応が亢進していることが示されている。

Tgマウスではnon-Tgマウスに比較してday1-6の期間に創傷治癒が促進されており、day7以降はnon-Tgマウスと差は認めなかった。したがって、Tgマウスではday1-6、つまり炎症期から増殖期の早期にかけて創傷治癒が促進されていることが示唆された。Tgマウスではnon-Tgマウスに比較して肉芽がday2で増生しており、TARCによって肉芽の増生が促進されていると考えられる。non-TgマウスにTARCを創周囲に皮下注射することで、実際にTARCによって創傷治癒が促進された。

この結果を踏まえ、炎症期から増殖期においてTARCがどのような働きをしているかを検討した。創傷治癒に関与することが知られている他の細胞のCCR4の発現を検討した。Reverse transcriptase-polymerase chain reaction (RT-PCR)では、cultured FB (non-Tgマウスから採取、培養した線維芽細胞)、NIH3T3 (マウス線維芽細胞のcell line)、P815 (マウス肥満細胞のcell line)、2B4 (マウスT細胞ハイブリドーマ)にCCR4が発現していた。TARCがcultured FB、NIH3T3の増殖は促進せず、遊走を促進することをproliferation assay、in vitro scratch wound assay、Boyden chamber assayによって確認した。また、TARCは線維芽細胞の筋線維芽細胞への分化には作用しなかった。線維芽細胞の遊走は創傷治癒の炎症期から増殖期の早期において大きな役割を果たしているため、これらの結果からTARCの線維芽細胞への遊走能の促進によって創傷治癒が促進したと推定できる。

Tgマウスでは血清nerve growth factor (NGF)が高値となっていた。NGFと創傷治癒に関してはこれまで多数の報告がなされている。マウスにNGFを外用することで創傷治癒が促進され、NGFが線維芽細胞の遊走を促進させ、線維芽細胞の筋線維芽細胞への分化を誘導する。したがってTgマウスの創傷治癒の促進にNGFが関与していると考え、その産生源を検索した。これまでの報告ではNGFは線維芽細胞、ケラチノサイト、肥満細胞、T細胞から産生されることが知られている。今回の実験でcultured FB、NIH3T3、P815からはNGFの産生は確認されたが、TARC刺激による変化はなかった。2B4ではTARC刺激によってNGFの産生が増加しており、TgマウスにおけるNGFの産生源の候補として、T細胞が考えられた。創傷後day2のNGF免疫染色で、肉芽周囲真皮中のNGF陽性リンパ球がTgマウスで多かった。CCR4免疫染色では、肉芽中と肉芽周囲真皮中のCCR4陽性リンパ球がTgマウスで多かった。これらの結果から、以下の仮説が考えられた。TgマウスではTARCによってCCR4陽性リンパ球が肉芽周囲、肉芽中に遊走する。主に肉芽周囲に遊走したリンパ球がNGFを産生し、創傷治癒を促進させる。

マウス創傷治癒モデルday2のTgマウスでは、肉芽組織に肥満細胞が多かった。Tape stripping後の組織では、Tgマウスでは肥満細胞が多かった。つまり物理的な刺激によって、Tgマウスでは局所で肥満細胞が増加する。肥満細胞はplatelet derived growth factor (PDGF)、vascular endothelial growth factor (VEGF)、fibroblast growth factor (FGF)などを放出し、ケラチノサイトや線維芽細胞の増殖、遊走を促進し、肥満細胞は創傷治癒において大きな役割を果たしている。Tgマウスにおいて局所で肥満細胞が増加する機序は明らかではないが、NGFによって局所の肥満細胞が増加するとの報告もあり、Tgマウスにおいて創傷部で高濃度になったNGFの作用で肥満細胞が増加している可能性もある。

以上のことから、TARCによる創傷治癒促進の機序として以下の3つが考えられた。(1)TARCが直接線維芽細胞に作用して遊走を促進する。(2)TARCがT細胞に作用してNGFの産生を亢進させ、NGFが創傷治癒を促進する。(3)肥満細胞が創部で増加し、創傷治癒を促進する。これらの経路はいずれも線維芽細胞の増殖や遊走と関与している。TARCは線維芽細胞へ直接的に、あるいはNGFや肥満細胞を介して作用することが分かる。ADにおける皮膚の線維化においてTARCが関与している可能性も考えられる。つまり、TARCは創傷治癒においては創を縮小する方向に作用するが、ADにおいては皮膚の線維化を促進している可能性も考えられた。今後さらにTARCに関する研究が進み、創傷やADをはじめとする皮膚疾患の治療に結びついていくことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は創傷治癒におけるThymus and activation-regulated chemokine (TARC)/CC chemokine ligand (CCL) 17の創傷治癒への関与、その機序を明らかにすることを目的とした。表皮ケラチノサイトにてTARCを強発現するTARC-transgenic (Tg)マウスにおける創傷治癒モデルの解析、TARCの線維芽細胞への作用等を検討し、以下の結果を得た。

1. TARCがマウスから採取した線維芽細胞、NIH3T3 (マウス線維芽細胞cell line)の増殖は促進せず、遊走を促進することをproliferation assay、in vitro scratch wound assay、Boyden chamber assayによって確認した。線維芽細胞の遊走は創傷治癒の炎症期から増殖期の早期において大きな役割を果たしているため、これらの結果からTARCの線維芽細胞への遊走能の促進によって創傷治癒が促進したと推定できる。

2. Tgマウスでは血清nerve growth factor (NGF)が高値となっていた。NGFと創傷治癒に関してはこれまで多数の報告がなされている。したがってTgマウスの創傷治癒の促進にNGFが関与していると考え、その産生源を検索した。マウスT細胞ハイブリドーマである2B4はTARC刺激によってNGFの産生が増加しており、TgマウスにおけるNGFの産生源の候補として、T細胞が考えられた。創傷後day2のNGF免疫染色で、肉芽周囲真皮中のNGF陽性リンパ球がTgマウスで多かった。CCR4免疫染色では、肉芽中と肉芽周囲真皮中のCCR4陽性リンパ球がTgマウスで多かった。これらの結果から、TgマウスではTARCによってCCR4陽性リンパ球が肉芽周囲、肉芽中に遊走し、主に肉芽周囲に遊走したリンパ球がNGFを産生し、創傷治癒を促進させるという機序の存在が推定された。

3. マウス創傷治癒モデルday2のTgマウスでは、肉芽組織に肥満細胞が多かった。肥満細胞はplatelet derived growth factor (PDGF)、vascular endothelial growth factor (VEGF)、fibroblast growth factor (FGF)などを放出し、ケラチノサイトや線維芽細胞の増殖、遊走を促進し、肥満細胞は創傷治癒において大きな役割を果たしている。Tgマウスにおいて局所で肥満細胞が増加する機序は明らかではないが、NGFによって局所の肥満細胞が増加するとの報告もあり、Tgマウスにおいて創傷部で高濃度になったNGFの作用で肥満細胞が増加している可能性が考えられた。

以上、本論文では創傷治癒におけるTARCの関与を検討した。これまで創傷治癒に関するTARCの作用については不明な点が多く、本研究は創傷治癒の機構の解明や創傷の治療につながる有意義なものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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