No | 126035 | |
著者(漢字) | 藤川,由美子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジカワ,ユミコ | |
標題(和) | ヒト培養軟骨細胞の継代培養に伴い発現が減少するWNT inhibitory factor 1の糖・脂質同化に及ぼす影響 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 126035 | |
報告番号 | 甲26035 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3514号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 目的 軟骨組織は自己修復能が少なく、軟骨再生医療に対する期待は高い。われわれの目指す再生軟骨組織は、インプラント型の再生軟骨であり、インプラント型の再生軟骨を作製する場合、組織から単離された軟骨細胞を必要数まで増殖させる必要がある。正常組織における軟骨細胞は、基質産生能が高く、自ら作り出した大量の基質によって自身を小腔内に閉じ込め、最終的にはそれぞれの細胞が孤立して独特の三次元環境の中で恒常性を保つ。しかし、軟骨細胞は生理的な三次元環境から取り出されると、直ちにその典型的な表現型とタンパク質合成能を失い、「脱分化」とよばれる現象を生じる。軟骨の脱分化現象は、継代培養に伴いさらに進み、継代培養に伴い、基質産生能の低下だけでなく、増殖能、ストレス反応性の低下などをもたらし、細胞の生存性を減少させることが知られている。 したがって、継代培養に伴い発現が減少する遺伝子は、培養環境下における生存性や恒常性の維持に重要な役割を果たしている可能性がある。そのため、本研究においては、培養軟骨細胞における生存性や恒常性維持に重要な役割を果たす因子を同定し、その機能を解明することを目的として、軟骨再生医療の細胞源として多用される100-1000増程度の軟骨細胞(第2-3継代、P2-3)と、過度の増殖により細胞増殖能または基質産生能が極端に低下している1億倍増程度のP7-8を遺伝子発現で網羅的に比較して、候補遺伝子を選定した。 さらに、生体内の永久軟骨においては、軟骨基質の改変や軟骨細胞の物質交換はきわめて緩徐である環境にあって、含まれる軟骨細胞には、特にグリコーゲンや油滴が集積する特徴を有している。この事実を勘案し、培養細胞の継代に伴う変動遺伝子の機能を解析する上で、細胞の生存性や恒常性維持に根源的な役割を果たすエネルギー代謝関連に着眼し、軟骨細胞に蓄積が多い糖・脂質の細胞内取り込みや細胞内蓄積に対する作用を検索した。 方法 実験は全て、東京大学医学部付属病院の倫理委員会の承認を受けておこなった(承認番号622)。小耳症患者21名から、インフォームドコンセントを取得のうえ、摘出された遺残耳介軟骨をメスで細切し、0.15%コラゲナーゼ溶液で処理し、ヒト耳介由来軟骨細胞を単離した。5% Human Serum、100 ng/ml FGF-2、insulinを含むDMEM/F12 (HFI培地)を用いて培養し、細胞のストックを作製し、実験に供した。培養細胞を、real time PCR、プロモーター領域に対するルシフェラーゼレポーターアッセイ、Methylation Specific PCR (MSP法)、 ELISA、培養細胞蛍光免疫染色、培養上清の生化学的な評価などを行った。また、グルコースや脂質の細胞内取り込みを評価するため、2NBDGやオレイン酸の取り込み量の定量および蛍光観察をおこなった。さらに、細胞生存率の定量するため、生細胞数や生存率をヌクレオカウンターで正確に評価した。 結果と考察 P2およびP7の培養軟骨細胞の遺伝子発現の差をマイクロアレイによって解析した結果、両者の発現量に10倍以上という最も大きな差があり、再現性が高かった遺伝子として、WNT inhibitory factor 1(WIF1)が検出された。マイクロアレイの再現性をreal time PCRによって確認したところ、各継代のWIF1の発現は、ヒト耳介軟骨細胞のn=8の細胞すべてにおいて、P3においてP8と比較し有意に高く、生体ヒト耳介軟骨細胞および各継代の遺伝子発現を検証したところ、継代に伴い発現が減少していく傾向が確認された。 継代に伴うWIF1の遺伝子発現の減少はルシフェラーゼアッセイを行ったところ、P3で活性が高く、WIF1は転写レベルで発現調節が行われていることが分かった。さらに、MSPを行った結果、すべてのDNAにおいて、今回のPCR増幅領域においては、DNAのメチル化が生じておらず、DNAのメチル化による発現抑制は生じていないことが示唆された。 P3、P8ともに、細胞密度が高い状態で培養した方がWIF1の発現が有意に上昇した。細胞密度の増加が細胞に与える影響として、細胞の低栄養、低酸素が挙げられるが、P3およびP8ともに、酸素分圧5%の低酸素下においてWIF1の発現が有意に上昇した。培養上清に対する生化学的検討については、P3、P8ともに、低酸素下において、グルコース消費量および、乳酸産生量が増加することが分かった。しかし、細胞内ATP量を測定したところ、P3、P8ともに通常酸素、低酸素下における産生量に差はなかった。一方、脂質に関しては、培地上清中の総脂質(TL)、トリグリセロール(TG)、総コレステロール(TC)量について、P3、P8ともに低酸素下で3者の培地中濃度が減少しており、低酸素下において、細胞内への脂質の取り込み量が増加していることが示唆された。さらに、細胞内糖・脂質蓄積量をPAS染色、oil red O染色によって観察したところ、P3、P8ともに、低酸素下において細胞内糖・脂質蓄積量が増加することが分かった。 WIF1と糖代謝に対する影響については、WIF1存在下において、グルコースの消費量、細胞内糖蓄積量が増加した。2-NBDGによって、WIF1は、GLUT1を介して糖の細胞内取り込みを増加させることを確認した。脂質代謝については、培地上清中のTL、TG、TC量の減少、および細胞内脂質の蓄積量の増加が認められた。さらに、WIF1は細胞内へのオレイン酸の取り込み量を増加させた。 WIF1を添加した無血清培地で培養した細胞の生細胞数の経時的変化から、WIF1は細胞の生存性が高めることが分かった。さらに、WIF1を添加して7日間培養した細胞は、低栄養の緩衝液KRBに培地交換して3時間後、6時間後において、生存率が上昇することが分かった。 これらの結果から、WIF1は培養軟骨細胞において、エネルギー貯蔵を亢進させる機能を担っているものと思われた。また、WIF1によって増加した細胞内糖・脂質貯蔵は、低栄養状態に細胞がさらされた際の、細胞の生存性向上に役立っている可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 軟骨再生医療において、われわれの目指すインプラント型の再生軟骨を作製する場合、組織から単離された軟骨細胞を必要数まで増殖させる必要がある。 しかし、ヒト耳介軟骨細胞は継代培養に伴い、軟骨としての表現型である基質産生能の低下、増殖培地による培養における増殖能の低下、ストレス反応性の低下などを生じ、細胞の生存性も減少することが知られている。このことから、軟骨再生医療の細胞源としては、100-1000倍増程度の軟骨細胞(第2-3継代、P2-3)が多用され、この場合使用できる細胞数に制限が生じている。本研究は継代培養に伴う軟骨形質変化の要因の原因となる遺伝子として、継代培養に伴い発現が減少する遺伝子を選択し、機能解析を行い以下の結果を得た。 1 .軟骨再生医療の細胞源として多用される100-1000倍増程度のP2-3と、過度の増殖により細胞増殖能または基質産生能が極端に低下している1億倍増程度のP7-8を遺伝子発現によってマイクロアレイによって網羅的に解析を行い、P7と比較しP2で発現が高かった既知遺伝子のうち、発現量に10倍以上が差あり、6検体において最も再現性が高かった既知の3つの遺伝子のうち、Real time PCRにおいても再現性が確認された遺伝子であるWNT inhibitory factor 1(WIF1)を選定した。 2.Real time PCRによって、WIF1の遺伝子発現はヒト生体耳介軟骨組織において最も発現が高く、次いで組織から単離された細胞の継代培養に発現が減少する傾向を確認した。 3. WIF1の遺伝子発現は、ルシフェラーゼレポーターアッセイを行い、転写レベルで調節されていることを確認した。種々の癌細胞ではDNAのプロモータ領域のメチル化により転写が抑制されているという報告があるが、発現の低いP8で3検体解析を行ったところDNAのメチル化は生じていなかった。 4. WIF1のタンパク発現局在および細胞内タンパク発現量は免疫染色の結果においてP3、P8で差はなかったが、培地上清中のタンパク蓄積量はP8と比較しP3で高いことをELISAによって確認した。さらに、ヒト耳介軟骨組織および関節軟骨組織において、WIF1のタンパク発現を確認した。また、ヒト耳介軟骨組織において、糖・脂質の細胞内蓄積をPAS染色、oil red O染色にて確認した。 5. 細胞高密度、低酸素下において細胞培養を行うとWIF1の発現が上昇することが分かった。低酸素下において、グルコース消費量、乳酸蓄積量、脂質消費量、細胞内糖・脂質蓄積が増加し、他方細胞内ATP量に差はないことを、培地上清生化学検査、PAS染色、oil red O染色によって確認した。 6. WIF1リコンビナントタンパクを添加したHFI培地(5%Human Serum、100 ng/ml FGF-2、5 μg/ml insulinを含むDMEM/F12培地)においても糖・脂質消費量が増加した。WIF1による糖の細胞内取り込みを蛍光標識グルコース試薬である2-NBDGによって定量・可視化して確認した。 7. WIF1を添加したHFI培地において、細胞内の糖蓄積が増加したことをPAS染色にて確認した。 8. Real time PCRによって、糖代謝関連遺伝子の発現を解析したところ、GLUT1,3,5を介して糖を取り込むことが示唆された。さらに、グリコーゲン合成酵素GYS1の発現量がinsulinとWIF1の共存在下で増加した。 9. WIF1のシグナル伝達をウェスタンフ゛ロット法で解析したところ、GSK3βのリン酸化による不活化がWIF1存在下で増強していたが、GYSの活性化に影響はなかった。また、wntシグナルのcanonical pathwayを抑制しておらず、むしろβ-cateninの核内移行を促進していた。 10. WIF1を添加したHFI培地において、細胞内の脂質蓄積、細胞内脂質取り込みが増加し、細胞内脂質蓄積量も増加することを培地上清生化学検査、脂肪滴を構成する遊離脂肪酸であるオレイン酸の取り込み量を、oil red O染色によって確認した。 11. insulinは脂肪酸合成を促進する一方、Real time PCRによる解析の結果から、WIF1は脂肪酸合成を促進することはなく、トリグリセリド合成律速酵素であるDGAT2の発現を上昇させたことから、細胞内の脂肪滴を構成するトリグリセリドの合成を促進することによって、細胞内脂質の蓄積を増加させることが示された。 12. 無血清培地によって13日間培養したところ、insulin+ WIF1、WIF1、insulin、controlを添加したものの順に生細胞数が多く、さらにWIF1で死細胞率が低いことが分かった 。 13. WIF1によって細胞内の糖・脂質蓄積量が増加した細胞は、無血清の細胞外液にさらされた場合、3時間後、6時間後においてinsulin(-/+)にともに、WIF1存在下において、生存率が維持されることが分かった。 以上、本研究によって、ヒト培養軟骨細胞の継代培養に伴い発現が減少するWNT inhibitory factor(WIF1)は、培養軟骨細胞の糖・脂質同化に影響を及ぼすことが示された。これまでに詳細に分かっていなかったWIF1の機能を明らかにしたことは、軟骨再生医療に対して重要な貢献をなすだけでなく、今後の生命科学の発展に寄与するものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 以上 | |
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