学位論文要旨



No 126046
著者(漢字) 落合,亮太
著者(英字)
著者(カナ) オチアイ,リョウタ
標題(和) 先天性心疾患における望ましい成育医療体制の在り方に関する質的研究
標題(洋)
報告番号 126046
報告番号 甲26046
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3525号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 講師 井田,孔明
 東京大学 講師 岩佐,一
 東京大学 講師 桑原,斉
内容要旨 要旨を表示する

成人先天性心疾患患者の数は本邦で現在少なくとも約40万人と推定され、今後年間約9000人の増加が見込まれている。成人期への移行時から成人期にかけて、特有の問題を有する先天性心疾患患者に、どのような成育医療を提供すべきかについて、欧米では医療者の意見を集約したガイドラインや診療体制の実態調査が報告されている。一方、日本では施設毎の成人先天性心疾患患者数や手術件数など、診療体制の実態調査が報告されている。しかし成育医療体制に対する患者自身や親の要望は、国外には研究が散見されるものの、本邦では明らかにされていない。さらに、日本の成人先天性心疾患診療に携わる医師の間でも、文化や医療体制の異なる欧米と同様の成育医療体制をとることが適切であるか否か、議論が十分になされているとは言いがたい。成人先天性心疾患患者とその親が成育医療に対して抱く要望、そして成人先天性心疾患診療に携わる医師が認識する本邦の成育医療体制の問題と今後の課題を明らかにすることは、今後の先天性心疾患における望ましい成育医療体制の在り方を検討する際の基礎資料になると考える。

そこで本研究では、先天性心疾患における望ましい成育医療体制の在り方を検討することを大目標として、成人先天性心疾患患者とその親、成人先天性心疾患診療に携わる医師の三者を対象として、質的面接調査を行った。

研究I. 成人先天性心疾患患者が抱く成育医療への要望

目的

成人先天性心疾患患者が成育医療に対して抱く要望を明らかにすること。

方法

成人先天性心疾患患者に半構造化面接を行い、Grounded Theory Approachの手法を用いて分析を行った。対象者の選定は、理論的サンプリングの手法に沿って行い、性、年齢、疾患重症度、転科経験などが多様になるよう努めた。

結果

17名の成人先天性心疾患患者に対して半構造化面接を行った。面接時間は36分~138分(平均85分)であった。対象者の年齢は22~35歳(平均26.8歳)であった。対象者の主たる疾患・術式は、ファロー四徴症根治術後、フォンタン術後、グレン術後、肺動脈狭窄症などであった。

面接内容の分析の結果、成人先天性心疾患患者が成育医療に対して抱く要望として、〈小児医療から成人医療への移行の円滑化〉〈子どもの頃からの本人への説明〉〈一人で受診する意思の確認〉〈精神面をサポートする体制の充実〉〈緊急時に対応できるシステム作り〉〈障害者手帳に関する情報提供〉という6カテゴリが抽出された。

考察

本研究の結果から、循環器科医と小児科医の協働に基づく成人医療への移行プログラムの一般化、精神科医や臨床心理士、看護師を含めたチーム医療の普及の必要性が示唆された。

研究II. 成人先天性心疾患患者の親が抱く成育医療への要望

目的

成人先天性心疾患患者の親が成育医療に対して抱く要望を明らかにすること。

方法

研究Iにおいて面接を行った成人先天性心疾患患者17名(1組のきょうだいを含む)の親に半構造化面接を行い、Grounded Theory Approachの手法を用いて分析を行った。

結果

15名(うち母親13名)の親に対して半構造化面接を行った。面接時間は35分~142分(平均94.7分)、対象者の年齢は49~66歳(平均56.8歳)であった。

面接内容の分析の結果、成人先天性心疾患患者の親が成育医療に対して抱く要望として、〈小児科医との関係の維持〉〈子どもが希望を失わない説明〉〈一人で受診する意思の確認〉〈親子が共倒れにならないための精神的ケア〉という4カテゴリが抽出された。

考察

本研究で示された、成人先天性心疾患患者の親が成育医療に対して抱く要望は、研究Iで示された成人先天性心疾患患者本人の要望と概ね一致するものであった。本研究の結果から、成人医療への移行後も小児科医へコンサルトが可能な診療体制の構築、親の意向を十分に考慮した上での患者本人への病状説明、精神科医や臨床心理士、看護師を含めたチーム医療の普及の必要性が示唆された。

研究III. 成人先天性心疾患診療に携わる医師が認識する成育医療体制の問題と今後の課題

目的

成人先天性心疾患診療に携わる医師が、先天性心疾患における日本の成育医療体制の何を問題・課題として捉えているかを明らかにすること。

方法

対象者の選定は以下の基準に基づいて行った。

まず、下記の施設基準を満たす施設から各3、3、5施設をランダムにサンプリングした。

1) 先行研究で同定された、成人先天性心疾患年間外来患者数が50人以上の施設

2) 先行研究で同定された、成人先天性心疾患専門外来を有する施設

3) 日本小児総合医療施設協議会会員施設

ついで、ランダムサンプリングにて選ばれた施設に勤務する医師のうち、下記の適格基準を満たす者を選定した。

a) 成人先天性心疾患研究会会員である小児循環器科医

b) 心臓血管外科専門医である心臓血管外科医

c) 循環器専門医である循環器科医(3の施設では基本的に不在のため除く)

当該の施設においてa、b、cを満たす者がいない場合は提携する関連病院の医師を紹介してもらった。

上記の手順で選定された医師のうち、研究参加への同意が得られた者に対し半構造化面接を行った。面接内容を逐語録に起こし、内容分析の手法を用いて分析を行った。

具体的にはまず、対象者全員の発言内容を要約するため、対象者の発言を類似性をもとに分類し同様の発言をした対象者の人数を集計する、対象者の人数を分析単位とした分析を行った。

次に、対象者の専門分野によって発言の内容に差異や特徴があると考えられたため、テキストマイニングソフトを用いて、各用語の出現頻度と共起度を算出し共語マップを作成する、対象者が用いた用語を分析単位とした分析を行った。

結果

北海道、東北、関東、東海、近畿、中国、沖縄地方にある13施設に働く医師、計30名に対し、面接を実施した。対象者の専門分野別の内訳は、小児循環器科医13名、心臓血管外科医11名、循環器科医6名であった。面接時間は27~91分(平均70.0分)、対象者の年齢は36~62才(平均46.7歳)、先天性心疾患診療経験年数は0.5~34年(平均16.2年)であった。

対象者全員の発言内容を要約するために、対象者の人数を分析単位とした分析を行った結果、言及した人数の多い順に、「成人先天性心疾患を誰が診ていくか」「医療の集約化」「小児病院の在り方」「心理・社会的問題」という4テーマが抽出された。

次に、対象者の専門分野別の差異や特徴を明らかにするために、テキストマイニングソフトを用いて、対象者が用いた用語を分析単位とした分析を行った結果、小児科医のデータからは『成人先天性心疾患を診るのは小児科と循環器内科と内科』『循環器内科に興味を持ってもらう』『多くの患者を集約化施設に集約化する』『小児病院と総合病院を併設する』『移行外来を作る』という5つのクラスタが抽出された。同様に、心臓血管外科医のデータからは『成人先天性心疾患を診るのは小児科と循環器内科』『循環器内科に興味を持ってもらう』『今後専門外来に集約化する必要がある』『総合病院が集約化施設になり診療科を作るべき』『成人先天性心疾患の手術は小児心臓血管外科と心臓血管外科が一緒に行う』という5つのクラスタが抽出された。循環器科医のデータからは『成人先天性心疾患は小児科と循環器内科が診る』『集約化施設と一般診療の連携体制を作る』『循環器内科に興味を持ってもらうために研修が必要』『専門医を作ってほしい』『システムをしっかり作って宣伝してほしい』という5つのクラスタが抽出された。

考察

本研究の結果から、循環器科医と小児科循環器科医がチームを作って共同で診療に臨むこと、集約化施設の設置と小児病院を含めた関連病院との連携、心理・社会的支援の必要性が示唆された。

総括

研究Iと研究IIの結果から、成人先天性心疾患患者とその親は両者ともに、成人医療への移行に伴い担当医が変更となることを懸念していることが示された。成人先天性心疾患を誰が診ていくかについては、研究IIIにおいて、循環器科医と小児科循環器科医がチームを作って共同で診療に臨むことが、日本の現状では、より現実的であることが示唆された。小児科医が継続的に患者に関わり続けるこの診療体制のほうが、患者・親の心理的負担も少ないと考えられる。

しかし一方で、研究IIIでは、集約化施設の設置と、小児病院を含めた関連病院と集約化施設の連携の必要性が指摘され、現在通院している病院から集約化施設への転院が必要となる患者が生じる可能性も示唆された。集約化施設の設置と関連病院との連携は欧米の方向性とも一致しており、今後、不可避と考えられる。今後、各地域における患者数や病院へのアクセスを考慮した上で、地域別にモデルケースを立ち上げ、その有効性を検討していく必要があるだろう。また、このような体制面の整備と同時に、研究Iや研究IIで示されたように、子どもの頃から理解度を確認しつつ病状などを患者本人へ説明していくこと、一人で受診する意思があるか患者本人に確認することなどを通して、病状や継続的受診の必要性に対する患者自身の理解度を高める方策を講じることも必要であろう。

また、患者と親に対する、精神面をはじめとした心理・社会的支援の必要性は、患者、親、医師の三者から共通して語られており、今後、精神科医、臨床心理士、看護師、ソーシャルワーカーを含めたチーム医療体制の整備は必須と考えられる。

今後は、本研究で得られた知見を踏まえて、患者、親、医療者を対象とした量的研究を行い、集約化施設を担いうる施設はどこか、成人先天性心疾患診療を行う上で障害となっているものは何か、集約化施設への転院の可能性のある患者は集約化施設への転院に対しどのような意向や要望を有しているのかを、詳細に明らかにしていく必要があるだろう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、先天性心疾患における望ましい成育医療体制の在り方を検討するため、成人先天性心疾患患者とその親、成人先天性心疾患診療に携わる医師の三者を対象に、質的面接調査を行い、下記の結果を得た。

成人先天性心疾患患者が成育医療に対して抱く要望として、〈小児医療から成人医療への移行の円滑化〉〈子どもの頃からの本人への説明〉〈一人で受診する意思の確認〉〈精神面をサポートする体制の充実〉〈緊急時に対応できるシステム作り〉〈障害者手帳に関する情報提供〉という6カテゴリが抽出された。

成人先天性心疾患患者の親が成育医療に対して抱く要望として、〈小児科医との関係の維持〉〈子どもが希望を失わない説明〉〈一人で受診する意思の確認〉〈親子が共倒れにならないための精神的ケア〉という4カテゴリが抽出された。

成人先天性心疾患診療に携わる医師が認識する成育医療体制の問題と今後の課題として、「1. 成人先天性心疾患を誰が診ていくか」「2. 医療の集約化」「3. 小児病院の在り方」「4. 心理・社会的問題)」という4テーマが抽出された。

さらに、医師の職種別に分析を行った結果、小児科医のデータからは『成人先天性心疾患を診るのは小児科と循環器内科と内科』『循環器内科に興味を持ってもらう』『多くの患者を集約化施設に集約化する』『小児病院と総合病院を併設する』『移行外来を作る』という5つのクラスタが抽出された。

同様に、心臓血管外科医のデータからは『成人先天性心疾患を診るのは小児科と循環器内科』『循環器内科に興味を持ってもらう』『今後専門外来に集約化する必要がある』『総合病院が集約化施設になり診療科を作るべき』『成人先天性心疾患の手術は小児心臓血管外科と心臓血管外科が一緒に行う』という5つのクラスタが抽出された。

循環器科医のデータからは『成人先天性心疾患は小児科と循環器内科が診る』『集約化施設と一般診療の連携体制を作る』『循環器内科に興味を持ってもらうために研修が必要』『専門医を作ってほしい』『システムをしっかり作って宣伝してほしい』という5つのクラスタが抽出された。

以上、本論文は、成人先天性心疾患患者とその親、成人先天性心疾患診療に携わる医師の三者の視点から、今後の本邦における先天性心疾患における成育医療体制の在り方を検討した。本論文の結果は、今後の医療体制の構築に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク