学位論文要旨



No 126032
著者(漢字) 丹羽,隆善
著者(英字)
著者(カナ) ニワ,タカヨシ
標題(和) BRCA2-plectin複合体による中心体の局在制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 126032
報告番号 甲26032
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3511号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 清水,伸幸
 東京大学 准教授 小川,利久
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 准教授 深,和彦
内容要旨 要旨を表示する

[背景および目的]

わが国では乳癌の発症頻度は上昇しており、約20人に1人の女性が乳がんに罹患するといわれている。乳癌症例のほとんどは孤発性のものであるが、全体の約5-10%において同一家系内に高頻度で発生するもの、いわゆる家族性乳癌(遺伝性乳癌)があるとされている。家族性乳癌の原因遺伝子として、連鎖解析を利用したポジショナルクローニング法によって1994年にBRCA1(17q21)が、次いで1995年にBRCA2(13q12-13)がそれぞれ単離された。BRCA2は主に核に局在し、Rad51、DSS1など相互作用することでDNAの損傷・修復機構において重要な役割を担っているとされている。また、BRCA2遺伝子は腫瘍抑制遺伝子としても知られており、これに変異が起こることにより、家族性の乳癌、卵巣癌の発症がみられることが知られている。

先行研究では、BRCA2が中心体構成蛋白質であるy-tubulinと相互作用し、核外移行シグナル、中心体移行シグナルをもち、細胞周期のS期からM期前期においては中心体にも局在することが報告されている。

しかしながら、中心体におけるBRCA2の機能は現在まで十分明らかにされていない。私はBRCA2の新しい機能を解析し、発癌にどのように関与するのかを解明することを目的とし、研究を行うこととした。

本研究ではBRCA2と相互作用する蛋白質として、新たにplectinを同定した。plectinはplakinファミリーに属する骨格系架橋蛋白質であり、微小管、アクチンの他、ビメンチン、サイトケラチン、デスミンなどの中間径フィラメントと相互作用し、細胞や組織の構造維持や、機能調節において重要な役割を果たしているとされている。BRCA2は中心体に局在し、中心体を構成しているy-tubulinと相互作用する。一方、plectinは細胞質において細胞骨格蛋白質や核膜蛋白質とも相互作用し、これらを架橋する。これらの知見に加え、今回の検討によりBRCA2とplectinがそれぞれ内在性の蛋白質レベルで相互作用することが明らかとなった。私はBRCA2-plectin複合体が、中心体を核膜に連結させる役割を果たし、中心体の局在制御に関与しているのではないか、との仮説を立てた。さらに、BRCA2-plectin複合体によって中心体の局在が核近傍の適切な部位に制御されることが、細胞分裂においても重要な意味を持つ可能性が示唆された。そこで、本研究は、BRCA2の中心体における新たな機能として、BRCA2-plecitn複合体の中心体局在に関する役割を明らかにすることを目的とした。

[方法および結果]

HeLa S3細胞を回収し、作製した細胞溶解液を15-30%(w/v)のグリセロールに重層し、グリセロール密度勾配法によって分画した。一部の内在性BRCA2は、本来検出される分画より分子量の大きい分画からも検出され、BRCA2に相互作用している蛋白質との複合体が形成されている可能性が示唆された。それぞれのフラクションをSDS-PAGEで展開し、銀染色を行ったところ、分子量の大きい分画に他分画には観察されない特徴的なバンドがみられた。これらの特徴的なバンドをゲルから切り出し、トリプシン消化した試料はナノフロー液体クロマトグラフィーによって分離された。続いてMALDI TOF/TOF質量分析法による解析、MASCOT ver.2.0データベース検索を行い、複合体中にplectinが存在する事が判明した。plectinとBRCA2の結合は免疫共沈降法によって検討し、HeLa細胞およびMCF7細胞において両者の相互作用が確認された。

plectinはCDK1によってリン酸化され、その蛋白質架橋作用が失われる事が知られている。中心体がBRCA2とplectinを介して核の近傍に局在すると仮定すると、リン酸化によるplectinの架橋作用の喪失の結果、中心体の核からの解離が観察されると考えられた。そこで、HeLa細胞から核、中心体、plectinの形態を保持した分画を作成し、活性化CDK1/cycBを添加しplectinをリン酸化させた。免疫染色の結果、CDK1によるplectinのリン酸化によって核と中心体の距離の増大傾向が統計学的有為差をもって観察された。

plectinのC末端側には6つの繰り返し配列(PLEC M1-M6)があり、ankyrin様の繰り返し配列を持っている。ankyrin repeat配列は様々な蛋白質相互作用に関与する事が知られており、これらの領域がBRCA2との相互作用にも関与していると考え、PLEC M1 領域(2738-3021 a.a.)およびPLEC M-C領域(4150-4503 a.a.)に着目し、検討した。pull down assayの結果、GST-PLEC M1およびGST-PLEC M-CはBRCA2と相互作用することが明らかになった。また、in vitroにおいてGST-PLEC M1がFLAG-BRCA2とplectinの相互作用を阻害することを明らかにした。

HeLa細胞内でPLEC M1を過剰発現させ、ウェスタンブロットで解析したところ、in vivoにおいてもPLEC M1はplectinと競合し、内在性の相互作用が阻害される事が明らかとなった。そこで、PLEC M1によるBRCA2-plectin相互作用の阻害が中心体局在に影響を与えるかを検討するため、PLEC M1を導入したHeLa細胞について間接蛍光抗体法による免疫染色を行った。その結果、中心体の核膜からの解離が観察されるとともに、微小核の形成頻度の上昇がみられた。

siRNAを用いた、BRCA2、plectinの発現抑制の検討では、各々の蛋白質を発現抑制することによって中心体局在の変化が観察された。また、同時に核の形態異常も高頻度に観察された。

[考察]

遺伝性乳癌、卵巣癌の原因の一つとされているBRCA2蛋白質と新たに相互作用する蛋白質としてplectinを見出した。plectinは筋ジストロフィーを伴う表皮水疱症の原因遺伝子として知られているが、近年膵管上皮腺癌、肝細胞癌においては高発現、あるいは低発現など特徴的な所見が相次いで報告され、腫瘍発生に影響を与える可能性も示唆されている。

plectinは高度に保存された6つの繰返し配列(PLEC Module1-6)をそのC末端に持ち、これらのモジュールは様々な蛋白質の相互作用に関与するとされているankyrin repeatの二次構造に非常に相同性が高いことが知られている。そこでM1領域(PLEC M1; 2738-3021 a.a.)および、M6全域と中間径フィラメント結合領域を含むC末端側領域(PLEC M-C; 4150-4503 a.a.)に着目し、検討を行った。その結果PLEC M1およびPLEC M-CについてBRCA2との相互作用が明らかとなった。それぞれのモジュールは他と高い相同性を持つために、これらすべての領域がBRCA2との相互作用に関与する可能性も示唆された。どのようにBRCA2が6つのモジュールと相互作用するかについては今後の課題としたい。BRCA2との相互作用に関与するPLEC M1領域を細胞内で過剰発現させることによって内在性BRCA2と内在性plectinの相互作用が阻害され、中心体の局在が核周囲の領域から離れる現象が明らかになった。これらの結果から、中心体はplectin-BRCA2の相互作用を介して核周囲の領域に局在している可能性が示唆された。

現在のところ、中心体は細胞皮質に存在するダイニンが、中心体から生成されている微小管を引っ張ることによって細胞のほぼ中心に局在することが出来ると考えられている。しかしながら、この機構だけでは細胞膜を破壊し核分画を調製した際、どうして中心体が核分画に含まれるのか疑問が残る。

中心体のポジショニングに関しては、線虫ではZYG-12が、中心体と核膜を繋ぎとめていることが報告されており、ZYG-12遺伝子の変異によって、間期における中心体の核への結合は乱され、中心体の局在異常を来し、genome instabilityが引き起こされる事が報告されている。ヒトの表皮線維芽細胞においては、emerinと微小管が中心体のポジショニングに必要であるとする報告もある。今回、BRCA2とplectinの相互作用が明らかになり、この相互作用の中心体局在への関与が示唆されたため、我々はBRCA2とplectinの相互作用もまた中心体と核をつなぐ一つの機構を担っていると推察し、BRCA2-plectinの相互作用を介して中心体が核膜に近接して存在するモデルを提案した。

近年、ショウジョウバエにおいて、中心体の機能異常および余剰中心体を持つ細胞を同種の腹腔内に移植すると腹腔内に腫瘍が発生することが報告されている。さらに、中心体の増幅は乳癌等において早期から観察される事象であり、増幅した中心体の大きさ、数はゲノム不安定性と相関しているとする報告もある。しかしながら、これまで中心体の位置の異常が細胞に与える影響についてはほとんど知られていない。今回、PLEC M1を一過性に過剰発現させた細胞において核の形態異常や分裂異常が有意に多く観察された。この際、中心体複製異常は観察されなかったことから、BRCA2とplectinの相互作用の阻害によって引き起こされた中心体局在の変化が、観察された核の形態異常や分裂異常の原因である可能性が示唆された。これらの知見や実験結果より、中心体の核膜からの解離はゲノム不安定性を来たし、その結果、発癌にも影響を与えているのではないかという可能性が示唆された。

以上より、中心体におけるBRCA2の新しい機能として、BRCA2-plectin複合体は中心体局在の制御を通して、中心体周囲の微小環境の形成と核の複製(核の形態学的異常や核分裂異常)に関与することが示唆された。また、その異常は染色体不安定性を増加させ、さらには乳癌などの発癌過程に関与するであろうと考えられた。

[結論]

1、 BRCA2と相互作用する新規蛋白質としてplectinが同定された。

2、 BRCA2とplectinの結合には少なくともPLEC M1領域および PLEC M-C領域が関与している。

3、 in vitroあるいはin vivoにおいて、PLEC M1によってBRCA2-plectinの相互作用は阻害される。また、その結果、in vivoにおいては中心体の局在が変化し、核縁からの距離が相対的に長い細胞が高頻度に観察された。

4、 細胞内でのPLEC M1強制発現やsiRNAによるBRCA2あるいはplectinの発現抑制によって、中心体の局在変化や、核の形態異常の頻度が増加した。

5、 これらの結果より、BRCA2-plectinの相互作用は中心体局在の制御において重要な役割を果たしていることが明らかにされ、中心体局在の変化がゲノム不安定性を引き起こし、発癌にも影響を及ぼしている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は家族性乳癌の一因とされているBRCA2と新たに相互作用するタンパク質を探索し、このタンパク質複合体を解析することにより、BRCA2の新規機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.HeLa S3細胞溶解液を調製し、グリセロール密度勾配法を用いて分画した。本来、分子量約380kのBRCA2が検出される分画より大きい分子量のタンパク質が検出される分画をSDS-PAGEに展開し、ゲルから切り出す事によりBRCA2と複合体を形成している候補タンパク質を精製し、MALDI TOF/TOF質量分析法を用いてタンパク質を同定した。その結果、BRCA2と新たに相互作用する蛋白質としてplectinが同定された。

2.同定されたplectinとBRCA2の内在性タンパク質間結合は、子宮頸癌由来細胞株であるHeLa細胞、および野生型のBRCA2を持つ事が確認されている乳癌由来細胞株であるMCF7細胞において、免疫共沈降法によって検討した。また、plectinはC末端側にankyrin repeatと高い相同性を示す6つの繰り返し配列を持ち、タンパク質相互作用に重要な役割をもっていると推測された。plectinのBRCA2結合領域を明らかにするため、この領域の一部をクローニングし、GST融合タンパク質(GST-PLEC M1、GST-PLEC M-C)を精製し、GST pull down法を用いて検討した。その結果、いずれの領域もBRCA2との相互作用に関与することが明らかになった。

3.先行研究によって、plectinは細胞骨格を架橋し、核膜構成タンパク質とも相互作用すること、BRCA2は主に核内に局在するが、S期からM期前期までは中心体にも局在することが知られている。そこで、今回新たに見出したBRCA2-plectin複合体が、中心体局在制御に関与するかについて検討を行う事とした。plectinは細胞骨格を架橋する作用を持つタンパク質であるが、CDK1によってリン酸化されると、その架橋作用を喪失する性質を持つ。ホモジナイザーによって細胞膜を破断し、核、中心体、plectinを含む分画を作製し、CDK1を反応させることで中心体局在に変化が観察されるかについて検討した。その結果、CDK1によるplectinリン酸化によって中心体局在が変化し、核縁からの距離が相対的に長い細胞が高頻度に観察されることが分かった。

4.BRCA2とplectinの相互作用にPLEC M1領域が重要な役割を担っていることが、GST-pull down法によって明らかになっていたため、この領域がin vitroあるいはin vivoにおいてBRCA2-plectin相互作用を阻害するかについて検討を行った。その結果、in vitroにおいても、in vivoにおいてもPLEC M1によってBRCA2-plectin相互作用は阻害される事が明らかになった。また、細胞内においては、PLEC M1を導入する事によって、中心体の局在に変化が生じ、核縁からの距離が相対的に長い細胞が高頻度に観察されることが明らかになった。また、同時に、核の形態異常が見られる細胞も高頻度に観察されることが明らかになった。

5.BRCA2あるいはplectinの発現抑制によって中心体局在変化が観察されるかについて検討を行った。それぞれのsiRNAを作製し、タンパク質の発現抑制を行ったところ、BRCA2、plectinのいずれにおいても中心体局在変化が観察され、同時に、核形態異常をもつ細胞も高頻度に観察されることが明らかになった。

6.これらの実験結果より、BRCA2はplectinと相互作用し、中心体局在制御において重要な役割を果たしていることが明らかにされた。

以上、本論文はBRCA2と相互作用するタンパク質であるplectinを新たに同定し、その機能解析によりBRCA2-plectin複合体が、細胞分裂において非常に重要な役割を担っている中心体の局在制御に関与している事を明らかにした。これまで、中心体におけるBRCA2の機能は全く未知であった。本論文はBRCA2の新規機能、そして、発癌過程において重要であると考えられているゲノム不安定性と中心体局在制御機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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