学位論文要旨



No 126034
著者(漢字) 平田,真
著者(英字)
著者(カナ) ヒラタ,マコト
標題(和) CCAAT/enhancer-binding protein βによる軟骨細胞分化制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 126034
報告番号 甲26034
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3513号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 講師 近津,大地
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

ほとんどの生理的な骨格成長は軟骨内骨化により獲得され、変形性関節症などの病的軟骨代謝障害においても軟骨内骨化の関与が指摘されている。この軟骨内骨化において軟骨細胞肥大分化は骨格成長の4割から6割を占めるとされる重要なステップである。軟骨の肥大分化過程において、軟骨細胞はまず増殖を停止し、X型コラーゲン(COL10)産生を代表とする肥大軟骨特有の基質を産生し、一方ではmatrix metalloproteinase 13 (MMP13) などの基質分解酵素を分泌して軟骨基質の分解を促している。こうした一連の分化過程は協調的なもので様々なシグナルにより制御を受けていることが示唆されているが、その分子メカニズムの詳細は未だ明らかではない。

本研究では様々な細胞の増殖・分化に関与することが知られている転写因子CCAAT/ enhancer-binding protein β (C/EBPβ)に着目しその軟骨細胞分化における役割を解析した。 まずC/EBP βホモノックアウト(-/-)マウスを解析し、骨格成長障害を呈していること、その四肢成長板において軟骨細胞増殖層の延長、肥大分化の遅延のあることを示した。この分子機序解明のため、初代培養軟骨細胞においてC/EBPβのloss-of-function、gain-of- functionの実験を行ったところ、C/EBPβが細胞周期の停止に関与している可能性が示唆された。この細胞周期に関連する因子の中でC/EBPβの標的因子を見出すべくマイクロアレイによる網羅的解析を行い、cyclin-dependent- kinase inhibitorであるp57kip2を標的因子として同定した。p57はマウス四肢成長板軟骨においてC/EBPβと同様増殖層後期から肥大層にかけて発現しており、C/EBPβ欠損によりp57の発現は低下していた。また、C/EBPβ過剰発現細胞の肥大分化亢進は、shRNAによるp57の発現抑制により阻害されていた。さらに、ルシフェラーゼアッセイ、EMSAによる解析からp57プロモーターにおけるC/EBPβの応答配列を同定し、C/EBPβがp57を直接転写誘導することを示した。

続いて、C/EBPβの軟骨細胞肥大分化への直接的な作用について解析を行った。特に肥大分化に重要な作用を持つRunx2がそのco-factorとして知られている事から、Runx2とC/EBPβの関係に着目しながら、解析を進めた。まず、C/EBPβとRunx2の複合遺伝子欠損マウス(C/EBPβ-/-;Runx2+/-)を作成したところ、同胞C/EBPβ-/-マウスよりも強い成長障害を認めた。組織学的検討では軟骨内骨化の遅延および一次海綿骨量の低下を認め (Alcian blue / von Kossa二重染色)、COL10の発現はC/EBPβ-/-マウスと同程度であったがMMP13の発現が著明に低下していた。このメカニズム解明のため、ヒト軟骨系細胞株SW1353にC/EBPβとRunx2を共導入すると、増殖能は単独導入と同程度であったが、各種軟骨分化マーカーの中でMMP13の発現が相乗的に上昇した。さらにルシフェラーゼアッセイによりCOL10、MMP13プロモーターにおいてC/EBPβが転写活性を有していること、特にMMP13プロモーターについてはRunx2と協調性して転写活性を誘導することを示した。

続いて軟骨代謝における病態モデルとしてマウスにおいて変形性膝関節症モデルを作出し解析したところ、C/EBPβは関節軟骨の変性に先立って発現しており、そのヘテロノックアウト(+/-)マウスにおける変形性関節症モデルでは同胞野生型マウスに比べて関節破壊が抑制されていた。しかし、この過程におけるp57の発現は明らかではなく、肥大分化マーカーであるCOL10、MMP13の発現低下のみを認めたため、さらにC/EBPβの肥大分化に対する作用を詳細に検討することとし、Runx2が軟骨細胞の肥大分化において重要な因子であり、C/EBPβがそのco-factorとしても知られていることから、Runx2とC/EBPβの遺伝学的相互作用について解析を行いながら、肥大分化における両者の協調性についても確認することとした。

以上のことから、C/EBPβはp57の発現誘導を介した増殖の停止から肥大分化への移行、COL10、MMP13の発現誘導を介した肥大分化促進作用を持ち、生理的な軟骨内骨化、変形性関節症における軟骨内骨化を制御していることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は生理的な軟骨形成および軟骨病的状態である変形性関節症におけるC/EBPβの役割を解明し、その分子機序を明らかにするため、ノックアウトマウスを用いた生理的条件下および変形性関節症誘導モデルでのin vivoの解析、ならびにマウス肋軟骨由来の初代培養軟骨細胞、軟骨系細胞株を用いたin vitroの解析により、下記の結果を得ている。

1.C/EBPβホモノックアウト(-/-)マウスの解析の結果、ノックアウトマウスでは大きな骨格パターニングの異常はなかったが、骨格の組織学的解析により、軟骨内骨化において特に肥大分化が遅延していることが明らかとなった。in vitroの系でもC/EBPβは軟骨細胞において増殖に対しては抑制的に分化に対しては促進的に作用することが確認された。これらのデータによりC/EBPβが細胞増殖の抑制すなわち細胞周期回転の停止に関与し、肥大分化を促す作用を持つことが示唆された。

2.フローサイトメトリーを用いたDNAヒストグラムの解析から、C/EBPβは軟骨細胞の細胞周期に関与していることを示した。さらにDNAマイクロアレイによる網羅的スクリーニング、その後のマウス初代培養軟骨細胞におけるgain-of-function、loss-of-functionの解析からp57を標的分子として同定した。続いてp57の発現制御メカニズムについて解析を行い、C/EBPβがp57プロモーター活性を有し、プロモーター上のC/EBPモチーフに直接結合しp57を転写誘導することを示した。最後にsh-p57を用いてC/EBPβの肥大分化促進作用へのp57の関与を確認したところ、ALP染色、X型コラーゲンのmRNA量の抑制が生じ、C/EBPβのp57を介した肥大分化促進作用の可能性が示唆された。以上より、C/EBPβはp57を転写誘導することにより細胞周期を制御し、軟骨細胞の増殖の停止から肥大分化への移行を促進していることが示された。

3.Runx2との協調性に触れながらC/EBPβの肥大分化促進作用について検討した結果、in vivoの系においてC/EBPβ-/-;Runx2+/-マウスにおける肥大分化はC/EBPβ-/-マウスと比べ著明に抑制されており、中でもMMP13の発現量の低下、軟骨基質分解の遅延が著明であった。ヒト軟骨系細胞株SW1353を用いたin vitroにおける検討でも、MMP13の発現、転写活性はC/EBPβとRunx2を共導入することで協調的に亢進した。一方X型コラーゲンについては、in vivo、in vitroいずれにおいても明らかなRunx2との協調性は確認されないものの、独立してX型コラーゲンの発現、転写活性を誘導することが明らかとなった。

4.マウスにおける実験的変形性関節症モデルの解析から、C/EBPβが変形性関節症における軟骨代謝にも関与し、軟骨変性に先立ちC/EBPβが発現すること、その発現量低下によりX型コラーゲン、MMP13の発現も低下し、軟骨変性が抑制されることが示された。しかし、この過程におけるp57の関与は明らかとはならなかった。

以上、本論分はC/EBPβが生理的な骨格成長および変形性関節症の軟骨変性における軟骨内骨化の過程で軟骨細胞の増殖の停止から肥大分化にかけて促進的な作用をもつ重要な分子であることを明らかにした。本研究はこれまで解明されていなかった、軟骨内骨化に働くと考えられる転写因子ネットワーク網の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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