No | 126081 | |
著者(漢字) | 今江,理恵子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イマエ,リエコ | |
標題(和) | ホスファチジルイノシトールの脂肪酸組成を規定する酵素の同定 | |
標題(洋) | Identification of enzymes involved in fatty acid remodeling of phosphatidylinositol | |
報告番号 | 126081 | |
報告番号 | 甲26081 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1346号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 機能薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序】 ホスファチジルイノシトール(PI)は極性頭部にイノシトール環を有するリン脂質で、イノシトール環のリン酸化により、細胞増殖や小胞輸送、アクチン骨格の制御など、様々なシグナル伝達に関与する。また、PI は脂肪酸部分においても特徴的な構造を有しており、その多くがsn-1 位にステアリン酸(18:0)、sn-2 位にアラキドン酸(20:4)を持つ(Figure 1)。このようなPI の特徴的な脂肪酸組成は、PI が生合成された後、ホスホリパーゼにより脂肪酸鎖が切り出され、脂肪酸転移酵素により特定の脂肪酸鎖が再導入されることにより形成されると考えられている(脂肪酸リモデリング)。最近、当研究室において、線虫 C. elegans を用いたRNAi スクリーニングにより、PI のsn-2 位にアラキドン酸を選択的に導入する脂肪酸転移酵素としてmboa-7/LPIAT1 を同定した(Lee et al, Mol Biol Cell,2008)。一方、PI のsn-1 位についても、脂肪酸リモデリングによりステアリン酸が導入されることが示唆されているが、この過程に関与する酵素は未だ同定されていない。本研究において私は、線虫における細胞内型ホスホリパーゼA1 の変異体の脂質組成を解析することにより、本酵素がPI のsn-1 位の脂肪酸組成を規定することを見出した。さらに、PI のsn-1 位に脂肪酸鎖を導入する脂肪酸転移酵素を同定した。 【方法と結果】 1. ipla-1 変異体はPI におけるステアリン酸 (18:0) の割合が減少する 当研究室ではこれまで、細胞内型ホスホリパーゼA1(ipla-1) の機能解析を行っており、本酵素が線虫において上皮系幹細胞 (seam細胞)の非対称分裂を制御していることを明らかにしている( Kanamori et al,EMBO, 2008)。この現象にどのようなリン脂質代謝が関与するかを調べるため、まずマススペクトロメトリーを用いてipla-1 変異体におけるリン脂質の脂肪酸組成を解析した。その結果、ipla-1 変異体では、ホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)の脂質組成には大きな変化が見られなかったが、PI の分子種が顕著に変化していることが分かった。線虫におけるPI の主要な分子種は、sn-1 位は哺乳動物と同様に18:0であるが、sn-2 位にはアラキドン酸(20:4)ではなくEPA(20:5)が結合している。ipla-1 変異体では18:0-20:5 のPI 分子種が減少し、代わりに18:1-20:5 PI が増加していた。さらに、ガスクロマトグラフィーを用いてPI に結合した脂肪酸量を定量したところ、ipla-1 変異体では18:0 の割合が減少しており、代わりに18:1 が増加していた(Figure 2)。一方で、PI のsn-2 位の主要な脂肪酸である20:5 に関しては変化が見られなかった。このことから、ipla-1 変異体ではPI のsn-1 位の脂肪酸が18:0 から18:1 へ入れ替わっていることが分かった。 2. LPIAT2 変異体はipla-1 変異体と類似したPI の脂肪酸組成を持つ これまでに、リン脂質のsn-2 位に脂肪酸鎖を導入する脂肪酸転移酵素が複数同定されている。ヒトにはこれらの分子と相同性を有する機能未知遺伝子が十数分子存在しており、当研究室ではこれら全ての分子について、線虫相同分子の欠損変異体を樹立している。私は、これらの変異体のうちLPIAT2と命名した分子の変異体が、ipla-1 変異体と非常に類似した脂質変動を示すことを見出した。すなわち、LPIAT2 変異体では、PI のsn-1 位の脂肪酸が18:0 から18:1 に入れ替わっており、sn-2 位に結合する20:5 は変化していなかった(Figure 2)。また、LPIAT2 変異体においても、PI 以外のリン脂質であるPC やPE、ホスファチジルセリン(PS)の脂肪酸組成には大きな変化は見られなかった(data not shown)。以上の結果から、ipla-1 ならびにLPIAT2 はPI のsn-1 位の脂肪酸組成を規定する分子であることが明らかになった。 3. LPIAT2 はPI のsn-1 位に18:0 を導入する脂肪酸転移活性を有する 次に、LPIAT2 がPI のsn-1 位に脂肪酸鎖を導入する脂肪酸転移酵素である可能性を検証するため、LPIAT2を過剰発現させた線虫のミクロソーム画分を用いて、in vitro における脂肪酸転移活性を測定した。その結果、LPIAT2 を発現させたミクロソーム画分では、野生株と比較して2-acyl lysoPI に対する18:0 の導入活性が有意に増加した(Figure 3)。その他のリゾリン脂質に対する脂肪酸転移活性はほとんど見られなかった。また、LPIAT2 変異体では2-acyl lysoPI に対する18:0 の脂肪酸転移活性が有意に減少していた(data not shown)。以上の結果から、LPIAT2 はPI を特異的に認識し、PIのsn-1 位に18:0 を導入する活性を有する脂肪酸転移酵素であることが分かった。ipla-1 についても、PI に対するホスホリパーゼ活性を持つことを確認している(data not shown)。 4. LPIAT2 変異体はipla-1 変異体と類似した表現型を示す 当研究室ではこれまで、ipla-1 変異体が上皮組織(陰門)の形態異常やseam 細胞の非対称分裂の異常を示すことを明らかにしている (Figure 4 A, B, D, E)。Seam 細胞は幼虫期に幹細胞様の非対称分裂を繰り返し、片方の娘細胞のみがseam 細胞としての運命を維持する。Seam 細胞の核にGFP を発現するscm::GFP 発現株を観察すると、野生株の成虫では16 個のseam 細胞の核がほぼ等間隔に並ぶのに対し、ipla-1 変異体では非対称分裂の異常により、scm::GFP の数や配置に異常が生じる (Figure 4 E)。LPIAT2 変異体についても同様に解析を行ったところ、LPIAT2 変異体もipla-1 変異体と同様に陰門の突出が観察され、上皮組織に何らかの異常が生じていると考えられた(Figure 4 A-C)。さらに、seam 細胞の核に関しても、数および配置に異常が見られ、核の間隔が不均一になっている様子が観察された(Figure 4 D-F)。これまで、ipla-1 変異体におけるseam 細胞の異常が、逆行性小胞輸送を制御すると考えられるtbc-3/RabGAP、あるいはmon-2/ArfGEF-like の変異によって回復することを明らかにしているが、LPIAT2 変異体におけるseam 細胞の異常もこれらの変異で抑制されることが分かった。以上の結果から、ipla-1 変異体とLPIAT2 変異体におけるseam 細胞の非対称分裂異常は、逆行性小胞輸送を介する同様の分子機構で生じていることが示唆された。 【まとめと考察】 本研究において私は、PI のsn-1 位の脂肪酸組成を規定する分子として、ipla-1(ホスホリパーゼA1)とLPIAT2(脂肪酸転移酵素)を同定した。1)ipla-1 変異体とLPIAT2 変異体はPI のsn-1 位の脂肪酸組成において同様の変動が見られること、2)ipla-1 変異体とLPIAT2 変異体は共にseam 細胞の非対称分裂に異常が生じること、3)これらのseam 細胞の異常は共にtbc-3 およびmon-2 の変異によって抑圧されることから、ipla-1 とLPIAT2 は協調的にPI のsn-1 位の脂肪酸リモデリングに関与し(Figure5)、この脂肪酸リモデリングにより生じるPI の脂肪酸組成が、小胞輸送を介する非対称分裂の獲得に重要な役割を果たすことが予想される。 最近、線虫受精卵の分裂過程においてPIPs 産生酵素(PI(4)P5-kinase)が母細胞内で非対称に局在することが報告されており、非対称分裂におけるPIPs の重要性が示唆されている。一方で、PIPs は各オルガネラ膜で特徴的な分布を示し、PIPs の偏在性が小胞輸送の重要な制御基盤であることが明らかにされている。「ipla-1、LPIAT2 欠損によるPI の脂肪酸組成の変動」、「seam 細胞の非対称分裂異常」、「逆行性小胞輸送」の関連は現時点では不明であるが、PI の脂肪酸組成の変動が何らかのPIPs の代謝に影響を及ぼし、小胞輸送系に異常が生じた結果、非対称分裂の異常が引き起こされるのでないかと考えている。本研究は、生体膜リン脂質のsn-1 位の脂肪酸リモデリングの分子実体を初めて提唱するものであり、また、PI の脂肪酸構造と小胞輸送、非対称分裂の関連を初めて示すものである。今後、異常発症のメカニズムを分子レベルで解析することにより、なぜPI のsn-1 位に18:0 を含む分子種が多いのか、その生物学的意義が明らかになるものと期待される。 Figure1.PIの構造 Figure2ipla-1変異体とLPIAT2変異体は同様のPlの脂肪酸組成を持つ (A)ガスクロマトグラフィーによるPIの脂肪酸定量(n=3,*P<0.05,**P<0.01,***P<0.001) (B)PIのマススペクトル Figure3.LPIAT2過剰発現株の膜画分ではPIのsn1位に18:0を導入する活性が増加する Figure4.LPIAT2変異体はipla-1変異体と類似した表現型を示す Figure5.(仮説)ipla-1とLPIAT2はPIの脂肪酸リモデリングを担う | |
審査要旨 | ホスファチジルイノシトール(PI)は極性頭部にイノシトール環を有するリン脂質で、イノシトール環のリン酸化により、細胞増殖や小胞輸送、アクチン骨格の制御など、様々なシグナル伝達に関与する。また、PI は脂肪酸部分においても特徴的な構造を有しており、その多くがsn-1 位にステアリン酸(18:0)、sn-2 位にアラキドン酸(20:4)を持つ。このようなPI の特徴的な脂肪酸組成は、PI が生合成された後、ホスホリパーゼにより脂肪酸鎖が切り出され、脂肪酸転移酵素により特定の脂肪酸鎖が再導入されることにより形成されると考えられている(脂肪酸リモデリング)。最近、当研究室において、線虫 C. elegans を用いたRNAi スクリーニングにより、PI のsn-2 位にアラキドン酸を選択的に導入する脂肪酸転移酵素としてmboa-7/LPIAT1 を同定した。一方、PI のsn-1 位についても、脂肪酸リモデリングによりステアリン酸が導入されることが示唆されているが、この過程に関与する酵素は未だ同定されていない。本研究において今江は、線虫における細胞内型ホスホリパーゼA1 の変異体の脂質組成を解析することにより、本酵素がPI のsn-1 位の脂肪酸組成を規定することを見出した。さらに、PI のsn-1 位に脂肪酸鎖を導入する脂肪酸転移酵素を同定した。 当研究室ではこれまで、細胞内型ホスホリパーゼA1(ipla-1) の機能解析を行っており、本酵素が線虫において上皮系幹細胞 (seam 細胞)の非対称分裂を制御していることを明らかにしている。この現象にどのようなリン脂質代謝が関与するかを調べるため、まずマススペクトロメトリーを用いてipla-1 変異体におけるリン脂質の脂肪酸組成を解析した。その結果、ipla-1 変異体では、ホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)の脂質組成には大きな変化が見られなかったが、PI の分子種が顕著に変化していることが分かった。線虫におけるPI の主要な分子種は、sn-1位は哺乳動物と同様に18:0 であるが、sn-2 位にはアラキドン酸(20:4)ではなくEPA(20:5)が結合している。ipla-1 変異体では18:0-20:5 のPI 分子種が減少し、代わりに18:1-20:5 PI が増加していた。さらに、ガスクロマトグラフィーを用いてPI に結合した脂肪酸量を定量したところ、ipla-1 変異体では18:0 の割合が減少しており、代わりに18:1 が増加していた。一方で、PI のsn-2 位の主要な脂肪酸である20:5 に関しては変化が見られなかった。このことから、ipla-1 変異体ではPI のsn-1位の脂肪酸が18:0 から18:1 へ入れ替わっていることが分かった。 これまでに、リン脂質のsn-2 位に脂肪酸鎖を導入する脂肪酸転移酵素が複数同定されている。ヒトにはこれらの分子と相同性を有する機能未知遺伝子が十数分子存在しており、当研究室ではこれら全ての分子について、線虫相同分子の欠損変異体を樹立している。今江は、これらの変異体のうちLPIAT2と命名した分子の変異体が、ipla-1 変異体と非常に類似した脂質変動を示すことを見出した。すなわち、LPIAT2 変異体では、PI のsn-1 位の脂肪酸が18:0 から18:1 に入れ替わっており、sn-2 位に結合する20:5 は変化していなかった。また、LPIAT2 変異体においても、PI 以外のリン脂質であるPC やPE、ホスファチジルセリン(PS)の脂肪酸組成には大きな変化は見られなかった。以上の結果から、ipla-1ならびにLPIAT2 はPI のsn-1 位の脂肪酸組成を規定する分子であることが明らかになった。 次に、LPIAT2 がPI のsn-1 位に脂肪酸鎖を導入する脂肪酸転移酵素である可能性を検証するため、LPIAT2 を過剰発現させた線虫のミクロソーム画分を用いて、in vitro における脂肪酸転移活性を測定した。その結果、LPIAT2 を発現させたミクロソーム画分では、野生株と比較して2-acyl lysoPI に対する18:0 の導入活性が有意に増加した。その他のリゾリン脂質に対する脂肪酸転移活性はほとんど見られなかった。また、LPIAT2 変異体では2-acyl lysoPI に対する18:0 の脂肪酸転移活性が有意に減少していた。以上の結果から、LPIAT2 はPI を特異的に認識し、PI のsn-1 位に18:0 を導入する活性を有する脂肪酸転移酵素であることが分かった。ipla-1 についても、PI に対するホスホリパーゼ活性を持つことを確認している。 当研究室ではこれまで、ipla-1 変異体が上皮組織(陰門)の形態異常やseam 細胞の非対称分裂の異常を示すことを明らかにしている。Seam 細胞は幼虫期に幹細胞様の非対称分裂を繰り返し、片方の娘細胞のみがseam 細胞としての運命を維持する。Seam 細胞の核にGFP を発現するscm::GFP 発現株を観察すると、野生株の成虫では16 個のseam 細胞の核がほぼ等間隔に並ぶのに対し、ipla-1 変異体では非対称分裂の異常により、scm::GFP の数や配置に異常が生じる。LPIAT2 変異体についても同様に解析を行ったところ、LPIAT2 変異体もipla-1 変異体と同様に陰門の突出が観察され、上皮組織に何らかの異常が生じていると考えられた。さらに、seam 細胞の核に関しても、数および配置に異常が見られ、核の間隔が不均一になっている様子が観察された。 これまで、ipla-1 変異体におけるseam 細胞の異常が、逆行性小胞輸送を制御すると考えられるtbc-3/RabGAP、あるいはmon-2/ArfGEF-like の変異によって回復することを明らかにしているが、LPIAT2 変異体におけるseam 細胞の異常もこれらの変異で抑制されることが分かった。以上の結果から、ipla-1 変異体とLPIAT2 変異体におけるseam 細胞の非対称分裂異常は、逆行性小胞輸送を介する同様の分子機構で生じていることが示唆された。 本研究において今江は、PI のsn-1 位の脂肪酸組成を規定する分子として、ipla-1(ホスホリパーゼA1)とLPIAT2(脂肪酸転移酵素)を同定した。1)ipla-1 変異体とLPIAT2 変異体はPI のsn-1 位の脂肪酸組成において同様の変動が見られること、2)ipla-1 変異体とLPIAT2 変異体は共にseam 細胞の非対称分裂に異常が生じること、3)これらのseam 細胞の異常は共にtbc-3 およびmon-2 の変異によって抑圧されることから、ipla-1 とLPIAT2 は協調的にPI のsn-1 位の脂肪酸リモデリングに関与し、この脂肪酸リモデリングにより生じるPI の脂肪酸組成が、小胞輸送を介する非対称分裂の獲得に重要な役割を果たすことが予想される。 最近、線虫受精卵の分裂過程においてPIPs 産生酵素(PI(4)P5-kinase)が母細胞内で非対称に局在することが報告されており、非対称分裂におけるPIPs の重要性が示唆されている。一方で、PIPs は各オルガネラ膜で特徴的な分布を示し、PIPs の偏在性が小胞輸送の重要な制御基盤であることが明らかにされている。「ipla-1、LPIAT2 欠損によるPI の脂肪酸組成の変動」、「seam 細胞の非対称分裂異常」、「逆行性小胞輸送」の関連は現時点では不明であるが、PI の脂肪酸組成の変動が何らかのPIPs の代謝に影響を及ぼし、小胞輸送系に異常が生じた結果、非対称分裂の異常が引き起こされるのでないかと考えられる。 本研究は、生体膜リン脂質のsn-1 位の脂肪酸リモデリングの分子実体を初めて提唱するものであり、また、PI のsn-1 位の脂肪酸構造と小胞輸送、非対称分裂の関連を初めて示すものである。PI は様々な細胞機能の重要な制御因子であり、本研究はそのsn-1 位の脂肪酸組成の生物 | |
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