学位論文要旨



No 126041
著者(漢字) 山本,健一
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケンイチ
標題(和) 新規リン酸カルシウム製顆粒状人工骨の基礎的研究
標題(洋)
報告番号 126041
報告番号 甲26041
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3520号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 准教授 位高,啓史
 東京大学 准教授 西山,伸宏
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
内容要旨 要旨を表示する

要旨:骨は哺乳類における重要な組織であり、その機能は多岐にわたる。骨は生体内で骨格を形成する主成分であり、物理的支持としては形態の維持機能・筋収縮を運動に変換させる梃子としての機能・内部臓器の保護機能を有し、カルシウム代謝としては血中のカルシウム濃度を一定に保つ機能を有し、さらに骨髄は造血の場としても機能する。

現在、日本における骨欠損に対する治療法には患者自身の骨である自家骨を採取して補填し、再建する自家骨移植法が主に実施されてきた。しかし自家骨採取に伴う神経麻痺・疼痛・感染症などのドナーサイドにおける合併症や骨採取量の制限など問題点が多く、自家骨移植に代わる治療法が求められ人工骨への期待が高く、開発が進められてきた。

現在まで人工骨の材料としてから1980年代になり、骨塩に近い組織であるハイドロキシアパタイト(HA)・β型リン酸三カルシウム(β-TCP)を中心としたリン酸カルシウム系材料が、生体親和性に優れ骨伝導能を有するなどの理由から注目を集め、現在広く臨床応用されている。初期には非吸収性緻密体ブロックや顆粒が開発されたが、近年は多孔体ブロック、多孔体ブロックを破砕した顆粒、自己硬化型のペースト状人工骨等が実用化されている。臨床で好んで用いられるのは多孔性のHAである。

既存の人工骨の特徴

現在、人工骨には骨や歯の主成分であるリン酸カルシウムを用いた多孔質の人工骨補填材料が種々存在する。既存の人工骨の物理的性質として、1.ブロック状のものは比較的大きな骨補填に有利であるが、術中に成形するため操作が困難な面もある、2.顆粒状のものは骨補填に幅広く適応があるが、形状が不均一で強度や連通孔の形成が予測困難なことがある、3.ペースト状のものは術中操作性がよく硬化すると形態保持性もよいが連通性については予測困難であるといった特徴がある。

均一な形状と不均一な形状の人工骨の特徴

骨補填の立場から今後望まれる人工骨の特徴として以下が考えられる。(1) 骨伝導に必要な細胞・血管の侵入に適した構造をもち、強度も兼備する。(2) 安全性と吸収置換効率の良い人工骨材料の粉末を原料とする。 (1)について検討した場合、既存の顆粒状人工骨はブロック状に焼結したものを粉砕して製造されているため、骨伝導に必要な細胞・血管の侵入に必要な連通孔形成にばらつきがある。つまり均一な形状の方がより骨再生にとって有利である可能性があり、その適切な形状を考えた場合、様々な定形状のものが候補に考えられたが、その一つとしてテトラポッド形状に着目してみた。テトラポッドは突起が絡み合うことにより形態保持性が良く、機械的強度にも優れている。この性質を利用し、人工骨として均一に成形したこの微小形状を使用したとすると、互いが集積することで一定の空隙を持つ連通孔ネットワークを構築でき、骨伝導に必要な細胞と血管の侵入にとって良好な環境となるのではないかと考えた。この場合、人工骨の周囲からだけでなく内部からも効率よく骨吸収置換が起こり、新生骨との置換速度が早く、機械的強度も高いことが期待された。

本人工骨の組成と製造方法

本人工骨のサイズは、人工骨が集積してできた連通孔が、細胞の最も進入しやすい連通孔径100μm~300μmとなるように高さは1mmに設計した。これを株式会社ガウスに製造を注文委託した。材料は吸収置換性の良いα型リン酸三カルシウム(α-TCP)を使用し、粉末射出成形により金型で成形後、700℃で焼成した。以下に本人工骨の作製工程を紹介する。

≪各工程詳細≫

成形・焼成工程

コンパウンド(射出成型前の原料粉体を含む混練物)の組成と調整を行い、混合・混練することによりコンパウンドが完成する。次に射出成形を行った後脱脂し、最高到達温度700 ℃で焼成し電子線滅菌した。

人工骨個々の形状

電子顕微鏡で形状・表面観察すると本人工骨の表面はミクロポアを持つのに対し、既存顆粒状人工骨の形状は不定形で表面はサブミクロポアを有していた。既存顆粒状人工骨は不定形顆粒でサブミクロポアを有していたのに対し、本人工骨はテトラポッド形状で定形でありミクロポアを持つことから、細胞がより侵入しやすいことが予想された。

物理的性質

生じた骨欠損が大きい場合や荷重のかかる骨の場合、骨補填した人工骨にも物理的性質として力学的強度が求められる。さらに人工骨を足場として骨欠損部の修復がおこることが期待されている。本研究において破断強度試験では本人工骨は既存顆粒状人工骨に比較し破断強度は約3倍であった(P<0.01)。また、圧縮強度試験では本人工骨は既存顆粒状人工骨に比較し約7倍高値であった(p<0.05)。既存顆粒状人工骨に比較して本人工骨は単体としても、充填して集積させた状態でも強度が優れていたが、その要因のひとつには、本人工骨では個々の形状が一定でかつ個々の人工骨自体の強度も高く、集積体として絡みあった状態での安定性が優れているためと考えられた。また破断しても粉々になってしまうのではなく、破片はブロック状を残しながら破断していくという特徴も圧縮強度が高い原因の一つと考えられた。

有効連通孔の検討

移植した人工骨が新生骨形成を促進され、新生骨形成後速やかに吸収置換されるためには細胞や血管の侵入が容易に起こるための有効な連通孔が必要である。その径は細胞の足が伸ばせる程度の100~300μm位である必要がある。そこで有効連通孔の計測を行い、既存顆粒状人工骨との差を比較検討した。人工骨が新生骨形成を促進し、新生骨形成後は速やかに吸収置換されるには細胞や血管侵入のための連通孔が必要である。今回ポリマー球体を細胞や血管に見立てて、集積した人工骨の一端から反対側への通過しやすさを観察した。その結果、本人工骨のほうが既存顆粒状人工骨に比し、落下した球体が有意に多かった。また、直径600μmのポリマー球は落下しなかったことで、少なくとも50μm以上600μm未満の有効連通孔の存在が本人工骨の方に有意に多いと考えられ、新生骨形成に必要な細胞・血管の侵入がより容易であることが示唆された。

顆粒状人工骨の評価(in vitro)

細胞毒性

人工骨を埋植後に比較的早期の骨新生と吸収置換を考えた場合、β-TCPに比しα-TCPの方が吸収置換速度が速いという特徴があり、かつ両者とも既存人工骨に使用され特に毒性の報告はなされていない。今回α-TCPで作製した人工骨はβ-TCPで作製したものと比較し同等に明らかな細胞毒性はみられなかった。また、細胞接着部においても細胞壊死などの毒性を示唆する所見は見られなかった。現在α・β-TCPともに人工骨の材料として市販され臨床的に毒性があるとの報告はされていないこと、α-TCPは吸収置換速度がより早いことから、人工骨の材料として適当ではないかと考えられた。

細胞接着性

18日間の培養において、骨が頸細胞上に2~3層に重ねて静置したそれぞれの人工骨の表面上において、培養された細胞が人工骨上を密に覆っていた。本人工骨上でも既存顆粒状人工骨上と同等の細胞数であった。本人工骨では既存顆粒状人工骨と同様に細胞接着性が良好であった。

顆粒状人工骨の評価(in vivo)

動物への埋植試験において、本人工骨の周囲には対照とした既存顆粒状人工骨と同等の骨形成がみられた。内部への血管新生・骨芽細胞の侵入についても同等で人工骨の内部に骨芽細胞が侵入することにより骨新生が進んだと考えられる。また骨形成の評価にはVon kossa染色やコラーゲン1型染色が重要であり、非脱灰切片作成の必要があったと思われた。さらに人工骨の吸収について評価するためにはより長期の観察が必要であり、新生骨への置換にとって不利に働いていないか、という検討も行う必要があると考えられた。また、より臨床的な観点から人工骨埋植後の力学的強度を評価することも重要であると思われた。本研究での組織学的検討から、本人工骨が既存顆粒状人工骨に比較し骨形成の点においては同等であり均一な形状の一つとして選択したテトラポッド形状であることが新生骨形成にとって有利であるという結果は得られなかった。

今後必要な検討課題

今後新しい顆粒状人工骨を検討する上で必要な検討項目として考えられるものには、他の形状との比較がある。第1章の人工骨個々の形状・物理的性質・有効連通孔について、それぞれの形状で検討した上で、in vitroについても優位であることが確認されれば、その後in vivoでの埋植実験を行いvon kossa染色や1型コラーゲン染色などによる新生骨形成の優位性を確認することが必要である。さらに埋植したときの初期強度も高いことが証明されれば、臨床上有力な人工骨となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は今日臨床上みられる種々の疾患・外傷により生じた骨欠損部の補填に適した、新規リン酸カルシウム製顆粒状人工骨についての基礎的研究であり下記の結果を得ている。

1.

既存の人工骨の特徴を検討し、それに対して形状を均一にした顆粒状人工骨を考案、設計・組成・製造方法を検討した。次に試作された人工骨個々の形状を検討したところ、本人工骨の形状は均一で表面はミクロンポアを持ち細胞との親和性が良いことが示唆された。また、物理的性質についての検討から単体においても集積した状態においても力学的強度が既存の顆粒状人工骨に比し高かった。また、集積した時の有効連通孔の検討においても既存顆粒状人工骨に比し連通性が良好であった。

2.

α-TCP・β-TCPそれぞれの人工骨を作製しin vitroで細胞毒性を評価し、人工骨の材料の検討を行ったところα-TCPでもβ-TCPと同様に明らかな細胞毒性は見られなかった。

3.

既存顆粒状人工骨と本人工骨のin vivoでの評価を行い、動物の骨欠損モデルに人工骨埋植4週間後の脱灰組織で骨再生評価ところ既存顆粒状人工骨に比べ同等の骨形成がみられた。

4.

以上を総括し本人工骨の特徴となる点、及び残された今後の課題について考察を行った。

以上、本論文は新規リン酸カルシウム製顆粒状人工骨として、これまでなかった均一な形状の顆粒状人工骨の設計と製造方法を考案した点、試作した人工骨に対する物理的性質として単体・集積体における力学的強度の高さを示した点、また連通孔について評価し、その評価方法に50・600 μmのポリマー球を細胞に見たてて使用した点で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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