No | 126030 | |
著者(漢字) | 永田,政義 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガタ,マサヨシ | |
標題(和) | 腎がんおよび肺がんにおけるCADMファミリー細胞接着分子群の意義に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126030 | |
報告番号 | 甲26030 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3509号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [はじめに] がんは、がん遺伝子やがん抑制遺伝子などの構造異常やエピジェネティックな異常を経て多段階に発生・進展する。さらに、様々な遺伝子発現の変化が、がんの複雑な病態や治療感受性を修飾している。これらの遺伝子群の異常の実態を把握し、その機能を明らかにすることは、がんの診断や治療、そして予防を考える上で重要である。特に、がんの多段階過程の中で比較的後期に起こる浸潤・転移は、上皮細胞間の細胞接着の破綻により生じ、がんによる死亡の最大の原因となることから、がんの浸潤・転移の分子機構を細胞接着分子群の異常の観点から明らかにすることは、がんの基礎研究の重要な課題の一つである。そこで、本研究では、免疫グロブリン・スーパーファミリー細胞接着分子群に属するCADMファミリー分子群に注目し、非小細胞肺がんのがん抑制遺伝子CADM1の生体内における機能についてマウスモデルを用いて解析し、さらにCADM4 が腎淡明細胞がんのがん抑制遺伝子として働いている可能性を示した。 1.Cadm1遺伝子欠損マウスにおける肺腫瘍発生と、その分子機構の解析 [序文] 肺がんは日本人のがん死の第一位を占めるがんであり、その組織型は神経内分泌由来の小細胞がんと、扁平上皮がんや腺がんを含む非小細胞がんに分類される。非小細胞肺がん(non-small cell lung cancer: NSCLC)では、初期変化として、がん遺伝子KRAS2やEGFRの変異や増幅、EML4-ALK融合遺伝子の発現などが認められ、一方、進展に伴う異常として、がん抑制遺伝子TP53, RB1, RASSF1, CADM1, 4.1Bの不活化、がん遺伝子STK11, c-MET の活性化などが報告されている。 この中で、c-MET は肝細胞増殖因子(hepatocyte growth factor: HGF)受容体として働く膜貫通型チロシンキナーゼであり、HGF刺激により細胞内の複数のリン酸化部位が自己リン酸化され、AKTなどの下流分子をリン酸化することにより、細胞の増殖促進、分化、アポトーシス、細胞周期の制御など多様な機能にかかわり、その分子標的阻害剤も開発されつつある。そして、進行NSCLC の約40-70%に c-METの過剰発現が認められることから、NSCLCの進展に関わる重要な分子であると考えられている。 一方、CADM1(Cell Adhesion Molecule 1)/TSLC1 (Tumor Suppressor Lung Cancer 1)は、進行したNSCLC で高頻度にヘテロ接合性の消失(LOH)を示す第11染色体長腕23領域のゲノム DNA 断片をヒトNSCLC 細胞に導入し、ヌードマウスにおける腫瘍原性抑制活性を指標として、所属研究室で同定されたがん抑制遺伝子である。これまでの解析から、CADM1はNSCLC の44% をはじめ、様々なヒトのがん、とくに進行がんで染色体の欠損やプロモーター領域のメチル化により不活化することが見出された。CADM1は免疫グロブリン・スーパーファミリー細胞接着分子(IgCAM)に属する1回膜貫通型タンパク質をコードし、大部分の上皮、特に脳、精巣、肺、腎に強く発現する。CADM1タンパク質は上皮細胞側面に発現してホモ二量体を形成し、隣接細胞の CADM1二量体とトランス結合し、上皮細胞間接着に関与する。一方、細胞内では、FERM結合部位を介してアクチン結合性を示す4.1 タンパク質群である 4.1B/DAL-1、4.1N と結合し、細胞接着シグナルを細胞骨格へと伝える。そして4.1B 遺伝子もNSCLCの57%でプロモーター領域のメチル化により不活化することから、CADM1-4.1B の分子経路は、NSCLC の重要ながん抑制経路と考えられる。CADM1のファミリー分子にはCADM1-4の4種があり、それぞれ細胞接着分子として特定の臓器・組織に発現するが、肺胞・気管支上皮では、 CADM1とともに CADM4の発現が認められる。 そこで、CADM1 の生理的、病理学的意義を個体レベルで明らかにする目的で、Cadm1 遺伝子欠損マウスを作成したところ、遺伝子ホモ欠損マウスのオスが、精子の分化・成熟過程における接着障害に基づく無精子症による雄性不妊を示した。さらに15カ月以上の飼育により、ホモ欠損マウス、ヘテロ欠損マウスの両方で、野生型マウスと比較して有意に高い肺腫瘍の発生が認められた。そこで、本研究では、Cadm1遺伝子欠損マウスにおける肺腫瘍発生の実態と分子機構を検討した。 [方法] Cadm1 遺伝子エクソン1 を Lac-Z・ネオマイシン耐性遺伝子で置換して作成したコンベンショナルCadm1遺伝子ヘテロ欠損マウス(C57BL6/Jマウス)を自家繁殖させ、PCRにより遺伝子型を決定した。15, 18, 22月齢のマウスを解剖し、全臓器を肉眼的、また HE 染色により組織学的に検索した。肺腫瘍から、培養肺がん細胞 IMSMP-1を樹立した。肺腫瘍、正常肺の CADM1、CADM4、4.1N、c-MET、リン酸化 MET、組織特異的抗原等の発現は、特異抗体を用いた免疫組織染色、並びにウェスタン・ブロット法により解析した。KRAS2、EGFR、TP53 遺伝子の構造異常の有無は、肺腫瘍組織より抽出したゲノム DNA を鋳型とする PCR-Single-strand conformational polymorphism (SSCP) 法により検索した。CADM1、CADM4 と c-MET との相互作用は、各々の抗体を用いた免疫沈降およびウェスタン・ブロット解析により検討した。 CADM1と c-MET 分子経路とのクロストークの有無は、 IMSMP-1、並びにヒトNSCLC 細胞 A549 に CADM1 を強制発現させ、HGF 刺激による c-MET、および下流分子群のリン酸化を、各種抗リン酸化抗体を用いたウェスタン・ブロットにて検出することにより検討した。細胞のin vitro での増殖は直接の細胞数カウントにより、また in vivo の腫瘍原性は、1 × 107および1 × 106個の細胞を野生型C57BL6/JおよびBALB/c nu/nu マウスの皮下に注入し、最長3ヵ月間観察することにより検討した。 [結果]15ヶ月以上飼育したCadm1欠損マウスにおいて肺腫瘍が自然発生した。これらの腫瘍はHE染色および 肺胞サーファクタント等の免疫組織染色により、肺胞・気管支上皮原発の肺腺腫もしくは肺腺がんと診断された。月齢18ヶ月における腫瘍発生頻度は Cadm1-/-マウスでは 35匹中 12 匹 (34%)、Cadm1+/-マウスでは 18匹中 5 匹 (28%)で、いずれも Cadm1+/+マウス(30匹中3匹 (7%)) と比較して有意に高かった(各々 p = 0.016, p = 0.036)。Cadm1-/-およびCadm1+/-マウスの肺腫瘍では肺腺がんの発生も認められたが (Cadm1-/-マウス18ヶ月で12例中1例、Cadm1+/-マウス18ヶ月で5例中1例)、野生型では一例も認められなかった。 肺腫瘍発生の分子機構を明らかにするために、まずCadm1+/-マウスに生じた腫瘍における CADM1 の発現を免疫組織染色にて検討したところ、解析した 4例全例でCADM1 の発現欠如が認められ、Cadm1遺伝子の2ヒットによる不活化が肺腫瘍形成に重要であることが示唆された。次に CADM1 分子経路の異常の有無を検討したところ、肺胞・気管支上皮で発現するもう一つの CADMファミリー分子 CADM4 の発現欠如が 9例中7例 (78%) で、また CADM1、CADM4 と結合する裏打ちタンパク質 4.1N の発現欠如も9例中6例 (67%)で認められ、肺腫瘍では CADM1 を介する分子経路が破綻していることが示された。 一方、ヒトのNSCLC で高頻度に異常が認められるKras2, Egfr ,Tp53遺伝子の変異の有無を16 例の肺腫瘍についてPCR-SSCP法にて検索したが、変異は全く認められなかった。 これに対し、進行したヒトNSCLC で過剰発現が認められる c-MET に関する免疫組織染色により、肺腫瘍 9例中 4 例 (44%) でリン酸化 c-Met が検出された。そこで、共に細胞膜タンパク質であるCADM1、CADM4 と c-MET との相互作用の有無を免疫沈降・ウェスタン・ブロット解析により検討したところ、CADM1, CADM4 と c-MET が各々複合体を形成することが示された。そこで、CADM1 が c-MET によるシグナル伝達を修飾する可能性を検討するために、IMSMP-1並びに内在性 CADM1発現の減少を示すA549 細胞に CADM1 を強制発現した細胞クローンを得て、各々 HGF 刺激による c-MET, 並びに下流分子シグナルの活性化を検討した。その結果、CADM1 は HGF による c-MET, AKT, ERK, mTOR, S6K の活性化を抑制した。このことから、Cadm1欠損による肺腫瘍発生には、CADM1による c-MET 経路の抑制機構の破綻が関与することが示唆された。 肺腺がんの1例から培養細胞 IMSMP-1 を樹立したところ、野生型C57BL6/Jマウス、並びにヌードマウス皮下への可移植性を示し、悪性腫瘍であることが実証された。 [結論] 本研究により、Cadm1遺伝子ホモ、ヘテロ欠損マウスに肺腺腫、肺腺がんの自然発生が有意に高頻度に認められ、CADM1 ががん抑制遺伝子であることが遺伝学的に確認された。また、CADM1欠損による肺腫瘍の発生には、 CADM4, 4.1N を含む細胞接着経路の破綻、並びに c-MET-AKT 経路の活性化が関わることが示された。 IgCAM に属する CADM1 が細胞膜上で c-MET 等の増殖因子受容体と複合体を形成し、そのシグナル伝達経路を抑制することは、細胞接着分子のがん化機構を解明する上で、また、分子標的薬の反応性を規定するマーカー分子を検索する上で、重要な知見になると思われる。 2.腎細胞がんにおけるがん抑制遺伝子CADM4/TSLL2の意義についての解析 [序文] 腎細胞がん(RCC)は腎ネフロンの様々な構成細胞から発生するが、最も頻度の高い淡明細胞がん(RCCC)は近位尿細管から発生し、進行症例や転移を有する症例は抗がん剤や放射線治療に抵抗性を示す。従って、上皮細胞接着の破綻による浸潤・転移の分子機構の解明はRCCCの治療や再発予防に重要である。CADM4 (Cell Adhesion Molecule 4)はがん抑制遺伝子CADM1との構造類似性に基づいて単離された細胞接着分子で、主に脳、肺、腎、尿路上皮や前立腺で発現するが、前立腺がんでは高頻度に発現が欠如し、がん抑制遺伝子として働くことが示唆されている。一方、4.1タンパク質群はCADM1 と結合するアクチン結合タンパク質であり、細胞骨格の形成に関わり、腎臓では 4.1B/DAL-1と 4.1N が主に発現する。これまでに、CADM1、4.1B 両者の不活化が NSCLC や乳癌、神経膠腫で報告され、また、RCCCにおける 4.1B 遺伝子のプロモーター領域メチル化による不活化が、所属研究室の先行研究で示されているが、RCCCにおける CADMファミリー分子の異常に関する報告はない。そこで、CADMファミリー分子の腎ネフロンでの発現の実態を明らかにし、 近位尿細管で発現する CADM4 の RCCC における意義について検討した。 [方法] CADM1, CADM4, 4.1B, 4.1Nの腎ネフロンにおける発現は、各抗体によるヒト正常腎組織の免疫組織染色により検討した。CADM1, CADM4と4.1B, 4.1N とのタンパク質相互作用は、正常腎組織抽出物の免疫沈降およびウェスタン・ブロット解析により検討した。CADM4, 4.1B の発現は、RCC 細胞株 10種、および東京大学医学部附属病院泌尿器科で切除された腎がん手術検体 40例を用いて、ウェスタン・ブロット法により検討した。CADM4の機能は、CADM4発現欠如を示すRCC細胞株 786-O へCADM4、またはベクターを導入した細胞を用いて行った。細胞のin vitro での増殖は MTS アッセイにより、また in vivo の腫瘍原性は、1 × 105 個の細胞をBALB/c nu/nu マウスの皮下に注入することにより検討した。 [結果] ヒトおよびマウスの腎臓の免疫組織染色により、CADM4と4.1Bが近位尿細管、CADM1と4.1Nは遠位尿細管で、それぞれ特異的に発現することを示した。また、CADM4と4.1Bが複合体を形成することを、正常腎組織由来抽出物を用いた免疫沈降およびウェスタン・ブロット解析により見出した。一方、CADM4と4.1B いずれかのタンパク質の発現欠如が、RCC細胞株10種中9種 (90%)、並びに RCCC手術切除検体40例中32例 (80%)で認められた。さらに、RCC 細胞株786-OにCADM4を強制発現すると、ヌードマウス皮下における腫瘍の増殖を著しく抑制した。 [結論] CADM4は4.1Bと共に腎近位尿細管に発現し、細胞接着、細胞骨格の制御に関わり、その分子経路の破綻が腎淡明細胞がん発生の重要な要因の一つになると考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は、がんの浸潤・転移に重要な役割をするとされる細胞接着分子群の分子機構を、その異常の観点から明らかにするために、免疫グロブリン・スーパーファミリー細胞接着分子群に属するCADMファミリー分子群に注目し、前半では非小細胞肺がんのがん抑制遺伝子CADM1の生体内における機能についてマウスモデルを用いて解析し、さらに後半でCADM4 が腎淡明細胞がんのがん抑制遺伝子として働きうるという可能性を示した研究であり、下記の結果を得ている。 CADM1と非小細胞肺がんについて、 1.ヒト非小細胞肺がんのがん抑制遺伝子CADM1を欠損させたCadm1欠損マウスでは、ホモ欠損、ヘテロ欠損のいずれにおいても肺腫瘍の自然発生を認めた。そしてこれらの腫瘍では、免疫組織染色により、ファミリー分子CADM4および下流分子4.1Nの欠如が高頻度に認められ、さらにリン酸化c-METの発現も高頻度に認められた。 2.非小細胞肺がん細胞A549を用いた免疫沈降およびウェスタン・ブロット法により、CADM1およびCADM4は、がん原遺伝子として働くチロシンキナーゼ受容体c-METと複合体を作ることが示された。さらにA549細胞にCADM1を強制発現させることで、HGF-c-METシグナル経路を抑制することが示された。 3.Cadm1-/-マウス肺がんから樹立した細胞株は、ヌードマウス皮下に易移植性を示す悪性形質細胞株であり、この細胞株にCADM1を回復させると細胞の増殖性や遊走能・運動能を抑制することが示された。 従って、CADM1は遺伝学的にも非小細胞肺がんのがん抑制遺伝子であることが証明された上、これまで明らかにされていなかったがCADM1がc-METシグナル経路を抑制することが示されたため、近年分子標的薬の研究のトピックとなっているc-MET過剰発現の非小細胞肺がんの治療や診断に対して、CADM1は今後役に立つ可能性が示唆され、この研究は学位の授与に値するものと考えられる。 CADM4と腎淡明細胞がんについて、 1.CADM4は、腎細胞がんのがん抑制分子としての報告がなされている4.1Bタンパク質と共に腎淡明細胞がんの発生母地である腎近位尿細管に特異的に発現していることが、免疫組織染色によって明らかとなった。さらに免疫沈降およびウェスタン・ブロット法により、これらCADM4と4.1Bは複合体を形成することが示された。 2.10種の腎細胞がん細胞株、および40例の腎淡明細胞がん手術切除検体においてウェスタン・ブロット法で発現を解析した結果、70%以上の高頻度にCADM4分子の発現が欠如していることが示された。さらにこのCADM4の発現欠如は、病期T分類の進行に従って高頻度となり、またCADM4の発現欠如を有する腎淡明細胞がんでは、高頻度に腫瘍内血管浸潤が認められた。 3.CADM4の発現を欠如する腎細胞がん細胞株786-OへCADM4を強制発現させると、ヌードマウス皮下における腫瘍増大を著明に抑制することが示された。 従って、細胞接着分子CADM4が正常腎では近位尿細管で特異的に発現しているという局在が明らかとなり、これまでに報告されていなかったが、このCADM4分子経路の破綻が腎淡明細胞がんの発生や進展の一つの原因となっている可能性が示唆されたため、今後腎細胞がんの予後や治療効果を予測するマーカーとして臨床的にも応用できる可能性があり、この研究は学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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