学位論文要旨



No 126045
著者(漢字) 大江,真琴
著者(英字)
著者(カナ) オオエ,マコト
標題(和) 糖尿病患者における深い足部亀裂に関連する要因の検討
標題(洋)
報告番号 126045
報告番号 甲26045
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3524号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,敏
 東京大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 教授 光嶋,勲
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

【序文】

糖尿病性足潰瘍は糖尿病合併症の一つであり、しばしば切断に至るとともに、患者のQOLを著しく低下させることから重篤な合併症の一つに位置付けられている。糖尿病患者数の増加により、糖尿病性足潰瘍を発症する患者数の増加が予測されており、その予防は喫禁の課題である。

糖尿病患者においては自律神経障害による発汗量の低下に起因する皮膚の乾燥に伴って亀裂が生じ、さらなる外傷や感染を伴って亀裂が潰瘍に進展すると考えられてきた。しかしながら、亀裂は乾燥の重症化したものとして認識され、亀裂に特有な要因は検討されてこなかった。さらに、真皮層に及ぶ「深い」亀裂は、表皮内に限局した浅い亀裂と比較し、表皮のバリア機能が破綻しているため、潰瘍に至る危険性が高い状態であり、予防上の重要性が高いと考えられる。しかし、従来、深い亀裂と浅い亀裂は区別されずに扱われてきたため、深い亀裂の実態や要因は明らかにされておらず、予防ケアの確立には至っていない。

そこで本研究では、1.糖尿病患者の足部における深い亀裂の実態及び亀裂の保有と深達度に関連する要因、2.1で抽出された要因を有する糖尿病患者の足部の皮膚の状態、をそれぞれ明らかにすることを目的とした。

第1章 糖尿病患者における足部亀裂の実態と要因

【目的】

本研究の目的は、糖尿病患者における足部亀裂の保有率、発生部位、足部亀裂の保有及び深達度に関連する要因を明らかにすることである。

【方法】

対象者は2007年9月から2008年3月に大学病院糖尿病・代謝内科外来を受診した糖尿病患者であり、研究協力者の主治医及び調査者により調査について説明を受け、同意の得られた者であった。受諾率は85.5%であった。外来受診の待ち時間に足部の写真を撮影した。

深い亀裂を真皮に及ぶ細い深い線状の皮膚の切れ目、浅い亀裂を表皮までの細い皮膚の切れ目と定義し、創傷評価の経験のある皮膚・排泄ケア認定看護師が、調査時の写真から判定した。判定は異なる日に2回行い、判定が異なった場合は再度判定した。再テストの一致率は98.4%であった。発生部位は観察された部位ごとに集計した。

足部亀裂の保有及び深達度に関連する要因の検討には、従属変数を亀裂の有無及び深達度、独立変数を高血糖の持続状態、知覚神経障害、運動神経障害、自律神経障害、血管障害、足部への負荷、年齢、性別とし、多重ロジスティック回帰分析を行った。高血糖の持続状態としてHbA1cを指標とし、検定に用いた。知覚神経障害は5.07モノフィラメント検査及び振動覚検査、運動神経障害はアキレス腱反射、自律神経障害は起立性低血圧及び心電図RR間隔変動、血管障害は足関節上腕血圧比及び足趾上腕血圧比にて判定した。足部への負荷は体重と足変形とした。

連続データは平均値と標準偏差で示し、足部亀裂の有無及び深達度別の比較にはt検定またはχ2検定、フィッシャーの直接確率計算法を用いた。統計解析にはSPSS16.0Jを使用し、有意水準はp=0.05とした。本研究は、東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を受けて行った。

【結果】

対象者数は578名であり、年齢は65.4±10.8歳、男性は335名(58.0%)、2型糖尿病は517名(89.4%)、糖尿病の罹病期間は13.8±9.3年、HbA1cは6.8±1.0%であった。深い亀裂の保有率は3.8%であった。観察された深い亀裂35部位中、85.7%は踵部に保有されていた。深い亀裂と浅い亀裂には部位に差異を認めなかった。

多重ロジスティック回帰分析の結果、自律神経障害があるほど亀裂の保有が多かった(OR2.42、 p=0.003)。一方、亀裂の深達度については、深い亀裂の保有と血管障害との間に関連が見られた

(OR4.15、p=0.028)。

【考察】

糖尿病患者の3.8%が糖尿病性足潰瘍のハイリスク状態である深い亀裂を保有している実態が明らかとなり、その予防ケアを確立するニーズを見出した。深い亀裂の保有部位は浅い亀裂と同様であり、特有の傾向はなかった。したがって、深い亀裂の予防ケアの確立には、部位によらず、深達度に影響する要因を検討する必要性が示唆された。

また、従来、亀裂の発生の要因として自律神経障害が考えられてきたが、本研究により、深い亀裂の保有と血管障害との関連が初めて明らかとなった。しかしながら、血管障害から深い亀裂に至るメカニズムは不明であった。そこで次に、血管障害を有する糖尿病患者の皮膚に生じている変化をより詳細に捉えるため、深い亀裂の好発部位である踵部に着目し、亀裂の発生に関与するといわれてきた角質肥厚と発汗に焦点を当てて調査をした。

第2章 血管障害を有する糖尿病患者における踵部の角質肥厚と汗孔の萎縮

【目的】

本研究の目的は、血管障害を有する糖尿病患者における踵部皮膚の角質肥厚及び汗腺の状態を明らかにすることである。

【方法】

対象者は2009年6月から8月に大学病院の糖尿病足外来を受診した糖尿病患者であった。足関節上腕血圧比を測定し、0.9以下の者を血管障害あり群とした。角質肥厚は踵部のエコーの輝度最高値を代替指標として評価した。汗腺の萎縮は、マイクロスコープにて観察された汗孔の数を代替指標として評価した。足関節上腕血圧比の低い方の足を分析対象とした。踵部のエコーの輝度最高値及び汗孔数をMann-Whitney検定を用いて血管障害の有無で比較した。連続データは中央値(最小値-最大値)で示した。統計解析にはSPSS16.0Jを使用した。有意水準はp=0.05とした。本研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会の承認を得て行った。

【結果】

対象者数は31名であり、年齢64(53-87)歳、男性64.5%、糖尿病罹病期間12(1-36)年、HbA1cは6.8(5.5-13.1%)、血管障害あり群は5名(16.1%)であった。血管障害あり群のエコー輝度最高値は180(149-203)、血管障害なし群は156(122-212)であり、血管障害の有無によるエコーの輝度最高値に違いはなかった(p=0.417)。汗孔数の検討は、角質肥厚のため汗孔数の確認が困難であった9名を除外した22名で検討した。血管障害あり群の汗孔数は5(2-31)であり、血管障害なし群の汗孔数19(1-73)に比べて少ない傾向があった(p=0.081)。

【考察】

本研究により、有意な差はなかったものの、血管障害を有する糖尿病患者の踵部皮膚において、汗孔数の少ない傾向があり、汗腺の萎縮が起こっている可能性が示唆された。つまり、血管障害により汗腺の萎縮が起こり、発汗量が低下して皮膚の乾燥から亀裂を生じている可能性が考えられた。しかしながら、通常皮膚の乾燥は角質内のみの変化であり、これが真皮層に達する深い亀裂の発生に影響したとは考えにくい。本研究は非侵襲的な方法を用いたため、真皮層以下の深部組織の現象を明らかにするには限界があった。さらに、本手法における汗腺の観察においては汗腺の萎縮が起こっていても汗孔が完全に消失していない可能性を否定できない。したがって、深い亀裂と血管障害との関係及びそのメカニズムを解明するためには、今後さらに汗腺を含めた真皮層以下の組織学的な検討を要すると考えられた。

【結論】

以上より、深い亀裂は従来報告されていた自律神経障害に加え、新しく血管障害が関連していることが明らかとなり、有意差はなかったものの、血管障害を有する糖尿病患者の踵部の汗腺は萎縮している傾向があった。したがって、糖尿病患者における深い亀裂の要因の一つには自律神経障害及び血管障害による発汗量の低下が考えられる。よって具体的な方策としては、高血糖や血管障害に対する治療、保湿効果と血流促進効果のある外用薬の適用が有用であると考えられる。看護上の観点からは、血糖コントロールに関する患者教育や足部の保温が有効な可能性がある。また、従来行われてきた保湿ケアについての患者教育は血管障害を有する患者にも有効である可能性がある。

今後、血管障害における組織への影響、特に汗腺を含めた真皮層以下の深い組織への影響を詳細に検討し、亀裂に至るメカニズムを明らかにすることにより、深い亀裂に対する有効な予防ケアを確立できる可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は糖尿病性足潰瘍の原因の一つである足部亀裂の予防ケアを確立することを目的に、潰瘍に進展するリスクが高いと考えられる、真皮層に至る「深い」亀裂に着目し、その実態と要因の検討を試みたものである。さらに、その結果示された深い亀裂と血管障害との関連を追及するため、血管障害を有する糖尿病患者の踵部皮膚の実態の解明を試みた。以上より、次の結果を得ている。

1.大学病院糖尿病・代謝内科外来受診者578名の足部を観察した。その結果、表皮内の浅い亀裂の保有率は9.0%、深い足部亀裂の保有率は3.8%であった。本結果におり、糖尿病患者における深い足部亀裂の保有者の存在が明らかとなり、予防ケア確立のニーズが見出された。

2.上記1において、観察された深い亀裂は35部位であり、そのうち85.7%は踵部に保有されていた。

3.上記1において、多重ロジスティック回帰分析を行った結果、足部亀裂の保有には自律神経障害(OR2.42、p=0.003)、深達度(深い亀裂)には血管障害(OR4.15、p=0.028)が関連していた。

4.大学病院糖尿病足外来受診者22名の踵部をマイクロスコープで観察した結果、血管障害あり群の踵部のマイクロスコープ一画像中の汗孔数は5(2-31)であり、血管障害なし群の汗孔数19(1-73)に比べて少ない傾向があった(p=0.081)。

以上、本論文は糖尿病患者の足部の観察から、糖尿病性足潰瘍に進展するリスクが高いと考えられる深い亀裂は、従来知られてきた自律神経障害に加え、血管障害が関与していること、さらに、血管障害を有する糖尿病患者の踵部の汗腺は萎縮している傾向があることを示した。本結果より、糖尿病患者における深い亀裂の要因の一つには、自律神経障害及び血管障害による発汗量の低下が関連している可能性が示唆された。

本研究は、今後、血管障害における組織への影響、特に汗腺を含めた真皮層以下の深い組織への影響を詳細に検討し、亀裂に至るメカニズムを明らかにすることにより、従来の保湿ケアだけでなく、血流促進などの深い亀裂に対する有効な予防ケアを確立できる可能性を示唆したものである。新たな亀裂の予防ケアが確立されれば、糖尿病性足潰瘍の予防、ひいては糖尿病患者のQOL向上に重要な貢献をなすと考えられ、本研究は、学位の授与に値するものと考えられる。

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