学位論文要旨



No 126027
著者(漢字) 小宮山,雄介
著者(英字)
著者(カナ) コミヤマ,ユウスケ
標題(和) Tenomodulinの歯周組織における発現と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 126027
報告番号 甲26027
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3506号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 准教授 須佐美,隆史
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

歯周炎は国民の約半数の人が罹患する疾患であり、デンタルプラークの停滞と局所の細菌感染により引き起こされる感染症である。歯周炎は歯の支持組織を破壊し、やがて歯の脱落を招くことで、咀嚼機能の低下を招きQOLを著しく低下させる。また、歯周炎は歯周組織や歯の喪失をもたらすだけでなく、心内膜炎、アテローム動脈硬化症、虚血性心疾患、肥満、糖尿病、誤嚥性肺炎、低体重児出産などの疾患のリスク因子ともなっている。高齢化社会を迎えたわが国では、歯周炎の克服は予防医学的な観点からも重要な課題である。

歯周炎の初期治療はデンタルプラークの除去を主体としている。初期治療により歯周ポケットの炎症が改善されない場合に、歯周外科処置による歯周ポケット除去が行われる。これは、一度破壊された歯周組織は自然治癒により再生されないことから、ブラッシングの行いやすい歯周環境を構築するために行う。近年注目されている歯周組織再生誘導療法は、炎症により失われた歯周組織を再生することで歯周ポケットを解消することを目的とする治療法である。しかし、この治療法は治癒に至るまでに長期間を必要とし、治療の成否はしばしば患者自身の自己管理に依存する傾向にある。そのため、より効率的な組織再生誘導療法の開発が望まれている。効率的な歯周組織再生誘導療法の開発のためには、歯周組織の発生・恒常性維持のメカニズムに関する詳細な知見が必要である。本研究では、歯周組織の発生・恒常性維持のメカニズムを理解するために歯周組織の発生を特徴づける分子マーカーの探索を行うことを目的としている。

近年、四肢および体幹の強靭結合組織に特異的に発現するタンパク質として、Tenomodulin(Tnmd)が同定された。TnmdはII型膜貫通タンパク質であり、ノックアウトマウスの腱を電子顕微鏡で観察した結果から、強靭結合組織のコラーゲン細線維の形成に関与する可能性が示されている。さらに、強靭結合組織の発生に中心的な役割を持つと考えられるScleraxisノックアウトマウスでは腱・靭帯が発生せず、Tnmdの発現も消失することから、Tnmdが強靭結合組織の成熟に関わるとが考えられている。歯周靭帯は、歯を顎骨に懸垂・固定し咬合力の緩衝を行う機能を持ち、強靭結合組織に分類される線維性結合組織である。したがって、歯周靭帯においてもTnmdが組織の成熟に関わる可能性が考えられた。しかし、歯周靭帯を含む頭頸部組織におけるTnmdの発現は組織学的に検討されていない。そこで、Tnmd特異抗体を作製し、これを用いて歯周靭帯におけるTnmdの発現を観察した。さらに、マウス胎児線維芽細胞株NIH3T3へのTnmd遺伝子を導入し、Tnmdの機能を細胞生物学的に解析した。本研究ではTnmdの発現・機能を明らかにし、Tnmdの歯周組織の成熟を特徴づける分子マーカーとして検討した。

第1章 歯周組織におけるTnmd発現の検討

第1章では、Tnmd特異抗体を作製した。このTnmd特異抗体を用いて、NIH3T3細胞へTnmd遺伝子を導入し、細胞内におけるTnmd局在を検討した。また、歯周組織における発現を免疫組織化学的に検索した。。

1-2-1 Tnmd抗体の作製と抗体反応性の検討

Tnmdの発現を免疫組織化学的に検索するために、Tnmd特異抗体を作製した。Tnmd特異抗体の反応性をNIH3T3細胞へTnmdあるいはFLAG融合Tnmd遺伝子を導入して検討した。その結果、抗Tnmd抗体および抗FLAG抗体を用いて46 kDaおよび42 kDaのバンドを検出し特異性を確認した。糖鎖修飾阻害剤であるTunicamycin、選択的なN-Glycan切断酵素であるPNGaseFを用いた検討から、Tnmdには2つの糖鎖が修飾されることがわかった。さらに、抗Tnmd抗体を用いたマウス尾組織に対する免疫組織学的検討から抗体の特異性を確認した。

1-2-2 Tnmdの細胞内局在の検討

NIH3T3細胞にTnmd遺伝子導入してTnmdの細胞内局在の検討した。細胞分画法によりTnmdの発現を膜成分、細胞骨格成分の2つの分画でTnmdを検出した。さらに、Tnmd遺伝子導入したNIH3T3細胞における、Tnmd細胞内局在を免疫組織化学的に検討した。細胞の原形質膜に局在するPan-cadherin、細胞膜とゴルジ体を描出するWGA(Wheet germ aggulutinin)、さらに微小管を構成するTubulinとの共局在を観察した。以上から、細胞内ではTnmdが細胞の原形質膜を中心に局在していることを明らかにした。また、細胞骨格とも関連して局在する可能性が示唆された。

1-2-3 Tnmdの歯周組織における発現の検討

はじめに、マウス下顎切歯を含む組織で切歯周囲の歯周靭帯におけるTnmd発現を検討した。下顎切歯を含む組織では歯周靭帯の線維芽細胞、歯髄中の象牙芽細胞、骨膜中の細胞にTnmdの発現を認めた。また、生後2週齢から4週齢にかけての臼歯萌出期での歯周靭帯におけるTnmd発現を検討した。臼歯の歯周靭帯におけるTnmdの発現は、未萌出の生後2週齢では検出されず、咬合開始時期の3週齢でTnmdの発現が認められた。この歯周靭帯中のTnmd発現は、咬合が確立する4週齢の時期でも維持されていた。以上よりTnmdが、歯周靭帯では歯が萌出した後に咬合を開始する時期に発現が開始することを明らかにした。

第2章 Tnmdの細胞接着機能の評価

第2章ではNIH3T3細胞へのTnmd遺伝子導入の効果として、細胞接着に与える影響について検討した。さらに、Tnmdノックアウト(Tnmd-/-)マウス強靭結合組織由来線維芽細胞を用いてTnmdの細胞接着に与える影響を検討した。

2-1 Tnmd発現細胞の細胞形態の検討

NIH3T3細胞にTnmd遺伝子を導入した時の細胞形態への影響を検討した。Tnmdを強制発現したNIH3T3細胞では、細胞面積、細胞周径が増加し、多数の細胞突起の伸長がみられることから、細胞形態に影響をおよぼすことが示された。

2-2-2Tnmdの細胞接着に対する影響の評価

Tnmdの細胞接着に与える影響を評価するために、未処理、またはcollagen、およびfibronectinを表面処理した培養プレートへの細胞接着を検討した。Tnmd遺伝子導入した細胞は、GFPコントロールと比較して細胞接着率が増加し、Tnmd発現は細胞接着に関与することがわかった。

2-2-3Tnmdドメイン欠損変異体による機能ドメインの検討

Tnmdの細胞接着に貢献するドメインを検討するために、Tnmdのドメイン欠損変異体を作製した。欠損させたドメインは、C末端ドメイン(CTD)、BRICHOSドメイン、および潜在的なプロセシング配列を含む領域(CS領域)とした。TnmdのCS領域およびBRICHOSドメインは細胞接着に関与することがわかった。しかし、CTDドメインは細胞接着を抑制する領域であることがわかった。

2-2-4 Tnmd -/-細胞を用いた細胞接着効果の検討

Tnmd -/-細胞、野生型(+/+)細胞を用いて、Tnmdの細胞接着に対する効果を検討した。Tnmd -/-細胞は、COL、FN表面処理プレートへの細胞接着率が減少した。このことから、Tnmdが細胞接着に関与することがわかり、細胞の細胞外マトリクスに対する接着時に機能する可能性が示唆された。

2-2-5Tnmd -/-マウス頭頸部の硬組織形態評価

MicroCTを用いてTnmd -/-マウスと+/+マウスの頭頸部硬組織形態と歯数や歯の形態を比較検討した。頭頸部の硬組織および歯数や歯の形態は、Tnmd -/-マウス、+/+マウスの間で大きさ、形態に大きな変化は認められなかった。

<結論>

本研究ではTnmdの歯周組織における発現とその機能を検討し、6つの結果を得た。1)新たに抗Tnmd抗体を開発し、Tnmdを46 kDa, 42 kDaの2つのバンドとして検出した。2)TnmdにはN-Glycanが2つ修飾されていることを確認した。3)免疫組織学的検討により、マウス臼歯の歯周靭帯でのTnmdの発現は、歯の萌出後の咬合を開始する時期に起こることを見いだした。4)Tnmdが細胞の原形質膜に局在し、細胞の形態を変化させることを明らかにした。5)Tnmdは、細胞接着の増強に関与することを明らかにした。Tnmd分子の細胞外領域のうち、CS領域が細胞接着効果に貢献し、CTDは細胞接着効果に対しては抑制的な作用を示す事を明らかにした。6)Tnmd-/-細胞は、細胞外マトリクスへの細胞接着が減弱することが示唆された。しかし、Tnmd-/-マウスでは+/+と比較して頭頸部硬組織では形態学的に大きな変化は認められなかった。

以上から、Tnmdが細胞接着にかかわり、歯周靭帯では、歯が萌出して咬合圧を受けて機能を開始する時期に発現することが明らかとなった。このことは、Tnmdが歯周靭帯によるセメント質と歯槽骨の機能的な連結に重要である可能性を示唆し、Tnmdが歯周靭帯の成熟を特徴づける分子マーカーであることを示唆している。成熟を特徴付けるマーカーは、組織再生過程においても発現することが推測されることから、本研究を通じて歯周組織再生療法の開発に有益な知見を得ることができた。しかし、生体内におけるTnmdの詳細な機能とメカニズムは今後さらに解析する必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、再生の困難な歯周組織において、歯周組織の構成要素である歯周靭帯に特に着目し、その形成過程において発現が認められる分子を同定し、生理学的なマーカーとして組織再生療法の開発に貢献するために基礎的な検討を試みたものである。この生理学的なマーカーの候補として、腱や靭帯をはじめとする強靭結合組織において発生後期に特徴的な発現を示すTenomodulin(Tnmd)をあげている。歯周組織における発現とその機能を明らかにするために、in vitroでのTnmd遺伝子導入系およびTnmdノックアウトマウス(Tnmd-/-マウス)を用いた組織学的な検討を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1.Tnmdの発現を免疫組織化学的に検索するために、先行研究で示された潜在的酵素切断配列の前後に抗原認識部位を設定した、Anti-Tnmd BC、およびAnti-Tnmd CTD抗体の作製を試みた。作製抗体の特異性は、Tnmdを発現していないNIH3T3細胞株に対してTnmd、またはFLAG融合Tnmd遺伝子導入を行い、の特異性をウエスタンブロット法にて示した。また、糖鎖修飾阻害剤であるTunicamycin、および選択的なN-Glycan切断酵素であるPNGaseFを用いた検討から、Tnmdには2つの糖鎖が修飾されることを示した。さらに、Tnmd-/-マウスおよび同腹仔の野生型マウス(+/+マウス)に由来する腱組織とTnmd特異抗体を用いて免疫組織化学的に検討し、抗体の特異性を示した。

2.NIH3T3細胞にTnmd遺伝子導入し、Tnmdの細胞内局在の検討した。細胞分画法とウエスタンブロット法によりTnmdの発現を検討したところ、膜成分、細胞骨格成分にTnmd特異的なバンドを示した。膜成分では、46kDa、42kDaの二つのバンドを検出し、細胞骨格分画では46kDaのバンドのみを検出した。より詳細な検討として、Tnmd遺伝子導入したNIH3T3細胞における、Tnmd細胞内局在を免疫細胞化学により検討を試みた。その結果、細胞の原形質膜に局在するPan-Cadherin、細胞膜とゴルジ体を描出するWGA(Wheet germ aggulutinin)、さらに微小管を構成するTubulinとの共局在を示した。以上から、細胞内ではTnmdが細胞の原形質膜を中心に局在していることを明らかにした。また、細胞骨格と関連して局在する可能性を示した。

3.マウス下顎切歯を含む組織で歯周組織におけるTnmd発現を検討し、歯周靭帯の線維芽細胞、歯髄中の象牙芽細胞、骨膜中の細胞にTnmdの発現を示した。マウス切歯は生涯萌出し続けることから、よりヒトに近い萌出様式を取る臼歯部でTnmd発現時期を検討した。その結果、歯が未萌出の生後2週齢では発現を認めず、咬合開始時期の3週齢でTnmdの発現が認められることを示した。この歯周靭帯中のTnmd発現は、咬合が確立する4週齢の時期でも維持されていることを示した。以上よりTnmdは、歯が萌出した後の咬合開始時期に発現が起こることを示した。

4.NIH3T3細胞にTnmd遺伝子を導入した時の細胞形態への影響を検討し、Tnmd遺伝子導入により細胞面積、細胞周径が増加し、多数の細胞突起の伸長がみられることから、細胞形態に影響をおよぼすことを示した。また、細胞形態が細胞接着と密接に関係していることから、Tnmd導入により細胞接着が増強される可能性を定量的な接着アッセイにより評価を試みた。その結果、Tnmd遺伝子導入によりコントロールとしたβGalactosidase遺伝子導入細胞と比較して細胞接着が増強されることを示した。より詳細にTnmdによる細胞接着効果を検討するためにTnmdの細胞外ドメイン欠損変異体を作製し検討した。その結果、CTDは細胞接着を抑制的に、CS領域およびBRICHOSドメインが細胞接着を促進的に制御することを示した。

5.Tnmd-/-マウスの強靭結合組織に由来するプライマリー細胞を用いた検討により、Tnmd-/-細胞は同腹仔の+/+マウス由来細胞と比較して、Collagen、Fibronectinの細胞外マトリクスに対する細胞接着が現象することを示した。このことによりTnmdの細胞接着機能への関与を明確にした。

6.Tnmdの細胞接着への関与が頭頸部硬組織の形態に与える影響をTnmd-/-マウスおよび同腹仔の+/+マウスでMicroCTにより検討した。その結果、Tnmd-/-マウスでは同腹仔の+/+マウスと形態や数的な変化を認めないことを示した。

以上、本研究ではTnmd遺伝子導入系およびTnmd-/-マウスを用いた検討から、Tnmdの歯周靭帯における発現が咬合開始時期に起こることを明らかにし、歯周組織の中でも歯周靭帯の発達を特徴づける分子であることを明らかにした。さらに、Tnmdが重要な細胞高次機能である細胞接着に関与することを明らかにした。本研究は、発生学的知見が乏しい歯周組織を含む強靭結合組織の発生・発達機構や、強靭結合組織の恒常性維持機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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