学位論文要旨



No 126076
著者(漢字) 山口,暁丈
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,アキタケ
標題(和) 直接的なジエノラート生成を経た触媒的不斉反応の開発
標題(洋)
報告番号 126076
報告番号 甲26076
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1341号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴,正勝
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 准教授 金井,求
 東京大学 准教授 杉田,和幸
 東京大学 講師 横島,聡
内容要旨 要旨を表示する

【背景】触媒的不斉アルドール反応やMannich型反応は、カルボニル基を有するキラルなアルコール、あるいはアミン誘導体を与える反応であり、天然物や医薬品合成への応用が期待される有用な反応である。中でも、求核剤をエノールシリルエーテルやケテンシリルアセタールとして活性化することを必要としない『直接的』な反応は、単なるプロトン移動のみによって成績体を与えるため、アトムエコノミーの観点からより優れた、環境調和性の高い反応であると言える。これまでに、単純なエノラートを経由した直接的触媒的不斉アルドール反応やMannich型反応は数多く報告されているが、ジエノラートを経由する反応は未だ発展途上である。ジエノラートを経由する反応においては一般に婚選択性、syn/anti選択性、エナンチオ選択性を制御する必要があり、その実現は困難である(Scheme1)。私はこれを達成すべく、研究を行った。

(1)γブテノライドを用いた直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発

【目的】イミンに対するジエノラートの触媒的不斉γ付加反応、即ち触媒的不斉ビニロガスMannich型反応は報告例が少なく、発展が待たれる分野である。γ・ブテノライドやその誘導体は、γ・ブテノライドが天然物に広く見られる骨格であるため、ビニロガスMannich型反応の求核剤として重要であるが、これまでγ・ブテノライドそのものを求核剤とした直接的触媒的不斉ビニロガスMannich型反応の報告は無かった。私はこれを実現するべく研究に着手した。

【結果】γ・ブテノライドを直接用いた直接的触媒的不斉Mamich型反応においては、立体選択性のみならず、γ・ブテノライド自身が求電子剤として働き、共役付加を受け得ることも問題となる。このため、γ・ブテノライドを求核剤として選択的に活性化するような触媒系の構築が必須となる(Figure1)。このことを念頭に置き、ジフェニルボスフィノイルイミン1とγ・ブテノライド2を用いた直接的触媒的不斉ビニロガスMannich型反応に種々の触媒系を試した結果、La(OTf)3,TMEDA,(S,S)-Me-PyBoxから成る触媒系が良好な収率とジアステレオ選択性、中程度のエナンチオ選択性にて3を与えることがわかった。このときα付加体は観測されなかった。さらに詳細な検討を行ったところ、TfOHの添加が反応性及び立体選択性を大幅に向上することを発見した。この反応条件は芳香族、脂肪族イミン双方に対して適用可能であり、80%以上の良好な収率、84-72%eeのエナンチオ選択性を与えた(Scheme2)。

本触媒系におけるTfOHの役割を解明するため、種々のNMR測定を行った。まずLa(OTf)3,TMEDA,(S,S)-Me-PyBoxをCDC13中で混合すると、La(OTf)3/TMEDA錯体と、配位していないMe・PyBoxの混合物が観測された。これにTfOHを添加すると、TMEDAのプロトン化とMe-PyBoxのLaへの配位が観測されたため、TfOHは不斉配位子Me-PyBoxのLaへの配位を促進していると考えている(Scheme3)。

(2)Dynamic Kinetic Asymmetric Transformation(DYKAT)によるα・アルキリデン・β・ヒドロキシエステルの不斉合成法の開発

【目的】これまでに報告されている直接的触媒的不斉アルドール反応の多くは求核剤としてケトンやアルデヒドを用いている。これらの反応で用いられている触媒は、成績体のラセミ化を起こし得るレトロアルドール反応を抑制し、速度論的に反応を制御している。一方で、エステル類を求核剤とした直接的触媒的不斉アルドール反応の報告例は少なく、α・イソシアノエステル、α・シアノエステル、α・ジアゾエステル、α・イソチオシアナトエステル、Schiff塩基などを用いたものに限られている。これは単純エステル類のα位プロトンの酸性度が低いことや、塩基性条件下でレトロアルドール反応が起こりうることによると考えられる。私はこのように直接的触媒的不斉アルドール反応においてしばしば問題となるレトロアルドール反応を利用した、Dynamic Kinetic AsymmetricTransforrnation(DYKAT,Scheme4)によるα・アルキリデン・β・ヒドロキシエステルの不斉合成法の開発を行った.

結果】β,γ・不飽和エステル4は対応するジエノラートが安定な共役構造を持つため、単純エステル類と比べて容易に脱プロトン化できると考えられる。私は既にこのことに着目し、β,γ・不飽和エステルを求核剤として用いた直接的触媒的不斉Mannich型反応を開発している。今回この求核剤を用いたアルド一ル反応を含むDYKATの開発を行うこととし、Scheme5に示すような反応形式を想定した。β,γ・不飽和エステルから生じたジエノラートはα位、またはγ位で反応し得るが、もし不斉触媒によってα付加体6のレトロアルドール反応が誘起されるならば、6の4っの異性体は平衡にあることになる。このとき、6からより熱力学的に安定なα・アルキリデン・β・ヒドロキシエステル7への異性化はDYKATとなり得る。7はMorita-Baylis-Hillman(MBH)反応成績体と同様の化合物であるが、MBH反応では得にくい3置換オレフィンであるため、合成化学的に価値のあるものである。

反応条件を検討した結果、アルデヒドとベンジルエステル4aに対して、5-10mo1%のBa(Oi-Pr)2と(S)-L1あるいは(S)-L2から調製される錯体を触媒として反応を行うと望みの反応が進行し、成績体を85-53%収率、99。87%eeにて与えることを見出した(Table1)。本反応条件はエノール化しやすい脂肪族アルデヒドや、アレンを有するエステル4bに対しても適用可能であった。(Scheme6)。成績体はVO(acac)2触媒存在下TBHPで処理することにより高収率、高立体選択性で対応するエポキシドへと変換できた(Scheme7)。

また、反応機構についての知見を得るため種々の実験を行った結果、本反応の中間体6は系中において非常に低いeeで存在し、6から7への異性化がエナンチオマー選択的に進行していること、及び6からのレトロアルドール反応が起きていることが確かめられたため、本反応がDYKATであることが証明できた。

(3)β,γ・不飽和エステルを用いた直接的触媒的不斉ビニロガスアルドール反応の開発

【目的】前節ではジエノラートのα付加とそれに引き続く異性化を選択的に起こすことでα・アルキリデンーβ・ヒドロキシエステルの不斉合成を達成しているが、ジエノラートのγ付加体であるδ・ヒドロキシエステルもまた有用なキラルユニットとなり得るため注目に値する。そこで私はβ,γ・不飽和エステルを用いた直接的触媒的不斉ビニロガスアルドール反応の開発を行うこととした。

【結果】γ/αの選択性は配位子の構造を適切に変化させることで制御できると考え、種々の配位子を検討した。その結果、ベンズアルデヒドとエステル4aに対して、Ba(Oi-Pr)2と(S)-L3から調製される錯体を触媒として用いたときに8aaを>20:1のγ/α選択性、94%収率、64%eeにて得ることができた(Scheme8)。

Scheme 1. Catalytic Asymmetric Reaction via Direct Dienolate Formation

Figure 1. γ-Butenolides

Scheme 2. Direct Catalytic Asymmetric Vinylogeus Mannich・type Reaction ofγ・Butenolides

Scheme 3. Plausible Role of' TfOH

Scheme 4. Dynamic Kinetic Asymmetric TransforTnation(DYKAT)

Scheme 5. DYKAT lnvolving Direct Aldol/Retroaldol Reaction

Table 1. Substrate Scopo of Ba・Catalyzed DYKAT

Scheme 6. Ba-catalyzed DYKAT of Ester 4b

Scheme 7. Epoxidation of DYKAT Produc

Scheme 8. Direct Catalytic Asymrnetric Vinylogous Aldol Reaction

審査要旨 要旨を表示する

触媒的不斉アルドール反応やMannich型反応は、カルボニル基を有するキラルなアルコール、あるいはアミン誘導体を与える反応であり、天然物や医薬品合成への応用が期待される有用な反応である。中でも、求核剤をエノールシリルエーテルやケテンシリルアセタールとして活性化することを必要としない『直接的』な反応は、単なるプロトン移動のみによって成績体を与えるため、アトムエコノミーの観点からより優れた、環境調和性の高い反応であると言える。これまでに、単純なエノラートを経由した直接的触媒的不斉アルドール反応やMannich型反応は数多く報告されているが、ジエノラートを経由する反応は未だ発展途上である。ジエノラートを経由する反応においては一般にα/γ選択性、syn/anti選択性、エナンチオ選択性を制御する必要があり、その実現は困難である(Scheme 1)。山口 暁丈はこれを達成すべく、研究を行った。

(1) γ-ブテノライドを用いた直接的触媒的不斉Mannich型反応の開発

イミンに対するジエノラートの触媒的不斉γ付加反応、即ち触媒的不斉ビニロガスMannich型反応は報告例が少なく、発展が待たれる分野である。γ-ブテノライドやその誘導体は、γ-ブテノライドが天然物に広く見られる骨格であるため、ビニロガスMannich型反応の求核剤として重要であるが、これまでγ-ブテノライドそのものを求核剤とした直接的触媒的不斉ビニロガスMannich型反応の報告は無かった。山口 暁丈はこれを実現するべく研究を行った。

ジフェニルホスフィノイルイミン1とγ-ブテノライド2を用いた直接的触媒的不斉ビニロガスMannich型反応に種々の触媒系を試した結果、La(OTf)3, TMEDA, (S,S)-Me-PyBoxから成る触媒系が良好な収率とジアステレオ選択性、中程度のエナンチオ選択性にて3を与えることを見出した。さらに詳細な検討を行ったところ、TfOHの添加が反応性及び立体選択性を大幅に向上することを発見した。この反応条件は種々の芳香族、脂肪族イミン双方に対して適用可能だった(Scheme 2)。

(2) Dynamic Kinetic Asymmetric Transformation(DYKAT)によるα-アルキリデン-β-ヒドロキシエステルの不斉合成法の開発

これまでに報告されている直接的触媒的不斉アルドール反応の多くは求核剤としてケトンやアルデヒドを用いている。一方で、エステル類を求核剤とした直接的触媒的不斉アルドール反応の報告例は少なく、使用できる求核剤に制限があった。これは単純エステル類のα位プロトンの酸性度が低いことや、塩基性条件下でレトロアルドール反応が起こりうることによると考えられる。山口 暁丈はこのように直接的触媒的不斉アルドール反応においてしばしば問題となるレトロアルドール反応を利用した、Dynamic Kinetic Asymmetric Transformation(DYKAT)によるα-アルキリデン-β-ヒドロキシエステルの不斉合成法(Scheme 3)の開発を行った。

反応条件を検討した結果、アルデヒドとベンジルエステル 4aに対して、5-10 mol %のBa(Oi-Pr)2と(S)-L1あるいは(S)-L2から調製される錯体を触媒として反応を行うと望みの反応が進行し、成績体を85-53%収率、99-87% eeにて与えることを見出した(Table 1)。

また、反応機構に関する種々の実験の結果、本反応がDYKATであることも証明された。

(3) β,γ-不飽和エステルを用いた直接的触媒的不斉ビニロガスアルドール反応の開発

ジエノラートのγ付加体であるδ-ヒドロキシエステルもまた有用なキラルユニットとなり得るため、4を用いた直接的触媒的不斉ビニロガスアルドール反応の開発研究を行った。

種々の配位子を検討した結果、ベンズアルデヒドとエステル4aに対して、Ba(Oi-Pr)2/ (S)-L3を触媒として用いたときに8aaを>20:1のγ/α選択性、94%収率、64% eeにて得た(Scheme 4)。

以上の結果は創薬化学研究に対し重要な貢献をすると考え、博士(薬学)に十分相当する研究成果と判断した。

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