学位論文要旨



No 126089
著者(漢字) 関根,悠介
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,ユウスケ
標題(和) ASK1活性化因子としてのKelchリピートタンパク質KLHDC10の機能解析
標題(洋)
報告番号 126089
報告番号 甲26089
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1354号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 教授 村田,茂穂
 東京大学 講師 倉永,英里奈
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

ストレス応答性MAP キナーゼ経路は酵母からヒトに至るまで種を超えて高度に保存された細胞内シグナル伝達経路であり、細胞内外の環境変化に応じて活性化し、適切な細胞応答を誘導することで生体の恒常性を維持している。ASK1はMAP3Kファミリーに属し、酸化ストレスや小胞体ストレス等によって活性化され、JNKおよびp38 MAPキナーゼ経路を活性化して、アポトーシスをはじめとする多様なストレス応答を引き起こす。これまで、生体における生理的・病理的ストレス応答におけるASK1シグナルの重要性が明らかとなってきた一方で、ストレス刺激によるASK1活性化の分子レベルでのメカニズムについては未解明の部分が残されている。そこで私は、このメカニズムの解明を目的として、修士課程においてショウジョウバエを用いた遺伝学的アプローチからASK1の上流で機能する新たな活性制御因子の探索を行った。ショウジョウバエASK1(DASK1)のN末端を欠損させた変異体(DASK1_N)をハエの背側中央領域に異所性に発現させると、ショウジョウバエp38(Dp38)経路依存的なメラニンの蓄積が観察される(Fig.1)。この表現型をASK1-p38経路活性化の指標としてとらえ、内在性遺伝子の強制発現が可能なショウジョウバエ変異体ライブラリーを用いて、メラニン蓄積を誘導できる遺伝子のスクリーニングを行った。その結果、機能未知分子SlimおよびそのヒトオルソログKLHDC10をASK1の新規活性化因子として同定した。さらに博士課程において、Slim/KLHDC10の分子機能ならびにストレス刺激依存的なASK1活性化におけるSlim/KLHDC10の役割について解析を行い、Slim/KLHDC10がCul2を中心としたユビキチンリガーゼ複合体における基質認識タンパク質でありながら、ASK1の活性化に対してはリガーゼ複合体非依存的に機能していることを明らかにした。

【方法と結果】

SlimとdTraf2-DASK1-Dp38経路の遺伝学的相互作用解析

ショウジョウバエ背側中央領域におけるSlimの異所性発現によるメラニン蓄積の表現型を指標に、SlimとASK1-MAPキナーゼ経路のシグナルコンポーネントとの遺伝学的相互作用解析を行った。Slim発現によるメラニン蓄積は、DASK1およびDp38経路のMAP2KであるdMKK3やdMKK4のノックダウン、Dp38aドミナントネガティブ体(Dp38aDN)の共発現によって抑制された。一方、DASK1 N発現によるメラニン蓄積に対してSlimのノックダウンは影響を与えなかったことから、Slimは遺伝学的にDASK1の上流に位置することが示された。また、ASK1の活性化因子であるTRAF6のショウジョウバエオルソログdTraf2のノックダウンによっても、Slim発現によるメラニン蓄積が顕著に抑制されたことから、この表現型はdTraf2-DASK1-Dp38経路依存的であることが示唆された(Fig. 2)。

Slim/KLHDC10はCul2-RING E3リガーゼ複合体の基質認識タンパク質である

SlimおよびKLHDC10はどちらも全く機能未知の分子であったが、一次構造上大部分がタンパク質間相互作用に重要なKelch リピートドメインからなるという特徴をもっている。そこで、HEK293細胞にFlag-KLHDC10を発現させ、プルダウン法により結合分子の同定を試みた。その結果、KLHDC10の結合分子として、巨大複合体型ユビキチンE3リガーゼであるCul2-RING E3 Ligase複合体(CRL2複合体)の構成因子群が得られた。CRL2複合体は足場タンパク質Cul-2を中心とした複合体として、基質をユビキチン化することで分解に導く(Fig. 3A)。近年、Kelchリピートドメインを持つ複数の分子が、CRL複合体の基質特異性を決定する基質認識タンパク質であることが報告された。これら分子とのアミノ酸配列比較から、KLHDC10のC末端領域に基質認識タンパク質とCul2やアダプター分子Elongin Cとの結合に重要なコンセンサス配列が存在することがわかった。そこで、この配列を欠損させた変異体(KLHDC10 BC)や配列内に点変異を導入した変異体(KLHDC10A409P)を作製し、野生型KLHDC10とともに、Cul2との結合を共免疫沈降法によって検討した。その結果、野生型KLHDC10とCul2との結合は検出されたが、変異体では検出されなかった (Fig. 3B)。よって、KLHDC10がCul2複合体の基質認識タンパク質であることが明らかとなった。また、Slimも共発現したショウジョウバエCul2(dCul2)と結合すること、さらにC末端領域のコンセンサス配列を欠損させた変異体(Slim△BC)では、共発現させたショウジョウバエElongin C(dElongin C)との結合が検出されなくなることを確認した (Fig. 4A)。よってSlim/KLHDC10は種を超えて保存されたCRL2複合体の基質認識タンパク質であることが示唆された。

Slim/KLHDC10はCRL2複合体非依存的にASK1を活性化する

Slim/KLHDC10がASK1を活性化するメカニズムとして、CRL2-KLHDC10複合体として何らかの基質のユビキチン化・分解を介したメカニズムを想定し、CRL2複合体としてのASK1活性化に対する影響を検討した。野生型SlimとdElongin Cと結合出来ない変異体Slim BCをそれぞれDASK1と共発現させ、ウェスタンブロット解析によりDASK1に対する活性化能を検討したところ、予想に反してどちらもDASK1を活性化した (Fig. 4B)。よって、Slim/KLHDC10がCRL2複合体としての機能とは非依存的にASK1を活性化していることが示唆された。また、ハエ背側中央領域でのメラニン蓄積を指標に検討を行ったところ、dCul2のノックダウンによってメラニン蓄積が誘導された(Fig. 5A)。また、S2細胞でdCul2をノックダウンすると、Slimのタンパク質量の増加が検出された(Fig. 5B)。これらの結果は、CRL2複合体自身が基質認識タンパク質であるSlim/KLHDC10を分解し、ASK1シグナルに対してはむしろ抑制的に働くことを示唆している。

KLHDC10は酸化ストレス依存的なASK1の活性化に必要である

ストレス刺激依存的なASK1の活性化に対するKLHDC10の必要性の検討を行った。過酸化水素刺激はTRAF6依存的なASK1の活性化を誘導する。そこで、Neuro2A細胞においてKLHDC10をノックダウンし、過酸化水素刺激を行ったところ、ASK1およびp38の活性化の減弱が認められた (Fig. 6)。よって、KLHDC10は酸化ストレス依存的なASK1-p38経路の活性化に必要であることが示唆された。

【まとめと考察】

本研究において私は、機能未知分子Slim/KLHDC10がCRL2複合体の基質認識タンパク質であること、しかしながらASK1活性化因子として機能する場合はCRL2複合体非依存的であることを明らかにした。CRL複合体においては基質だけでなく、基質認識タンパク質もCRL複合体自身によって分解されることが知られており、KLHDC10もCRL2複合体依存的に分解されていると考えられる。一方、KLHDC10は過酸化水素刺激依存的なASK1-p38経路の活性化に必要であった。これらの結果は、本来E3リガーゼ複合体の構成因子としてタンパク質分解に働くSlim/KLHDC10が、酸化ストレス状況下などにおいてはシグナルメディエーターとして機能する可能性を提示している。今後は、ストレス刺激依存的にSlim/KLHDC10がASK1シグナルの活性制御因子にスイッチする分子機構ならびにその生理的意義についてさらに検討を進めて行きたいと考えている。

Fig.1ショウジョウバエ1背側中央領域においてDASK1△Nを異所性発現することで誘導されるメラニン蓄積の表現型

Fig.2SlimとdTraf2-DASK1-Dp38経路の遺伝学的相互作用解析

Fig.3KLHDCIOはCRL2複合体の基質認識タンパク質である

Fig.4siimはCRL2複合体との結合非依存的にDASK1を活性化する

Fig.5CRL2複含体のメラニン蓄積に対する影響

Fig.6KLiHDc10は過酸化水素刺激依存的なAsK1-p38経路の活性化に必要である

審査要旨 要旨を表示する

ASK1はMAP3Kファミリーに属し、酸化ストレスや小胞体ストレス等によって活性化され、JNKおよびp38 MAPキナーゼ経路を活性化して、アポトーシスをはじめとする多様なストレス応答を引き起こす。これまで、生体における生理的・病理的ストレス応答におけるASK1シグナルの重要性が明らかとなってきた一方で、ストレス刺激によるASK1活性化の分子レベルでのメカニズムについては未解明の部分が残されている。本研究では、このメカニズムの解明を目的として、ショウジョウバエを用いた遺伝学的アプローチからASK1の上流で機能する新たな活性制御因子の探索を行った。ショウジョウバエASK1(DASK1)のN末端を欠損させた変異体(DASK1DN)をハエの背側中央領域に異所性に発現させると、ショウジョウバエp38(Dp38)経路依存的なメラニンの蓄積が観察される。この表現型をASK1-p38経路活性化の指標としてとらえ、内在性遺伝子の強制発現が可能なショウジョウバエ変異体ライブラリーを用いて、メラニン蓄積を誘導できる遺伝子のスクリーニングを行った。その結果、機能未知分子SlimおよびそのヒトオルソログKLHDC10をASK1の新規活性化因子として同定した。さらにSlim/KLHDC10の分子機能ならびにストレス刺激依存的なASK1活性化におけるSlim/KLHDC10の役割について解析を行った。以下に本研究により得られた主要な知見をまとめた。

1. SlimとdTraf2-DASK1-Dp38経路の遺伝学的相互作用解析

ショウジョウバエ背側中央領域におけるSlimの異所性発現によるメラニン蓄積の表現型を指標に、SlimとASK1-MAPキナーゼ経路のシグナルコンポーネントとの遺伝学的相互作用解析を行った。Slim発現によるメラニン蓄積は、DASK1およびDp38経路のMAP2KであるdMKK3やdMKK4のノックダウン、Dp38aドミナントネガティブ体(Dp38aDN)の共発現によって抑制された。一方、DASK1DN発現によるメラニン蓄積に対してSlimのノックダウンは影響を与えなかったことから、Slimは遺伝学的にDASK1の上流に位置することが示された。また、ASK1の活性化因子であるTRAF6のショウジョウバエオルソログdTraf2のノックダウンによっても、Slim発現によるメラニン蓄積が顕著に抑制されたことから、この表現型はdTraf2-DASK1-Dp38経路依存的であることが示唆された。

2. Slim/KLHDC10はCul2-RING E3リガーゼ複合体の基質認識タンパク質である

SlimおよびKLHDC10はどちらも全く機能未知の分子であったが、一次構造上大部分がタンパク質間相互作用に重要なKelch リピートドメインからなるという特徴をもっている。そこで、HEK293細胞にFlag-KLHDC10を発現させ、プルダウン法により結合分子の同定を試みた。その結果、KLHDC10の結合分子として、巨大複合体型ユビキチンE3リガーゼであるCul2-RING E3 Ligase複合体(CRL2複合体)の構成因子群が得られた。CRL2複合体は足場タンパク質Cul-2を中心とした複合体として、基質をユビキチン化することで分解に導く。近年、Kelchリピートドメインを持つ複数の分子が、CRL複合体の基質特異性を決定する基質認識タンパク質であることが報告された。これら分子とのアミノ酸配列比較から、KLHDC10のC末端領域に基質認識タンパク質とCul2やアダプター分子Elongin Cとの結合に重要なコンセンサス配列が存在することがわかった。そこで、この配列を欠損させた変異体(KLHDC10DBC)や配列内に点変異を導入した変異体(KLHDC10A409P)を作製し、野生型KLHDC10とともに、Cul2との結合を共免疫沈降法によって検討した。その結果、野生型KLHDC10とCul2との結合は検出されたが、変異体では検出されなかった。よって、KLHDC10がCul2複合体の基質認識タンパク質であることが明らかとなった。また、Slimも共発現したショウジョウバエCul2(dCul2)と結合すること、さらにC末端領域のコンセンサス配列を欠損させた変異体(SlimDBC)では、共発現させたショウジョウバエElongin C(dElongin C)との結合が検出されなくなることを確認した。よってSlim/KLHDC10は種を超えて保存されたCRL2複合体の基質認識タンパク質であることが示唆された。

3. Slim/KLHDC10はCRL2複合体非依存的にASK1を活性化する

Slim/KLHDC10がASK1を活性化するメカニズムとして、CRL2-KLHDC10複合体として何らかの基質のユビキチン化・分解を介したメカニズムを想定し、CRL2複合体としてのASK1活性化に対する影響を検討した。野生型SlimとdElongin Cと結合出来ない変異体SlimDBCをそれぞれDASK1と共発現させ、ウェスタンブロット解析によりDASK1に対する活性化能を検討したところ、予想に反してどちらもDASK1を活性化した。よって、Slim/KLHDC10がCRL2複合体としての機能とは非依存的にASK1を活性化していることが示唆された。また、ハエ背側中央領域でのメラニン蓄積を指標に検討を行ったところ、dCul2のノックダウンによってメラニン蓄積が誘導された。また、S2細胞でdCul2をノックダウンすると、Slimのタンパク質量の増加が検出された。これらの結果は、CRL2複合体自身が基質認識タンパク質であるSlim/KLHDC10を分解し、ASK1シグナルに対してはむしろ抑制的に働くことを示唆している。

4. KLHDC10は酸化ストレス依存的なASK1の活性化に必要である

ストレス刺激依存的なASK1の活性化に対するKLHDC10の必要性の検討を行った。過酸化水素刺激はTRAF6依存的なASK1の活性化を誘導する。そこで、Neuro2A細胞においてKLHDC10をノックダウンし、過酸化水素刺激を行ったところ、ASK1およびp38の活性化の減弱が認められた。よって、KLHDC10は酸化ストレス依存的なASK1-p38経路の活性化に必要であることが示唆された。

本研究は、機能未知分子Slim/KLHDC10がCRL2複合体の基質認識タンパク質であること、しかしながらASK1活性化因子として機能する場合はCRL2複合体非依存的であることを明らかにした。CRL複合体においては基質だけでなく、基質認識タンパク質もCRL複合体自身によって分解されることが知られており、KLHDC10もCRL2複合体依存的に分解されていると考えられる。一方、KLHDC10は過酸化水素刺激依存的なASK1-p38経路の活性化に必要であった。これらの結果は、本来E3リガーゼ複合体の構成因子としてタンパク質分解に働くSlim/KLHDC10が、酸化ストレス状況下などにおいてはシグナルメディエーターとして機能する可能性を提示した点において意義深いと考えられる。以上より、本研究は博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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