学位論文要旨



No 126083
著者(漢字) 沢登,健治
著者(英字)
著者(カナ) サワノボリ,ケンジ
標題(和) 概日リズム転写を調節する細胞死制御因子DAXX
標題(洋)
報告番号 126083
報告番号 甲26083
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1348号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 特任准教授 松沢,厚
 東京大学 講師 垣内,力
内容要旨 要旨を表示する

[序]

Death domain-associated protein (DAXX) は、細胞死を誘導する細胞膜局在性の受容体FAS と結合する蛋白質として同定された。DAXX はFAS のリガンドであるFASLや紫外線の刺激に応答し、細胞死誘導に関わることが知られている。近年、DAXX は細胞質だけではなく核内に局在することが報告されているが、DAXX の核内での機能は不明な点が多い。私はDAXX が関わる未知の生理機能を明らかにするために、DAXXの新規結合蛋白質のスクリーニングを行い、概日リズム転写制御因子BMAL1 を同定した。本研究で私は、DAXX の核内での役割について解析を行い、DAXX が分子時計の構成因子として働くことを見出した。

[方法と結果]

1.DAXX 新規結合蛋白質のスクリーニング

DAXX の核内での機能を明らかにするために、DAXX の結合蛋白質のスクリーニングを行った。FLAG タグをつけたDAXX の恒常的安定発現株を樹立し、その細胞抽出液からFLAG 抗体を用いて免疫沈降しDAXX 複合体を精製した。質量分析法により、DAXX の新規結合蛋白質として核内に局在する概日リズム転写制御因子BMAL1 を同定した。

2.DAXX はCLOCK:BMAL1 二量体と複合体を形成する

BMAL1 は核内に局在する転写因子であり、概日リズムの制御に関わる約24時間の周期性を持つ分子時計を構成する。BMAL1 がDAXX と結合することを見出したことから、分子時計を構成する他の時計蛋白質(CLOCK、CRY1) とDAXX が結合するかを免疫沈降法により検討した。その結果、DAXX はBMAL1 のみと特異的に結合することを明らかにした(図1 A)。BMAL1 はCLOCK と二量体を形成し概日リズム転写制御に関わることから、DAXX がBMAL1を介してCLOCK と複合体を形成する可能性を考え検討した。その結果、CLOCK 単独の発現だけではDAXXとの結合は観察されないのに対し、BMAL1 の共発現によりCLOCK とDAXX の結合が観察された(図1 B)。このことから、DAXX はBMAL1 を介してCLOCK:BMAL1 二量体と結合することが明らかになった。

3.DAXX は時間依存的にBMAL1 と結合する

内在のDAXX とBMAL1 の結合様式を、分子時計を同調させた細胞を用いて免疫沈降法により検討した。通常の培養条件下で、個々の細胞の分子時計の周期は同調していない。デキサメタゾン(DEX)処理により、約12 時間後に細胞間の周期が同調されることが知られている(図2 A)。DEX 処理により分子時計の周期を同調させた細胞から経時的に抽出液を調製し、DAXX 抗体を用いて免疫沈降を行った。その結果、興味深いことに、DEX処理30 時間後においてのみDAXXとBMAL1 の結合が観察された(図2 B)。このことから、DAXX とBMAL1 は時間依存的に結合することが示唆された。

4.CBP によりBMAL1 はアセチル化される

DAXX がBMAL1 と時間依存的に結合する分子メカニズムを明らかにするために、時間依存的なDAXX とBMAL1 の結合を制御する蛋白質または翻訳後修飾の存在を考えた。これまでにDAXXとBMAL1 が結合する時間帯においてヒストンアセチル化酵素(HAT) であるCBP が、CLOCK:BMAL1 二量体に結合することが知られている。このことから、CBP が時間依存的なDAXXとBMAL1 の結合を制御する可能性を検討した。CBP の共発現によるBMAL1 とDAXXの結合の亢進が免疫沈降法により観察された(図3 A)。次に、CBP によるBMAL1 とDAXX の結合の亢進が、CBP のHAT活性によるものであるかを検討した。培養細胞にBMAL1 とCBP を共発現した後、アセチル化リジン抗体によりBMAL1 のアセチル化を検討した(図3B)。その結果、CBP 依存的にBMAL1のアセチル化が誘導されることを明らかにした。CBP によりBMAL1 がアセチル化されるリジンを特定し、それらのリジンをアルギニンに置換したBMAL1 変異体(7mt、9mt)を作製した。これらのBMAL1 変異体ではCBP によるアセチル化は顕著に低下した。これらのBMAL1 変異体を用いて、DAXX とBMAL1 の結合に対するCBP によるBMAL1 アセチル化の影響を免疫沈降法により検討した(図3 C)。BMAL1 変異体ではDAXX との結合が野生型のBMAL1 に比べ顕著に低下した。これらの結果から、時間依存的にDAXX とBMAL1 が結合するためのシグナルとして、CBP によるBMAL1 のアセチル化が機能している可能性が示唆された。

5.DAXX はCLOCK:BMAL1 二量体の転写能を亢進する

DAXX とCLOCK:BMAL1 二量体が結合することを明らかにしたので、CLOCK:BMAL1 二量体の転写能に対するDAXX の影響を検討した。特にCLOCK:BMAL1 二量体により転写制御されることが知られているPer3 遺伝子のプロモーターに対するDAXX の影響を、ルシフェラーゼアッセイを用いて検討した(図4)。その結果、DAXX の増加に依存してCLOCK:BMAL1 二量体の転写能の亢進が観察された(レーン2、3、4)。次に、CLOCK:BMAL1 二量体の転写抑制因子CRY の共存下で、CLOCK:BMAL1 二量体の転写能に対するDAXX の影響を検討した。その結果、DAXX の共発現によりCRYのCLOCK:BMAL1 二量体に対する転写抑制効果は緩和された(レーン5、6、7)。以上より、DAXX はCRY と拮抗して働きCLOCK:BMAL1 二量体の転写能を正に制御することが示唆された。

6.DAXX は分子時計の周期を調節する

内在のDAXX の概日リズム制御における生理機能を明らかにするために、生きたままの培養細胞内の分子時計を経時的に測定できる系を構築した。まずBMAL1 遺伝子プロモーター下にルシフェラーゼ遺伝子を導入したコンストラクトをレトロウイルスを用いて導入した細胞株を樹立した。樹立した細胞株においてsiRNA を用いて内在のDAXX を発現抑制し、DEX 処理により細胞内の分子時計の周期を同調させた後、ルシフェラーゼの活性を経時的に計測した。その結果、DAXX を発現抑制した細胞においてコントロールに対し、発現振幅の減少及び周期の延長が観察された。これらの結果はDAXX が分子時計の周期性の制御に関わることを示唆する。

[考察]

本研究において、細胞死制御因子DAXXの新規結合蛋白質として概日リズム転写制御因子BMAL1 を同定した。興味深いことに、DAXX はBMAL1 と時間依存的に結合することを見出した。この時間依存的結合の分子メカニズムとして、ヒストンアセチル化酵素CBP によるBMAL1 アセチル化によって、BMAL1とDAXX の結合能が亢進する可能性を示した(図5)。DAXX:BMAL1:CLOCK複合体の形成がCLOCK:BMAL1 二量体の転写能を亢進し、分子時計の周期性の調節に寄与する可能性が考えられる。

図1 新規DAXX 結合蛋白質BMAL1

図2 時間依存的なDAXX とBMAL1 の結合

図3 CBP によるBMAL1 のアセチル化

図4 CLOCK:BMAL1 の転写能に対する

図5 DAXX による分子時計制御の仮説

審査要旨 要旨を表示する

Death domain-associated protein(DAXX)は、細胞死を誘導する細胞膜局在性の受容体FASと結合する蛋白質として同定された。DAXXはFASのリガンドであるFASLや紫外線の刺激に応答し、細胞死誘導に関わることが知られている。近年、DAXXは細胞質だけではなく核内に局在することが報告されているが、DAXXの核内での機能は不明な点が多い。「概日リズム転写を調節する細胞死制御因子DAXX」と題した本論文においては、DAXXの新規結合蛋白質として概日リズム転写制御因子BMAL1を同定し、DAXXが分子時計の構成因子として機能することを見出している。

1.DAXX新規結合蛋白質のスクリーニング

DAXXの核内での機能を明らかにするために、DAXXの結合蛋白質のスクリーニングを行った。FLAGタグをつけたDAXXの恒常的安定発現株を樹立し、その細胞抽出液からFLAG抗体を用いて免疫沈降しDAXX複合体を精製した。質量分析法により、DAXXの新規結合蛋白質として核内に局在する概日リズム転写制御因子BMAL1を同定した。

2.DAXXはCLOCK-BMAL1二量体と複合体を形成する

BMAL1は核内に局在する転写因子であり、概日リズムの制御に関わる約24時間の周期性をもつ分子時計を構成する。BMAL1はCLOCKと二量体を形成し概日リズム転写制御に関わることから、DAXXがBMAL1を介してCLOCKと複合体を形成する可能性を考え検討した結果、CLOCK単独の発現だけではDAXXとの結合は観察されないのに対し、BMAL1の共発現によりCLOCKとDAXXの結合が観察された。このことから、DAXXはBMAL1を介してCLOCK-BMAL1二量体と結合することが明らかになった。

3.DAXXは時間依存的にBMAL1と結合する

内在のDAXXとBMAL1の結合様式を、分子時計を同調させた細胞を用いて免疫沈降法により検討した。DEX処理により分子時計の周期を同調させた細胞から経時的に抽出液を調製し、DAXX抗体を用いて免疫沈降を行った。その結果、DEX処理30時間後においてのみDAXXとBMAL1の結合が観察された。このことから、DAXXとBMAL1は時間依存的に結合することが示唆された。

4.CBPによりBMAL1はアセチル化される

ヒストンアセチル化酵素(HAT)であるCBPが、DAXXとBMAL1の時間依存的な結合を制御する可能性を免疫沈降法により検討した結果、CBPの共発現によるBMAL1とDAXXの結合の亢進が観察された。次に、CBPによるBMAL1とDAXXの結合の亢進が、CBPのHAT活性による可能性を考え検討した結果、CBP依存的にBMAL1のアセチル化が誘導されることを明らかにした。CBPによりBMAL1がアセチル化されるリジンを特定し、それらのリジンをアルギニンに置換したBMAL1変異体を用いて、DAXXとBMAL1の結合に対するCBPによるBMAL1アセチル化の影響を免疫沈降法により検討した。BMAL1変異体ではDAXXとの結合が野生型のBMAL1に比べ顕著に低下した。これらの結果から、時間依存的にDAXXとBMAL1が結合するためのシグナルとして、CBPによるBMAL1のアセチル化が機能している可能性が示唆された。

5.DAXXはCLOCK-BMAL1二量体の転写能を亢進する

CLOCK-BMAL1二量体の転写能に対するDAXXの影響をルシフェラーゼアッセイにより検討した結果、DAXXの増加に依存してCLOCK-BMAL1二量体の転写能の亢進が観察された。次に、CLOCK-BMAL1二量体の転写抑制因子CRYの共存下で、CLOCK-BMAL1二量体の転写能に対するDAXXの影響を検討した。その結果、DAXXの共発現によりCRYのCLOCK-BMAL1二量体に対する転写抑制効果は緩和された。以上より、DAXXはCRYと拮抗して働きCLOCK-BMAL1二量体の転写能を正に制御することが示唆された。

6.DAXXは分子時計の周期を調節する

内在のDAXXの概日リズム制御における生理機能を明らかにするために、BMAL1遺伝子プロモーター下にルシフェラーゼ遺伝子を導入したコンストラクトを導入した細胞株を樹立した。樹立した細胞株においてsiRNAを用いて内在のDAxxを発現抑制し、DEx処理により細胞内の分子時計の周期を同調させた後、ルシフェラーゼ活性を経時的に計測した。その結果、DAXXを発現抑制した細胞において、コントロールに比して、発現振幅の減少及び周期の延長が観察された。これらの結果からDAXXが分子時計の周期の調節に関わる可能性が示された。

本論文では、細胞死制御因子DAXXの新規結合蛋白質として概日リズム転写制御因子BMAL1を同定し、DAXXはBMAL1と時間依存的に結合することを見出した。この時間依存的結合の分子メカニズムとして、CBPによるBMAL1アセチル化によって、BMAL1とDAXXの結合能が充進する可能性を示した。DAXX-BMAL1-CLOCK複合体の形成がCLOCK-BMAL1二量体の転写能を充進し、分子時計の周期の調節に寄与するというモデルが提示された。以上を要するに、本論文は、細胞死制御因子DAXXの機能解析により、概日リズム転写の調節というDAXXの新規の機能を明らかにしたことに加え、概日リズム転写制御機構の解明における有用な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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