学位論文要旨



No 126043
著者(漢字) 吉井,剛
著者(英字)
著者(カナ) ヨシイ,タケシ
標題(和) 若年者移植血管片石灰化におけるTNF-αの関与の検討
標題(洋)
報告番号 126043
報告番号 甲26043
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3522号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 教授 鄭,雄一
 東京大学 准教授 菅原,寧彦
 東京大学 准教授 小山,博之
内容要旨 要旨を表示する

移植血管グラフトの石灰化は、同種組織移植医療において、移植グラフトの耐久性にかかわる大きな問題である。特に若年者レシピエントにおいては、石灰化は移植後早期に起こりグラフト機能不全の原因となる。若年レシピエントでグラフト石灰化が早期に起こる理由として、若年レシピエントでは成年レシピエントと比較して拒絶反応が強く起こることが原因だとする報告や、若年レシピエントの血中リン濃度が成年レシピエントより高値であることが原因だとする報告がある。組織移植グラフトに起こる変化を検討する手段として、皮下移植モデルがあり、弁・血管グラフトの移植後変化の研究に広く用いられている。血管グラフトの皮下移植モデルでは血管内腔に血流は無く、組織への血液供給形態も異なり、皮下組織中のFibroblastなどの影響もあることから、内腔に血液が流れるin situ移植での血流モデルとは組織の変性が異なったものとなることが予想される。しかし、過去の報告によれば、血流モデルと比較して早期に組織変性をきたすものの、起こる組織変性には差はない。

移植血管グラフト石灰化の機序として、血管中膜平滑筋細胞(Vascular smooth muscle cell; VSMC)が骨芽細胞(Osteoblast)様形質転換をきたすことにより中膜石灰化をきたすことが知られており、これは移植によるものではない通常の血管石灰化の機序と酷似している。血管石灰化において、VSMCの骨芽細胞様形質転換の際には、筋原性マーカーであるα-SMA、SM22の発現が減少する脱分化の後、骨芽細胞分化の調節因子であるrunt-related transcription factor 2 (RUNX2, Core binding factor α1; Cbfa1)の発現が増加し骨芽細胞様細胞へと形質転換することが知られている。RUNX2はBone morphogenetic protein 2 (BMP2)、Fibroblast growth factor (FGF)、レチノイン酸などによって発現促進され、tumor necrosis factor-α (TNF-α)によって発現抑制される。BMP2はRUNX2以外にmsh homeobox 2 (MSX2)も発現促進させる。MSX2は間葉系前駆細胞の骨芽細胞への分化を促進させ、脂肪細胞への分化を抑制する働きを持っており、石灰化血管においてMSX2の発現が促進されていることも知られている。

糖尿病患者や慢性腎不全患者では、特にTNF-αを中心とする炎症系マーカーの上昇を伴う軽度の炎症状態にあり、TNF-αは血管石灰化を促進させる因子としても知られている。培養VSMCへのTNF-α刺激では、用量依存性にALPの発現増加とカルシウム沈着をきたし、形態的にも骨芽細胞様細胞へと変化する。また、マウスにSM22-TNF-α遺伝子を導入し血管中TNF-αの発現を増強させると、血管中MSX2発現も増強するという報告がある。またLDLR欠損マウスに高脂肪食投与すると血管石灰化を誘発できるが、TNF-α中和抗体であるinfliximabを投与すると血管でのBMP2、MSX2発現を抑制できることも報告されている。これらより、TNF-αはBMP2、MSX2の発現を増強させると考えられている。大動脈外膜筋線維芽細胞へのTNF-α刺激ではMSX2発現がBMP2発現に先行して起こり、BMP2阻害物質のnogginによってもMSX2発現増強は抑制されなかったことより、BMP2とMSX2はTNF-α刺激によりそれぞれ独立して発現増強すると考えられている。これらの結果よりTNF-αはBMP2、MSX2の発現をそれぞれ促進させることで、血管石灰化を促進させていると考えられる。

今回の実験は、血管皮下移植モデルを用いWild typeマウスとTNF-α Knock-outマウスをそれぞれレシピエントとし、それぞれでの移植血管グラフトの組織学的変化とグラフト中の石灰化関連因子の変化を調べることで、移植血管グラフト石灰化におけるTNF-αの関与を検討することである。今回の実験では拒絶反応による免疫応答の影響を除外するために、拒絶反応を起こさない同種同系移植モデルでの検討を行った。

7週齢のオスC57BL/6Jマウスをドナーとし、3週齢のオスマウスをレシピエントとして、マウス同種同系血管皮下移植モデルを作成した。レシピエントにはそれぞれWild type (WT)としてC57BL/6Jマウスを、TNF-α Knock-out (KO)としてC57BL/6J TNF-α(-/-)マウスを用いた。ドナーマウスより遠位弓部~腹部大動脈を摘出し、レシピエントマウスの腹部皮下に移植。21日後に摘出した。両群と比較するためのControlとして7週齢のオスC57BL/6Jマウスの遠位弓部~腹部大動脈を採取しFresh graft(FG)群とした。各群はn=6とした。

組織染色は、HE染色、VonKossa染色、EVG染色をそれぞれ行い、α-SMA、CD68の免疫染色を行った。Real-time PCRにて、TNF-α、α-SMA、SM22、BMP2、RUNX2、MSX2、Osteocalcin(OCN)、Osteopontin(OPN)の発現を定量し各群で比較した。Internal controlとしてβ-actinを用いた。定量はスタンダードサンプルに対する相対定量で行い、internal controlに対する比率で各mRNA発現を定量した。

統計学的解析はANOVA多群間検定を行い、各群間比較にはTurkey検定を用いた。p<0.05を統計学的優位差ありと判断した。統計学的解析には統計解析ソフトJMP 8.0を使用した。

VonKossa染色ではWT群の6検体中3検体で中膜層の石灰化を認めた。石灰化の軽微な部分では中膜弾性板に沿って点状石灰化を認め、石灰化の著明な部分では中膜弾性板に層状に石灰化していた。一方KO群では1例のみ中膜弾性板に軽微な石灰化を認めるのみであり、半定量的ではあるもののKO群では移植後グラフト石灰化が抑制されている可能性を認めた。FG群では中膜弾性版は整列しており、VSMCも扁平な形態を保っていたが、WT群・KO群ともに移植後グラフトでは中膜弾性版の配列が乱れ、VSMCも円形状な形態をしたものが散見されており、WT群・KO群にともにVSMCは同様の形態的変化を起こしていると考えられた。また中膜・外膜に炎症細胞の浸潤を認めた。免疫染色では、FG群では中膜平滑筋層に発現していたα-SMAが、WT群・KO群ともに発現が消失しており、VSMCでのα-SMA発現が低下していると考えられた。またマクロファージの細胞表面マーカーであるCD68は、FG群でCD68陽性細胞を認めなかったのに対し、WT群・KO群ともに中膜層、中膜外膜層境界を中心にCD68陽性細胞が散見され、WT群・KO群ともに同様の炎症反応を起こしていると考えられた。

移植後血管グラフト中のTNF-α発現はWT群では優位に上昇していたが、KO群ではFG群と優位差は無く、移植後血管グラフトに発現しているTNF-αはレシピエント由来であることが確認された。α-SMA、SM22の発現はWT群・KO群ともにFG群と比較して有意に低下しており、2群間に有意差は無かった。これよりWT群・KO群ともに、TNF-αの有無にかかわらずVSMCはその筋原性マーカーを失い、脱分化を起こしていることが判明した。BMP2、MSX2の発現はWT群でFG群と比較して優位に上昇していたが、KO群ではFG群と有意差は無かった。これはTNF-α刺激によりBMP2、MSX2発現がそれぞれ刺激されるという過去の報告と矛盾はない。RUNX2発現はWT群・KO群ともにFG群と比較して有意に上昇しており、WT群・KO群の2群間では有意差は無いもののKO群の方が高い傾向にあった。BMP2発現に有意差があるにもかかわらず、RUNX2発現に有意差が無い原因として、RUNX2はBMP2以外の刺激、例えば皮下組織中のFGFの刺激によって発現が増加している可能性が挙げられる。また有意差が無いもののKO群のほうが高値である傾向にあったことは、TNF-αがRUNX2発現に抑制的に働くことが影響しているかもしれない。WT群・KO群間でRUNX2発現に有意差は無かったが、OCN発現はWT群ではFG群と比較して有意に上昇しており、KO群ではFG群と有意差は無かった。OCNは通常MSCからOsteoblastへ分化する経過の中で、分化の後期で発現し、骨形成に促進的に働くと考えられており、このことはKO群で移植後血管グラフト石灰化が抑制されている可能性と矛盾しない。OPN発現はWT群・KO群ともにFG群と比較して有意に上昇しており、WT群・KO群の2群間の比較ではKO群はWT群より低値の傾向はあったが有意差は無かった。OPNは骨芽細胞分化の過程の中でOCNよりも早期に発現する。WT群とKO群でのOCN発現と、OPN発現の状況からは、VSMCが形質転換を起こしOsteoblast様細胞へと分化していく中で、KO群ではWT群と比較して分化段階が未熟な段階でとどまっている可能性がうかがえる。これは、間葉系前駆細胞の骨芽細胞への分化を促進させる働きを持つMSX2がKO群で発現が増加していないこととも矛盾しない。

以上の結果より、移植血管グラフト中VSMCの脱分化にはTNF-αの有無は影響を与えていないが、TNF-αはBMP2、MSX2の発現を促進させることで移植血管グラフト石灰化を促していると考えられる。TNF-αを抑制することで、グラフト中VSMCが骨芽細胞様細胞への形質転換の中で分化が未成熟な段階でとどまり、グラフト石灰化を抑制できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、特に若年例レシピエントにおいて同種血管グラフト石灰化を来たしやすいという現症に注目し、TNF-α Knock-outマウスを使用し、グラフト石灰化の機序におけるTNF-αの関与を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.TNF-αを抑制することで、移植血管グラフト石灰化を抑制できる可能性が示された。

2.移植血管グラフト石灰化の過程の中で、血管中膜平滑筋細胞(VSMC)が間葉系幹細胞様細胞に脱分化し、骨芽細胞様細胞へと再分化することで移植血管中膜石灰化をきたすと考えられているが、TNF-αの有無はVSMCの脱分化には影響を与えていなかった。

3.また、TNF-αの有無にかかわらず、移植血管グラフト中ではRUNX2、Osteopontinの発現が上昇しており、VSMCは骨芽細胞様細胞への再分化を開始していると考えられた。

4.しかし、TNF-α抑制下では移植血管グラフト中のOsteocalcinの発現が抑制されており、骨芽細胞様細胞への再分化が未成熟な段階でとどまっている可能性がある。これは、TNF-α抑制化ではMSX2発現が抑制されていることとも矛盾しない。

5.以上より、TNF-α抑制下では、MSX2発現が抑制され、移植血管グラフト中VSMCが骨芽細胞様細胞へと形質転換する中で、未成熟な段階でとどまり、その結果移植血管グラフト中膜の石灰化が抑制されていると考えられる。

以上本研究は、同種血管グラフト石灰化において、TNF-αの関与を明らかにし、TNF-αを抑制することで移植血管グラフト石灰化を抑制できる可能性を示し、学位の授与に値するものと考えられる。

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