学位論文要旨



No 126042
著者(漢字) 山元,謙太郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,ケンタロウ
標題(和) 肝切除を施行した肝細胞癌患者におけるalpha-fetoprotein(AFP)とprotein induced by vitamin K deficiency or antagonist-II(PIVKA-II)の重要性における検討
標題(洋)
報告番号 126042
報告番号 甲26042
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3521号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬戸,泰之
 東京大学 教授 小池,和彦
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 青木,琢
 東京大学 講師 多田,敬一郎
内容要旨 要旨を表示する

肝細胞癌(以下HCC)の腫瘍マーカーとしてalpha-fetoprotein (以下AFP) とprotein induced by vitamin K deficiency or antagonist-II (以下PIVKA-II)がよく知られている。HCCの診療において、早期に癌を診断することは効果的な治療を行う上で重要である。血清AFPはHCCに対する生物学的腫瘍マーカーとして長年使われてきたが感度・特異度が低く、スクリーニング検査に用いるには理想的なマーカーとは言い難かった。1984年にHCC患者で血漿PIVKA-II値が上昇することが報告されて以来PIVKA-IIの重要性を検討するさまざまな研究がなされてきた。HCCの診療において、AFPとPIVKA-IIは独立した腫瘍マーカーであるという見解は一致しているが、一つの腫瘍マーカーとして比べた際にどちらがより優れたマーカーであるかについては意見の統一はない。

スクリーニングに続く腫瘍マーカーの二つ目の役割として、治療に対する反応のモニタリングがある。治療前にその値が陽性である一方、効果的な治療後に値が正常域に下がることが理想的な腫瘍マーカーの条件であるが、治療に対する反応性に関しては、今までAFPとPIVKA-IIの比較はなされたことはなかった。

腫瘍マーカーの三つ目の役割として、予後因子として同定されている特定の病理組織学因子の代替マーカーとしての働きが挙げられる。これまで血漿PIVKA-II 値の上昇は門脈腫瘍栓の存在を示唆し、血清AFP値の上昇は低分化HCCの存在を意味していると報告されてきたが、これらの仮説を切除標本を用いて包括的にかつ大規模コホートで検証した報告はない。

最後に腫瘍マーカーの四つ目の用途として再発形式の推測および再発予知がある。HCC術後の再発には異時多中心再発と転移によるものの二つが寄与していると考えられているが、再発形式が転移である場合には、理論上は、HCCの初回治療時にAFP値もしくはPIVKA-II値が高ければ再発時のこれらのマーカー値も高いことが想定される。しかしこの仮説を検証した報告はない。

本研究では、HCCの診断におけるAFPとPIVKA-IIの感度・特異度の測定、根治切除後のマーカーの反応率の測定、マーカーと腫瘍の病理組織学的因子の関連の検証、そして術前のマーカー値と再発時のマーカー値の関連の検証をおこない、HCC患者における腫瘍マーカーの臨床的重要性について包括的に検討した。

方法・対象だが、HCCに対して根治的肝切除を施行した714例において後ろ向きコホート研究をおこなった。結果は以下に述べるとおりであった。HCCの診断におけるAFP、PIVKA-IIそれぞれのAUROCは0.79 、0.91(P<0.001)であり、単独の腫瘍マーカーとして比較するとAFP よりPIVKA-IIの方が優れていると考えられた。本研究においては腫瘍マーカーのカットオフ値は、今までさまざまな研究で採用され、かつ日常の臨床業務において一般的に使用されている値であるAFP:20 ng/mlおよびPIVKA-II:40 mAU/mlを採用して検討した。本研究において注目すべきことに、ROC曲線上の感度・特異度のトレードオフと言う見地からは、今回採用したカットオフ値はこれらのより高い値よりもより適切であるだけではなく、さらに低い値がカットオフ値として推奨されるという結果であり、新しい知見であった。

治療効果の反応性としては、術後半年の時点で無再発生存している490症例で検討したところ、術前マーカー陽性で術後半年の段階で陰性である割合はAFPで184/229(80.3%)、PIVKA-IIで245/246(99.6%)であった(カットオフ値としてAFP:20 ng/ml、PIVKA-II:40 mAU/mlを採用した)。これはつまりPIVKA-IIは治療効果のモニタリングという観点からAFPよりも優れていると考えられた。

腫瘍マーカー間の関連については、術前のAFP値、PIVKA-II値に相関は認められず(rs = 0.23)、過去の報告を支持するものであった。

腫瘍マーカーと病理組織学因子との関連では、PIVKA-IIはAFPに比べて腫瘍径に強い相関を示した(AFP; rs = 0.19、PIVKA-II; rs = 0.51)。血清AFP値は腫瘍数の増加に伴い上昇する傾向にあったが、この関連はPIVKA-IIでは見られなかった(AFP; P = 0.07、PIVKA-II; P = 0.73)。腫瘍数は背景肝における発癌性の上昇を反映した因子であることを考慮すると、この結果は背景肝の重症度と共にAFPが上昇することで説明がつくかもしれない。 AFPおよびPIVKA-II双方の上昇が血管侵襲や肝内転移などの腫瘍進展の指標と関連していた。AFP値およびPIVKA-II値の上昇は腫瘍の進展もしくは悪性度を代表する病理因子の全般的な存在を強く示唆するものであったが、特異的な因子の存在を必ずしも示すものではなかった。ただしこれらの組織学的因子と腫瘍マーカー上昇の独立した関係を包括的に検討した多変量解析での結果では、AFP値上昇には腫瘍の分化度、腫瘍径、脈管浸襲が強く関係し、一方PIVKA-II値上昇には腫瘍径、脈管浸襲が関連するという、二つの腫瘍マーカーでやや異なった結果であった。この解釈については今後の検討課題と考えられる。また肝内転移は多変量解析では両マーカー値の上昇と関連する因子ではなかったが、これは肝内転移が脈管侵襲と病理学的に等価な因子であることの統計学的な傍証と考えられる。

再発予知の観点では、術後半年以内に再発を認めた患者のマーカー値は術前のマーカー値と相関していたが(AFP; rs = 0.78、PIVKA-II; rs = 0.49)、術後2年以降再発を認めた症例では相関していなかった(AFP; rs = 0.31、PIVKA-II; rs = 0.30)。このことは腫瘍マーカー高値は腫瘍の臨床的な悪性度を表し、早期再発の大部分は転移による再発であると解釈され、一方、晩期再発は多くの場合、異時多中心性発癌によるもので、多段階発癌の過程の早期に位置する悪性度の高くない腫瘍であると解釈される。さらに再発時期別に術前のマーカー値と再発時のマーカー値の相関係数の推移を検討すると、この関連は全ての再発時期においてPIVKA-IIよりAFPにおいて強い傾向にあった。このことは術前および再発時のAFP高値は少なくとも部分的には背景肝の状態に影響を受けていると考えられた。

結語としては、HCCのマーカー単独としてはPIVKA-IIはAFPよりも優れていると考えられたが、AFPとPIVKA-IIは互いに独立したマーカーであるため、臨床応用上は双方を計測して判断することが望ましい。また肝切除後も、術前に片方の腫瘍マーカーのみに異常を示す症例でも異時多中心性発癌による再発もあるため、双方を組み合わせて経過観察を行うことが強く勧められる。また、新しい知見として両腫瘍マーカーとも現在汎用されているカットオフ値より低い値が肝切除後の経過観察におけるカットオフ値として設定することが推奨された。今回初めて大規模コホートで切除標本を用いて病理組織学的に詳細に腫瘍マーカーと病理組織学的因子の関連を検討した。両腫瘍マーカーとも腫瘍の進展とともにその値が上昇するが、それぞれに特異的なある特定の病理学的因子の存在を示すものではなかった。術前の腫瘍マーカー高値は術後早期再発の寄与因子であり、術前の腫瘍マーカー値と再発時の腫瘍マーカー値にみられる関係は、肝内転移もしくは異時多中心性発生というHCCの再発様式を予想する基準として役に立つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

肝細胞癌(hepatocellular carcinoma、以下HCC)の診療において、早期に癌を診断することは効果的な治療を行う上で重要である。HCCに対する生物学的腫瘍マーカーとして血清alpha-fetoprotein(以下AFP)および血漿protein induced by vitamin K deficiency or antagonist-II(以下PIVKA-II)が知られている。しかし、これらのマーカーの甲乙や、治療効果判定におけるマーカーの役割、腫瘍進展の代替因子としてのマーカーの役割、そして再発予測因子としてのマーカーの役割に関して大規模コホートでの検討例はなく、今回初めて大規模コホートで以下の結果を得た。

1.HCCに対するAFPおよびPIVKA-IIの感度・特異度

感度・特異度をreceiver operating characteristic曲線で検討したところ、PIVKA-IIの方が単独のマーカーとしては優れていた。また、AFPの20 ng/mlおよびPIVKA-IIの40 mAU/mlがカットオフ値として汎用されているが、数種類のカットオフ値で感度・特異度を計算すると、より低い値が推奨されるという結果であり、今回の研究の新しい知見であった。

2.HCCの治療効果判定におけるAFP値およびPIVKA-II値の役割

腫瘍の完全寛解が得られていたと考えられる術後半年の時点でマーカー値が陰性化していたのは、術前AFP陽性例の80.3%、術前PIVKA-II陽性例の99.6%であり、PIVKA-IIは治療の効果をモニタリングするという観点からAFPよりも優れていた。

3.HCCの腫瘍マーカーとしてのAFPおよびPIVKA-IIの相補性

術前AFP値と術前PIVKA-II値に相関は認められなかった。つまり、これら二つのマーカーは互いに独立しているため、臨床上は二つのマーカーを組み合わせて診療にあたることが強く勧められた。

4.病理組織学的因子の代替因子としてのAFPおよびPIVKA-IIの役割

AFP値およびPIVKA-II値は腫瘍の進展を示す指標である脈管侵襲や肝内転移を有する症例、低分化な腫瘍細胞の存在で上昇していたが、その程度は同等でありいずれかのマーカー値のみが特異的に上昇している結果ではなかった。また、多変量解析を行ったところ、AFP値上昇と独立して強い関連を示した病理組織学的因子は腫瘍の分化度、腫瘍径、脈管浸襲であり、PIVKA-II値上昇と強い関連を示した因子は腫瘍径および脈管浸襲であった。二つの腫瘍マーカーでやや異なった結果であったが、この解釈については今後の検討課題と考えられた。

5.再発形式の予測指標としてのAFP値およびPIVKA-II値

術前のAFP値もしくはPIVKA-II値の上昇は術後早期の再発と関連し、早期再発症例では高い腫瘍マーカー値を示す特徴があった。このことは、腫瘍マーカー高値は腫瘍の臨床的な悪性度を表し、早期再発の大部分は転移による再発であることが示唆された。一方、晩期再発は多くの場合、異時多中心性発癌によるもので、多段階発癌の過程の早期に位置する悪性度の高くない腫瘍であると推測された。

6.AFP値およびPIVKA-II値から検討した初回切除時と再発時のHCCの病因的関連

早期再発症例における腫瘍マーカー値は肝切除術前のマーカー値と密接な関連があるものの、この関連は再発時期が遅くなるにつれて不明瞭していった。それはつまり、転移による再発が術後早期に認められ、晩期再発の大部分は異時多中心性発癌によるものであることが推測された。

以上、本論文はHCCの鑑別や、術後の経過観察、病理組織学的因子の関連、再発予測因子としての腫瘍マーカーの役割について初めての大規模コホート研究であり、今後のHCCの臨床診療において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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