No | 126024 | |
著者(漢字) | 菅,哲徳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カン,アキノリ | |
標題(和) | 軟骨分化蛍光モニタリング細胞を用い同定した新規軟骨誘導因子SNX19に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126024 | |
報告番号 | 甲26024 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3503号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 社会の高齢化に伴って、変形性関節症に代表されるロコモティブシンドロームへの対策は焦眉の課題となってきている。加齢とともに四肢の関節機能は軟骨の変性・磨耗などにより著明に低下し、骨切り術、人工関節置換術などの侵襲的かつ対症的な治療法に頼らざるを得ないのが現状である。これらの運動器変性疾患に対する根本的治療法を目指した軟骨再生医学の確立のためには、軟骨への分化の際に必要なシグナル分子を網羅的に解明、応用することが必須である。我々はまず、未知の軟骨分化誘導因子を網羅的に探索するためのツールとして軟骨分化をリアルタイムに判定できる細胞システムの作成を試みた。軟骨特異的遺伝子であるII型コラーゲン(COL2A1) 遺伝子転写開始点付近とイントロン1の領域の塩基配列を種間で比較検討したところ、イントロン1内の高度に保存されているエンハンサー領域が同定された。このエンハンサーと2種類の長さのヒトCOL2A1基本プロモーター配列をそれぞれ組み合わせ、SOX9およびSOXトリオ (SOX5,6,9) への反応性をATDC5およびHuH-7細胞を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイにて評価した。エンハンサー配列をタンデムにすることでSOX9およびSOXトリオへの反応性は上昇し、その下流に基本プロモーターを組み合わせた時に反応はさらに増強した。そこで、タンデムにつないだエンハンサーの下流に長短のヒトCOL2A1プロモーター、さらに蛍光レポーターEGFPまたはDsRed2をつないだ計4種類のコンストラクトを作成し、それぞれATDC5細胞に安定導入した。その結果、タンデムにつないだエンハンサーの下流に短い基本プロモーター、さらにDsRed2をつないだコンストラクトを導入した細胞が、軟骨分化を誘導するインスリン刺激に対し特異的かつ鋭敏に反応し赤い蛍光を発したため、この細胞をATDC5-C2ERと命名し以後の軟骨分化モニタリング細胞として使用することに決定した。インスリン刺激による時間依存的な蛍光の増加は内因性の軟骨誘導マーカー遺伝子の上昇とよく一致するものであった。また、ATDC5-C2ER細胞に既知の軟骨分化誘導転写因子であるSOX6、SOX9を強制発現させた時も内因性Col2a1 mRNAの発現レベルの上昇とともに特異的な蛍光が誘導されることを確認した。 次に、軟骨誘導能が知られているが通常のルシフェラーゼアッセイでは検討しづらいBMP2とTGF-・の軟骨誘導メカニズムをATDC5-C2ER細胞を用いて検証した。1週間のBMP2およびTGF-・刺激によりATDC5-C2ER細胞は特異的な赤い蛍光を誘導したが、これはAlcian blue染色およびCol2a1 mRNAレベルの増加とよく一致していた。まずBMP2およびTGF-・の下流シグナルとしてよく知られているSmadシグナルの関与を検討するため、抑制性Smadの代表であるSmad6をATDC5-C2ER細胞に安定導入した。しかしながらこのSmadシグナルを抑制させたATDC5-C2ER細胞では、BMP2とTGF-・はコントロールの細胞と同様、軟骨分化を示す特異的な蛍光を誘導し内因性Col2a1 mRNAを上昇させた。一方、BMP2とTGF-・シグナルのもう一つの主要なシグナル伝達経路であるp38-MAPKシグナルを抑制するため特異的なインヒビターであるSB203580を投与したところ、容量依存性に赤い蛍光とCol2a1 mRNAは抑制された。このことは、p38-MAPK経路がBMP2およびTGF-・により誘導される軟骨分化の重要なシグナル経路を担っていることを示唆している。実際p38-MAPKを特異的に活性化するkinaseである恒常活性型MKK6を安定導入したATDC5-C2ERでは、Alcian blueの染色性の増加とともに特異的な蛍光が確認された。 次に新規軟骨分化因子を網羅的に同定するため、我々はヒト気管軟骨からレトロウィルス発現ライブラリーを作成し、それをATDC5-C2ER細胞に応用し発現クローニングを行った。レトロウィルスライブラリーは、ヒト気管軟骨mRNAを逆転写しpMxベクターにクローニング、それをPlat-E細胞に導入し上清を回収することで作成した。3週間の培養により強い蛍光を発した細胞を単離し、ゲノムに取り込まれたcDNAをPCRにてリカバリーし、シークエンサーで解析した。この結果、軟骨の恒常性や代謝に関与すると報告のある遺伝子を含む複数の軟骨誘導候補分子を同定することができたが、その中で我々は輸送タンパクの一種であるSorting nexin (SNX) ファミリー遺伝子のSNX19に着目した。その理由は、他の複数のSNXファミリー遺伝子がヒトおよびマウスでの骨格系の異常や成長遅延をきたすことが過去に報告されていたためである。 まずSNX19の発現パターンを確認するため、胎生11.5日のマウスエンブリオでwhole mount in situ hybridizationを行ったところ、Snx19 mRNAは胎児期の四肢、脊椎に発現がみられこれはCol2a1 mRNAの発現と一致した。次にマウスエンブリオ胎生17.5日の近位脛骨の成長板で免疫化学染色を行ったところ、Snx19は特に増殖軟骨層に発現していた。次に我々はSNX19の細胞内局在を確かめるためEGFPタグをつけたSNX19をHeLa細胞に導入した。その結果、EGFP蛍光は明確に細胞質内に限局しており、Hoechst 33258で見られる核染色とは対照的な局在を示した。 SNX19の軟骨分化に対する機能を検証するため、我々はATDC5-C2ER細胞にSNX19を安定導入した細胞を作成した。SNX19過剰発現は赤い特異的な蛍光を誘導し、同時に内因性のCol2a1、Aggrecan、Sox6のmRNAレベルを上昇させ、Alcian blue、Toluidine blueの染色性を増強させた。よりprimaryな軟骨細胞での効果を検証するため、繰り返し継代することにより脱分化したマウス肋軟骨由来細胞にSNX19を安定導入したところ、やはり内因性Col2a1 mRNAレベルは上昇し軟骨系細胞に再分化することが判明した。さらに胎生11.5日のマウスlimb bud 由来の間葉系細胞にSNX19をアデノウィルスにより過剰発現させると、Alcian blueの染色性は増強した。逆にSnx19に対するshRNAをATDC5-C2ER細胞に安定導入しその機能を抑制したところ、Col2a1 mRNAレベルは有意に抑制された。また、SNX19にはPhox (PX) ドメイン、Phox-associated (PXA) ドメイン、Nexin Cドメインの3つの機能ドメインが存在する。これらのドメインはその他のSNXファミリー分子において、小胞輸送やタンパクのソーティングなどの役割を果たしていることが過去に報告されていた。これら3つのドメインをそれぞれ欠失させたSNX19を作成しATDC5-C2ER細胞に安定導入したところ、PXおよびPXAドメインを欠失させたコンストラクトでは有意にCol2a1 mRNAの誘導は抑制されたが、Nexin C ドメインについては変化が見られなかった。このことから、PXおよびPXAドメインがSNX19のCol2a1誘導に必要不可欠であることが示唆された。 最後にSNX19の病的な軟骨における働きを検討するため、8週齢の野生型マウスの膝関節に外科的処置を加え不安定性を誘導した実験的変形性関節症モデル (OAモデル) を作成した。手術後4週の免疫化学染色による検討から、Snx19はsham手術での正常軟骨には発現が見られなかったが、OAモデル側の変性軟骨に強く発現が見られた。このことは、OAの軟骨変性過程においてSNX19が関与している可能性を示していた。軟骨の肥大化はOAの軟骨変性発症の重要なステップであるが、肥大化軟骨細胞の代表的な遺伝子マーカーの一つであるX型コラーゲン (Col10a1) は、SNX19の過剰発現およびshRNAによる抑制で変化が見られなかった。一方、SNX19過剰発現は関節軟骨特異的なマーカーであるTenascin Cの発現を上昇させ、shRNAによるSNX19の抑制はTenascin Cの発現を低下させた。これらの結果より、SNX19は軟骨変性を誘導するのではなく機械的不安定性がもたらした軟骨変性に対して、それを補填するごとく守備的に働く可能性が示唆された。 以上をまとめると、本研究ではまず軟骨分化をモニタリングするための新しい細胞システムATDC5-C2ERを樹立、その後本システムの特異性の高さを利用し、新規軟骨分化誘導因子SNX19を同定することに成功した。SNX19は成長板増殖軟骨層において発現が見られ、軟骨基質を増加させる働きがあった。また同時に、 SNX19が機械的刺激に伴う軟骨変性に対して保護的な役割を果たし、その関連シグナルがOAの治療ターゲットになりうる可能性を示した。今後、SNX19のさらなる機能解析およびATDC5-C2ER細胞システムを利用した新規軟骨誘導因子の同定により軟骨分化を制御する分子メカニズムが解明され、効果的な軟骨再生医学に寄与するものと期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は、大きく分けて2つのテーマが存在する。まず第一は、軟骨分化を正確に、非侵襲的にモニタリング可能な細胞システムを樹立したことである。そして第二は、それを用いて遺伝子ライブラリーより網羅的スクリーニングを行った結果、新規軟骨分化誘導因子Sorting nexin 19 (SNX19) を同定しその機能を解析したことである。本研究により、SNX19が軟骨組織に存在する細胞質内タンパクで軟骨増殖能を有し、軟骨変性に対し防御的に働く可能性が示されている。具体的には、下記の結果を得ている。 1.まず、軟骨特異的な分子であるII型コラーゲン(COL2A1)遺伝子に着目した。ヒト、マウス、ラットのCOL2A1遺伝子イントロン1内にある種間で高度に保存された49bpの転写活性をATDC5およびHuH-7細胞においてルシフェラーゼアッセイを用い検討したところ、この配列が既知の軟骨分化転写因子であるSOX9およびSOXトリオ(SOX5,6,9)に極めて強く反応するエンハンサーであることが分かった。そこで、このエンハンサー配列を4個タンデムにして長短のヒトCOL2A1 basal promoterと蛍光レポーターEGFPもしくはDsRed2を繋いだレポーターコンストラクトをATDC5に安定導入した。この中から軟骨誘導因子インスリンによって強い蛍光を発するクローンを選別したところ、エンハンサーの下流に短いヒトCOL2A1 basal promoter、DsRed2を繋いだコンストラクトを導入した細胞が軟骨分化への特異性に優れ、これをATDC5-C2ER細胞と命名した。実際、ATDC5-C2ER細胞はインスリン以外にも種々の軟骨分化誘導能を持つBMP2、TGF-・、およびSOXタンパクの過剰発現により、特異的な蛍光を発した。さらに、このシステムを用いて、BMP2およびTGF-・の軟骨誘導機序について考察したところ、p38-MAPKシグナルの重要性が示唆された。 2. ATDC5-C2ER細胞が軟骨分化を正確にモニタリングすることが可能であることが分かったので、続いてヒト軟骨組織からレトロウィルスcDNAライブラリーを作成し、蛍光を指標に発現クローニングを行った。得られた複数の軟骨分化誘導因子の中から、四肢・頭蓋の形成不全を伴うヒトの遺伝病MMEPの原因となる細胞内輸送蛋白sorting nexin (SNX)ファミリーに属する分子であることからSNX19に注目した。SNX19はマウス胚にて確かに軟骨組織に発現が見られ、複数の細胞株にSNX19を過剰発現させると軟骨分化が誘導された。一方、SNX19のshRNAにより内因性のSNX19を抑制すると軟骨分化は有意に抑制された。次に、SNX19の病的な軟骨における働きを検討するため、8週齢のマウスの膝関節に外科的処置を加え不安定性を誘導した実験的変形性関節症モデル(OAモデル)を作成したところ、SNX19はOA負荷により発現が上昇した。OAにおける軟骨変性誘導の遺伝子マーカーの一つであるX型コラーゲン(Col10a1)は、SNX19の過剰発現およびshRNAによる抑制で変化が見られなかった。一方、SNX19過剰発現は関節軟骨特異的なマーカーであるTenascin Cの発現を上昇させ、SNX19に対するshRNAの導入によりTenascin Cの発現は低下した。これらの結果より、OA発症・進展に伴いその発現が上昇してくるSNX19が軟骨変性を誘導しているのではなく、機械的な不安定性により引き起こされた軟骨変性を補填するごとく軟骨に対し守備的に働く可能性があることが示唆された。 従来の軟骨分化をモニタリングするためのシステムでは、特異性に優れ、また簡便で高い再現性を持ち、かつリアルタイムに軟骨分化をモニタリングすることは不可能であった。本論文は、これらをいずれも満たす細胞システムATDC5-C2ERを樹立し、これを発現クローニングに応用して新規軟骨分化誘導因子SNX19を同定したものである。また、SNX19の軟骨分化誘導能について詳細に検討がなされている。本論文は軟骨分化を制御する分子メカニズムの解明と有効な軟骨再生医学のための知見に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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