No | 126028 | |
著者(漢字) | 菅,浩隆 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スガ,ヒロタカ | |
標題(和) | 創傷治癒過程における脂肪由来幹細胞の役割 : マウス虚血再灌流障害モデルを用いた実験 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126028 | |
報告番号 | 甲26028 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3507号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 脂肪由来幹細胞(adipose-derived stem/stromal cells)(以下ASCs)は,脂肪組織に存在して脂肪細胞の前駆細胞として機能するのみならず,脂肪,骨,軟骨といった間葉系細胞への多分化能を持つ細胞である。近年の研究により,この細胞が血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor)(以下VEGF)や肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor)(以下HGF)などの細胞増殖因子を分泌することや,さらには自らが血管内皮細胞に分化することも報告され,血管新生や組織再生を目的とした細胞治療への応用が期待されている。今回の研究では,創傷治癒過程におけるASCsの役割に注目した。創傷治癒の過程ではさまざまな細胞増殖因子が産生され,創傷治癒に関与する細胞の活動を制御している。私の所属する研究室は以前,脂肪吸引手術後のドレーン廃液に含まれる細胞増殖因子の濃度を経時的に解析し,塩基性線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor-2)(以下FGF-2)や血小板由来増殖因子(platelet-derived growth factor)(以下PDGF)は術後早期に放出されるのに対して,VEGFやHGFはそれよりやや遅れてその濃度が上昇するという興味深い現象を発見した。このような背景から,脂肪組織に多く存在し,細胞増殖因子を分泌することができ,脂肪細胞や血管内皮細胞に分化する能力もあるASCsは,創傷治癒過程で重要な役割を果たしているはずであり,また,その活動は,創傷部位から放出される細胞増殖因子の影響を受けているはずであると考えた。 そこでまず,創傷に関連した細胞増殖因子(VEGF,FGF-2,HGF,PDGF)がヒトおよびマウスのASCsに及ぼす影響や関与するシグナル伝達因子をin vitroで検証した。その結果,FGF-2が濃度依存的にASCsの増殖を促進することが判明した。また,FGF-2の刺激が加わると,ASCs自らのHGF発現が著明に亢進することも分かった。さらに,細胞増殖因子の作用に関与する重要なシグナル伝達因子であるmitogen-activated protein kinases(以下MAPKs)についての阻害実験を行ったところ,FGF-2は主にMAPKsの1つであるc-Jun N-terminal kinase(以下JNK)経路を介してASCsの増殖およびHGF発現を促進しているということが示された。 続いて,脂肪組織の虚血再灌流障害モデルをマウスで確立させ,実際の創傷治癒過程における細胞増殖因子の発現変化やASCsの関与をin vivoで検証した。その結果,1日目には細胞のアポトーシスや壊死とともにFGF-2が創傷部の細胞外基質等から大量に放出されることが判明した。引き続いて3日目から7日目にかけて,ASCsの増殖やHGFの発現亢進,脂肪新生を伴う組織のリモデリングが観察され,約2週間で治癒は完了した。抗FGF-2中和抗体やJNK阻害剤を投与すると,このリモデリング過程におけるASCsの増殖やHGF発現亢進が阻害され,さらに治癒後の線維化が2倍以上増加した。この線維化の増加は,抗HGF中和抗体を投与した場合でも同様に認められた。 これらの結果から,ASCsは創傷時に大量に放出されるFGF-2の刺激に呼応し,主にJNK経路を介して細胞増殖およびHGF分泌を促進することにより,創傷治癒過程における組織リモデリングや線維化抑制において重要な役割を果たしていることが明らかにされた。ASCsの持つHGFを介した線維化抑制作用はケロイド,肥厚性瘢痕をはじめ,慢性炎症を発端とする多岐にわたる線維化疾患の治療に応用できる可能性がある。そして,その際には,ASCsをあらかじめFGF-2で前処置したり,ASCsと同時にFGF-2も投与したりすることによりHGFを介した治療効果が高まることが期待される。ASCsは骨髄由来間葉系幹細胞と比較して,その採取が容易であり,また,採取できる細胞数も多く,細胞治療の細胞源としては大きなメリットを有している。今後は,その投与方法,安全性などを検討しながら,実際の臨床応用へ向けた進歩がなされることが期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は創傷治癒過程における脂肪由来幹細胞(adipose-derived stem/stromal cells)(以下ASCs)の役割を解明するため,培養細胞の系およびマウス虚血再灌流障害モデルを用いて細胞増殖因子の発現およびそれに呼応した脂肪由来幹細胞の挙動を解析したものであり,以下の結果を得ている。 1. 創傷に関連した細胞増殖因子の中で,塩基性線維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor-2)(以下FGF-2)が濃度依存的にASCsの増殖を促進すること,また,FGF-2の刺激が加わると,ASCs自らの肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor)(以下HGF)発現が著明に亢進することが判明した。 2. 細胞増殖因子の作用に関与する重要なシグナル伝達因子であるmitogen-activated protein kinases(以下MAPKs)についての阻害実験を行ったところ,FGF-2は主にMAPKsの1つであるc-Jun N-terminal kinase(以下JNK)経路を介してASCsの増殖およびHGF発現を促進しているということが示された。 3. 脂肪組織の虚血再灌流障害モデルをマウスで確立させ,実際の創傷治癒過程における細胞増殖因子の発現変化やASCsの関与をin vivoで検証したところ,1日目にはFGF-2が創傷部の細胞外基質等から大量に放出され,引き続いて3日目から7日目にかけて,ASCsの増殖やHGFの発現亢進,脂肪新生を伴う組織のリモデリングが観察され,約2週間で治癒は完了していた。 4. 抗FGF-2中和抗体やJNK阻害剤を投与すると,このリモデリング過程におけるASCsの増殖やHGF発現亢進が阻害され,さらに治癒後の線維化が2倍以上増加した。この線維化の増加は,抗HGF中和抗体を投与した場合でも同様に認められた。 以上,本論文は,ASCsが創傷時に大量に放出されるFGF-2の刺激に呼応し,主にJNK経路を介して細胞増殖およびHGF分泌を促進することにより,創傷治癒過程における組織リモデリングや線維化抑制において重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった,創傷治癒過程におけるASCsの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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