学位論文要旨



No 126049
著者(漢字) 佐藤,一樹
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,カズキ
標題(和) 全国の緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の実態と遺族による緩和ケアの構造・プロセス、アウトカム評価への影響 : 多施設診療記録調査
標題(洋)
報告番号 126049
報告番号 甲26049
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3528号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 橋本,英樹
 東京大学 准教授 福田,敬
 東京大学 講師 永田,智子
内容要旨 要旨を表示する

1. 目的

本研究の目的は、以下の4つとした。

1)全国の緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の実態を記述する。

2)緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療と患者背景との関連を探索し、ケア提供の要因や背景構造を分析する。

3)全国の緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の施設間差の実態とその要因を明らかにする。

4)緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療と遺族による緩和ケアの構造・プロセス評価、 アウトカム評価との関連を検討する。

2. 方法

2007年に実施された緩和ケアの質を評価する遺族対象の大規模質問紙調査J-HOPE studyの対象者のうち、緩和ケア病棟で死亡した患者を対象に、死亡前に提供された医療を診療記録から調査した。

2-1. 対象

対象施設は、J-HOPE studyの質問紙調査に参加した緩和ケア病棟100施設のうち、診療記録調査への参加に同意した37施設とした。対象者は、J-HOPE studyの対象となった緩和ケア病棟で死亡したがん患者のうち、緩和ケア病棟の在棟日数が3日以上であった患者とした。

2-2. 調査手順

J-HOPE studyの質問紙調査時に、遺族に対して診療記録調査の情報を開示し、調査拒否の意思確認を行ったのちに診療記録調査を実施した。診療記録調査は、各施設の医療者、または、事務局から派遣された調査員が各施設内で診療記録を閲覧し、専用の診療記録調査票に転記して行った。

2-3. 測定項目

診療記録調査では、先行研究をもとに選定し、輸液療法、鎮痛薬、鎮静、患者背景を調べた。診療記録調査での信頼性の劣る症状コミュニケーション、薬剤の使用目的は含めなかった。調査時点は「死亡2週間前」「1週間前」「48時間以内」の3時点で調査した。

質問紙調査から、緩和ケアの構造・プロセス評価として遺族によりホスピス・緩和ケアの構造とプロセスを測定する評価尺度であるCare Evaluation Scale (CES) の短縮版と、緩和ケアのアウトカム評価として遺族により終末期がん患者のQOLを測定する評価尺度であるGood Death Inventory (GDI)の短縮版のデータを用いた。

2-4. 解析

全国の緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の実態の記述を行った。患者背景との関連は、ロジスティック回帰分析により行った。施設間差の記述では、提供された終末期がん医療を目的変数、患者背景と施設を説明変数、施設を変量効果としたロジスティック混合効果モデルにより分析し、施設効果の分散成分の推定値を施設間差の指標として用いた。また、終末期がん医療の提供を予測するモデルとして、患者背景、患者背景+施設、施設の3通りのモデルを作成して適合度を分析した。遺族による緩和ケアの構造・プロセス、アウトカム評価との関連は、遺族による評価を目的変数、提供された終末期がん医療のそれぞれの項目、患者背景の影響、遺族背景、施設を説明変数、施設を変量効果とした混合効果モデルにより分析した。患者背景の影響は、施設間差の記述の際に用いたロジスティック混合効果モデルから算出したpropensity scoreから生成した変数を用いた。関連要因の分析では効果量を算出し、Cohenによる基準で小さな効果量以上を認めた関連のみを考察した。

2-5. 倫理的配慮

疫学研究の倫理指針に則って研究を遂行した。東京大学大学院医学系研究科・医学部倫理委員会と各施設の施設内倫理委員会または病院長の承認を得て行った。

3. 結果

3-1. 応諾状況

緩和ケア病棟37施設で死亡したがん患者2802名の診療記録を調査した(実施割合99%)。調査対象者数は、死亡2週間前で1885名(67%)、死亡1週間前で2352名(84%)、死亡前48時間以内で2802名(100%)であった。

3-2. 患者背景(表1)

男性が55%名(1551)、平均年齢が70歳(±標準偏差12歳)、がん原発部位は、肺が23%(644名)、肝臓・胆道・膵臓が17%(476名)、胃・食道が17%(472名)の順であった。緩和ケア病棟の入院はほとんどが初回入院で(91%、2541名)、緩和ケア病棟の在棟日数は中央値24日[四分位範囲12-49日]であった。

3-3. 緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の実態

1) 輸液療法(表2)

死亡2週間前、1週間前の輸液療法の実態については表2を参照。

死亡前48時間以内では、輸液療法の実施割合は67%(1881名)で、1000ml/日以上の輸液療法は16%(291名)であった。高カロリー輸液は7.1%(199名)であった。

2) 強オピオイド鎮痛薬(表3)

死亡2週間前、1週間前の強オピオイド鎮痛薬の実態については表3を参照。

死亡前48時間以内では、強オピオイド鎮痛薬は80%(2239名)に使用された。強オピオイド鎮痛薬を使用した患者のうち、モルヒネは70%(1577名)、フェンタニルは40%(902名)、経口薬は5.1%(114名)、注射薬は74%(1663名)、貼付薬は32%(707名)であった。

3) 鎮静(表4)

死亡前1週間以内に、26%(730名)のがん患者に鎮静が実施されたと判断できた。鎮静期間の中央値は3日間で、鎮静開始時に患者・家族の鎮静に対する意向を診療記録に記載していた割合は、患者48%(350名)、家族82%(597名)であった。

3-4. 緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の施設間差の実態とその要因(表5、表6)

緩和ケア病棟で提供される終末期がん医療の施設間差は、全体として、死亡2週間前から死亡前48時間以内にかけて経時的に増加した。特に、死亡前48時間以内の輸液療法、高カロリー輸液、死亡前48時間以内の強オピオイド鎮痛薬の注射薬や貼付薬、鎮静の実施と患者・家族の意向のアセスメントで施設間差が大きかった。

緩和ケア病棟で提供される終末期がん医療の要因は、AICで患者背景モデルと施設モデルを比較した結果、全体として死亡2週間前、1週間前では患者背景モデルの方があてはまりが良く、死亡前48時間以内では施設モデルの方があてはまりの良い項目が多かった。

3-4. 緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の、遺族による緩和ケアの構造・プロセス評価、アウトカム評価への影響

遺族による緩和ケアの構造・プロセス、アウトカム評価と輸液療法、強オピオイド鎮痛薬、鎮静はいくつかの項目で有意な関連をみとめたが、小さな効果量以上の関連はほとんど示さなかった。

4. 考察

1) 輸液療法について

本研究から、日本の緩和ケア病棟で終末期がん患者に提供された輸液療法の実態が明らかとなった。緩和ケア病棟での輸液療法は概ねガイドラインで推奨されている治療に準じていたが、高カロリー輸液の実施についてガイドラインでの推奨より過剰であった可能性があった。

死亡直前の輸液療法や死亡前2週間以内の高カロリー輸液の実施には施設間差がみられ、施設間差には患者背景以外の要因の影響が大きかった。医療者の輸液療法に対する態度・好みではなく、がん患者やその家族に輸液療法のメリット・デメリットを説明し、輸液療法に対する意向や輸液療法による副作用の可能性をアセスメントした上で、輸液療法の有無を決定することが望まれる。

2) 強オピオイド鎮痛薬について

本研究から、日本の緩和ケア病棟で死亡前に提供された強オピオイド鎮痛薬の実態が明らかとなった。がん性疼痛治療のガイドラインと比較し、緩和ケア病棟では、経口薬や経直腸薬の使用が少なく、また、死亡直前の強オピオイド鎮痛薬の使用に際してモルヒネとフェンタニルを併用した使用がみられた。経口薬と経直腸薬については、ガイドライン公表当時は貼付薬の国内販売がなく、現在のがん性疼痛治療の状況と異なっているため、ガイドラインの更新が望まれる。また、死亡直前の強オピオイド鎮痛薬の投与方法については、注射薬や貼付薬の使用は施設間差の大きかった項目でもあり、施設間差には患者背景以外の要因の影響が大きかった。特に死亡直前での強オピオイド鎮痛薬の種類や剤形の使用方法について、その詳細な要因と効果を検証することが今後の終末期がん医療の質向上のために必要と考えられる。

3) 鎮静について

本研究から、日本の緩和ケア病棟で死亡前に提供された鎮静の実態が明らかとなった。緩和ケア病棟での鎮静は、使用薬剤や鎮静期間はガイドラインで推奨された治療に準じていたが、鎮静開始時の患者の鎮静に対する意向のアセスメントが不十分であった可能性が示された。

緩和ケア病棟での鎮静の実施には施設間差がみられ、施設間差には患者背景以外の要因の影響が大きいことが示された。ガイドラインで推奨される通り、まずは鎮静以外の方法で十分な苦痛の緩和をはかり、その上で症状緩和が不十分である場合には鎮静を積極的に考慮し、患者・家族とよく話し合ったうえで鎮静を行っていくような、ガイドラインで推奨されたステップで鎮静を個別的に実施していく必要性が示された。

4) 遺族による緩和ケアの構造・プロセス、アウトカム評価への影響について

遺族による緩和ケアの構造・プロセス評価、アウトカム評価は、輸液療法、鎮痛薬、鎮静の実施の有無と臨床的に意味ある大きさの関連はほとんど認めなかった。理想的な質指標はアウトカムに影響するプロセスであるが、輸液療法、強オピオイド鎮痛薬、鎮静は、アウトカムに影響する質指標にはならないことが示された。

5. 結論

本研究は、緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の実態、患者背景との関連、施設間差とその要因、遺族による緩和ケアの構造・プロセス評価、アウトカム評価との関連の検討を目的に、全国の緩和ケア病棟37施設の死亡がん患者2802名を対象に診療記録調査を実施し、以下を示した。

死亡前2週間以内の輸液療法、鎮痛薬、鎮静の実態が明らかとなり、概ねガイドラインで推奨される治療に準じていた。輸液療法、高カロリー輸液、強オピオイド鎮痛薬の注射薬や貼付薬、鎮静の実施に施設間差がみられ、その要因として患者背景以外の施設の影響が大きいことが示唆された。また、遺族による緩和ケアの評価は、輸液療法、鎮痛薬、鎮静の実施と臨床的に意味ある大きさの関連はほとんど認めなかった。

表1.患者背景

表2. 死亡前2週間での栄養/輸液療法の実施状況

表3. 死亡前2週間での鎮痛薬の使用状況

表4. 死亡前1週間での鎮静の実施状況

表5. 終末期がん医療提供の施設間差の指標

表6. 終末期がん医療提供を予測する3つのモデルの適合度

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、全国の緩和ケア病棟で提供された終末期がん医療の実態を記述し、患者背景との関連や施設間差の実態とその要因を明らかにすること、遺族による緩和ケアの構造・プロセス評価、アウトカム評価との関連を検討することを目的とし、全国の緩和ケア病棟37施設で死亡がん患者2802名を対象に、死亡前2週間での輸液療法、鎮痛薬、鎮静に関する診療記録調査を実施し、下記の結果を得ている。

1.全国の緩和ケア病棟で終末期がん患者に提供される輸液療法の実態が明らかとなった。緩和ケア病棟での輸液療法はガイドラインで推奨されている治療におおむね準じていたが、高カロリー輸液の実施についてガイドラインでの推奨より過剰であった可能性が示された。また、死亡直前の輸液療法や死亡前2週間以内の高カロリー輸液の実施に施設間差が大きく、施設間差には患者背景以外の要因の影響が大きいことが示された。医療者の輸液療法に対する態度・好みではなく、がん患者やその家族に輸液療法のメリット・デメリットを説明し、輸液療法に対する意向や輸液療法による副作用の可能性をアセスメントした上で、輸液療法の有無を決定することが望まれた。

2.全国の緩和ケア病棟で終末期がん患者に提供される強オピオイド鎮痛薬の実態が明らかとなった。緩和ケア病棟での強オピオイド鎮痛薬の使用はガイドラインと比較して、死亡直前の使用でモルヒネとフェンタニルの併用がみられ、また、経口薬や経直腸薬の使用が少ないことが示された。ただし、ガイドライン公表当時は貼付薬の国内販売がなく、現在のがん性疼痛治療の状況に則したガイドラインへの更新が望まれた。また、強オピオイド鎮痛薬の使用に際して、死亡直前での注射薬や貼付薬の使用に施設間差がみられ、施設間差には患者背景以外の要因の影響が大きいことが示された。

3.全国の緩和ケア病棟で終末期がん患者に提供される鎮静の実態が明らかとなった。緩和ケア病棟での鎮静は、使用薬剤や鎮静期間はガイドラインで推奨された治療に準じていたが、鎮静開始時の患者の鎮静に対する意向のアセスメントが不十分であった可能性が示された。また、鎮静の実施には施設間差がみられ、施設間差には施設要因の影響が大きかった。ガイドラインで推奨される通り、まずは鎮静以外の方法で十分な苦痛の緩和をはかり、その上で症状緩和が不十分である場合には鎮静を積極的に考慮し、患者・家族とよく話し合ったうえで鎮静を個別的に行っていくような、ガイドラインで推奨されたステップで鎮静を個別的に実施していく必要性が示された。

4.遺族による緩和ケアの構造・プロセス、アウトカム評価と緩和ケア病棟で提供される終末期がん医療との関連の検討では、臨床的に意味ある大きさの関連はほとんど認めなかった。理想的な質指標はアウトカムに影響するプロセスであるが、輸液療法、強オピオイド鎮痛薬、鎮静は、アウトカムに影響する質指標にはならないことが示された。

以上、本論文は全国の緩和ケア病棟で終末期がん患者に提供される輸液療法、鎮痛薬、鎮静の実態を明らかにし、ガイドラインとの比較により緩和ケアの質を評価した。また、これまで存在が示唆されていたものの未知であった提供される終末期がん医療の施設間差の実態とその要因を検討した貴重な研究であり、学位の授与に値するものと考えられる。

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