学位論文要旨



No 126038
著者(漢字) 宮垣,朝光
著者(英字)
著者(カナ) ミヤガキ,トモミツ
標題(和) 皮膚悪性リンパ腫におけるeotaxinの役割
標題(洋)
報告番号 126038
報告番号 甲26038
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3517号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 准教授 朝蔭,孝宏
 東京大学 講師 國松,聡
 東京大学 講師 多田,弥生
内容要旨 要旨を表示する

ケモカインとはその受容体を発現する細胞の遊走を主な役割とする一群のサイトカインの総称であり、構造上の違いからCCケモカイン、CXCケモカイン、Cケモカイン、CX3Cケモカインに分類される。様々な疾患においてケモカインの動態を調べることは、その疾患の病態を理解する上で重要である。

Eotaxin-1、eotaxin-3は共にCCケモカインファミリーに含まれ、ケモカイン受容体(CCR)3が唯一の受容体である。これらのケモカインはCCR3を発現している細胞、主に好酸球、好塩基球、一部のヘルパーT細胞2型(Th2)を遊走させる役割を担っている。当初eotaxin-1は種々の組織で恒常的に発現しており、生体のホメオスタシスに関与している可能性が報告された。その後、アレルギー性疾患である喘息やアトピー性皮膚炎において、eotaxin-1の発現が上昇していることが指摘され、これらの疾患の病態に重要な役割を果たしていると考えられるようになった。さらに、炎症性腸疾患やHodgkinリンパ腫の病変部においてもeotaxin-1発現の上昇が確認され、アレルギー性疾患以外の疾患でも病態への関与が示唆されている。また、eotaxin-1はヒトおよびマウス由来の好酸球の培養液中での生存率を上げ、CCR3を発現している腎細胞癌のcell lineの増殖率を上げることが報告されており、遊走作用以外に細胞のアポトーシスや増殖に関与していることが分かっている。Eotaxin-3は近年発見されたeotaxinファミリーに属するケモカインであり、eotaxin-1と同様に種々の臓器で恒常的に発現している。また、喘息、アトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患においてもeotaxin-1と同様に重要な役割を果たしていることが示唆されている。

CD4ヘルパーT細胞は、サイトカイン産生プロファイルによって2つのサブセットに分けられる。ヘルパーT細胞1型(Th1)細胞は、interferon (IFN)-yやinterleukin (IL)-2を産生し、細胞性免疫に関与している。一方、Th2細胞はIL-4やIL-5、IL-6、IL-10、IL-13を産生し、液性免疫やアレルギーに関与している。Th1とTh2細胞は互いに抑制しあい、そのバランスの不均衡は、アレルギーや自己免疫など様々な病態に関与する。Th1細胞はCXCR3やCCR5、Th2細胞はCCR3やCCR4などそれぞれ特異的なケモカイン受容体を発現している。前述のようにeotaxin-1、eotaxin-3はCCR3のリガンドであり、アレルギー性疾患において重要な役割を果たしており、Th2タイプの反応の鍵となるケモカインである。

リンパ球が単クローン性に増殖したものを悪性リンパ腫といい、Hodgkinリンパ腫および非Hodgkinリンパ腫に大別され、後者はさらにT細胞リンパ腫、B細胞リンパ腫に分類される。リンパ節に原発した節性非Hodgkinリンパ腫に対して、リンパ節以外に原発したものを節外性非Hodgkinリンパ腫とよぶが、皮膚原発悪性リンパ腫は消化管原発のものに次いでよくみられる。皮膚原発悪性リンパ腫の大部分が腫瘍細胞がT細胞の形質をもつ皮膚T細胞性リンパ腫(cutaneous T cell lymphoma:CTCL)である。

菌状息肉症(mycosis fungoides:MF)およびSezary症候群(Sezary syndrome:SS)はCTCLの中で最も高頻度に見られる病型であり、CTCLの約50%を占める。臨床的にはMFは通常境界明瞭な落屑性紅斑で始まり(紅斑期)、一部は年余をかけて扁平浸潤期、腫瘤期と進行し、さらにはリンパ節や内臓へ浸潤する症例もみられる。SSは末梢血液中の腫瘍細胞、表在リンパ節腫脹、紅皮症、発熱を主症状とし、急速な経過を辿ることが多い。MF、SSは疾患特異的な遺伝子の転座やカリオタイプは見つかっていないが、MFの経過中にSSと同様の症状を呈する症例があることや腫瘍細胞の表面形質が同じことから、同一のスペクトラム上の疾患と考えられている。MF、SSの患者では共に好酸球、IgEの上昇を認め、Th1サイトカインの産生が低下し、Th2型の免疫反応が優位であることが示唆されている。この局所におけるTh2優位の微小環境は腫瘍細胞に有利であると考えられている。実際にTh1サイトカインであるIFN-yはMF、SSの治療として有効である。また、MF、SSでは病勢マーカーとして血清中乳酸脱水素酵素(LDH)、可溶性インターロイキン2受容体(sIL-2R)値が知られている。

皮膚原発未分化大細胞型リンパ腫(primary cutaneous anaplastic large cell lymphoma:pcALCL)は、MF、SSに次いで高頻度に見られるCTCLである。臨床的にはドーム状、局面状に隆起した腫瘍や皮下腫瘍として認められ、比較的緩徐に進行することが多い。病理学的には大型の腫瘍細胞がシート状に増殖し、75%以上の細胞でCD30陽性を示し、細胞障害性分子のgranzyme B、perforin、T-lymphocyte intracellular antigen-1などが陽性となることも多い。

CTCLの病態におけるeotaxin-1、eotaxin-3の関与については今までほとんど検討されていない。過去の報告ではMF、SSの腫瘍細胞の大部分はCCR3を発現していない。一方、pcALCLにおいては、腫瘍細胞がCCR3およびそのリガンドであるeotaxin-1、regulated on activation normal T cell expressed and secreted(RANTES)を発現していることが報告されており、autocrineにより腫瘍の増殖に関与する可能性が示唆されている。Hodgkinリンパ腫の病変部、特に線維芽細胞でeotaxin-1の発現が強く、組織中の好酸球、Th2細胞の遊走に関与していることが報告されていることから、今回我々は皮膚悪性リンパ腫におけるeotaxin-1、eotaxin-3の関与を検討することにした。腫瘍細胞がCCR3陰性のMF、SSではTh2優位の微小環境という観点から、CCR3陽性のpcALCLでは腫瘍細胞への直接的影響を検討することにした。

MF、SS患者の血清中ではeotaxin-3、eotaxin-1が上昇しており、病期が進むほど値が高くなっていた。また、血清中のLDH、sIL-2R値と正の相関があった。それらは皮膚病変が改善すると低下し、また増悪と共に上昇していた。免疫組織化学染色では表皮角化細胞、線維芽細胞、血管内皮細胞にてeotaxin-3の発現の上昇しており、病変の改善とともに発現が低下していた。また、病変部皮膚から単離した線維芽細胞は健常人皮膚のそれよりeotaxin-3、eotaxin-1の発現が高いことをquantitative real time RT-PCRにて確認した。さらに、flow cytometryでは末梢血中のCCR3陽性細胞の割合の上昇を確認し、免疫組織化学染色では病変部皮膚においてCCR3陽性細胞が増加していた。以上よりeotaxin-3、eotaxin-1によってCCR3陽性のTh2細胞が病変部皮膚に遊走し、局所にTh2優位の微小環境を形成し、MF、SSの治療への抵抗や病変の進行に関与していると考えられた。この相互関係を阻害することはTh2優位の環境を破壊し、Th1型の免疫反応を惹起することにつながり、MF、SSの治療に応用できる可能性が示唆された。

Eotaxin-1はCCR3陽性のヒトのリンパ腫細胞株であるJCRB1065細胞の生存を上昇させた。CCR3陽性のマウスのリンパ腫細胞株であるEL-4細胞に関しては増殖を上昇させていることを確認した。また、Western blottingおよびflow cytometryにて、eotaxin-1とCCR3の結合によって、MAPK44/42がリン酸化されることを確認した。さらに、そのリン酸化を阻害することによって生存率や増殖の上昇がみられなくなった。マウスを利用したvivoにおけるEL-4細胞の増殖の検討では、eotaxin-1は腫瘍の増殖を促していた。最後に臨床に戻って、実際の免疫組織化学染色では、pcALCLの腫瘍細胞におけるMAPK44/42のリン酸化を確認した。以上よりpcALCLの腫瘍細胞ではCCR3を介して、MAPK44/42がリン酸化しており、その増殖、生存に関わっていると考えられた。これよりMAPK44/42のリン酸化を阻害することが、腫瘍細胞の成長抑制につながり、pcALCLの新たな治療となりうる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は皮膚悪性リンパ腫の病態に関与していると考えられているケモカインの働きをより詳細に明らかにするため、臨床サンプルを用いた系およびリンパ腫細胞株を用いたin vitro、in vivoの系にて、ケモカインの1つであるeotaxinの役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.進行期の菌状息肉症(MF)、セザリー症候群(SS)の血清中eotaxin-3、eotaxin-1値は健常人と比して、有意に上昇しており、それらはMF、SSの病勢マーカーである血清中LDH、soluble IL-2 receptor値と正の相関を認めた。

2.MF、SSの病変部皮膚のパラフィン切片を用いた免疫組織化学染色にて、表皮角化細胞、真皮線維芽細胞、真皮血管内皮細胞にてeotaxin-3の発現を認め、その発現は正常人より強いことを示した。さらに、quantitative real time RT-PCRにて、MF、SSの病変部皮膚から単離した真皮線維芽細胞は健常人のそれと比して、eotaxin-3、eotaxin-1を強く発現していることを示した。

3.MF、SSの末梢血単核球中のCCR3陽性細胞の割合は健常人と比して、上昇しており、またMF、SSの病変部皮膚の凍結切片を用いた免疫組織化学染色にて、真皮に浸潤しているリンパ球にてCCR3陽性細胞が確認された。さらに、病変部皮膚を用いたquantitative real time RT-PCRにて、eotaxin-3の発現とCCR3の発現に正の相関を認めた。

4.Annexin-V-FITC、Propinium Iodideを用いたflow cytometryの結果、eotaxin-1はヒトの未分化大細胞型リンパ腫細胞株であるJCRB1065細胞のserum freeにおける生存率を上昇させることを示した。また、cell count、BrdU取り込みを用いたproliferation assayの結果、eotaxin-1はCCR3陽性のマウスのリンパ腫細胞株であるEL-4細胞のserum freeにおける細胞増殖を促すことを示した。

5.Western blottingおよびintracellular flow cytometryにて、eotaxin-1とCCR3の結合に伴い、MAPK44/42がリン酸化されることを示した。また、MAPK44/42のinhibitorを使用することで、上記のJCRB1065細胞、EL-4細胞への効果が抑制されることも示した。

6.マウスの皮膚にEL-4細胞を注射し、腫瘍を発育させる実験系にても、eotaxin-1は腫瘍の発育を促進することを示した。さらに、皮膚原発未分化大細胞型リンパ腫の病変部皮膚のパラフィン切片を用いた免疫組織化学染色の結果、腫瘍細胞にてMAPK44/42のリン酸化を確認した。

以上、1~3の結果より、MF、SSの病変部の真皮線維芽細胞で高発現しているeotaxin-3、eotaxin-1がCCR3陽性Th2リンパ球を遊走し、局所にTh2優位の微小環境を形成していると考えられた。また、4~6の結果より、eotaxin-1はCCR3を発現している皮膚原発未分化大細胞型リンパ腫の腫瘍細胞と結合し、MAPK44/42のリン酸化を介して、その生存、増殖を促していることを示した。本研究は未解明の点が多くあった皮膚悪性リンパ腫におけるeotaxinの役割を詳細に明らかにしたものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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