学位論文要旨



No 126094
著者(漢字) 宮下,紘幸
著者(英字)
著者(カナ) ミヤシタ,ヒロユキ
標題(和) Signal peptide peptidaseの機能構造解析
標題(洋)
報告番号 126094
報告番号 甲26094
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1359号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 准教授 東,伸昭
 東京大学 講師 垣内,力
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

プロテアーゼはペプチド結合を加水分解により切断する酵素である。しかし近年、疎水的環境と考えられる脂質二重膜において、膜タンパク質の膜貫通領域を基質として切断する「膜内配列切断プロテアーゼ」(Intramembrane cleaving proteases;I-CLiPs)の存在が明らかとなっている。1-CLiPsは細菌から哺乳類に至るまで存在し、その切断産物は転写調節・代謝調節など、生理的に重要な役割を担うことが知られている。I-CLiPsのうち、アスパラギン酸プロテアーゼであるγ-secretaseとsignal peptide peptidase(SPP)は、共通の活性中心モチーフを有し、同一の遷移状態模倣型阻害剤によって阻害されることから、基本的な切断機構には共通性が想定されている。また、前者はアルツハイマー病、後者はC型肝炎の発症鍵分子の切断を担うことが知られており、これらの疾患に対する創薬標的分子としても注目されている。これらの酵素活性を標的とした合理的な創薬戦略の立案にあたり、y-secretaseとSPPの機能構造解析は重要である。本研究において、私は、彫9細胞一組み換えbaculovirus発現系によりSPPを発現し、その酵素活性を指標として精製を行い、透過型電子顕微鏡を用いた単粒子解析により、全体構造の解明と、構造に基づいた活性との関連領域の同定を試みた。

[方法・結果]

1.SPPの4量体化状態の同定と活性を保持した精製

組み換えbaculovirusを用いて、3xFLAGタグをN末端に付加したヒトSPP(3xFLAG-SPp)をSf9細胞に強制発現させ、その膜画分を2% n-dodecy1 β-D-maltoside(DDM)で可溶化後、anti-Flag M2抗体カラムにて精製・濃縮を行い、サイズ排除ゲル濾過クロマトグラフィーによる分画を行った(図1)。同時に、合成ペプチド基質を用いたin vitro SPPアッセイ系を用いて各画分の酵素活性を測定したところ、232-300kDa相当の画分に3xFLAG-SPPが主に検出され、最も高い比活性が得られた。SDS.PAGE上でSPP単量体は50kDaの位置に、またSDS耐性の2量体が100kDaの位置に電気泳動されること、銀染色では3xFLAG-SPP以外の他のタンパク質が検出されないことから、3xFLAG-SPPがホモ多量体を形成している可能性が示唆された。そこで精製3xFLAG.SPPをBlue Native-PAGEを用いて非変性条件下で分画したところ、4量体に相当する分子種が主に検出された。ヒト、ショウジョウバエ由来の培養細胞が内因性に発現するSPPについても同様の検討を行ったところ、いずれも4量体相当の分子量に対応する画分のみに検出された(図2)。同様の4量体化は、SPPファミリー分子であるSPPL2bにおいても観察された。さらにこれらの培養細胞に過剰発現させた外因性SPPは、内因性SPPと免疫共沈降された。以上のことから、SPPは4量体として存在し、これはSPP型1-CLiPsに共通する性質であることが示唆された。

2.単粒子解析によるSPPの立体構造解析

精製3xFIAG-SPP中、最も比活性の高い232-300 kDaの画分に酢酸ウラニルによる陰性染色を施し、透過型電子顕微鏡により観察したところ、径85-130Aで顆粒状の、形状の均一な構造物が観察された。周辺画分の陰性染色像と比較したところ、この粒子は比活性の高い画分を中心に観察され、抗FLA lgG抗体(M2)、金粒子標識M2Fab抗体とも結合することが確かめられた。これらの結果から、本粒子はSPPそのものであると考えられた。視野内に観察される構造物は本粒子のみであり、濃縮により2個の粒子の結合像が観察されたが、希釈により粒子がより小さい単位に離散することはなかった。これらの結果は、4量体がSPPの基本的状態であることを裏付けるものと考えた。そこで、約5,000個の粒子像を抽出し、情報処理技術を用いて3次元構造の再構成を行った(図3)。最終的に得られた像は、23Aの解像度で、85x85x130 A3の容積を持ち、内部には、仮定においたC4回転対称軸と平行に中空なチャンバー構造のように見える低密度領域と、その中央にプラグ様構造、及び、側面にはチャンバー構造へとつながるクレフト様構造を有する、弾丸型の構造物と解釈された(図4)。

3.SPPのN末端領域を介した4量体化の意義

ヒトSPPは最N末端側で糖鎖修飾を受けることから、N末端側を細胞外・内腔側に露出していることが知られている。3xFLAGタグを最N末端に付加したことを利用し、M2抗体IgGを用いたラベリング実験の結果を粒子構造と比較検討したところ、再構成立体構造中のプラグ様構造は細胞質側に面していることが示唆された。さらに、SPPのN末端タグに結合する金粒子標識M2Fab抗体とSPP粒子の問には1対1の結合像が主に見られたことから、SPPのN末端領域が中央軸へ向いて4量体化しているために、金標識抗体の結合に立体障害が生じている可能性が考えられた。そこでSPPの活性中心を含む第6膜貫通領域よりN末端側のみに対応するN末端フラグメント(NTF)を発現、精製し、BlueNative-PAGEにより解析したところ、NTFのみで4量体形成が生じることがわかった。次にSPP活性の発現における4量体化の意義を調べるため、ショウジョウバエ細胞にSPPのNTFを発現させたところ、内因性SPP活性の減少が観察され、dominantnegative効果を持つことが明らかとなった。すなわち、SPPが活性を発揮するに当たり、N末端領域を介した適切な4量体形成が活性に重要である可能性が示唆された。

[まとめ]

本研究において、私はsp細胞発現系を用い、アスパラギン酸1-CLiPsの一つであるSPPを発現、精製し、活性を持つ4量体としての全体構造を初めて明らかにした。そしてSPPがそのN末端領域を介した結合により、4量体として存在することを示唆した。活性中心を含むSPPのC末端領域をリコンビナント蛋白として発現精製すると、単量体としてinvitroにおいてプロテアーゼ活性を発揮するとの報告がある。本研究の結果と考え合わせると、SPPは活性中心を含まないN末端領域をスキャフォールドドメインとして中心に持つ4量体として存在し、プロテアーゼドメインであるC末端領域を外側へ配向させた構造を持つことが推定される。

1-CLiPsのなかで、Rhomboid、Site-2 proteaseについてはx線結晶構造解析の結果が報告されており、ともに活性中心が脂質二重膜内に存在する親水性チャンバー構造に面していること、ループ領域がそのクレフトをふさぐように存在していると報告されている。本研究において明らかにされたSPPの単粒子構造においても、親水性チャンバーを形成するのに十分なクレフト構造と、それをふさぐように存在するプラグ様構造が見られ、構造上興味深い共通性が見られた。さらに親水性チャンバーへとつながるように存在するクレフトが側方の各平面領域に存在していた。この平面領域は30A以上の高さを持ち、脂質二重膜に面していると考えられる。したがって今回見出されたクレフト構造は、基質である膜貫通領域が、活性中心部位へ脂質二重膜上の側方移動により侵入する機構に用いられている可能性が考えられた。

また本研究から、SPPのN末端領域を介した4量体化がプロテアーゼ活性に必要である可能性が示された。四量体化の分子機構は、活性中心の阻害と異なる、SPP活性抑制の新たな創薬標的となる可能性があり、多量体化阻害剤は高い選択性を持つSPP活性制御に有用であることが期待される。しかし、現在得られている構造の解像度は未だ十分ではない。最近になりCell free発現系を用いて、活性を持った状態での3xFLAG-SPPを大量精製することに成功した。今後は結晶構造解析による相互作用界面の決定と、多量体化が活性発現に果たす分子機構を解明したい。

図1:3xFLAG-SPPの段階的精製過程

図2:3xFLAG-SPPの段階的精製産物の解析

3xFLへG-SPPの2段階の精製過程の各ステップと界面活性剤濃度(図1)。この2段階目のサイズ排除ゲル濾過クロマトグラフィーの各溶出画分(Fraction)に対する生化学解析(図2)。SDS-PAGEによる分離後、単量体、2量体に解離したバンドが主に観察された。

図3:3xFLAG・SPPの単粒子解析

図4:3xFLAG-SPPの3次元再構成像

図:単粒子解析により電子顕微鏡観察像から再構成された立体構造を図3に、拡大した構造を図4に示す。特徴的に見られたチャンバー・プラグ・クレフト様構造を矢印で示した。

審査要旨 要旨を表示する

プロテアーゼはペプチド結合を加水分解により切断する酵素である。しかし近年、疎水的環境と考えられる脂質二重膜において、膜タンパク質の膜貫通領域を基質として切断する「膜内配列切断プロテアーゼ」(lntramembrane cleaving proteases;I-CLiPs)の存在が明らかとなっている。I-CLiPsは細菌から哺乳類に至るまで存在し、その切断産物は転写調節・代謝調節など、生理的に重要な役割を担うことが知られている。I-CLiPsのうち、アスパラギン酸プロテアーゼであるy-secretaseとsignalpeptidepeptidase(SPP)は、共通の活性中心モチーフを有し、同一の遷移状態模倣型阻害剤によって阻害されることから、基本的な切断機構には共通性が想定されている。また、前者はアルツハイマー病、後者はC型肝炎の発症鍵分子の切断を担うことが知られており、これらの疾患に対する創薬標的分子としても注目されている。これらの酵素活性を標的とした合理的な創薬戦略の立案にあたり、γ-secretaseとSPPの機能構造解析は重要である。本研究において、申請者は、SfP細胞一組み換えbaculovirus発現系によりSPPを発現し、その酵素活性を指標として精製を行い、透過型電子顕微鏡を用いた単粒子解析により、全体構造の解明と、構造に基づいた活性との関連領域の同定を試みた。

1.SPPの4量体化状態の同定と活性を保持した精製

組み換えbaculovirusを用いて、3xFLAGタグをN末端に付加したヒトSPP(3xFLAG-SPP)をsf9細胞に強制発現させ、その膜画分を2% n-dodecyl β-D-maltoside(DDM)で可溶化後、anti-Flag M2抗体カラムにて精製・濃縮を行い、サイズ排除ゲル濾過クロマトグラフィーによる分画を行った。同時に、合成ペプチド基質を用いたin vitro SPPアッセイ系を用いて各画分の酵素活性を測定したところ、232-300kDa相当の画分に3xFLAG-SPPが主に検出され、最も高い比活性が得られた。SDS-PAGE上でSPP単量体は50kDaの位置に、またSDS耐性の2量体が100kDaの位置に電気泳動されること、銀染色では3xFLAG-SPP以外の他のタンパク質が検出されないことから、3xFLAG-SPPがホモ多量体を形成している可能性が示唆された。そこで精製3xFLAG-SPPをBlue Native-PAGEを用いて非変性条件下で分画したところ、4量体に相当する分子種が主に検出された。ヒト、ショウジョウバエ由来の培養細胞が内因性に発現するSPPについても同様の検討を行ったところ、いずれも4量体相当の分子量に対応する画分のみに検出された。同様の4量体化は、SPPファミリー分子であるSPPL2bにおいても観察された。さらにこれらの培養細胞に過剰発現させた外因性SPPは、内因性SPPと免疫共沈降された。以上のことから、SPPは4量体として存在し、これはSPP型1-CLiPsに共通する性質であることが示唆された。

2.単粒子解析によるSPPの立体構造解析

精製3xFLAG-SPP中、最も比活性の高い232-300kDaの画分に酢酸ウラニルによる陰性染色を施し、透過型電子顕微鏡により観察したところ、径85-130Aで顆粒状の、形状の均一な構造物が観察された。周辺画分の陰性染色像と比較したところ、この粒子は比活性の高い画分を中心に観察され、抗FLAGIgG抗体(M2)、金粒子標識M2Fab抗体とも結合することが確かめられた。これらの結果から、本粒子はSPPそのものであると考えられた。視野内に観察される構造物は本粒子のみであり、濃縮により2個の粒子の結合像が観察されたが、希釈により粒子がより小さい単位に離散することはなかった。これらの結果は、4量体がSPPの基本的状態であることを裏付けるものと考えた。そこで、約5,000個の粒子像を抽出し、情報処理技術を用いて3次元構造の再構成を行った。最終的に得られた像は、23Aの解像度で、85x85x130 A3の容積を持ち、内部には、仮定においたC4回転対称軸と平行に中空なチャンバー構造のように見える低密度領域と、その中央にプラグ様構造、及び、側面にはチャンバー構造へとつながるクレフト様構造を有する、弾丸型の構造物と解釈された。

3.SPPのN末端領域を介した4量体化の意義

ヒトSPPは最N末端側で糖鎖修飾を受けることから、N末端側を細胞外・内腔側に露出していることが知られている。3xFLAGタグを最N末端に付加したことを利用し、M2抗体IgGを用いたラベリング実験の結果を粒子構造と比較検討したところ、再構成立体構造中のプラグ様構造は細胞質側に面していることが示唆された。さらに、SPPのN末端タグに結合する金粒子標識M2Fab抗体とSPP粒子の間には1対1の結合像が主に見られたことから、SPPのN末端領域が中央軸へ向いて4量体化しているために、金標識抗体の結合に立体障害が生じている可能性が考えられた。そこでSPPの活性中心を含む第6膜貫通領域よりN末端側のみに対応するN末端フラグメント(NTF)を発現、精製し、Blue Native-PAGEにより解析したところ、NTFのみで4量体形成が生じることがわかった。次にSPP活性の発現における4量体化の意義を調べるため、ショウジョウバエ細胞にSPPのNTFを発現させたところ、内因性SPP活性の減少が観察され、dominant negative効果を持つことが明らかとなった。すなわち、SPPが活性を発揮するに当たり、N末端領域を介した適切な4量体形成が活性に重要である可能性が示唆された。

本研究において、申請者はSf9細胞発現系を用い、アスパラギン酸1.CLiPsの一つであるSPPを発現、精製し、活性を持つ4量体としての全体構造を初めて明らかにした。そしてSPPがそのN末端領域を介した結合により、4量体として存在することを示唆した。活性中心を含むSPPのC末端領域をリコンビナント蛋白として発現、精製すると、単量体としてin vitroにおいてプロテアーゼ活1生を発揮するとの報告がある。本研究の結果と考え合わせると、SPPは活性中心を含まないN末端領域をスキャフォ一ルドドメインとして中心に持つ4量体として存在し、プロテアーゼドメインであるC末端領域を外側へ配向させた構造を持っことが推定される。

I-CLiPsのなかで、Rhomboid、Site-2 proteaseについてはx線結晶構造解析の結果が報告されており、ともに活性中心が脂質二重膜内に存在する親水性チャンバー構造に面していること、ループ領域がそのクレフトをふさぐように存在していると報告されている。本研究において明らかにされたSPPの単粒子構造においても、親水性チャンバーを形成するのに十分なクレフト構造と、それをふさぐように存在するプラグ様構造が見られ、構造上興味深い共通性が見られた。さらに親水性チャンバーへとつながるように存在するクレフトが側方の各平面領域に存在していた。この平面領域は30A以上の高さを持ち、脂質二重膜に面していると考えられる。したがって今回見出されたクレフト構造は、基質である膜貫通領域が、活性中心部位へ脂質二重膜上の側方移動により侵入する機構に用いられている可能性が考えられた。

また本研究から、SPPのN末端領域を介した4量体化がプロテアーゼ活性に必要である可能性が示された。四量体化の分子機構は、活性中心の阻害と異なる、SPP活性抑制の新たな創薬標的となる可能性があり、多量体化阻害剤は高い選択性を持っSPP活性制御に有用であることが期待される。しかし、現在得られている構造の解像度は未だ十分ではない。最近になりCellfree発現系を用いて、活性を持った状態での3xFLAG-SPPを大量精製することに成功した。今後は結晶構造解析による相互作用界面の決定と、多量体化が活性発現に果たす分子機構の解明が課題と考えられる。

以上のごとく申請者はSPP分子の構造機能連関を生化学、構造生物学的手法を用いて解析し、顕著な新知見を得た。これらの成果は博士(薬学)に相応しいものと判定する。

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