学位論文要旨



No 126084
著者(漢字) 山崎,世和
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,トキワ
標題(和) ストレス応答性キナーゼMKK7欠損マウスにおける脳形成異常
標題(洋)
報告番号 126084
報告番号 甲26084
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1349号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 三浦,正幸
内容要旨 要旨を表示する

[序]

ストレス応答性SAPK/JNK シグナル伝達系は、細胞外からの刺激により活性化され、様々な生理応答を引き起こすことが知られている。細胞外からの刺激を受けると、リン酸化カスケードによってJNK 活性化因子であるMKK7、MKK4 が活性化され、JNK をリン酸化する。リン酸化されたJNK は、c-Jun、DCX やIRS など様々な分子を基質としてリン酸化することが知られており、これらの基質は遺伝子発現や細胞骨格の制御を通じて、細胞増殖、細胞死、細胞の形態変化などの細胞応答を引き起こすことが報告されている。

私はストレスに応答して活性化するJNK が、脳において活性化されていること、またその活性化が発生期から成体に至るまで恒常的に維持されていることを見出した(図1)。そこで、JNK の恒常的な活性化の意義を明らかにするため、JNK の活性化因子であるMkk7の条件付き欠損マウスの解析を行い、興味深い結果を得たのでここに報告する。

[方法と結果]

神経系特異的MKK7 欠損マウスの作出

脳において認められたJNK の活性化を抑制するために、JNK の活性化因子であるMKK7を欠損させることを考えた。Mkk7 の遺伝子領域にloxP 配列を導入したMkk7(flox) マウスと、Nestin プロモーター下でCre を発現するNestin-Cre マウスを交配させ、神経系特異的MKK7 欠損マウス(Mkk7(flox/flox) Nestin-Cre マウス、以下、Mkk7 CKO マウスという)を作出した。

Mkk7 CKO マウスは生後直後に死亡する

Mkk7(flox/+) Nestin-Cre マウスとMkk7(flox/flox) マウスを交配し、胎仔及び新生児について遺伝子型を調べた。その結果、胎生12.5 日から出生直前の18.5日まで、Mkk7 CKO マウスが生存していることが確認された。しかしながら、生後1 日齢では、Mkk7 CKO マウスを一匹も見出すことが出来なかった(Table 1)。

Mkk7 CKO マウスは出生直前まで生存していることから、帝王切開によって胎生18.5日のマウス胎仔を摘出し、観察を行った。Mkk7 を欠損していない(Control)マウスでは、自発的に呼吸を行うようになったが、Mkk7 CKO マウスにおいては、自発呼吸を始めることがなく死亡した。自発呼吸など、生後の行動に異常が見られたことから、Mkk7 CKO マウスでは神経系に異常が生じていることが考えられた。

Mkk7 CKO マウスは脳の軸索路が正常に形成されない

Mkk7 CKO マウスの脳の形態を調べるために、脳の切片を作製し、Nissl 染色を行った。その結果、Control のマウスと比較して、Mkk7 CKO マウスの脳では、脳室が拡大していること、線条体が縮小していることが明らかとなった(図2)。

さらに詳細に脳の構造を調べていくと、脳梁(CC)、前交連(AC)、内包及び大脳皮質の中間帯において構造異常があることを見出した(図3)。これらの構造異常が観察された領域は脳の主要な軸索路として知られている。以上より、Mkk7 CKO マウスの脳では、軸索路の形成に異常が生じることが明らかとなった。

Mkk7 CKO マウスは軸索の形成異常を呈する

Mkk7 CKO マウスは軸索路が正常に形成されていないことから、軸索の形成に異常があるかどうかを検討すべく、軸索マーカーであるTAG-1、L1 の発現を免疫染色により調べた。その結果、脳梁、大脳皮質においてTAG-1 陽性領域の消失、L1陽性領域の減少を胎生18.5 日の脳で見出し、また線条体においても同様の異常が、胎生16.5 日から生じていることが明らかとなった。このことから、Mkk7 CKO マウスは軸索形成異常の表現型を示すことが示唆された。

MKK7 は神経細胞において軸索伸長を制御している

Mkk7 CKO マウスで認められた軸索形成異常が、軸索を伸ばしている神経細胞における異常なのか、外部環境に起因する異常なのかを調べる目的で、Mkk7(flox) マウスへin utero electroporation法による遺伝子導入を行った。胎生15.5 日のマウスの側脳室にpCAG-NLS-Cre、pCAG-floxed-polyA-EGFP を注入し、electroporation によって遺伝子導入した。生後4 日齢のマウスを灌流固定した後、切片を作製し、抗GFP 抗体を用いて免疫染色したところ、Mkk7(flox/flox) マウスでは、Mkk7(flox/+)マウスと比較して、大脳皮質の神経細胞から伸びている軸索数の減少が観察された(図4)。この結果から、MKK7 は神経細胞において軸索伸長を制御していると考えられた。

【まとめ】

本研究では、脳におけるJNK 活性化の意義を調べる目的で、神経系特異的MKK7 欠損マウスを作出し、その解析を行った。JNK の活性化因子であるMKK7 を欠損したマウスでは、脳におけるJNK のリン酸化が顕著に抑制されており、またこのマウスは軸索形成に異常を示すことから、胎生期の脳におけるJNK の活性化は、軸索形成を制御していることが示唆された。

さらに、軸索形成においてMKK7-JNK シグナルによって制御されている基質として、微小管関連タンパク質であるDCX に注目し、Mkk7 CKO マウスの脳においてDCX のリン酸化が抑制されていることを明らかにした。微小管関連タンパク質は、リン酸化を受けることで微小管との親和性が変化し、微小管ダイナミクスを制御していることが知られている。このことから、脳におけるJNK の活性化が、DCX をはじめとする微小管関連タンパク質をリン酸化し、微小管ダイナミクスを制御することで、軸索形成に関与していると考えられた(図6)。本研究によって、脳において恒常的に活性化しているJNK の発生期における機能の一端が明らかとなった。

図1 成体及び発生期のマウス脳におけるJNKの恒常的活性化

Table 1

図2 Mkk7 CKOマウスは脳室の拡大と線条体の縮小を呈する

図3 Mkk7 CKOマウスは軸索路が正常に形成されない

CC:脳梁 AC:前交連

図4 神経細胞でMkk7を欠損すると軸索伸長が減少する

図5 Mkk7 CKOマウスの脳でJNK(A)及びDCX(B)のリン酸化が顕著に低下する

図6 MKK7-JNKシグナルによる微小管ダイナミクスの制御

審査要旨 要旨を表示する

ストレス応答性SAPK/JNKシグナル伝達系は、細胞外からの刺激により活性化され、様々な生理応答を引き起こすことが知られている。細胞外からの刺激を受けると、リン酸化カスケードによってJNKの活性化因子であるMKK7、MKK4が活性化され、JNKをリン酸化する。リン酸化されたJNKは、c-Jun、DCXやIRSなど様々な分子を基質としてリン酸化することが知られており、これらの基質は遺伝子発現や細胞骨格の制御を通じて、細胞増殖、細胞死、細胞の形態変化などの細胞応答を引き起こすことが報告されている。「ストレス応答性キナーゼMKK7欠損マウスにおける脳形成異常」と題した本論文においては、ストレスに応答して活性化するJNKが、脳において活性化されていること、またその活性化が胎生期から観察されることを見出し、このJNK活性化の意義の解明に向けてJNKの活性化因子であるMkk7の条件付き欠損マウスの解析を行い、興味深い結果を見出している。

1.神経系特異的MKK7欠損マウスの作出

Mkk7の遺伝子領域にloxP配列を導入したMkk7(flox)マウスと、Nestinプロモーター下でCreを発現するNestin-Creマウスを交配させ、神経系特異的MKK7欠損マウス(Mkk7(fiox/flox)Nestin-Creマウス、Mkk7CKOマウス)を作出した。このマウスでは、活性化因子MKK7の欠損により、胎生期から脳において観察されるJNKの活性化が抑制された。

2.Mkk7 CKOマウスは生後直後に死亡する

Mkk7(fiox)/Nestin-CreマウスとMkk7(flox/flox)マウスを交配し、胎仔及び新生仔について遺伝子型を調べた。その結果、胎生12.5日から出生直前の18.5日まで、Mkk7 CKOマウスの生存が確認されたものの、生後1日齢においては1個体も見いだせないことを明らかにした。この結果を受けて生後直後に死亡している可能性を考え、胎生,18.5日のマウス胎仔を帝王切開により摘出し観察した。そして、Mkk7 CKOマウスは自発呼吸を始めることなく死亡してしまうという上記の可能性を支持する結果を得た。

3.Mkk7 CKOマウスは脳の軸索路が正常に形成されない

胎生18.5日のマウスの脳切片をNiss1染色し、脳の形態を観察した。その結果、Mkk7 CKOマウスの脳において脳室が拡大し、線条体が縮小していることを明らかにした。また、より詳細に観察し、脳梁、前交連、内包など主要な軸索路や、大脳皮質中間帯など軸索に富む領域が形成異常を呈することを見出した。

4.Mkk7 CKOマウスは軸索の形成異常を呈する

Mkk7 CKOマウスにおいて軸索に富む領域の異常が観察されたため、軸索マーカーであるTAG-1、L1の免疫染色を行った。その結果、脳梁、大脳皮質、において、TAG-1陽性領域の消失、L1陽性領域の減少を胎生18.5日の脳で見出し、また線条体においても同様の異常が胎生16.5日から生じていることを明らかにした。これらの結果から、Mkk7 CKOマウスは軸索形成異常の表現型を示すことを示した。

5.MKK7は神経細胞において軸索伸長を制御する

Mkk7 CKOマウスで認められた軸索形成異常が、軸索を伸ばしている神経細胞における異常なのか、あるいは外部環境に起因する異常なのかを、in utero electroporation法によって検討した。胎生15.5日のマウスの側脳室にpCAG-NLS-Cre、pCAG-floxed-polyA-EGFPを注入し、electroporationによって遺伝子導入した。生後4日齢において切片を作製し抗GFP抗体で免疫染色した結果、Mkk7(fiox/flox)マウスでは、Mkk7(fiox/+)マウスと比較して大脳皮質の神経細胞から伸長する軸索数の減少が観察されることを示した。この結果は、MKK7が神経細胞において軸索伸長を制御することを示唆するものであった。

6.Mkk7 CKOマウスでは微小管関連タンパク質DCXのリン酸化が低下する

軸索伸長過程においては、微小管の安定化と不安定化が交互に起こる微小管ダイナミクスが重要であると考えられている。そこでMkk7 CKOマウスにおいて、微小管関連タンパク質の一つであるDoublecortin(DCX)のリン酸化が低下している可能性を考え、Mkk7 CKOマウスの脳から調製したサンプルを用いてWestern Blotによって検討した。その結果、JNKのリン酸化とともにDCXのリン酸化が顕著に低下していることを明らかにした。

本研究によって、胎生期におけるJNKの活性化は軸索形成を制御していることが明らかとなった。また微小管関連タンパク質DCXのリン酸化が低下していることを見出し、MKK7-JNKシグナルが微小管ダイナミクスを介して軸索形成を制御しているというモデルが提示された。さらに、本研究で解析されたMkk7CKOマウスの表現型は、既に他のグループによって解析されているもう一つのJNK活性化因子Mkk4の欠損マウスとは異なるものであった。以上を要するに、本研究は、JNKの機能が上流のキナーゼ(MKK7またはMKK4)によるリン酸化によって変化する可能性を示唆しており、シグナル伝達経路の選択性という観点から見ても意義深く、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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