学位論文要旨



No 126082
著者(漢字) 菊香,順史
著者(英字)
著者(カナ) キッコウ,ヨリフミ
標題(和) エンドサイトーシス後期過程に介在する低分子量G蛋白質Arl8の機能解析
標題(洋)
報告番号 126082
報告番号 甲26082
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1347号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

[序]

リソソームは多数の加水分解酵素を有し、細胞内における多くの蛋白質分解において重要な役割を担うオルガネラである。これまでの研究から、リソソームは直接、後期エンドソーム・ファゴソーム・オートファゴソームなどの分解基質を含む膜オルガネラと融合し、これらの融合によって形成された"ハイブリッドオルガネラ"において基質の分解が進行すると考えられている。したがって、リソソームによる適切な蛋白質分解のためには、リソソームと標的オルガネラとの融合が時空間的に厳密に制御されていることが必要であるが、その制御機構に関しては未だ明らかにされていない。

当研究室で同定したArl8(哺乳動物においてはArl8a及びArl8bの2種のサブタイプが存在)は、オルガネラ間の物質輸送に重要な役割を担っていることが知られている低分子量G蛋白質ArcrAr1ファミリーの一つであり、このファミリーの中ではリソソームに局在することが報告されている唯一の分子である。本研究において私は、エンドサイトーシスされたEGF(Epidermal growth factor)の分解過程におけるAr18の機能的役割の解析を行い、Ar18が未成熟な後期エンドソームとリソソームの融合に抑制的に機能し、適切な蛋白質分解に重要な役割を果たす可能性を見出したので報告する。

[方法と結果]

1.Arl8の発現抑制によりエンドサイトーシス初期過程におけるEGFの分解が亢進する

細胞外のEGFは細胞表面のEGF受容体と結合すると、エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれ、初期エンドソームを経由して後期エンドソームへと輸送される(取り込み後約O-6O分)。その後、後期ヱンドソームとリソソームが融合することによりハイブリッドオルガネラが形成され、そこでEGFは分解される(取り込み後約60分以降)(Fig.1A)。まず、EGFの分解過程におけるArl8の関与を検討するために、siRNAによりAr18を発現抑制したHeLa細胞における125I-EGFの分解量を経時的に測定した。その結果、At18の発現抑制により、約60分までのEGFの分解量が有意に増加することを見出した(Fig.1B)。さらに共焦点顕微鏡により蛍光標識したEGFの輸送過程を観察した結果、Ar18発現抑制細胞では、取り込み後30分において後期エンドソーム/リソソームマーカーであるLamp1と共局在するEGFの割合が増加していた。以上より、Ar18の発現抑制時におけるEGFの分解亢進は取り込まれたEGFが速やかに後期エンドソーム/リソソームに移行したことが原因である可能性が考えられた。

2.Arl8は後期エンドソームとリソソームの融合制御に関与する

次に、Arl8の発現抑制により生じるEGFの分解の亢進が後期エンドソームとリソソームの融合を介したものであるかを検討した。後期エンドソームとリソソームの融合過程は、まず低分子量G蛋白質Rab7による両者の近接化及びドッキングにより開始し、その後、SNARE分子の働きにより膜融合が進行すると考えられている。まず、この融合に関与することが報告されているSNARE分子の一つであるsyntaxin7の寄与を検討した。その結果、Ar18発現抑制時におけるエンドサイトーシス初期段階(取り込み後約30分)のEGFの分解亢進はsyntaxin7の発現抑制により有意に減弱した(Fig.2A)。よって、At18の発現抑制によるEGFの分解亢進は後期エンドソームとリソソームの融合を介していることが示唆された。次にRab7の寄与に関しても同様の検討を行ったところ、興味深いことにArl8発現抑制時におけるエンドサイトーシス初期段階のEGFの分解亢進は、Rab7の発現抑制により減弱しなかった(Fig.2A)。一方、通常EGFの分解が進行するエンドサイトーシス後期段階(取り込み後120分)においては、Rab7の発現抑制によりEGFの分解は減弱した(Fig.2B)。以上の結果より、At18の発現抑制は、エンドサイトーシス初期段階における後期エンドソームとリソソームの融合を引き起こし、その融合は既存のRab7依存的な様式とは異なることが示唆された。

3.Arl8の発現抑制により異常な後期エンドソーム/リソソーム様オルガネラが形成される

次にAr18の機能抑制時における、リソソーム/後期エンドソームの形態を観察した。まず、共焦点顕微鏡によりLamp1陽性小胞を観察したところ、コントロールの細胞において細胞質に均一に分散して存在するLarrrplwamb小胞が、At18発現抑制細胞においては核近傍に集積する様子が観察された(Fig.3A)そこで、この核近傍に集積したLampl陽性小胞がどのような形態のオルガネラであるかを電子顕微鏡により検討した。その結果、At18発現抑制細胞において、コントロール細胞には見られない電子密度の濃い異常なオルガネラが核近傍に多数存在しており、これらが核近傍に集積したLamp1陽性小胞であると考えられた(Fig.3B)。さらに、Percollを用いた密度勾配遠心法による細胞内オルガネラの分画を行ったところ、Arl8発現抑制細胞において、初期後期エンドソームとリソソームの中間程度の密度を有するオルガネラ画分に回収されるLamp1やリソソーム酵素カテプシンD量が顕著に増加していることが明らかとなった(Fig.3C)。

[まとめと考察]

本研究において私は、Arl8の発現抑制により、エンドサイトーシスの初期段階におけるEGFの分解が亢進すること、さらにその分解過程はRab7非依存的な後期エンドソームとリソソームとの融合を介していることを明らかにした。通常、後期エンドソームはエンドサイトーシスの進行に伴い成熟した後、リソソームと融合する。一方、Ar18発現抑制細胞においてはEGFの分解がコントロールよりも早いタイミングで進行していることから、そのような細胞においては"未成熟"な後期エンドソームとリソソームが融合している可能性が考えられる。また、Arl8発現抑制細胞では後期エンドソームとリソソームの中間程度の密度を有するオルガネラが増加しており、これらが上述の融合により生じたハイブリッドオルガネラである可能性がある。(Fig.4)。

一般にリソソームは細胞内に分散して存在し、エンドソームは核近傍に集積して存在している。最近、Arl8は微小管を介したリソソームの動きに関与することが示唆されており、Ad8発現抑制細胞においてはリソソームの微小管依存的な移動が阻害されたことにより、リソソームが核近傍に蓄積し、その結果としてエンドソームとの衝突確率が高まり、リソソームとエンドソームの不適切な融合が惹起された可能性が考えられる。

Ad8による未成熟な後期エンドソームとリソソームとの融合抑制機構は本研究によって初めて提唱されるモデルであり、Ad8のエフェクター分子の同定及びそれらの機能解析を通じて、リソソームにおける蛋白質分解過程の詳細な分子機構が明らかになることが期待される。

Fig.1{A}EGFの輪送過程{B}Ari8の発現抑制による125l-EGFの分解への影響

Fig.2Arl8亮現抑時のEGFの分解に対するSyntaxin7及びRab7の兜現抑制の影響EGF取り込み後30分における分解量(A)及び120分における分解量(B)(p<O.OO1)

Fig.3Arl8発現抑制時の後期エンドソーム/リソソームの形態

(A)Lamplの局在(B)電子顕微鏡像

(C)Percollを用いた密度勾配遠心法によるオルガネラ分画

Fig.4Arl8による後期エンドソームとリソソームの融合制御モデル

審査要旨 要旨を表示する

リソソームは多種の加水分解酵素を有し、細胞内における多くの蛋白質分解において重要な役割を担うオルガネラである。これまでの研究から、リソソームは直接、後期エンドソーム・ファゴソーム・オートファゴソームなどの分解基質を含む膜オルガネラと融合し、これらの融合によって形成された"ハイブリッドオルガネラ"において基質の分解が進行すると考えられている。したがって、リソソームによる適切な蛋白質分解のためには、リソソームと標的オルガネラとの融合が時空間的に厳密に制御されていることが必要であるが、その制御機構に関しては未だ明らかにされていない。「エンドサイトーシス後期過程に介在する低分子量G蛋白質Ar18の機能解析」と題した本論文においては、エンドサイト一シスされたEGF(Epidermalgrowthfactor)の分解過程における低分子量G蛋白質Arl8の機能的役割の解析を行うことにより、Ar18が未成熟な後期エンドソームとリソソームの融合に抑制的に機能し、適切な蛋白質分解に重要な役割を果たすことを見出している。

1.Arl8の発現抑制によりエンドサイトーシス初期におけるEGFの分解が亢進す

EGFの分解過程におけるArl8の関与を検討するために、siRNAによりArl8を発現抑制したHeLa細胞における1251-EGFの分解量を経時的に測定した。その結果、Ar18の発現抑制により、約60分までのEGFの分解量が有意に増加することを見出した。さらに共焦点顕微鏡により蛍光標識したEGFの輸送過程を観察した結果、Ar18発現抑制細胞では、取り込み後30分において後期エンドソーム/リソソームマーカーであるLamp1と共局在するEGFの割合が増加していた。以上より、Ar18を発現抑制した細胞では、取り込まれたEGFが速やかに後期エンドソーム/リソソームに移行することにより分解が亢進していることが示唆された。

2.Arl8は後期エンドソームとリソソームの融合制御に関与する

Arl8の発現抑制により生じるEGFの分解の亢進が、後期エンドソームとリソソームの融合を介したものであるかを検討した。後期エンドソームとリソソームの融合過程は、まず低分子量G蛋白質Rab7による両者の近接化及びドッキングにより開始し、その後、SNARE分子の働きにより膜融合が進行すると考えられている。まず、この融合に関与することが報告されているSNARE分子の一つであるsyntaxin7の寄与を検討した。その結果、Arl8発現抑制時におけるエンドサイトーシス初期段階(取り込み後約30分)のEGFの分解亢進はsyntaxin7の発現抑制により有意に減弱した。よって、Ar18の発現抑制によるEGFの分解亢進は後期エンドソームとリソソームの融合を介していることが示唆された。次にRab7の寄与に関しても同様の検討を行ったところ、興味深いことにAr18発現抑制時におけるエンドサイトーシス初期段階のEGFの分解亢進は、Rab7の発現抑制により減弱しなかった。一方、通常EGFの分解が進行するエンドサイトーシス後期段階(取り込み後120分)においては、Rab7の発現抑制によりEGFの分解は減弱した。以上の結果より、Ar18の発現抑制は、エンドサイトーシス初期段階における後期エンドソームとリソソームの融合を引き起こし、その融合は既存のRab7依存的な様式とは異なることが示唆された。

3.Arl8の発現抑制により後期エンドオルガネラ/リソソームの形態異常が引き起こされる

次にAr18の機能抑制時における、リソソーム/後期エンドソ…一一ムの形態を観察した。まず、共焦点顕微鏡によりLamp1陽性小胞を観察したところ、対照の正常細胞において細胞質に均一に分散して存在するLamp1陽性小胞が、Arl8発現抑制細胞においては核近傍に集積する様子が観察された。そこで、この核近傍に集積したLamp1陽性小胞がどのような形態のオルガネラであるかを電子顕微鏡により検討した。その結果、Ar18発現抑制細胞において、コントロール細胞には見られない電子密度の高い異常なオルガネラが核近傍に多数存在しており、これらが核近傍に集積したLamp1陽性小胞であると考えられた。さらに、Perco11を用いた密度勾配遠心法による細胞内オルガネラの分画を行ったところ、Ar18発現抑制細胞において、初期/後期エンドソームとリソソームの中間程度の密度を有するオルガネラ画分に回収されるLamp1やリソソーム酵素カテプシンD量が顕著に増加していることが明らかとなった。

本論文から、Ar18が後期エンドソームとリソソームの融合を抑制している可能性が示唆された共に、Ar18が正常なリソソーム形成に必須な分子であることが明らかとなった。以上を要するに、本論文は、エンドサイトーシス後期過程の膜輸送機構にっいて、新たに重要な知見を提示しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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