学位論文要旨



No 126029
著者(漢字) 中島,慶治
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ケイジ
標題(和) 骨形成に関連した転写共役因子CbfbのRunx 2による蛋白安定化に関する研究
標題(洋)
報告番号 126029
報告番号 甲26029
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3508号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 特任准教授 星,和人
 東京大学 講師 小笠原,徹
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 准教授 百瀬,敏光
内容要旨 要旨を表示する

Cbfb (core binding factor-・) 、Runx2 (Runt-related transcription factor 2) はともに骨形成に必須の遺伝子である。Cbfbノックアウトマウスは造血機能がなく、胎生致死であったが、造血機能のみレスキューされたCbfbトランスジェニックマウスが作製された結果、誕生したマウスは骨形成がほとんどされなかった。また、Runx2ノックアウトマウスにおいても骨芽細胞の分化障害により、完全な骨欠損を呈した。Runx2ノックアウトマウスの骨形成予定領域である骨殻には、間葉細胞の凝集は見られず、軟骨基質マーカー遺伝子の発現もみられなかった。ノックアウトマウスにおけるその強烈な骨欠損の表現型からRunx2やその共役因子であるCbfb の解析は骨形成の分子的メカニズムの更なる解明において多大な貢献をもたらすと考えられる。

Runx1蛋白がCbfb蛋白と複合体を形成して蛋白分解経路であるユビキチンプロテアソーム系から安定化されるという報告がある。また、同様にRunx2蛋白もCbfbを導入することで安定化されることも示されている。逆にRunx2蛋白によってCbfb蛋白がユビキチンプロテアソーム系から安定化されるのかは未だ解明が進んでいない。そこで、引き続きこれらを解明することが、効率的な骨再生のための基礎研究になりうると考え本研究をおこなうこととした。

本研究の目的は、骨形成に必須であるCbfb、Runx2蛋白の安定化がどのようなメカニズムでおこなわれるか解明することである。第1章ではCbfb蛋白がいかにしてユビキチン化され、プロテアソーム系で分解されるのかについて解析した。次にCbfb蛋白のうち、ユビキチン化の標的部位の同定をおこなった。第2章ではCbfb蛋白がいかにしてRunx2蛋白により安定化されるのかについて解析した。安定化のためにはCbfb蛋白、Runx2蛋白のどのドメインが必要かについての検討もおこなった。最後にRunx2ノックアウトマウスを用いることにより、in vivoにおいてもCbfb蛋白がRunx2蛋白により安定化されるか免疫組織学的染色によって検討をおこなった。

第1章Cbfb蛋白がユビキチンプロテアソーム系で分解されるかの検討とユビキチン化における標的残基の同定

1-1Cbfb蛋白がユビキチンプロテアソーム系で分解されるかの検討

Cbfb蛋白がプロテアソームで分解されるかを検討するために各種プロテアーゼインヒビターを作用させ、Cbfb蛋白発現の比較をおこなった。NIH3T3細胞培養系において、Cbfbを過剰発現させ、4種のプロテアーゼインヒビターで処理したのち、36時間後に蛋白を抽出し、Western blottingをおこなった。その結果、プロテアソームインヒビターである、ALLN、MG-132、Lactacystinで処理した群でのみコントロールに比べて蛋白発現が増加した。また、次にCbfb蛋白がユビキチン化されるかを検討するために免疫沈降を行った。その結果、Cbfbを過剰発現させて抗タグ抗体で免疫沈降したレーンにおいてポリユビキチンバンドとみられるラダー状のバンドの発現が認められた。また、これにプロテアソームインヒビターであるMG132を作用させたレーンではさらにポリユビキチンバンドの発現の増加が認められた。

以上よりCbfb蛋白がユビキチン化されることと、プロテアソームで分解されることの両方が示唆された。

1-2Cbfb蛋白におけるユビキチン化標的残基の検討

ユビキチン化の標的はリジン残基との報告がある。そこでCbfb蛋白における5か所のリジンに着目し、アミノ酸配列をアルギニン酸に変換した変異体 (M1-5) を作製した。Western blottingをおこない、蛋白発現を比較することでどのリジン残基が標的になっているのかを検討した。その結果、5か所すべての変異体 (M1-5)の蛋白発現がWtと比較して増加し、5種類の各変異体間で蛋白発現に差が認められなかった。よって5か所のリジン残基が同じ程度ユビキチン化の標的となっているであろうことが示唆された。

1-3Cbfb変異体 (M1-5) の機能解析

Runx2蛋白がCbfb蛋白によって安定化されるという報告がある。ここでは、CbfbのWtと変異体 (M1-5) 間においてRunx2蛋白の安定化に差があるかを検討した。Runx2と共にCbfbのWtとM1-5を強制発現させてRunx2蛋白発現を比較したところ、M1-5のほうがWtよりRunx2蛋白発現を増加させた。

次に、WtとM1-5間においてRunx2の転写活性に差が出るかを検討するためにルシフェラーゼレポーターアッセイを行ったところ、M1-5のほうがWtよりRunx2転写活性をより亢進させた。

以上よりユビキチン化を抑制されたM1-5のほうがRunx2蛋白の安定化を促進し、Runx2の転写活性を亢進させることが示唆された。

第2章 Runx2によるCbfb蛋白安定化の検討

2-1 Runx2によるCbfb蛋白安定化の検討

Cbfbの導入によりRunx1蛋白と同様にRunx2蛋白も安定化されるという報告がある。ここでは逆にRunx2がCbfb蛋白をユビキチンプロテアソーム系による分解から保護しているのではないかと考え、検討を行った。Western blottingを用い、Runx2, Cbfbを共に強制発現させた際のCbfb蛋白発現の比較をおこなった。その結果、内因性のCbfb蛋白発現が大きいMC3T3-E1細胞ではRunx2を導入すると内因性のCbfb蛋白発現が増加した。また、NIH3T3細胞ではRunx2, Cbfbを共に強制発現させるとCbfb蛋白発現が増加し、他のRunxファミリーであるRunx1, 3によってもCbfb蛋白発現が増加した。

2-2 ドメイン変異体を用いたCbfb, Runx2それぞれの蛋白安定化ドメインの同定Runx2によるCbfb蛋白安定化という現象において、お互いのどのドメインが重要なのかを明らかにするための検討を行った。Cbfbはおおまかに3つの領域に区切ってドメイン変異体を作製した。Runx2についてはRunx1, 3においてもCbfb蛋白の安定化が認められたことから、Runx familyの共通部位であるrunt domainとC末端のVWRPY motifを中心にドメイン変異体を作製した。 Western blottingを用い、Cbfb, Runx2ドメイン変異体を組み合わせて蛋白発現の比較をおこなったところ、Runx2によるCbfb蛋白安定化にはCbfb側ではCbfb (90-120) , Cbfb (60-90) が、Runx2側ではRunx familyの共通部位であるrunt domainが重要であることが示唆された。

2-3 ポイント変異体を用いたCbfb, Runx2それぞれの蛋白安定化ポイントの同定

先行研究からポイント変異体を作製し、Western blottingを用い、Cbfb, Runx2ポイント変異体を組み合わせて蛋白発現の比較をおこなった。その結果Runx2によるCbfb蛋白安定化にはCbfb-Runx2蛋白複合体形成が重要であり、Cbfb側ではCbfb (60-90) 内の64番目とCbfb (90-120) 内の104番目の2か所のアミノ酸が、Runx2側ではrunt domain内の145番目のアミノ酸が蛋白複合体形成に関与していることが示唆された。

2-4 Runx2 ノックアウトマウス細胞を用いたCbfb蛋白発現解析

より生体内に近い条件下においてもRunx2によるCbfb蛋白安定化が再現されるかを検討するためにRunx2ノックアウトマウスから採取した細胞において内因性のCbfb蛋白発現の比較をおこなった。Cbfb ・ 細胞においてアデノウィルスを用いてCbfbをレスキューすると、内因性のRunx2蛋白発現はWtと同程度に回復した。Runx2・ 細胞においてアデノウィルスを用いてRunx2をレスキューすると内因性のCbfb蛋白発現は増加した。in vivoに近い条件下においてもRunx2蛋白安定化のためにはCbfbが、Cbfb蛋白安定化のためにはRunx2が必要であることが示唆された。

2-5 Runx2の各遺伝子型におけるタイプXコラーゲン、Runx2蛋白、Cbfb蛋白発現の比較

in vivo条件下においてもRunx2によるCbfb蛋白安定化が再現されるかを検討するために、胎生18.5日のRunx2ノックアウトマウスから脛骨を取り出し、免疫染色を用いることにより、Cbfb蛋白発現の比較を行った。Runx2の免疫染色ではWtの前骨芽・骨芽細胞では染色性が認められたが、Runx2・ では染色性が著しく低下していた。同様にCbfbの免疫染色でもWtの前骨芽・骨芽細胞では染色性が認められたが、Runx2 ・では染色性が著しく低下していた。以上よりin vivoの条件下においてもCbfb蛋白発現にはRunx2蛋白発現が重要であることが示唆された。

<結論>

先行研究により、Cbfbを導入することでユビキチンプロテアソーム系からRunx2蛋白が安定化されることが明らかになっているが、本研究によって、逆のRunx2を導入することによるCbfb 蛋白安定化も示された。また、より生体内条件に近いin vivoにおいてもCbfb蛋白がRunx2蛋白により安定化される結果を示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、骨形成に必須である転写共役因子Cbfb (core binding factor ・) の転写因子Runx2 (Runt-related transcription factor 2) による蛋白安定化がどのようなメカニズムでおこなわれるかの解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.Cbfb蛋白がユビキチンプロテアソーム系で分解

ユビキチンプロテアソーム系は種を超えて高度に保存された経路で、生体内の数多くの生体機能に重要なATP依存的蛋白質分解経路であり、最も重要な選択的蛋白質分解システムの一つである。この経路に関与する3つの酵素 (E1, E2, E3) のうち、特にE3は基質特異的であるため、その同定が非常に重要である。今まで、Runx2蛋白がユビキチンプロテアソーム系で分解され、E3リガーゼに関する報告は多く存在するが、Cbfb蛋白がユビキチンプロテアソーム系で分解される報告やE3リガーゼに関する報告は未だない。本研究からCbfb蛋白がユビキチンプロテアソーム系で分解されることが初めて明らかとなった。

2.Runx2によりCbfb 蛋白が安定化

先行研究において、Cbfbを導入することによりRunx2蛋白安定化が示されているものの、Cbfbノックアウトマウス細胞にCbfbを導入してRunx2蛋白発現を比較するレスキュー実験などの評価までは行われていない。本研究ではCbfbノックアウトマウス細胞にCbfbをレスキューすることで、内因性のRunx2蛋白発現を回復させることまでも確認できた。また、Runx2ノックアウトマウス細胞にRunx2をレスキューすることで、内因性のCbfb蛋白発現を回復させることができた。Runx2蛋白安定化のためにはCbfbが重要であり、Cbfb蛋白安定化のためにもRunx2が重要であることが初めて明らかとなった。

3.Runx1やRunx3など他のRunxファミリーでもCbfb蛋白が安定化

これまでにRunx1は急性骨髄性白血病 (AML) 、Runx3は胃がんの原因遺伝子であるという報告がある。Runx1やRunx3蛋白安定化を介して急性骨髄性白血病や胃癌の制御にも関与しているのではないかと推測できる。今後、蛋白安定化を介した発症の詳細な制御メカニズムの解析をおこなうことにより、骨疾患のみならず、幅広い疾患の治療法の開発にも貢献できると考えられる。

以上、本論文は骨形成シグナルを効率化・最適化することにより、より効率的な骨再生システムの基盤となる。これは今後の骨再生医療の発展に寄与するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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