学位論文要旨



No 126039
著者(漢字) 八木,浩一
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,コウイチ
標題(和) DNAメチル化情報を用いた大腸癌のエピジェノタイピング
標題(洋)
報告番号 126039
報告番号 甲26039
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3518号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 北山,丈二
 東京大学 准教授 清水,伸幸
 東京大学 准教授 藤城,光弘
 東京大学 講師 福原,浩
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

悪性腫瘍はジェネティックな変化とエピジェネティックな変化が蓄積した結果生じる。大腸癌におけるジェネティックな変化としてAPC変異、KRAS変異、p53変異などの遺伝子変異、及びマイクロサテライト不安定性、染色体不安定性が有名である。エピジェネティックな変化としてDNAメチル化異常、ヒストン修飾異常、ゲノムインプリンティング異常などが知られている。遺伝子プロモーター領域の異常メチル化は遺伝子のエピジェネティックな不活化機構であり、癌の発生や進展に密接に関与している。

一部の大腸癌では、遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化が著しく亢進しており、CpG island methylator phenotype (CIMP) と呼ばれている。このCIMPの概念は1999年に提唱され、マクロサテライト不安定性と相関すると報告された。2006年には新規CIMPマーカーが提唱され、CIMPがマイクロサテライト不安定性とBRAF変異と相関すると報告された。最近では、CIMP-low、CIMP-2と表現されるKRAS変異と相関する中間メチル化群の存在が示唆されているが、その同定のためのマーカーは確立されておらず、存在そのものも未だコンセンサスが得られていない。

本研究では、従来から汎用されているメチル化マーカーのみならず、マイクロサテライト不安定大腸癌細胞株HCT116、マイクロサテライト安定大腸癌細胞株SW480の両細胞株のゲノムワイドなメチル化および発現解析から得られた新規メチル化マーカーを用いて大腸癌をDNAメチル化情報で分類 (=エピジェノタイピンク) を行い、まず中間メチル化群が存在するか検証することを第一の目的とした。中間メチル化群を同定するための適切な分類方法を提唱し、遺伝子変異、臨床病理学的因子、予後などの因子との相関を解析することを第二の目的とした。

[材料と方法]

大腸癌細胞株HCT116及びSW480のゲノムワイドなメチル化情報を得るために、ヒト25500遺伝子の転写開始点上流7.5kから下流2.45kをタイルするプロモーターアレイを用いて、メチル化DNA免疫沈降-アレイ解析を行った。またゲノムワイドな発現データを得るために、正常大腸、胎児大腸、HCT116およびSW480の脱メチル化剤処理サンプル、脱メチル化剤/ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤処理サンプル、および薬剤未処理サンプルについて、マイクロアレイを用いた発現解析を行った。

メチル化の解析は高い定量性と多検体を同時に解析できる高いスループットを兼ね備えているMassARRAYを用いて行った。メチル化解析サンプルは大腸癌213サンプルのうち癌細胞含有率40%以上であった149サンプル、正常大腸粘膜9サンプル、大腸癌細胞株6サンプルとした。ジェネティックな変化の解析としてマイクロサテライト不安定性解析、BRAF遺伝子変異解析、KRAS 遺伝子変異解析、及びp53免疫染色を行った。

[結果]

サイレンシング候補遺伝子抽出の条件として下記4条件を設けて候補遺伝子を抽出した 1) メチル化DNA免疫沈降-アレイ解析で転写開始点上下1kbp以内にメチル化候補領域をもつ、2) 細胞株のマイクロアレイの発現スコア<50、3) 脱メチル化剤処理または脱メチル化剤/ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤処理により発現が発現スコアで1.5倍以上回復、4) 正常大腸もしくは胎児大腸 における発現スコア>50 。HCT116単独で4条件を満たす遺伝子は577個、SW480単独では313個、HCT116およびSW480両方で満たす遺伝子が421個あった。これらの遺伝子より、それぞれ、21遺伝子、10遺伝子、24遺伝子選択した。その他従来から汎用されているCIMPマーカーとして13領域、大腸癌でメチル化の報告のある6遺伝子をサイレンシング遺伝子として選択した。このうち、定量性が確認された60マーカーについてサンプルのメチル化解析を行った。

DNAメチル化情報で大腸癌を分類(エピジェノタイピング)するため、60マーカーのメチル化情報を用いて臨床大腸癌検体149検体、正常大腸粘膜9検体、細胞株6株を2方向性階層的クラスタリングで分類した。臨床大腸癌検体は3群のエピジェノタイプ、マイクロサテライト不安定性の3細胞株と同じクラスターに属する高メチル化エピジェノタイプ群、マイクロサテライト安定性の3細胞株と同じクラスターに属する中間メチル化エピジェノタイプ群、及び低メチル化エピジェノタイプ群に分類された。正常大腸粘膜サンプルはすべてメチル化の少ないクラスターとして別のクラスターに分類された。

高メチル化群は17大腸癌サンプルで構成されており、マイクロサテライト不安定性13例(76%)、BRAF変異(+) 12例(71%)、KRAS変異(+) 3例(18%)、p53免疫染色(+) 0例(0%)であった。中間メチル化群は60大腸癌サンプルで構成されており、マイクロサテライト不安定2例(3%)、BRAF変異(+) 0例(0%)、KRAS変異(+) 38例(63%)、p53免疫染色(+) 29例(50%)であった。低メチル化群は54大腸癌サンプルで構成されており、マイクロサテライト不安定0例(0%)、BRAF変異(+) 0例(0%)、KRAS変異(+) 14例(26%)、p53免疫染色(+) 30例(57%)であった。3群間のエピジェノタイプの比較では、マイクロサテライト不安定性(P=1.6×10-14、Fisher's exact test)、BRAF変異(P=2.0×10-13)、KRAS変異(P=2.3×10-5)、p53免疫染色(P=2.4×10-5)で有意差を認めた。中間メチル化群と低メチル化群の2群間の比較では、KRAS変異にのみ有意差を認めた(P=7.4×10-5)。各エピジェノタイプと年齢、性別、臨床病期、リンパ節転移、リンパ管侵襲、静脈侵襲、腫瘍占拠部位、粘液成分、未分化成分の臨床病理学的因子の相関について比較した。高メチル化群は高齢者 (P=8.5×10-3、ANOVA)、女性(P=0.038)、近位側腫瘍占拠部位(P=8.7×10-7)、粘液成分あり(P=9.7×10-8)、未分化成分あり (P=7.5×10-3)が多かった。中間メチル化群と低メチル化群の2群間の比較では粘液成分で有意差を認める(P=1.4×10-5)のみであった。

解析した60メチル化マーカーは、クラスタリングにより2群のグループに分類された。高メチル化群でのみ高いメチル化率を示すGroup-1マーカーと高メチル化群と中間メチル化群で高いメチル化率を示すGroup-2マーカーの2グループに分類されることが示唆された。これらのマーカーを用いて簡便にエピジェノタイプを決定するために、二段階パネル方式という新しい概念でエピジェノタイプ分類法を構築した。パネル-1は3個Group-1マーカーLOX、CACNA1G、SLC30A10で構成されており、2-3個メチル化(+)の検体が高メチル化群と判定される。0-1個メチル(+)の検体がパネル-2に進む。パネル-2は4個のGroup-2マーカーELMO1、FBN2、THBD、HAND1とSLC30A10で構成され、これら合計5個のうち3個以上メチル化(+)のサンプルを中間メチル化群、0-2個メチル化(+)のサンプルを低メチル化群と判定した。このモデルは90サンプルのトレーニングセットで構築され、41サンプルのテストセットでの検討では39サンプル(95%)が正しく分類された。

遺伝子変異、エピジェノタイプが大腸癌の予後予測に有用であるかを、マイクロサテライト安定大腸癌のサンプルを用いて検討した。中間メチル化群と低メチル化群の比較では、大腸癌に起因する予後に有意差はなく(P=0.18、ログランク検定)、KRAS変異(+)とKRAS変異(-)の比較でも予後に有意差を認めなかった(P=0.074)。KRAS変異と中間メチル化群が強く相関することから、KRAS変異の有無とエピジェノタイプで4群に分類して検討した。KRAS変異(+)中間メチル化群 (n=37)が最も予後が悪く、KRAS変異(-)低メチル化群 (n=49)と比較して有意に予後不良であった(P=0.036)。さらにKRAS変異(+)中間メチル化群 (n=37)と、それ以外の3群をまとめた群(n=89)の比較では、KRAS変異(+)中間メチル化群が有意に予後不良であった(P=0.027)。

[考察]

本研究ではメチル化解析を単一で定量性が高い解析法で行い、階層的クラスタリングを用いて大腸癌を3群のエピジェノタイプに分類し、中間メチル化群がKRAS変異と相関することを初めて示した。また本研究はメチル化マーカーが2群に分類されることを初めて示した。従来汎用されてきたCIMPマーカーは、1個を除いてすべてGroup-1マーカーに分類され、高メチル化群を抽出する目的には適していると考えられたが、中間メチル化群を区別する目的には適切ではないと考えられた。Group-2マーカーに分類されたマーカーを有効に用いることで、中間メチル化群を区別できると考えた。このことを踏まえ、エピジェノタイプの分類に二段階パネル分類法という新しい概念を導入し、モデルを構築した。これは、全大腸癌の中から最初に高メチル化群を抽出、次に中間メチル化群と低メチル化群を分類するという概念であり、今までこのような概念で大腸癌を分類した報告はない。異なるサンプルセット及び、他のメチル化解析手法との整合性については、今後の課題である。

エピジェノタイプの成因については不明であるが、2つの可能性が考えられる。癌遺伝子活性化自体がゲノムワイドに異なるエピジェネティックな変化を誘導する第一の可能性、癌遺伝子の活性化自体はDNAメチル化を誘導しないが、癌遺伝子変異による誘導される早期細胞老化を回避し癌になるためにDNAメチル化による遺伝子の不活化が必要である第二の可能性である。BRAFが不活化を要求する遺伝子群が、KRASが不活化を要求する遺伝子群を包括しており、それがクラスタリングで確認された高メチル化群と中間メチル化群の異なるエピジェノタイプをもたらしていると推測される。

本研究ではKRAS変異(+)中間メチル化群が最も予後が悪く、エピジェノタイプ分類が予後予測に有用であることを示した。中間メチル化群の予後が悪いという過去の報告があるが、本研究とは用いたメチル化マーカーも分類方法も異なっているため、単純比較はできない。なお、本研究で用いた大腸癌症例は、すべて抗EGFR抗体を用いた治療歴のない症例である。抗EGFR抗体はKRAS変異を有する大腸癌に対して効果が期待できないと報告されているため、今後この予後の差はより顕著になる可能性がある。この予後の悪い群に対してエピジェネティック変化や遺伝子変異を標的とした新たな治療が確立されることで大腸癌の予後改善に大きく寄与できるものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、癌の発生・進展に密接に関わっているエピジェネティックな変化であるDNAメチル化情報を用いて大腸癌を分類し、遺伝子変化、臨床病理学的因子、予後との相関を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. マイクロサテライト不安定大腸癌細胞株HCT116およびマイクロサテライト安定大腸癌細胞株SW480のメチル化DNA免疫沈降-アレイ解析、両細胞株の脱メチル化剤及びヒストン脱アセチル化酵素阻害剤処理後の発現アレイ解析、正常及び胎児大腸・薬剤未処理細胞株の発現アレイ解析から、1,311個のサイレンシング候補遺伝子を同定した。

2. 同定したサイレンシング候補遺伝子から55個、従来解析されているメチル化マーカーから19個の合計74マーカーについて、MassARRAYによる定量的メチル化解析が可能であるか確認した。定量性が確認された合計60マーカーについて、癌細胞含有率が40%以上の大腸癌149サンプル、大腸癌細胞株6サンプル、正常大腸粘膜9サンプルのDNAメチル化解析を行った。

3. 大腸癌が、DNAメチル化情報により高メチル化群、中間メチル化群、および低メチル化群の3群に分類されることを階層的クラスタリングで示した。高メチル化群はマイクロサテライト不安定性とBRAF遺伝子変異と強く相関、中間メチル化群はKRAS遺伝子変異と強く相関することを示した。また、高メチル化群は高齢の女性、近位側大腸の腫瘍の局在、粘液成分を含む癌が多い特徴を呈することを示した。

4. メチル化群を予測する簡便なモデルとして、7個のメチル化マーカーのみを用いる二段階パネル方式の予測モデルを構築し、このモデルによるメチル化群の分類がクラスタリングによる分類と比較して遜色なく遺伝子変異および臨床病理学的特徴を再現することを示した。

5. 予後が悪いとされるマイクロサテライト安定大腸癌において、中間メチル化群と低メチル化群では予後に有意差は認めなかったが、KRAS遺伝子変異を持つ中間メチル化群が予後不良であることを示した。

以上、本研究は大腸癌において3群のメチル化群が存在すること、各メチル化群が遺伝子変化及び臨床病理学的特徴を有することを明確にし、予後との関連についても言及した。本研究は、これまでコンセンサスを得られていなかった中間メチル化群の存在を明確にしただけでなく、大腸癌の分子生物学的な発癌機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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