学位論文要旨



No 126040
著者(漢字) 安井,哲郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤスイ,テツロウ
標題(和) 破骨細胞分化におけるTGF-βの作用機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 126040
報告番号 甲26040
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3519号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 高取,吉雄
 東京大学 准教授 緒方,直史
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
内容要旨 要旨を表示する

骨の発生や恒常性維持は骨組織の形成と吸収のバランスを精緻に調節することで行われている。そして骨形成は骨芽細胞による膜性骨化や軟骨細胞による軟骨内骨化によって行われる一方、骨吸収を担う細胞は破骨細胞のみであることが知られている。破骨細胞は造血幹細胞に由来し、マクロファージや樹状細胞と同一の起源を有する多核巨細胞である。1998年に破骨細胞分化因子としてreceptor activator of NF-kB ligand (RANKL)が同定され、骨芽細胞や滑膜細胞などが発現するRANKLによって破骨細胞の分化が制御されていることが明らかになった。そしてRANKL/RANKシグナルを主軸とする破骨細胞分化の分子メカニズムが解明されるのに伴い、RANKL以外のサイトカインによる分化促進や分化抑制についても徐々に知られるようになっている。例えば、RANKLによって誘導される破骨細胞分化はinterleukin-1やtransforming growth factor-β (TGF-β)により促進され、Interferon-βやInterferon-γにより抑制される。その作用機構は未解明の部分が大きいがInterferonについてはRANK下流シグナル分子への修飾機構が一部報告されている。筆者は本研究において、強い破骨細胞分化促進作用を持つTGF-βに着目しその作用メカニズムについて検討を行い、新たな知見を得たので報告する。

手法としてはTGF-βI型受容体のキナーゼ活性を阻害する薬剤SB431542を投与すること、あるいはドミナントネガティブ型TGF-βII型受容体(dn-TβRII)を強制発現することでTGF-βシグナル伝達を遮断し、これによってマウス破骨細胞前駆細胞内のRANKL下流シグナル伝達あるいはそれにより誘導される破骨細胞分化にどのような変化が起こるか、あるいは起こらないかを評価することを中心に行った。破骨細胞前駆細胞としてはマウス骨髄細胞由来マクロファージを用いた。

まず、RANKLによる破骨細胞分化はSB431542投与によってもdn-TβRII強制発現によっても強力に抑制された。また、in vivoにおいても、RANKL頭部皮下注射によって誘導される破骨細胞形成はSB431542の混注投与により強力に抑制された。これらの結果から、TGF-βシグナル活性は破骨細胞分化に必須であると考えられた。

TGF-βは細胞増殖を制御する作用がよく知られている。TGF-βの作用機構を調べるにあたり、TGF-βがマウス骨髄由来マクロファージの細胞数の制御を通じて破骨細胞分化に影響を及ぼしている可能性をまず検討した。マウス骨髄細胞をM-CSF (10 ng/ml)存在下で培養し、生細胞数を評価した結果、TGF-β (2 ng/ml)の添加あるいはSB431542 (5 μM)の添加による有意な影響は認められなかった。TGF-βの破骨細胞分化に対する作用は細胞の増殖の制御によるものではなく、分化に対する直接の作用と考えられた。そこで破骨細胞分化シグナルであるRANKL/RANKシグナルに対するTGF-βシグナルの関与という分子生物学的観点からの検討を以下の如く行った。

TGF-β下流のシグナル伝達経路としてはSmad経路とnon-Smad経路が知られている。RANKLにより誘導される破骨細胞分化がSmad経路を抑制するSmad7やc-Skiの強制発現によって抑制されたこと、SB431542の破骨細胞分化抑制作用が活性型Smad2や活性型Smad3の強制発現により中和されたことから、TGF-βの破骨細胞分化に対する作用はnon-Smad経路ではなくSmad経路を介して伝えられると考えられた。

一方、RANKLの下流で機能しているシグナル伝達経路としては、ERK経路、p38MAPK経路、JNK経路、Akt経路、ITAM経路などが知られている。骨髄細胞由来マクロファージをRANKL (100 ng/ml)で刺激した後経時的にタンパクを回収しウェスタンブロット法による評価を行うことでRANKL刺激による各種下流分子の活性化を確認したところ、p38MAPK、JNK、IkBの活性化がTGF-β受容体阻害下では抑制されることが判明した。続いてRANKL刺激によるこれらの分子の活性化を媒介しているとされるTRAF6-TAB-TAK複合体の形成を評価した。免疫沈降実験を行った結果、RANKL刺激を行うとTRAF6~TAB1複合体が形成され、またその複合体形成はTGF-β阻害下では抑制されることが判明した。すなわち、RANKLシグナルを伝達するTRAF6複合体形成が起こるためにはSmadシグナルの活性が重要な役割を果たしていると考えられた。

各種Smad分子のいずれかとTRAF6複合体の構成分子のいずれかが結合して相互に作用している可能性を考え、遺伝子導入の行いやすいHEK293細胞を用いてその検討を行った。各種Smad分子(Smad2, Smad3, Smad4, Smad6, Smad7)のいずれかと既知のTRAF6複合体構成要素(RANK, TRAF6, TAB2, TAK1, TAB1)のいずれかを強制発現させ、免疫沈降およびウェスタンブロットで分子間の結合を評価した結果、TRAF6とSmad2, TRAF6とSmad3の結合能が示唆された。さらに、欠損変異体を用いた実験の結果、この結合にはSmad2, Smad3のMH2ドメインが関与していると考えられた。

不死化細胞HEK293で得たこの実験結果をもとに骨髄細胞由来マクロファージで検証を行ったところ、RANKL刺激によりSmad3とTRAF6の結合が誘導されることが観察された。MH2ドメイン欠損型Smad3を強制発現させた骨髄マクロファージをRANKLで刺激した場合にはSmad3変位体とTRAF6の結合は観察されず、培養継続による破骨細胞形成も抑制された。

以上の実験結果および過去の知見を併せると次のような結論が考えられる。すなわち、RANKL刺激によりTRAF6-TAB2-TAK1-TAB1複合体形成が誘導されるが、この複合体にはSmad3も構成要素として含まれる。TGF-βシグナル遮断下ではSmad3はここに結合できず、RANKL刺激により誘導されるTRAF6-TAB2-TAK1-TAB1複合体の形成が抑制される。その結果下流シグナル経路であるMAPK経路, NF-kB経路の活性化やNFATc1の発現誘導も抑制され、破骨細胞形成が抑制される。つまり、RANKLにより誘導される破骨細胞分化においては、TGF-βの作用で活性化したSmad3がTRAF6に結合することが重要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はreceptor activator of NF-kB ligand (RANKL)により誘導される破骨細胞分化においてTGF-βが果たす役割を明らかにするため、マウス骨髄細胞由来マクロファージへのRANKL刺激(in vitro)あるいはマウス個体へのRANKL注射投与(in vivo)により破骨細胞分化を誘導する系を用いてTGF-βシグナル遮断の効果を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.TGF-β I型受容体キナーゼ阻害剤SB431542の投与下あるいはドミナントネガティブ型TGF-β II型受容体(dn-TβRII)の強制発現下ではRANKLによる破骨細胞分化は強力に抑制された(in vitro)。また、RANKL頭部皮下注射により誘導される頭蓋骨内の破骨細胞形成および骨吸収は、SB431542をRANKLと混注投与することにより強力に抑制された。RANKLにより誘導される破骨細胞分化においてTGF-βシグナルの活性は必須であると考えられた。

2.Smad7あるいはc-Skiの強制発現下ではRANKL刺激による破骨細胞分化が強力に抑制された。一方、Smad2あるいはSmad3の常時活性型変異体の強制発現下では、SB431542投与下でもRANKL刺激により破骨細胞分化が誘導された。破骨細胞分化におけるTGF-βの作用はSmad経路を介していると考えられた。

3.SB431542投与下あるいはdn-TβRII強制発現下では、RANKL刺激によるTRAF6複合体の誘導およびその下流のp38MAPK, JNK, IkBの活性化が抑制された。TGF-βシグナルの活性はRANKL下流のTRAF6複合体形成に関与していると考えられた。

4.293細胞への遺伝子強制発現および免疫沈降実験により、Smad2とSmad3がそのMH2ドメインを介してTRAF6と結合しうることが示唆された。

5.マウス骨髄細胞由来マクロファージにSmad3を強制発現させた上でRANKL刺激を行うとTRAF6とSmad3の結合が誘導された。Smad3のMH2ドメイン欠損変異体を強制発現させた場合はこの結合は抑制され、破骨細胞形成も抑制された。破骨細胞分化過程におけるRANKL下流シグナルの活性にはTRAF6への活性型Smad3の結合が重要であると考えられた。

以上、本論文はRANKL刺激で誘導されるマウス破骨細胞分化におけるTGF-βの必須性を示し、さらにRANKL下流シグナル伝達分子であるTRAF6にTGF-β下流分子Smad3が結合することが破骨細胞分化に重要な役割を果たすと考えられることを示した。本研究は骨代謝調節における多様な分子ネットワークの解明に貢献するものであり、学位の授与に値すると考えられる。

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