学位論文要旨



No 126050
著者(漢字) 佐藤,みほ
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ミホ
標題(和) 家族習慣尺度の作成と、幼少期における家族の習慣が高校生の学校帰属感覚ならびに精神健康に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 126050
報告番号 甲26050
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3529号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川上,憲人
 東京大学 教授 渡辺,知保
 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 准教授 福田,敬
 東京大学 講師 永田,智子
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

わが国では、高校生の心の健康問題が増加の一途をたどっており、多様化、深刻化の傾向にある。こうした背景には、高校生を取り巻く社会的環境の著しい変化、ライフスタイルの変化、人間関係の希薄化、対人関係や学業等の学校生活に関連する様々なストレスなどの要因があり、いじめ、不登校、自殺など社会問題として顕在化している。

実際、学校における対人関係、学力の不振など、学校生活に纏わるさまざまな理由から、心身の不調を訴え、不登校に至るケースは少なくない。文部科学省による、「平成20年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」では、高等学校における不登校生徒数は漸減傾向にあるものの、5万人を超えており、高校生の1.58%が何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により不登校となっている。不登校は「学校不適応状態」の一つともされているが、不登校に限らず「学校不適応状態」を呈している高校生は相当数に上るとも言われており、深刻な状況であることが予測される。「学校不適応状態」は、心身健康との関連も多く指摘されていることから、決して看過することはできない問題である。学校不適応状態に影響する因子として、「学校帰属感覚」がある。学校帰属感覚は、学校環境要因により育まれるほか、家族のつながりによっても育まれることが示されている。また、社会的スキルや社会性、協調性、自律性によっても、学校帰属感覚が高められるとされている。

家族のつながりや、子どもの社会的スキルや社会性、協調性、自律性を促す要因の一つに、「家族の習慣(family routines)」が存在する。

Boyceらによると、family routinesとは、「日々の家庭生活において、予測できる規則性がある、2人以上の家族を巻き込んだ観察可能な反復性の行動」であり、family routinesが形成されていることにより、家族のつながりが強まると述べている。家族のつながりの強さは、家族成員にとっての情緒的サポートとされているため、精神健康を良好に保つ上で重要な家庭環境要因になると考えられる。また、family routinesには規則性や予測可能性が内在しているため、family routinesが日常生活に定着していることにより、子どもの自制心の発達が促され、思春期の問題行動や逸脱行動の発生を阻むことも示されている。さらに、family routinesを行うことを通して、子どもは家庭内のルールを順守する力や家庭での規範意識、協調性を習得する。それに伴い、社会性や自律性、自主性も育まれることから、family routinesは子どもの成長発達上、重要な役割を果たしていると考えられる。Family routinesは家族が共に行うという特性も有しており、家庭で社会的相互作用を経験することができ、子どもの情緒的発達や、思春期の対人スキル、学校への適応、学校に対する肯定的な意識にまで影響が及ぶとされている。また、家族関係や家庭環境にストレスフルなイベントが生じた家庭で育った子どもでも、family routinesが存在することにより、健康が守られるということが実証されている。Boyceらはfamily routinesに関して理論化を図り、家族の習慣の形成度を測定する尺度である、Family Routines Inventory(以下FRI)を作成した。

【目的】

本研究では第一に、本邦でのfamily routinesの理論の導入に資することを目的として、Boyce らにより提唱されているfamily routinesの理論に基づき、Jensen ら(1983)が開発したFamily Routines Inventoryの日本語版を作成し、信頼性と妥当性の検証を行うことを目的とした。日本語版FRIの作成にあたり、FRIの英語原版の順翻訳、逆翻訳を行い、作成された尺度について本邦における適応可能性を検討した(調査1)。調査1での結果を踏まえた検討を重ね、質問項目の修正、質問項目内容の変更を行い、家族習慣尺度を作成した(調査2)。(以上研究1)

続いて、作成した家族習慣尺度を用いて、幼少期の家族の習慣が高校生時の学校帰属感覚および精神健康に及ぼす影響について以下の仮説モデルの検証を行った。まず、幼少期の家族の習慣は、学校への円滑な適応において、重要な要因になると考えられる、自律性や規範意識、社会性を育む、交渉スキルや自己主張、自己規制の力を育み、集団内での話し合いへの関与の積極性を高めるとの理論仮説に基づき、小学生時の意思決定参加経験を媒介した、高校生時の学校帰属感覚への間接効果が認められるかを検証することを目的とした。次に、家族の習慣の形成度が高いほど、家族の凝集性が高まり、葛藤性が低減するとの仮説、また、家族の凝集性が高いことが子どもの学校適応や学校帰属意識にポジティブな影響をもたらすとの仮説に基づき、現在の家族関係の質を媒介した、高校生時の学校帰属感覚への間接効果を確認することを目的とした。最後に、幼少期の家族の習慣により、高校生時の学校帰属感覚が高められ、高校入学以後の精神健康に影響するとの仮説を検証することを目的とした。(以上研究2)

【研究1調査1】

目的:JensenらによるFRIを忠実に翻訳した日本語版FRIについて、信頼性と妥当性の検証を行うことを目的とした。

対象と方法:2007年5月に、16歳以下の子どもを少なくとも1人持つ母親を対象に、インターネット調査を実施、520名から回答を得た。信頼性については内的整合性の確認を、妥当性については、家族関係尺度(凝集・表出性、葛藤性)、健康保持能力SOCとの併存的妥当性の確認を行った。併せて、日本語版FRIの得点化の方法についての検討を行った

結果:精査、検討を重ねる必要のある質問項目が見られたが、高い信頼性がある尺度であることが確認された。また、家族関係尺度の凝集・表出性とSOCとの併存的妥当性も確認された。一方、家族関係尺度の葛藤性との関連は確認できなかった。さらに、日本語版FRIの得点化には、家族の習慣を行っている頻度を示す頻度得点に、その習慣を行うことの家族にとっての重要度を示す重要度得点を乗じ、全項目の合計得点を算出する方法が望ましいと考えられた。

【研究1調査2】

目的:調査1で得られた結果に基づき、日本語版FRIの改変を行い、作成した、家族習慣尺度について、信頼性と妥当性の検証を行うことを目的とした。

対象と方法: 2007年10月~11月に、現在高校生を持つ保護者1539人を対象とした、郵送法による自記式質問紙調査を実施した。信頼性については内的整合性の確認を、妥当性については、家族関係尺度(凝集・表出性、葛藤性)、健康保持能力SOCとの併存的妥当性の確認を行った。

結果:検証の結果、家族習慣尺度の高い信頼性、家族関係尺度の凝集・表出性、葛藤性、SOCとの併存的妥当性が確認された。

【研究2】

目的:幼少期の家族の習慣が小学生時の意思決定参加経験を介して、高校生時の学校帰属感覚に影響するというモデル、幼少期の家族の習慣が、現在の家族関係の質を介して、高校生時の学校帰属感覚に影響するというモデルを検証した。さらに、幼少期の家族の習慣により高められた高校生時の学校帰属感覚による、高校入学以後の精神健康への影響についても検証した。

対象と方法:2007年5月(Time1)、2009年3月(Time2)に都内私立A高等学校に在籍する、2006年度入学生、2007年度入学生計1039人を対象とした、集合法による自記式質問紙調査を実施した。学校帰属感覚はTime1に、精神健康はTime1、Time2に測定した。また、小学生時の意思決定参加経験についてTime1で尋ねた。解析にあたり、幼少期における家族の習慣、現在の家族関係の室については、研究1調査2で測定したデータと本研究の対象者のデータをID番号により同定し、分析に用いた。分析は、構造方程式モデリングを用いて実施した。

結果:幼少期における家族の習慣は、小学生時の意思決定参加の経験を高めることが示された。特に男子については、小学生時の家庭における意思決定参加の経験を媒介して、幼少期における家族の習慣が、高校生時の学校帰属感覚に間接効果をもたらすことが明らかとなった。一方女子については、小学生時の家庭における意思決定参加の経験を媒介して、幼少期における家族の習慣が、高校生時の学校帰属感覚に間接効果をもたらすことが明らかとなった。子どもが集団での意思決定場面に関与することは、社会性が発達していることを表すものであり、児童期における集団意思決定への参加は、その後の対人関係や社会への適応を予測することが指摘されている。本研究においても、この知見を支持する結果が得られたものと考えられる。また、これまで幼少期における家族の習慣の形成度と、子どもの社会性の発達との因果関係を実証した研究が見当たらない中、本研究において実証し、さらに男女により影響の受け方に違いがあることが示唆された。

最後に、幼少期における家族の習慣とTime1の学校帰属感覚、Time2精神健康との関連性について、男女別、入学年度別に構造方程式モデリングを用いて検証した。解析の結果、男女ともに幼少期における家族の習慣の形成度により高められたTime1の学校帰属感覚が、Time2の精神健康に影響することが示された。一方、入学年度別による検討では、2006年度入学生については、幼少期における家族の習慣の形成度により高められたTime1の学校帰属感覚が、Time2の精神健康に影響することが確認されたが、2007年度入学生については、確認できなかった。

検討の余地は残りつつも、幼少期における家族の習慣により高められる学校帰属感覚は、高校入学以後の精神健康を予測する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、家族のつながりを強め、子どもの予測可能感、永続感、安定性に対する認識を高め、日常のストレスフルイベントによる子どもの心身健康への影響を低減する要因として米国において重要視されている家族の習慣(family routines)に関する理論を援用し、英語版Family Routines Inventoryに基づき家族習慣尺度の作成を行い、高校生を対象に、幼少期における家族の習慣が学校帰属感覚を育む要因であることならびに、彼らの精神健康を守る上でも重要な要因であることを検証することを目的とした。家族習慣尺度の作成においては、中学生以下の子どもを少なくとも一人以上持つ母親520名を対象としたインターネット調査(調査1)を2007年5月に、高校生の保護者1539名を対象とした郵送法による自記式質問紙調査(調査2)を2007年10月から11月に実施した。また、幼少期における家族の習慣が、高校生時の学校帰属感覚ならびに高校入学以後の精神健康にもたらす影響の検討にあたっては、高校生618名を対象とした集合法による自記式質問紙調査を2007年5月、2009年3月に実施した。また、調査2で得られたデータを用いて、親子ペアデータによる解析を実施した。解析の結果、以下の諸点が得られた。

1.米国で開発されたFRIに基づき、家族習慣尺度の作成を試み、高校生の保護者を対象として信頼性及び妥当性の検証を行った。得点化の方法については、family routinesを行う頻度を表す頻度得点に、family routinesに対する重要度認識を表す重要度得点を乗じる方法が望ましいと判断された。また、家族習慣尺度は、本邦においても高い信頼性が確認された。さらに、家族習慣尺度得点と、家族の凝集性や葛藤性との関連が示され、健康保持能力SOCとの関連も認められたことから、併存的妥当性が確認された。

2.高校生とその保護者のペアデータを用いて、高校生を対象に、幼少期における家族の習慣と高校生時の学校帰属感覚との関連を検討した結果、男子については、小学生時における家庭での意思決定参加経験を媒介して、幼少期における家族の習慣が学校帰属感覚に間接効果をもたらすことが示された。また、女子については、小学生時における学校での意思決定参加経験を媒介して、幼少期における家族の習慣が学校帰属感覚に間接効果をもたらすことが示された。一方、幼少期における家族の習慣の形成度は、家族関係の質を高めることが示されたものの、学校帰属感覚への間接効果は認められなかった。

3.高校生とその保護者のペアデータを用いて、高校生を対象に、幼少期における家族の習慣の形成度、高校生時の学校帰属感覚、ならびに高校入学以後の精神健康との関連について解析を実施した。男女ともに、幼少期における家族の習慣の形成度により高められた高校生時の学校帰属感覚は、高校入学以後の精神健康に影響することが示された。

以上、本論文は、米国で提唱されているfamily routinesの理論を導入し、家族習慣尺度の作成ならびに尺度の信頼性及び妥当性を検証し、幼少期の家族の習慣、高校生時の学校帰属感覚、高校入学以後の精神健康との関連を示した。本研究は、幼少期の家族の習慣の形成度が、思春期の学校適応を促し、精神健康を守るための支援策構築において、寄与するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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