学位論文要旨



No 126067
著者(漢字) 春日,淳一
著者(英字)
著者(カナ) カスガ,ジュンイチ
標題(和) 新規PPAR δ選択的リガンドの創製研究
標題(洋)
報告番号 126067
報告番号 甲26067
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1332号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 教授 阿部,郁朗
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 磯貝,隆夫
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)は、核内受容体スーパーファミリーに属するリカンド応答性の転写因子であり、α、δ、yの3種類のサブタイプが同定されている。PPARは生体内において脂肪酸やその代謝物を内因性リガンドとし、脂質や糖のホメオスタシスに関わる遺伝子の発現を制御している。PPARを標的とした医薬創製研究はPPARαとPPARγがそれぞれ高脂血症治療薬フィブラート類および抗糖尿病薬グリタゾン類の分子標的であることが判明したため急速に進展した。一方でPPARδはその全身に広がる分布からは機能を推測することが難しく、生理的機能に関しては未解明であった。しかし近年遺伝子改変マウスを用いた研究によりPPARδも血糖・中性脂肪制御やコレステロール逆転送過程に深く関与していることが解明されつつある。しかし未だ不明な点の多いサブタイプである。

これまで、PPARδの機能解明を指向したケミカルツールおよび医薬品創製を目指して、PPARδ活性を軸としたPPARリガンドの開発を行ってきた。その結果、PPARα/δデュアルアゴニストT401、PPARδ選択的アゴニストT204・PPARα/δ/yパンアゴニストT703等の創製に成功した。

PPARδ選択的アゴニストT204のサブタイプ選択性発現機構の解明4)

PPARδ選択的アゴニストT204はT401の構造展開にて得た化合物である。当該構造展開によりPPARδ活性の大きな向上(EC50値:12nM→0.91nM)と同時にPPARα活性の大きな低下(EC50値:10nM→250nM)を達成した。この劇的な変化はT204とT401の構造上の差が中央のベンゼン環置換基がメトキシ基かブトキシ基かの違いのみであることを考慮すれば驚くべきことである。

このサブタイプ選択性の発現機構を解明することは今後のPPARサブタイプ選択的リガンド創製研究に有用である。まず、コンピュータモデル解析によりアルコキシ基が相互作用するPPAR側のポケットの構成アミノ酸(PPARα:Met325,Met330,Met355,対応するPPARδ:Val298,Leu303,11e328)が異なることを確認した。この3アミノ酸の中にサブタイプ選択性を規定するアミノ酸が存在すると予想し、各アミノ酸を入れ替えた点変異体PPARを作成し、T20410nMでの転写活性を調べた。

結果、PPARαの対T204感受性はMet325をValに置換することで大きく上昇が認められた。また逆にPPARδにおいて対応するアミノ酸のVa1298をMetに置換することで感受性低下が認められた。このことからPPARαのMet325(PPARδではVa1298)がサブタイプ選択性規定に重要である可能性が示された。

さらにPPARδ選択性発現の構造的要因を詳細に検討するため、T204とPPARδの共結晶X線結晶構造解析を行った。その結巣、T204のブトキシ基が先述のコンピュータモデルで予測されたのと同一のポケットに入り込み、ブトキシ基の先端がポケット底部のVa1298側鎖と疎水性相互作用していることが判明した。一方、PPARαでは対応するアミノ酸がValより嵩高いMetであるためT204との間で立体反発が起こり、T204のPPARα活性が下がり、その結果、高いPPARδ選択性を示したと推測できる。

PPARδパーシャルアゴニスト/アンタゴニストの創製5)

一般に、核内受容体の活性化にはC末端αヘリックス(H12)の適切な折りたたみが必須である。一方、アンタゴニストではH12の適切な折りたたみが阻害されていることが報告されている。演者はこれまでの研究より、PPARδ選択的アゴニストT204の適切な構造展開によりPPARδアンタゴニストが創製できると考えた。即ち、PPARδのポケットにはまり込むT204のブトキシ基でPPARδリガンド結合領域内における中央ベンゼン環の位置を固定し、X線結晶構造解析から確認されたH12と相互作用するカルボキシル基の位置をより剛直に固定するようにαエチルプロピオン酸部位をフェニルカルボン酸誘導体と変換した化合物1をデザインし合成した。合成は還元的アミドアルキル化により下記構造式の左側部位を合成し、最後に鈴木カップリング反応によりビフェニルカルボン酸誘導体とした。

活性評価はHEK293細胞を用いた転写活性化試験を行い、(1)化合物固有の最大活性の50%の濃度をEC50値として求め、あわせて(2)化合物の示す最大活性(PPARδフルアゴニストGW501516の活性を100%とした相対比)を測定した。最大活性が50%程度の化合物がパーシャルアゴニストであり、アンタゴニストは最大活性が0に近い化合物である。

化合物1について、アゴニスト活性について調べたところ、カルボキシル基がパラ置換・メタ置換の化合物において最大活性がGW501516に比べ50%以下となるパーシャルアゴニストであることが確認できた。さらに複素環化や置換基導入等の構造展開を重ね、メチル基を有する化合物2、3にパーシャルアゴニスト活性を維持したまま低用量で最大活性を示す高活性パーシャルアゴニストを見出した。

また、GW501516共存下でそのPPARδ転写活性を化合物2,3が用量依存的に抑制し、PPARδアンタゴニスト活性を示すことを確認した。今後パーシャル/アンタゴニスト活性発現の機序の解析に役立つものと期待する。

PPARδリガンド結合実験系の構築

ルシフェラーゼアッセイ等の転写活性化試験ではリガンドとPPARδタンパク質の直接の結合活性は評価できない。代表的な結合実験系として放射ラベル体を用いた系があるが、欠点として放射ラベル体の入手の困難さやタンパク質結合放射ラベルリガンド(B)とフリーのリガンド(F)の分離(BIF分離)の必要があげられる。

そこで、蛍光性PPARδリガンドである4を利用してPPARδ結合実験系の構築を目指した。ピレンは溶媒の極性に応じて量子収率が変化することが知られていた。また、4のピレン部位はPPARδの疎水性ポケットに入ると予想されたことから、溶媒中の4とPPARδに結合した4で量子収率が変わると考えた。そこで化合物4とPPARδタンパク質の結合に伴う蛍光変化を調べたところ、400nm付近の蛍光強度が低下していくことが分かった。この現象を利用してPPARδの結合実験系が構築できると考えた。

PPARδタンパク質濃度と蛍光強度変化から解離定数Kd値を求めた。ここで得られたKd値:50nMはルシフェラーゼアッセイで得たEC50値:40nMと矛盾ない値である。また、T204を競合させることで、濃度依存的な蛍光強度の回復が観測された。このデータを解析することでT204(ルシフェラーゼアッセイではEC50:0.91nM)のIC50値を0.58μM、Ki値を0.95nMと求めることができた。今後、実験例数を増やし本結合実験系の有用性を示していきたいと考えている。

1) J Kasuga et al, Bioorg Med Chem, 2006,14 (24), 8405-14. 2) J Kasuga et al, Bioorg Med Chem, 2007, 15 (15), 5177-90. 3) (a) J Kasuga et al, Bioorg Med Chem Lett, 2008, 18 (3), 1110-5. (b) J Kasuga et al, Bioorg Med Chem Lett, 2008, 18 (16), 4525-8. 4) (a) J Kasuga et al, ChemMedChem, 2008, 3 (11), 1662-6. (b) T Oyama et al, Acta Cryst, 2009, D65, 786-95. 5) J Kasuga et al, Bioorg Med Chem Lett, 2009, 19 (23), 6595-9
審査要旨 要旨を表示する

ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)は、核内受容体スーパーファミリーに属するリガンド応答性の転写因子であり、α、δ、γ の3種類のサブタイプが同定されている。PPAR は生体内において脂肪酸やその代謝物を内因性リガンドとし、脂質や糖のホメオスタシスに関わる遺伝子の発現を制御している。PPAR を標的とした医薬創製研究はPPARα とPPARγ がそれぞれ高脂血症治療薬フィブラート類および抗糖尿病薬グリタゾン類の分子標的であることが判明したため急速に進展した。一方でPPARδ はその全身に広がる分布からは機能を推測することが難しく、生理的機能に関しては未解明であった。しかし近年遺伝子改変マウスを用いた研究によりPPARδ も血糖・中性脂肪の制御やコレステロール逆転送過程に深く関与していることが解明されつつある。しかし未だ不明な点の多いサブタイプであり、PPARδの機能解明とその創薬研究はメタボリックシンドロームの克服のための重要な課題である。

春日淳一の研究はPPARδ活性を軸としたリガンド創製研究、とPPAR サブタイプ選択性に関する生化学的研究、そしてPPARδリガンド結合実験系の構築である。

1. PPARδ選択的アゴニストの創製研究

春日は修士課程での研究に於いてPPARα/δデュアルアゴニストの創製に成功していた。そこからPPARδ選択的アゴニストへと展開するに当たり、PPARδが天然脂肪酸エイコサペンタエン酸と結合している共結晶のX 線結晶構造解析に注目した。他のサブタイプにはない結合ポケットに結合するリガンドにはPPARδ選択性が期待できると仮説を立て、Y字型構造を有するリガンドをデザイン・合成した。結果最終的に、PPARδに対するEC50 値が0.75nM と高活性かつ他のサブタイプに対して高い選択性を示すPPARδ選択的アゴニスト(S)-1f を得ることに成功した。

ここで実際に仮説通りにエイコサペンタエン酸の結合するPPARδ内のポケットに結合しているのか、大阪大学の森川耿右教授との共同研究により(S)-1f とPPARδの共結晶のX 線結晶構造解析を行った。結果、エイコサペンタエン酸が結合する狙ったポケットとは異なる方向へ(S)-1f のブトキシ基が向いていることが判明した。

つまり、エイコサペンタエン酸が結合するのとは別の、しかしPPARδ活性やPPARδ選択性に重要な新たな結合ポケットの存在が示唆された。なぜこのポケットがPPARδ選択性に影響するのか、PPARαとの結晶構造の比較によりひとつのアミノ酸の差が示唆された。PPARαではMet325、PPARδではVal298である。この推測を実験的に確認するため、互いのアミノ酸を入れ替えた点変異PPARを作成した。(S)-1fに対する感受性を調べたところ互いのサブタイプが入れ替わったかのような劇的な活性変化を確認した。

2. PPARδアンタゴニスト/パーシャルアゴニストの創製

核内受容体の活性化機構にはC末のαヘリックス(H12)の適切な折りたたみが必要とされており、その折りたたみを阻害することでアンタゴニストやパーシャルアゴニストが創製できることが知られていた。以上の所謂H12折りたたみ阻害仮説を基にPPARδアンタゴニスト/パーシャルアゴニストの創製を目指した。PPARδ選択的アゴニストをベースにその結合活性と選択性を低下させないように化合物をデザインし、検討した結果PPARδパーシャルアゴニスト活性を有する化合物の創製に成功した。また本化合物は共存アゴニストの活性を濃度依存的に抑制しアンタゴニスト活性を示した。

3. PPARパンアゴニストの創製

PPARの3つのサブタイプを等しく強く活性化できるPPARパンアゴニストの創製を目指した。まず、末端置換基の変換によるPPARγとの構造活性相関を得ることに成功し、これまでの研究成果と併せ、単一の骨格からPPARα、δ、γそれぞれの構造活性相関を得た。以上の構造活性相関を用いて適切に構造展開することによりPPARパンアゴニストの創製に成功した。

4. 蛍光リガンドを用いたPPARδ結合実験系の構築

春日は蛍光性PPARリガンドを用いての結合実験系の構築を行った。蛍光性リガンドがPPARδと結合すると蛍光強度が低下する現象を利用して、濃度依存の蛍光強度変化から統計処理によりPPARδと蛍光リガンドのKdを求めた。さらにこの値を利用し、競合リガンドのKi値を求める方法を確立した。

以上春日はPPARδ活性を有する化合物として、PPARδ選択的アゴニスト、PPARδアンタゴニスト/パーシャルアゴニスト、PPARパンアゴニストの創製に成功した。その過程でPPARδ選択性に重要であると考えられるPPARδリガンド結合領域内の新たなポケットを明らかにした。また、蛍光リガンドを用いたPPARδ結合実験系の構築に成功した。これらの業績は代謝性疾患と強く関係するとされるPPARδ研究に限らず、その手法として医薬化学に対し大きく貢献するものである。以上より博士 (薬学) の学位を授与するに値すると判断した。

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