学位論文要旨



No 126048
著者(漢字) 坂木,晴世
著者(英字)
著者(カナ) サカキ,ハルヨ
標題(和) ハイリスク新生児室の入院患児におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の感染および保菌に関するリスク因子の探索
標題(洋)
報告番号 126048
報告番号 甲26048
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3527号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,敏
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 准教授 李,廷秀
 東京大学 講師 原,一雄
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

1.背景

新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit; NICU)においてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus; MRSA)は新生児感染症の主要な起因菌である。さらに、NICUでは新生児医療の進歩によって易感染患者が増加しており、MRSAの検出も増加傾向にある。

MRSAの検出を減少させるためには有効な感染対策を採用する必要がある。しかし、NICUの感染対策は確立しておらず、各施設が独自の基準や手順によって感染対策を実施している。有効な感染対策を確立するためには現行の対策における効果の検証が必要である。そして、対策の効果を客観的に評価するためには、介入が不可能な因子が調整されている必要がある。しかし、先行研究ではケアおよび環境要因を含めた複数の因子を収集し、MRSA検出のリスク因子を検討したものは極めて少なかった。そこで本研究ではNICU入院患児に対する有効な感染対策の確立に向けてMRSAの感染および保菌のリスク因子を特定することを目的とした。

2.方法

1)対象

周産期認定医研修施設指定病院のNICU6床およびGCU(Growing Care Unit)16床において、2002年7月1日から2008年12月31日に内科的治療を目的として入室した1680例を対象に前向き調査を実施した。

2)調査項目

先行研究でMRSAの感染および保菌との関連が実証または示唆されている項目、NICUに勤務する複数の医師や看護師がリスク因子であると指摘している項目、感染率の標準化手法として用いられている出生体重に影響する因子を抽出し、患者要因14項目、医療ケア要因28項目、その他4項目、合計46項目を調査した。

3)感染と保菌の判定基準

入室後48時間以降に採取された培養検体のいずれかからMRSAが検出されたものを施設内で獲得したMRSAとして分析対象とした。感染の判定は、米国疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention; CDC)の基準を用いた。CDCの判定基準に合致し、入室後48時間以降に検出されたMRSAが起因菌であると確認された症例を感染症例と判定した。そして、MRSAによる感染症を発症していない症例を保菌症例と判定した。

4)倫理的配慮

東京大学大学院医学系研究科倫理委員会および調査施設倫理審査委員会において研究実施の承認を得た。また、個人が特定できるデータは含めず、情報の機密保持に努めた。

(承認番号2277)

5)解析方法

MRSA検出の有無と各リスク因子との関連をみるため、変数の種類に応じてFisher's Exact Test、Chi-squared test、Mantel-Haenszel chi-square test、Student's t test、Wilcoxon's rank-sum testを実施し、Kaplan-Meier法で生存時間を推定し、ログランク検定で群間比較を行った。更にCox回帰モデルによる多変量解析を実施した。解析にはSAS system Ver.9.1を使用した。

3.結果

対象症例1680例のうち、入室後48時間以内の培養検体からMRSAが検出された症例、診療録が確認できなかった症例、出生体重または在胎週数が不明であった症例、入室後48時間以内に退室した症例、1年以上の長期入院症例、計72例を除外し、1608例を分析対象とした。

男児は894例、女児は714例、平均出生体重2501g(中央値2495, 標準偏差680, 範囲 653-4420)、平均在胎週数36.6週(中央値37.2, 標準偏差3.4, 範囲 24.4-43.3)、平均在院日数24.4日(中央値17, 標準偏差16.0, 範囲 3-203)であった。

MRSA検出症例は282例で、検出率17.5%、1000患児日あたりの検出率は7.2であった。MRSA検出までの平均日数は14.3日(中央値11、標準偏差13.4, 範囲3-120)であった。MRSA感染症例は50例で、感染率は3.1%、1000患児日あたりの感染率は1.3であった。

単変量解析でMRSA検出と有意な関連がみられたのは、低出生体重、短い在胎週数、アプガースコアの低値、双胎、臍帯脱落期間の延長、眼脂、分娩様式、長期在院、入院前の施設における長期在院、初乳の経管授乳、長期間の保育器収容、カンガルーケアの実施、患児1人に対する低い看護師率、MRSA保菌圧の高値、経管栄養カテーテル留置、気管内挿管、経鼻的持続気道陽圧療法、中心静脈カテーテル留置、各医療器具使用期間の延長、生後24時間以内の抗菌薬投与であった(p<0.001)。その他、他院からの新生児搬送、初乳投与の遅延、生後24時間以降に投与されたCefotaximeであった(p<0.01)。また、カンガルーケアの開始時期、臍カテーテル留置にも関連がみられた(p<0.05)。

Cox回帰モデルによる多変量解析によって特定されたMRSA検出のリスク因子は、帝王切開(HR: 1.46, 95%CI: 1.10-1.95)、眼脂(HR: 1.53, 95%CI: 1.15-2.05)、経管栄養カテーテルによる初乳の投与(HR: 1.57, 95%CI: 1.03-2.41)、臍カテーテル留置(HR: 2.05, 95%CI: 1.02-4.10)、1日あたりの看護師率(HR: 0.12, 95%CI: 0.05-0.26)、MRSA保菌圧(HR: 16.79, 95%CI: 8.41-33.5)であった。

4.考察

本研究で特定されたリスク因子のうち、帝王切開と眼脂は介入不可能な交絡因子である。これらの因子をもつ患児はハイリスク群として認識し、適切なケアによるMRSAの定着防止と密な観察による感染徴候の早期発見が必要である。初乳の授乳方法、臍カテーテル留置、看護師率およびMRSA保菌圧は介入可能な因子であり、ケアや対策の改善とその効果の検証が必要である。

帝王切開で出生した患児は、正常常在細菌叢を形成する前に医療従事者や環境由来の微生物に暴露される。また、これらの患児には早産児が多く、皮膚のバリア機能が未熟で、MRSAが定着しやすい状態であった可能性がある。したがって、帝王切開で出生した患児はMRSA検出のリスクが高い患児と認識し、標準予防策や接触感染予防策の遵守が重要である。

眼脂は涙嚢の未熟性などによって自然に発生することがあり、感染徴候として現れた眼脂との鑑別が必要である。眼脂は有機物であることから、微生物増殖の温床となりやすい。また、人工呼吸器装着や吸引による飛沫から口腔内微生物が伝播する可能性が報告されている。したがって、眼脂のある患児には眼脂除去などのアイケアが必要であり、吸引時における患児の眼の保護と飛沫の拡散予防が有効であると考える。

初乳に含まれるIgAは咽頭や消化管の粘膜表面に補充され、感染防御能を有する。しかし、NICUに入室する患児には初乳を経口投与することが困難な場合も少なくない。したがって、初乳は可能な限り出生後早期に経口的に与えることが望ましいと考える。

臍帯は、有機物が付着しやすく湿潤していることから微生物の温床となりやすく、MRSAが検出されやすい。臍カテーテル留置は、臍帯脱落から臍窩の乾燥までの期間延長を招き、血流感染のリスクを高める。したがって、臍カテーテル留置の必要性を常に検討し、早期抜去を目指すと共に、留置中の観察による異常の早期発見が重要である。また、臍帯ケア方法も標準化されていないことから、今後は臍帯脱落と臍窩の乾燥を促進するケア方法の検証が必要であると考える。

患児1人に対する看護師率が低くなるとMRSA検出のリスクが高くなる。看護師率が低くなると業務量が増加し、手指衛生の遵守が不十分となる可能性がある。他方、看護師率の上昇は手指衛生の遵守率を向上させ、院内感染発生率を低下させる。したがって、NICUおよびGCUにおける適正な看護師数を明らかにし、その人員数を確保することが必要である。

NICUにおけるMRSA保菌圧はリスク因子として特定され、保菌圧が75パーセンタイル値を上回る保菌圧下におかれていた患児は、MRSA検出までの日数が有意に短かった。保菌患児からのMRSAの伝播を予防するためには、コホーティングが有効である。また、MRSAのサーベイランスを実施し、保菌圧のモニタリングによるアウトブレイク徴候の早期察知と早期介入が効果的であると考える。

5.結論

本研究では、NICU入院患児における感染および保菌のリスク因子について分析し、帝王切開、眼脂、経管栄養カテーテルによる初乳の投与、臍カテーテル留置、看護師率、MRSA保菌圧をリスク因子として特定した。

帝王切開で出生した患児および眼脂のある患児は、MRSAが定着しやすいハイリスク群として、密な観察を実施するとともに、標準予防策や接触感染予防策の遵守が重要である。初乳は出生後早期に経口的に与えることが望ましい。臍カテーテル留置の適用は慎重に検討し、カテーテルの留置期間は可能な限り短くするべきである。また、看護師率の低下はリスク因子であり、NICUおよびGCUにおける適正な人員数の確保が必要である。そして、MRSA保菌圧は低減することが可能な因子であり、サーベイランスによるモニタリング、保菌患児の早期発見とコホーティングが有効である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、新生児集中治療室(Neonatal Intensive Care Unit; NICU)において問題となっている薬剤耐性菌であるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus; MRSA)に対する感染対策の確立に向けて、その感染および保菌のリスク因子を明らかにすることを目的とした疫学研究である。NICUおよびGCU(Growing Care Unit)即ちハイリスク新生児室の入院患児を対象に前向き調査を実施し、統計学的解析によってリスク因子の特定を試み、下記の結果を得ている。

1.ハイリスク新生児室の入院患児におけるMRSAの感染および保菌のリスク因子は、帝王切開での出生、眼脂の存在、経管栄養カテーテルによる初乳の投与、臍カテーテル留置、低い看護師率、MRSA保菌圧の高値であることが示された。

2.帝王切開で出生した患児、眼脂のある患児はMRSAが定着しやすいハイリスク群として、密な観察による感染徴候の発見が必要であり、標準予防策や接触感染予防策の遵守が重要であることが示された。

3.経管栄養カテーテルによる初乳の投与は、MRSAの感染および保菌のリスク因子であることが示され、初乳は出生後早期に経口的に与えることが望ましいことが示唆された。

4.臍カテーテルの留置は、MRSAの感染および保菌のリスク因子であることから、臍カテーテル留置の適用は慎重に検討する必要があることが示され、カテーテル留置期間は可能な限り短くするべきであることが示唆された。

5.看護師率の低下はMRSA検出のリスクを高めることから、NICUおよびGCUにおける適正な人員数の確保が必要であることが示された。

6.高いMRSA保菌圧下におかれていた患児はMRSA検出のリスクが高くなることが示された。MRSA保菌圧を低減するためには、サーベイランスによるモニタリング、保菌患児の早期発見とコホーティングが有効であることが示唆された。

以上、本論文はハイリスク新生児室の入院患児におけるMRSAの感染および保菌に関連する可能性があると考えられた因子を解析した結果、帝王切開、眼脂、経管栄養カテーテルによる初乳の投与、臍カテーテル留置、看護師率、MRSA保菌圧という6つのリスク因子を特定した。本研究は、未だ感染対策が確立していないハイリスク新生児室のMRSA感染対策の確立に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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