学位論文要旨



No 126070
著者(漢字) 高倉,栄男
著者(英字)
著者(カナ) タカクラ,ヒデオ
標題(和) 新規機能性生物発光プローブの開発とその応用
標題(洋)
報告番号 126070
報告番号 甲26070
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1335号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

1.背景・目的・研究戦略

生物発光法は発光基質(luciferin)、発光酵素(luciferase)、酸素、Mg2+、ATP からなるluciferin-luciferase 反応を利用した検出法である。励起光を必要としない測定であること、高効率の発光反応であることから簡便で高感度な検出が可能であり、例えば ATP 要求性を利用した微生物の検出や酵素免疫法、またレポーター酵素としてタンパク発現量や遺伝子解析のイメージングに使われるなど様々な応用例が報告されている。最近では、酵素である luciferase の改変により細胞内のイベントや生体分子を検出するより高次の測定系が開発されてきている。しかしながら、基質である luciferin を改変した例は多くない。そのため潜在的に優れた特性を持っている生物発光法だが、有効な生物発光プローブの設計法は確立していない。そこで、本研究の目的は、

(1)幅広い機能化に適用可能な生物発光プローブの設計原理を見出し、

(2)その設計原理を用いて有用な生物発光プローブを開発し応用する

の2点を掲げることとする。

現在までに報告されている luciferin やその類縁体を用いた生物発光プローブは、luciferinの6'位をマスクした caged タイプだけである(Figure 1-1)。生物発光プローブの開発を進展させる上で新たな分子設計法が求められているため、caged タイプの設計法を用いないで機能性生物発光プローブの開発を行うこととした。まずは過去の文献をもとにどのような戦略で基質の構造展開を行うかを考察した。firefly luciferase の基質特異性は比較的高くどのような修飾をしても発光特性を有するわけではないが、これまでに報告されている知見から基質特異性をまとめた(Figure 1-2)。図に示すように thiazoline 環は高度に保存されていなければならない。また benzothiazole 環の酵素認識は甘く、その4'、5'、7'位の置換基効果は不明である。そして6'位には電子密度の高い置換基が必要である。研究目的の機能性生物発光プローブを開発するには、基質に基質以外の構造を結合させることができるかどうか、基本骨格の変換による発光特性の影響はどうか、などが焦点となる。以上の考察を踏まえ、本研究の進め方としては、

1.6'位の置換基の改変から構造展開を試みる。

2.benzothiaozle 環の骨格を改変する。

3.benzothiazole 環の5'、7'位へ置換基を導入する。

という方向で進めることとする。

2.方法及び結果

2-1.aminoluciferin(AL)誘導体を用いた構造展開

研究戦略に基づいて基質の6'位からの構造展開を行い、生物発光プローブとしての基本骨格として利用できるかどうかを検討することとする。先述の通り6'位の置換基としては電子密度が重要であることが示唆されている。ここで着目したのは電子密度が重要であるならばこの位置の置換基は hydroxyl 基に限定されるものではないことである。実際、hydroxyl 基が amino 基に置換された AL でも発光特性は失われない。ここが amide 化されると電子密度が減少するために発光特性は失われるが、N-alkyl 化ならば電子密度は減少することがなく基質が認識され発光するのに必要な条件が満たされると考えられる。そこで AL の N-alkyl 化された化合物を合成し機能性生物発光プローブの基本骨格としての利用できるかどうか検討することとし、amino 基から methyl 基や ethyl 基、alkyl 鎖の先に benzene 環を有する基質の合成を行った。その後の発光測定から合成した全ての基質が発光を示すことが明らかとなった。そこで、amino 基から修飾部位を付加することでこれまでにない機能化を行うこととした(Figure 2-1)。

最初に開発したのは cholinesterase (ChE) の活性を検出するためのプローブである。Choluc は ChE と反応する前後で luciferase への基質特異性が変化し、発光強度が増大する。また、アニオン性の修飾部位を付加することで、細胞膜と静電的な反発を起こして細胞膜透過性を制御した基質を開発した。この基質は細胞外へと局在していることが確認された。最後に biotin を結合させた基質を開発した。これは avidin を添加することでluciferase への基質の取り込み、つまり accessibility が抑制され発光を示さなくなる。この制御法を用いて biotin と AL の間に標的分子との反応部位を挿入することで生物発光プローブの開発を行った。ここでは DEVD 配列を組み込み、caspase-3 の活性を発光により検出することに成功した。

次に電子移動を利用した生物発光プローブの開発を試みた。汎用されている蛍光プローブには光誘起電子移動(photoinduced electron transfer、PeT)を蛍光制御の原理として開発されたものが多く知られている。PeT とは光の吸収によって励起状態となった蛍光団とその近傍に存在する原子団との間に起こる電子移動のことである。この現象を利用すると蛍光団の近傍に非常に電子密度の高い構造または非常に電子密度の低い構造を有していれば蛍光団の蛍光を消すことができる。PeT は蛍光団の励起状態での電子移動であるが、生物発光はその励起のされ方が異なるだけで同様に励起状態を経て発光している。そこで、PeT と同じような現象が生物発光においても見られるのではないかと作業仮説を立て、その仮説を検証することとした。このような現象が過去に提唱されたことはなかったため、bioluminescent enzyme-induced electron transfer (BioLeT)と命名した。電子密度の異なる構造を有するテスト化合物を合成し発光特性を比較したところ、電子密度の低い構造を有する基質では通常のように発光を示したのに対し、電子密度の高い構造を有する質ではほとんど発光が観測されなかった。基質が酵素と反応して消失していることも確認し、BioLeT による消光を示唆するデータを得た。この BioLeT によるによる消光を利用して高い反応性を示す活性酸素種(highly reactive oxygen species、hROS)を検出可能な機能性生物発光プローブの開発を行った。プローブの開発にあたってはhROS が特異的に引き起こす脱アリル化反応を応用し、hROS プローブ APL を設計、合成した(Figure 2-2)。APL は電子供与部として aminophenoxy 部を有するが、この部位は -OCl やONOO-、・OH などのhROS と反応して脱アリル化することが知られている。APL は hROS と反応する前は luciferase存在下でも発光を示さないが、hROS と反応後は高い発光特性をもつ4-1 へと変換されるため hROS 依存的に発光を回復すると期待される。実際、APL をバッファーに溶解させ様々な ROS を添加した後 luciferase と反応させると、hROS 添加時のみ発光が見られその他の ROS では発光は見られなかった(Figure 2-3)。また APL の発光は hROS の濃度と良好な直線性を示した。

更に APL を in vivo イメージングへと応用した。以下の実験はluc gene transgenic rat(luc Tg rat)を用いて行った。luc Tg rat には Rosa プロモーターの下流に luc gene を組み込んだ遺伝子を導入しており、全身に luciferase が発現している。in vivo での活性酸素発生系として臓器の虚血再還流(ischemia/reperfusion, I/R)に着目した。臓器の I/Rは臨床的に非常に問題となっており、例えば臓器移植や臓器の切除などにおいて重篤な障害を引き起こし、術後の予後に影響すると考えられている。I/R に起因する臓器の損傷には活性酸素の関与が報告されているものの、in vivo 系において直接発生を検出した例はいまだにない。そこでラットの肝臓を20 分の虚血の後に再還流し、3~6 時間経過後にAPL を投与したところ無処置のラットに比べて肝臓の発光強度が顕著に増大した(Figure 2-4 (a))。AL を投与した場合には両者に違いが見られなかったこと(Figure 2-4 (b))から、肝臓の活性酸素を検出できていると考えられ、世界で初めて臓器の I/R による活性酸素の発生を直接イメージングすることに成功した。この系を用いることで活性酸素の発生を抑える新薬の開発などへの応用が期待される。

2-2.複素環骨格を改変した発光基質の開発

6'位の電子密度の高い置換基としては amino 基に着目し、複素環を構造展開することでどのような発光特性を有する基質になるかを検討した。amino 基に着目する理由としては、発光波長などの発光特性の興味や、前節で示したように amino 基からの構造展開により機能性プローブへの開発にもつながり、幅広い応用が期待できるからである。

具体的に展開を試みる複素環として quinoline 環、naphthalene 環、coumarin 環に着目した(Figure 2-5)。これらの骨格は合成的に広く研究されており、出発原料も手に入りやすい。同時に複素環自体への置換基導入も可能であり、有用な発光基質の骨格になると考えられる。合成した基質は、quinoline 環(QAL 骨格)、naphthalene 環(NAL 骨格)、coumarin 環(CAL 骨格)の3つの骨格について、それぞれ hydroxyl 基を有するものとamino 基、methylamino 基、dimethylamino 基を有するもの、合計4つの置換基をもつ誘導体群である。基質の発光特性を調べたところ、骨格によって様々な発光波長を有することが明らかとなった。

ここで得られた結果のうち最も興味深いものは CAL がこれまで報告された基質の中で最も短い発光波長を示したことである。この性質を利用して、bioluminescence resonance energy transfer(BRET)への応用を考えた。luciferin の発光波長は優れた energy acceptor である yellow fluorescence protein(YFP)の吸収波長とは重なりがないため、YFP を用いた BRET には適用できなかった。そこで、energy donor として firefly luciferase(本実験においては変異体である CBRluc)と CAL を用いluciferin-luciferase 反応を、energy acceptor として YFP を用いる BRET 系の構築を行った。CBRluc と YFP を直接結合させることとし、その順番を入れ替えたCBR-YFP と YFP-CBR を作成した。これらの融合タンパク質に対して CAL を加え発光を測定したところ、双山の発光スペクトルが得られ、BRET の観測に成功した(Figure 2-6)。今後は YFP と CBRluc を相互作用するタンパク質に結合させ、タンパク質相互作用を検出する系への応用が期待される。

2-3.5' or 7'位置換型 luciferin の開発

7'位にフッ素を導入したときは強い発光が観測されたが、alkyl 基を導入したところ劇的に発光強度が減弱したため、7'位は修飾部位として利用できないことが明らかとなった。7'位にフッ素を、5'位に alkyl 基を導入した基質では基本骨格として利用するのに十分な発光特性を有していた。今後、5'位からの構造展開により機能性生物発光プローブの開発が期待される。

3.まとめ

発光基質の改変を行うことで基質の機能化のための原理や特性を見出し、実際に様々なアプリケーションでその実用性を示してきた。生物発光法は蛍光法に比べ感度が良いが、基質特異性の制約から分子設計によるアプリケーションへの柔軟性に難点があった。本研究の実験を通してこの問題の改善につながるような知見が得られたのではないかと考えている。今後、本研究の結果を用いて実用的なプローブの開発や有用なアプリケーションの構築が行われることが期待される。

謝辞

luc Tg rat の実験は自治医科大学小林英司先生との共同研究として行われたものであり、ここに謝意を表する。

Figure 1-1. Conventional method for bioluminescent probes.

Figure 1-2. Summary of firefly luciferase of substrate specificity.

Figure 2-1. Comparison of proposed novel strategy for functional bioluminescent probes with conventional method.

Figure 2-2. Design strategy of novel bioluminescence probe for hROS.

Figure 2-3. Bioluminescence spectra of APL in various ROS generating system.

Figure 2-4. In vivo imaging of luc Tg rat treated with I/R using a) APL and b) AL..

Figure 2-5. Structure of luciferin derivatives bearing various scaffolds.

Figure 2-6. BRET assay using a CAL as an energy donor substrate with a) CBR-YFP and b) YFP-CBR overlapping with bioluminescence spectra of CAL with CBR.

審査要旨 要旨を表示する

生物発光法は発光基質(luciferin)、発光酵素(luciferase)、酸素、Mg2+、ATP からなるluciferin-luciferase 反応を利用した検出法である。励起光を必要としない測定であること、高効率の発光反応であることから簡便で高感度な検出が可能であり、例えば ATP 要求性を利用した微生物の検出や酵素免疫法、またレポーター酵素としてタンパク発現量や遺伝子解析のイメージングに使われるなど様々な応用例が報告されている。最近では、酵素である luciferase の改変により細胞内のイベントや生体分子を検出するより高次の測定系が開発されてきている。しかしながら、基質である luciferin を改変した例は多くない。そのため潜在的に優れた特性を持っている生物発光法だが、有効な生物発光プローブの設計法は確立していなかった。

そこで高倉栄男君は、まずluciferin の6'位の電子密度が重要であると考え、Aminoluciferin(AL) の N-alkyl 化された化合物を合成し機能性生物発光プローブの基本骨格としての利用できるかどうか検討した。具体的には、amino 基から methyl 基や ethyl基、alkyl 鎖の先に benzene 環を有する基質の合成、評価を行った結果、全ての基質が発光を示すことが明らかとなった。そこで次に、amino 基から修飾部位を付加することでこれまでにない機能化を実現するという戦略に基づき、cholinesterase (ChE) 活性検出プローブ、細胞膜透過性を制御したプローブ、biotin 結合プローブなどの新規プローブ群の開発に成功した。

さらに、当研究室で培ってきた光誘起電子移動(photoinduced electron transfer、PeT)に基づく蛍光制御原理を生物発光に適用することを考え、まずPeT による生物発光の制御が可能かどうか検証し、本仮説の検証に成功した。このような現象は過去に提唱されたことがなかったため、bioluminescent enzyme-induced electron transfer (BioLeT)と命名した。次にこのBioLeT によるによる消光を利用して、高い反応性を示す活性酸素種(highly reactive oxygen species、hROS)を検出可能な機能性生物発光プローブの開発を行った。プローブの開発にあたってはhROS が特異的に引き起こす脱アリル化反応を応用し、hROS プローブ APL を設計、合成した。APL は電子供与部として aminophenoxy 部を有するが、この部位は -OCl やONOO-、・OH などのhROS と反応して脱アリル化することが知られている。APL は hROS と反応する前は luciferase 存在下でもBioLeT により発光を示さないが、hROS と反応後は高い発光特性をもつAL 誘導体へと変換されるためhROS 依存的に発光を回復すると期待される。実際、APL をバッファーに溶解させ様々なROS を添加した後 luciferase と反応させると、hROS 添加時のみ発光が見られその他のROS では発光は見られなかった。また APL の発光は hROS の濃度と良好な直線性を示した。

更に APL をluc gene transgenic rat(luc Tg rat)に適用し、in vivo 炎症イメージングを試みた。in vivo での活性酸素発生系として、臓器の虚血再還流(ischemia/reperfusion, I/R)に着目した。臓器の I/R は臨床的に非常に問題となっており、例えば臓器移植や臓の切除などにおいて重篤な障害を引き起こし、術後の予後に影響すると考えられている。I/Rに起因する臓器の損傷には活性酸素の関与が報告されているものの、in vivo 系において直接発生を検出した例はいまだにない。そこでラットの肝臓を20 分の虚血の後に再還流し、3~6 時間経過後にAPL を投与したところ無処置のラットに比べて肝臓の発光強度が顕著に増大した。AL を投与した場合には両者に違いが見られなかったことから、肝臓の活性酸素を検出できていると考えられ、世界で初めて臓器の I/R による活性酸素の発生を直接イメージングすることに成功した。この系を用いることで活性酸素の発生を抑える新薬の開発などへの応用が期待される。

この他、全く新たな発光波長を持つ新規luciferin 誘導体の創製や、これに基づく新規bioluminescence resonance energy transfer(BRET)プローブの開発などにも成功している。

以上、本論文はluciferin 発光基質の論理的かつ網羅的な改変を通じて、基質の機能化のための原理や特性を見出し、実際に様々な生物発光プローブの開発に成功し、さらに各種アプリケーションでその実用性を十分に示している。今後、本研究の結果を用いて、さらに実用的なプローブの開発や有用なアプリケーション系の構築が行われることが強く期待されることから、これらの成果は博士(薬学)の授与に値するものであると判断された。

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