学位論文要旨



No 126086
著者(漢字) 梅田,剛
著者(英字)
著者(カナ) ウメダ,ツヨシ
標題(和) 浸透圧ストレスにおけるASK3の活性制御機構と新たな生理機能の解析
標題(洋)
報告番号 126086
報告番号 甲26086
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1351号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 准教授 紺谷,圏二
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

ASK3(Apoptosis signal-regulating kinase 3)はMAPKKKファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであり,ASK1やASK2と共にASKファミリーを形成する一員として,最も新しく同定された分子である.これまでのASK1に対する研究から,ASK3も酸化ストレス等の物理化学的ストレスに応答して下流のJNKおよびp38 MAPK経路を活性化し,細胞死をはじめとする様々な生理応答を担っていることが予想された.そこで様々なストレスに射するASK3の活性変化を調ベたところ,浸透圧ストレスに対してASK1とは異なる特徴的な挙動を示すことが明らかになった.ASK1は低浸透圧でも高浸透圧でも活性化するが。ASK3は低浸透圧で活性化して,高浸透圧では不活性化するという両方向性の活性変化を示すのである(Fig.1).

ASK3は腎臓や胃および腸といった組織に発現が多く,特に管腔側の細胞に高発現している,これらの組織は大きな浸透圧変化に晒されることが多く,細胞は適応するために特別な機構を備えていると考えられる.ASK3はその活性変化の特徴から,細胞外での浸透圧変化を細胞内シグナルに変換するシステムとして適していると考えられるが,その活性制御機構およびASK3上流の浸透圧受容因子の分子実体にっいては全く不明であった.そこで本研究では,ショウジョウバエ培養細胞を用いたRNAi screeningを行い,ASK3活性制御因子の探索を試みた.また,screeningから得られたPPM1AおよびPPM1Bというホスファターゼが,浸透圧ストレスにおけるASK3の活性をどのような局面で制御するかを解析した.さらに,より上流の因子を含めた,網羅的な探索を行うためにヒト培養細胞でのRNAiによるHigh content screeningの系を確立した.

また,最近のASK3ノックアウトマウス解析において,野生型マウスよりも高血圧症状を呈しやすいということが明らかになってきた.さらに,ASK3のインタラクトーム解析から,結合因子として,WNK1およびWNK4という遺伝性高血圧症の原因遺伝子であるキナーゼが同定された.WNK1はSPAK/OSR1というキナーゼをリン酸化することでイオントランスポーターの活性を制御していると考えられている.よって本研究では,WNK1-SPAK/OSR1経路のリン酸化レベルに対し,ASK3が及ぼす影響についての解析を行った.

【方法と結果】

1.ASK3の刺激依存的な活性制御にはホスファターゼによる脱リン酸化が関与する

これまでの研究から、ASK3の浸透圧による活性変化は非常に短い時間で起きることが分かっている。特に高浸透圧での活性化型ASK3(活性化に必須であるThr808がリン酸化されたフォーム)の減弱は刺激後2分でも観察される(Fig.2)。このようなASK3リン酸化レベルのダイナミックな変化を引き起こすには、プロテインホスファターゼの関与が必要であると考え、培養細胞に各種ホスファターゼ阻害剤を投与して実験を行った。するとPP1やPP2Aの阻害剤であるCalyculin AやOkadaic acid、PP2B阻害剤であるCyclosporin A、さらにチロシンポスファターゼ阻害剤であるNa3VO4ではASK3の高浸透圧刺激による不活性化は抑制されなかったが、より非特異的な阻害剤であるNaFを投与することでASK3の不活性化が完全に抑制された(Fig.2).この結果より何らかのホスファターゼがASK3の活性制御に関わっていることが示唆された。

2.ショウジョウバエ培養細胞でのRNAi screeningによるASK3-ホスファターゼの探索

浸透圧ストレスにおいてASK3の活性を制御するホスファターゼを同定するために、RNAi screeningの系を構築した。まず、dsRNAを用いた簡便で高効率なノックダウンが可能であり、ホスファターゼ遺伝子群が哺乳類とも高度に保存されているショウジョウバエの培養細胞である、S2細胞が利用できないか試みた。そのためにはASK3がS2細胞内においても脱リン酸化を受けることが必要であるが、ショウジョウバエには哺乳類のASK3と同じ挙動を示すオルソログが存在しない。そこで、ヒトASK3をS2細胞に発現させ、高浸透圧ストレスでヒトASK3が脱リン酸化されることを確かめた。この細胞を用い、ショウジョウバエのホスファターゼ遺伝子に対してRNAi screeningを行った。標的遺伝子のdsRNAはショウジョウバエのgenomic DNAから約500bpの領域をPCRでクローニングして、増幅断片を鋳型にin Vitrotranscriptionを行うことで合成した。ASK3のリン酸化レベルをウエスタンブロット法により評価した結果、PPMファミリーボスファターゼに属するCG12169,CG17746,CG6036の3遺伝子がASK3の脱リン酸化に関わっていることが示唆された(Fig.3).

3.PPM1AおよびPPM1BはASK3を脱リン酸化する

次に、ヒトとショウジョウバエの間での相同性から、screeningで得られた3遺伝子のオルソログと考えられるPPMファミリーのヒト遺伝子を4種類選び、ヒト培養細胞内でASK3を脱リン酸化することができるか検討した。その結果、PPM1AおよびPPM1BがASK3をホスファターゼ活性依存的に脱リン酸化することを見出した。この時、同じPPMファミリーに属するPPMIGや、既にASK1を脱リン酸化する事が知られているPP5ではASK3は脱リン酸化されなかった.また,in vitroの脱リン酸化実験により,ASK3のキナーゼ活性化に必須なThr残基が直接脱リン酸化されることが明らかになった.

4.PPM1AおよびPPM1Bは低浸透圧ストレス依存的なASK3-p38 MAPK経路を負に制御する

実際の浸透圧ストレス応答において、PPM1AやPPM1BがASK3の活性を制御するのか検討するために、RNN実験を行った。HEK293細胞およびHeLa細胞でPPM1A又はPPM1Bをノックダウウンしたところ、低浸透圧ストレスによるASK3および下流のp38 MAPKの早い時間での活性化が顕著に増強することが明らかになった。また、これらホスファターゼとASK3を同時にノックダウンすると、p38活性化の増強がキャンセルされた(Fig.4).これは、PPM1AおよびPPM1Bが低浸透圧ストレス状況下で、ASK3を脱リン酸化することによりASK3-p38経路を負に制御していることを示唆する結果である。

これとは対照的に、高浸透圧ストレス時におけるASK3の脱リン酸化に関してはPPM1AとPPM1Bの両方を同時にノックダウンしてもほとんど抑制されなかったことから、高浸透圧ストレスに特異的な別のホスファターゼの存在が示唆された。

5.ヒト培養細胞を用いたゲノムワイドHigh content screening系の確立

高浸透圧ストレス特異的なASK3-ボスファターゼ、およびさらに上流で浸透圧変化を感知していると考えられるセンサー分子を同定するために、ヒト培養細胞を用いたゲノムワイドRNAi screeningの系の確立を試みた。このscreeningでは、約18,000のヒト遺伝子に対して設計されたsiRNAを用いるため、より多検体を同時に評価する実験系が必要である。私は、HEK293細胞からASK3の安定発現細胞株を樹立し、96 well plate上で蛍光免疫染色を行うことで、個々の細胞におけるASK3のリン酸化レベルを多数・同時に検出するHigh content imagingの系の構築に成功した(Fig.5)。現在、全ゲノムに先駆けてホスファターゼ約300遺伝子に対してscreeningを行っている。

6.ASK3はWNK1-SPAK/OSR1経路を負に制御する

ASK3の結合分子として,当研究室において同定されたWNK1/4という分子は,PHAIIという遺伝性高血圧症の原因遺伝子であり,ASK3ノックアウトマウスの表現型との関係が予想された.WNK1-SPAK/OSR1経路は浸透圧ストレスで活性化することから,ASK3がこの経路の活性に影響するか,ノツクダウン実験によって検討した.考え,ノックダウン実験を行った.すると,HeLa細胞において低浸透圧ストレス依存的なWNK1およびOSR1の活性化を示すリン酸化が観察されたが,ASK3をsiRNAでノックダウンすることによって,両者のリン酸化が亢進することが明らかになった.ここでさらに,WNK1のノックダウンを組み合わせるとOSR1の活性化亢進が打ち消されたことから,ASK3はWNK1の上流で働いていることが示唆された(Fig.6).

また,ASK3のWNK1-SPAK/OSR1経路に対する抑制作用が,ASK3のキナーゼ活性によるものかを検討するために,過剰発現系でi廻験を行った.HeLa細胞に,組換えアデノウイルスを用いてASK3の野生型およびキナーゼ活性欠失変異体を発現させたところ,キナーゼ活性依存的にWNK1およびOSR1のリン酸化を抑制した.以上より,WNK1-OSR1経路がASK3によるリン酸化で制御されていることが示唆された.

【まとめと考察】

本研究において私は、ショウジョウバエの系を用いたRNAi screeningからASK3の活性制御因子としてPPM1AおよびPPM1Bを見出し、低浸透圧ストレス時に活性化するASK3を脱リン酸化することでp38経路を負に制御していることを明らかにした。近年、PPMファミリーはMAPキナーゼ経路の各分子を制御するという報告がなされている。今回の知見は、低浸透圧ストレス応答におけるMAPキナーゼ経路のホスファターゼによる制御として新しいものである。今後はこれらのホスファターゼがASK3を脱リン酸化する詳細な分子機構を解析していきたい。また、今回確立したゲノムワイドscreeningを進めていき、高浸透圧ストレス特異的なASK3のホスファターゼやさらに上流の因子を同定することで、未だに不明な点が多く残されている哺乳類細胞の浸透圧感知メカニズムを解明していきたい.さらに,ASK3が既存のMAPキナーゼ経路以外に関与する経路として,WNK-SPAK/OSR1経路を見出し,ASK3ノックアウトマウスの表現型を支持する結果を得た.今後は培養細胞だけでなく,組織や個体でのASK3活性とWNK-SPAK/OSR1シグナルの関係を検討していきたい.

《Figure 1》ASK3は浸透圧ストレスに対して両方向にその活性を変化させる

《Figure 2》ASK3の不活性化はNaFの前処置で抑制される

《Figure 3》 S2細胞を用いたRNAi screeningで得られた3遺伝子をノックダウンするとASK3の脱リン酸化が抑制される

《Figure 4》HEK293細胞でPPM1Aをノックダウンすると低浸透圧ストレス依存的なASK3およびp38経路の活性化が増強した

《Figure 5》ASK3のリン酸化レベルを指標としたHigh content screeningA.実験系の概要 B.浸透圧刺激下での、各細胞におけるASK3リン酸化レベル

《Figure 6》ASK3の発現抑制によって,WNK1およびOSR1のリン酸化促進が観察された

審査要旨 要旨を表示する

ASK3(Apoptosis signal-regulating kinase 3)はMAPKKKファミリーに属するセリン/スレオニンキナーゼであり,ASK1やASK2と共にASKファミリーを形成する一員として,最も新しく同定された分子である.これまでのASK1に対する研究から,ASK3も酸化ストレス等の物理化学的ストレスに応答して下流のJNKおよびp38 MAPK経路を活性化し,細胞死をはじめとする様々な生理応答を担っていることが予想された.様々なストレスに対するASK3の活性変化を調べたところ,浸透圧ストレスに対して特徴的な挙動を示すことが明らかになった.ASK1は低浸透圧でも高浸透圧でも活性化するが,ASK3は低浸透圧で活性化して,高浸透圧では不活性化するという両方向性の活性変化した.ASK3は腎臓や胃および腸といった組織に発現が多く,これらの組織は大きな浸透圧変化に晒されることが多い.ASK3はその活性変化の特徴から,細胞外での浸透圧変化を細胞内シグナルに変換するシステムとして適していると考えられるが,その活性制御機構およびASK3上流の浸透圧受容因子の分子実体については全く不明であった.

また,最近のASK3ノックアウトマウス解析において,野生型マウスよりも高血圧症状を呈しやすいことが明らかになってきた.さらに,ASK3のインタラクトーム解析から,結合因子として,WNK1およびWNK4という遺伝性高血圧症の原因遺伝子が同定された.WNK1はSPAK/OSR1というキナーゼをリン酸化することでイオントランスポーターの活性を制御していると考えられている.

本研究では,ショウジョウバエ培養細胞を用いたRNAi screeningで,ASK3活性制御因子の探索を行い,screeningから得られたPPM1AおよびPPM1Bというホスファターゼが,浸透圧ストレスにおけるASK3の活性をどのような局面で制御するかを解析した.さらに,より上流の因子を含めた網羅的な探索を行うために,ヒト培養細胞でのRNAiによるHigh content screening系を確立した.また, WNK1-SPAK/OSR1経路のリン酸化レベルに対し,ASK3が及ぼす影響についての解析を行った.以下に本研究から得られた主な知見をまとめた.

1. ASK3の刺激依存的な活性制御にはホスファターゼによる脱リン酸化が関与する

これまでの研究から,ASK3の浸透圧による活性変化は非常に短い時間で起きることが分かっている.特に高浸透圧での活性化型ASK3(活性化に必須であるThr808がリン酸化されたフォーム)の減弱は刺激後2分でも観察される.このようなASK3リン酸化レベルのダイナミックな変化を引き起こすには,プロテインホスファターゼの関与が必要であると考え,培養細胞に各種ホスファターゼ阻害剤を投与して実験を行った.するとPP1やPP2Aの阻害剤であるCalyculin AやOkadaic acid,PP2B阻害剤であるCyclosporin A,さらにチロシンホスファターゼ阻害剤であるNa3VO4ではASK3の高浸透圧刺激による不活性化は抑制されなかったが,より非特異的な阻害剤であるNaFを投与することでASK3の不活性化が完全に抑制された.この結果より何らかのホスファターゼがASK3の活性制御に関わっていることが示唆された.

2. ショウジョウバエ培養細胞でのRNAi screeningによるASK3-ホスファターゼの探索

浸透圧ストレスにおいてASK3の活性を制御するホスファターゼを同定するために,RNAi screeningの系を構築した.まず,dsRNAを用いた簡便で高効率なノックダウンが可能であり,ホスファターゼ遺伝子群が哺乳類とも高度に保存されているショウジョウバエの培養細胞である,S2細胞が利用できないか試みた.そのためにはASK3がS2細胞内においても脱リン酸化を受けることが必要であるが,ショウジョウバエには哺乳類のASK3と同じ挙動を示すオルソログが存在しない.そこで,ヒトASK3をS2細胞に発現させ,高浸透圧ストレスでヒトASK3が脱リン酸化されることを確かめた.この細胞を用い,ショウジョウバエのホスファターゼ遺伝子に対してRNAi screeningを行った.標的遺伝子のdsRNAはショウジョウバエのgenomic DNAから約500 bpの領域をPCRでクローニングして,増幅断片を鋳型にin vitro transcriptionを行うことで合成した.ASK3のリン酸化レベルをウエスタンブロット法により評価した結果,PPMファミリーホスファターゼに属するCG12169, CG17746, CG6036の3遺伝子がASK3の脱リン酸化に関わっていることが示唆された.

3. PPM1AおよびPPM1BはASK3を脱リン酸化する

次に,ヒトとショウジョウバエの間での相同性から,screeningで得られた3遺伝子のオルソログと考えられるPPMファミリーのヒト遺伝子を4種類選び,ヒト培養細胞内でASK3を脱リン酸化することができるか検討した.その結果,PPM1AおよびPPM1BがASK3をホスファターゼ活性依存的に脱リン酸化することを見出した.この時,同じPPMファミリーに属するPPM1Gや,既にASK1を脱リン酸化する事が知られているPP5ではASK3は脱リン酸化されなかった.また,in vitroの脱リン酸化実験により,ASK3のキナーゼ活性化に必須なThr残基が直接脱リン酸化されることが明らかになった.

4. PPM1AおよびPPM1Bは低浸透圧ストレス依存的なASK3-p38 MAPK経路を負に制御する

実際の浸透圧ストレス応答において,PPM1AやPPM1BがASK3の活性を制御するのか検討するために,RNAi実験を行った.HEK293細胞およびHeLa細胞でPPM1A又はPPM1Bをノックダウウンしたところ,低浸透圧ストレスによるASK3および下流のp38 MAPKの早い時間での活性化が顕著に増強することが明らかになった.また,これらホスファターゼとASK3を同時にノックダウンすると,p38活性化の増強がキャンセルされた.これは,PPM1AおよびPPM1Bが低浸透圧ストレス状況下で,ASK3を脱リン酸化することによりASK3-p38経路を負に制御していることを示唆する結果である.

これとは対照的に,高浸透圧ストレス時におけるASK3の脱リン酸化に関してはPPM1AとPPM1Bの両方を同時にノックダウンしてもほとんど抑制されなかったことから,高浸透圧ストレスに特異的な別のホスファターゼの存在が示唆された.

5. ヒト培養細胞を用いたゲノムワイドHigh content screening系の確立

高浸透圧ストレス特異的なASK3-ホスファターゼ,およびさらに上流で浸透圧変化を感知していると考えられるセンサー分子を同定するために,ヒト培養細胞を用いたゲノムワイドRNAi screeningの系の確立を試みた.このscreeningでは,約18,000のヒト遺伝子に対して設計されたsiRNAを用いるため,より多検体を同時に評価する実験系が必要である.そこで,HEK293細胞からASK3の安定発現細胞株を樹立し,96 well plate上で蛍光免疫染色を行うことで,個々の細胞におけるASK3のリン酸化レベルを多数・同時に検出するHigh content imagingの系の構築に成功した.

6. ASK3はWNK1-SPAK/OSR1経路を負に制御する

ASK3の結合分子として,当研究室において同定されたWNK1/4という分子は,PHAIIという遺伝性高血圧症の原因遺伝子であり, ASK3ノックアウトマウスの表現型との関係が予想された.WNK1-SPAK/OSR1経路は浸透圧ストレスで活性化することから,ASK3がこの経路の活性に影響するか,ノックダウン実験によって検討した.考え,ノックダウン実験を行った.すると,HeLa細胞において低浸透圧ストレス依存的なWNK1およびOSR1の活性化を示すリン酸化が観察されたが,ASK3をsiRNAでノックダウンすることによって,両者のリン酸化が亢進することが明らかになった.ここでさらに,WNK1のノックダウンを組み合わせるとOSR1の活性化亢進が打ち消されたことから,ASK3はWNK1の上流で働いていることが示唆された.

また,ASK3のWNK1-SPAK/OSR1経路に対する抑制作用が,ASK3のキナーゼ活性によるものかを検討するために,過剰発現系で実験を行った.HeLa細胞に,組換えアデノウイルスを用いてASK3の野生型およびキナーゼ活性欠失変異体を発現させたところ,キナーゼ活性依存的にWNK1およびOSR1のリン酸化を抑制した.以上より,WNK1-OSR1経路がASK3によるリン酸化で制御されていることが示唆された.

本研究において,ショウジョウバエの系を用いたRNAi screeningからASK3の活性制御因子としてPPM1AおよびPPM1Bが見出され,低浸透圧ストレス時に活性化するASK3を脱リン酸化することでp38経路を負に制御していることが明らかになった.近年,PPMファミリーはMAPキナーゼ経路の各分子を制御するという報告がなされている.今回の知見は,低浸透圧ストレス応答におけるMAPキナーゼ経路のホスファターゼによる制御として新しい.また,本研究で確立したゲノムワイドscreening系により,網羅的なASK3の活性制御因子の探索が可能になり,哺乳類細胞の浸透圧感知機構に迫ることができると考えられる.さらに,ASK3が既存のMAPキナーゼ経路以外に関与する経路として,WNK-SPAK/OSR1経路を見出し,高血圧というASK3ノックアウトマウスの表現型を支持する結果を得た.以上より,本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した.

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