学位論文要旨



No 126085
著者(漢字) 中村,鑑斗
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,アキト
標題(和) 中心体Aki1とcohesinによる中心小体分離制御機構の解明
標題(洋)
報告番号 126085
報告番号 甲26085
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1350号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 准教授 有田,誠
 東京大学 准教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

中心体は微小管形成中心として働く細胞内小器官であり、1対の中心小体とその周りを取り囲むpericentriolar material から構成される。細胞周期G1 期にある細胞は1つの中心体を有し、S 期に入ると中心体は複製される。複製の際に、娘中心小体は既存の母中心小体に直交するような形で伸長し、両者は結合した状態を維持する(centriole engagement)。分裂期になると、複製された2つの中心体は分離して紡錘体極として機能する。各中心体内の一対の中心小体は、分裂期を終える際に分離し(centriole disengagement)、この分離が起こることが次なる細胞周期での中心小体複製に必須となる。このように中心体のサイクルは細胞周期と密接に関わりあっている。中心体異常は染色体異数性さらには腫瘍発生にもつながることが示されており、中心体異常をきたす原因の解明はがん生物学観点からも非常に重要な課題である。

プロテアーゼとして働くseparase は、細胞周期が分裂中期から分裂後期へと移行する際にcohesin subunit の1つであるScc1 を切断することで姉妹染色分体の分離を促す。近年、separaseが中心小体の分離をも制御することが報告されてきたが、母娘中心小体をつなぐ因子については長らく未解明のままである。姉妹染色分体分離・中心小体分離いずれもseparase による制御を受けることから、separase-cohesin システムが母娘中心小体の結合の制御にも寄与している可能性が考えられるが、その検証はなされていない。

これまで私はAkt kinase-interacting protein 1 (Aki1)がPI3K/PDK1/Akt 経路で足場タンパク質として働くことを見いだしてきた。またAki1 は核内で5-HT1A (serotonin-1A) receptor の転写抑制因子としても機能することも報告されている。以上の知見からAki1 はその局在に応じて機能を発揮することが示唆されていた。本研究で私は、Aki1 が中心体にも局在し、分裂期でのScc1 の中心体局在を制御することで中心小体の結合に寄与していることを明らかにした。

<方法・結果>

1. Aki1 は中心体に局在する

免疫蛍光法によってAki1 の細胞内在性レベルでの局在を詳細に検討すると、間期・分裂期いずれにおいても中心体への局在が観察された。この結果を確認するためにAcGFP-Aki1 発現細胞を樹立したところ、細胞周期を通じてAcGFP-Aki1 の中心体局在が認められた。さらに、スクロース密度勾配遠心法を用いて中心体画分を分取しウエスタンブロットを行った結果、Aki1 は中心体タンパク質である・-tubulin 等と同じ画分で発現が検出された。以上よりAki1 の中心体局在が示された。

2. 中心体Aki1 は2 極性紡錘体形成に必須である。

その局在からして、Aki1 が中心体の機能に関わる可能性が考えられた。興味深いことに、siRNAを用いてAki1 をノックダウンすると紡錘体の極が3つあるいは4つになる多極紡錘体が生じることが分かった。次に、Aki1 の欠損変異体を作製し細胞内局在を調べたところ、C 末端側(815-951a.a.)を欠いた変異体(ΔC815-Aki1, 1-814 a.a.)は中心体に局在しないことが分かった。Aki1 ノックダウンによる多極紡錘体形成はsiRNA 抵抗性の野生型(WT)-rAki1 を発現させるとレスキューされたが、ΔC815-rAki1 を発現させてもレスキューされなかった。従って、中心体のAki1 が二極性紡錘体形成に必須であることが明らかとなった。

3. Aki1 ノックダウンはスピンドルチェックポイントを活性化させる。

Aki1 をノックダウンすると分裂期に停滞する細胞の割合が増加していた。加えて、Aki1 ノックダウン細胞ではスピンドルチェックポイントタンパク質であるBubR1 やCENP-E が、スピンドル異常のため赤道面にうまく整列できずにいる染色体上に局在している様子が観察され、スピンドルチェックポイントの活性化が示唆された。また、Aki1 をノックダウンした細胞の最終的な運命を知るために、AcGFP-histone H2B 発現細胞を樹立し生細胞内の染色体の挙動をタイムラプス観察した。その結果、Aki1 ノックダウンにより多極紡錘体を生じた細胞は分裂期に長時間(4-22 時間)とどまった後にアポトーシス様の細胞死を起こした。長く分裂期に停滞した細胞はcaspase 依存的なアポトーシスを起こすことが知られている。実際、Aki1 ノックダウンによりcaspase 依存的な切断により生じるPARP の切断断片の増加が認められた。

4. Aki1 ノックダウンは中心小体解離を引き起こす。

多極紡錘体の形成は様々な機構で起こりうることが知られているが、各紡錘体極に存在する中心小体の数を調べることでその原因が推察できる。そこで中心小体数をカウントしたところ、Aki1ノックダウンにより1つの紡錘体極に1つの中心小体しか存在しない状態、つまりは中心小体の異常解離が生じていることが分かった。こうした中心小体の早期異常解離はseparase の早期活性化によって起こることが報告されている。興味深いことに、Aki1 ノックダウンによる多極紡錘体形成は、separase を同時にノックダウンすることで顕著に抑制された一方で、Aki1 のみをノックダウンした際にseparase の活性化は認められなかった。従って、Aki1 ノックダウン細胞で生じた中心小体解離はseparase 依存的ではあるものの、separase の早期活性化が原因ではないことが明らかになった。以上の結果からAki1 はseparase ではなく、中心小体の結合を維持する因子に影響を及ぼすのではないかと考え次なる検討を行った。

5. Scc1 は中心小体間の結合に必須である。

Cohesin は染色体上にあるタンパク質複合体であり、SMC1、SMC3、Scc1、SA1/2 から構成される。分裂前中期になるとそのほとんどは染色体腕部から離れるが、セントロメア領域のcohesin だけは分裂中期から後期への移行の際にseparase による切断を受け、それが姉妹染色分体分離の契機となる。一方で近年、cohesin は中心体にも存在するという報告が散見される。そこで私は、中心体に存在するとされるcohesin もseparase による制御を受け、中心小体の結合・分離に寄与しているのではないかという仮説をたてた。

まずcohesin の中心体局在を確認すべく、精製した中心体画分を用いてウエスタンブロットを行ったところ、全てのcohesin subunit について中心体画分での発現が認められた。次に中心体のScc1がseparase による切断を受けるかどうかについて検討した。ポジティブコントロールとして核画分を用いたところ、核画分だけでなく中心体画分においても分裂後期でScc1 の切断断片が検出された。さらに、Scc1 をノックダウンするとAki1 ノックダウン時よりも高頻度に中心小体の解離を伴う多極紡錘体が形成され、Scc1 の中心小体間の結合における必要性が示唆された。

6. Aki1 はScc1 の分裂期における中心体局在を制御する。

Aki1 とcohesin subunits は中心体画分を用いたウエスタンブロットでよく似た発現パターンを示しており、NuMA やPericentrin といった同じく中心体や紡錘体極に局在するタンパク質と比較しても異なるパターンであった。そこで私はAki1 とcohesin が中心体で複合体を形成しているのではと考え、細胞周期を同調した細胞を用いて免疫沈降実験を試みた。すると分裂期における細胞では中心体画分でのScc1、SA2 の発現レベルが顕著に増大していた。そして、中心体画分を用いて抗Aki1 抗体で免疫沈降すると、SMC1 やSMC3 が比較的細胞周期に関係なく共沈したのに対して、Scc1 やSA2 は分裂期で特に強く共沈し、分裂期特異的な複合体形成が示された。さらに、Aki1が中心体cohesin を制御しているという直接的な結果を得るために、Aki1 をノックダウンした細胞から中心体画分を精製した。すると、コントロールの細胞(分裂期)に比べAki1 ノックダウン細胞(分裂期)では中心体に存在するScc1 量が減少しており、Aki1 がScc1 の紡錘体極への局在に寄与していることが明らかとなった。

<総括>

中心小体分離の過程に欠陥があることは中心体異常を引き起こす原因となりうるため、中心小体分離は適切なタイミングで行われるよう厳密に制御されている必要がある。それを裏付けるものとしてseparase の酵素活性を制御する様々な分子メカニズムが明らかにされてきた。一方でその重要性にもかかわらず、これまで中心小体結合を維持するメカニズムやその介在因子は未解明であったが、本研究によって新たなモデルを示すことができた。Aki1 は分裂期にScc1 を中心体へとリクルートすることで中心小体間の結合を維持し、異常な解離の発生を防いでいると考えられる。また要旨では触れていないが、本研究ではAki1 が分裂期にリン酸化を受けることも明らかにしている。Aki1 リン酸化の意義を検討し、Aki1 の制御機構をも解明することが今後の課題の一つである。

審査要旨 要旨を表示する

細胞周期G1 期にある細胞は1つの中心体を有し、S 期に入ると中心体は複製される。複製の際に、娘中心小体は既存の母中心小体に直交するような形で伸長し、両者は結合した状態を維持する。分裂期になると、複製された2つの中心体は分離して紡錘体極として機能する。各中心体内の一対の中心小体は、分裂期を終える際に分離し、この分離が起こることが次なる細胞周期での中心小体複製に必須となる。このように中心体のサイクルは細胞周期と密接に関わりあっている。中心体異常は染色体異数性さらには腫瘍発生にもつながることが示されており、中心体異常をきたす原因の解明はがん生物学観点からも非常に重要な課題である。プロテアーゼとして働くseparase は、細胞周期が分裂中期から分裂後期へと移行する際にcohesin subunit の1つであるScc1 を切断することで姉妹染色分体の分離を促す。近年、separaseが中心小体の分離をも制御することが報告されてきたが、母娘中心小体をつなぐ因子については長らく未解明のままである。姉妹染色分体分離・中心小体分離いずれもseparase による制御を受けることから、separase-cohesin システムが母娘中心小体の結合の制御にも寄与している可能性が考えられるが、その検証はなされていない。本研究で中村は、Aki1 が中心体にも局在し、分裂期でのScc1 の中心体局在を制御することで中心小体の結合に寄与していることを明らかにした。

まず、中村は、免疫蛍光法によってAki1 の細胞内在性レベルでの局在を詳細に検討し、間期・分裂期いずれにおいても中心体への局在を観察した。さらに中村は、スクロース密度勾配遠心法を用いて中心体画分を分取しウエスタンブロットを行った結果、Aki1 は中心体タンパク質であるγ-tubulin 等と同じ画分で発現を検出した。以上より、中村はAki1 が中心体に局在することを示した。

興味深いことに、中村は、siRNAを用いてAki1 をノックダウンすると紡錘体の極が3つあるいは4つになる多極紡錘体が生じることを見出した。次に、Aki1 の欠損変異体を作製し細胞内局在を調べたところ、C 末端側(815-951a.a.)を欠いた変異体(ΔC815-Aki1, 1-814a.a.)は中心体に局在しないことが分かった。Aki1 ノックダウンによる多極紡錘体形成はsiRNA 抵抗性の野生型(WT)-rAki1 を発現させるとレスキューされたが、ΔC815-rAki1 を発現させてもレスキューされなかった。このような結果から中村は、中心体のAki1 が二極性紡錘体形成に必須であることを明らかにした。

また、中村は、Aki1 をノックダウンすると分裂期に停滞する細胞の割合が増加していることを見出した。加えて、Aki1 ノックダウン細胞ではスピンドルチェックポイントタンパク質であるBubR1 やCENP-E が、スピンドル異常のため赤道面にうまく整列できずにいる染色体上に局在している様子を観察し、スピンドルチェックポイントの活性化を示唆した。また、Aki1 ノックダウンによりcaspase 依存的な切断により生じるPARP の切断断片の増加も認めた。

多極紡錘体の形成は様々な機構で起こりうることが知られているが、各紡錘体極に存在する中心小体の数を調べることでその原因が推察できる。そこで中村は、中心小体数をカウントし、Aki1ノックダウンにより1つの紡錘体極に1つの中心小体しか存在しない状態、つまりは中心小体の異常解離が生じていることを示した。こうした中心小体の早期異常解はseparase の早期活性化によって起こることが報告されている。興味深いことに、Aki1ノックダウンによる多極紡錘体形成は、separase を同時にノックダウンすることで顕著に抑制された一方で、Aki1 のみをノックダウンした際にseparase の活性化は認められなかった。従って、Aki1 ノックダウン細胞で生じた中心小体解離はseparase 依存的ではあるものの、separase の早期活性化が原因ではないことが明らかになった。

これまでの結果から、Aki1 はseparase ではなく、中心小体の結合を維持する因子に影響を及ぼすのではないかと考え次なる検討を行った。Cohesin は染色体上にあるタンパク質複合体であり、SMC1、SMC3、Scc1、SA1/2 から構成される。分裂前中期になるとそのほとんどは染色体腕部から離れるが、セントロメア領域のcohesin だけは分裂中期から後期への移行の際にseparase による切断を受け、それが姉妹染色分体分離の契機となる。一方で近年、cohesin は中心体にも存在するという報告が散見される。そこで中村は、中心体に存在するとされるcohesin もseparase による制御を受け、中心小体の結合・分離に寄与しているのではないかという仮説をたてた。まずcohesin の中心体局在を確認すべく、精製した中心体画分を用いてウエスタンブロットを行ったところ、全てのcohesin subunit について中心体画分での発現を認めた。次に中心体のScc1がseparase による切断を受けるかどうかについて検討した。ポジティブコントロールとして核画分を用いたところ、核画分だけでなく中心体画分においても分裂後期でScc1 の切断断片を検出した。さらに、Scc1 をノックダウンするとAki1 ノックダウン時よりも高頻度に中心小体の解離を伴う多極紡錘体が形成され、Scc1 の中心小体間の結合における必要性を示唆した。

次に中村は、Aki1 とcohesin が中心体で複合体を形成しているのではと考え、細胞周期を同調した細胞を用いて免疫沈降実験を試みた。すると分裂期における細胞では中心体画分でのScc1、SA2 の発現レベルが顕著に増大していた。そして、中心体画分を用いて抗Aki1抗体で免疫沈降すると、SMC1 やSMC3 が比較的細胞周期に関係なく共沈したのに対して、Scc1 やSA2 は分裂期で特に強く共沈し、分裂期特異的な複合体形成が示された。さらに、Aki1が中心体cohesin を制御しているという直接的な結果を得るために、Aki1 をノックダウンした細胞から中心体画分を精製した。すると、コントロールの細胞(分裂期)に比べAki1 ノックダウン細胞(分裂期)では中心体に存在するScc1 量が減少しており、Aki1 がScc1 の紡錘体極への局在に寄与していることを明らかにした。

中心小体分離の過程に欠陥があることは中心体異常を引き起こす原因となりうるため、中心小体分離は適切なタイミングで行われるよう厳密に制御されている必要がある。それを裏付けるものとしてseparase の酵素活性を制御する様々な分子メカニズムが明らかにされてきた。一方でその重要性にもかかわらず、これまで中心小体結合を維持するメカニズムやその介在因子は未解明であったが、本研究によって中村は、Aki1 は分裂期にScc1 を中心体へとリクルートすることで中心小体間の結合を維持し、異常な解離の発生を防いでいるという新たなモデルを示した意義は深く、博士(薬学)に充分値するものと判断した。

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