学位論文要旨



No 126095
著者(漢字) 山田,哲裕
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,アキヒロ
標題(和) 薬物トランスポーターOATP1B3, MRP2の遺伝子変異によるdocetaxelが誘起する血液毒性の増強メカニズムの解明とin vivoトランスポーター機能プローブ薬の探索
標題(洋)
報告番号 126095
報告番号 甲26095
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1360号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 准教授 楠原,洋之
 東京大学 准教授 池谷,裕二
 東京大学 特任准教授 樋坂,章博
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

理化学研究所の中村祐輔先生らと所属する研究室との共同研究により、抗悪性腫瘍薬docetaxelの重篤な副作用の1つである好中球減少症のリスクが、Organic Anion Transporting Polypeptide(OATP)1B3,Multidrug Resistance assoeiated Protein(MRP)2それぞれ特定の遺伝子変異により上昇することが明らかとされた。OArp1B3は、肝臓の血管側に選択的に発現する取り込みトランスポーターで、アニオン性化合物を中心として非常に多様な基質を認識する。また、MRP2は、胆管側に発現する排泄トランスポーターで、OATP類と似た基質認識性を示し、肝臓における基質の血管側から胆汁中への効率よい経細胞輸送を実現している。一方で、docetaxelは静脈内投与後、肝臓内に取り込まれた後に、主にCYP3Aによる代謝で消失し、未変化体での胆汁排泄はほとんど受けないことから肝臓に発現するMRP2の影響は考えにくい。そこで私は、臨床事象を説明しうる仮説として、(1)docetaxelの肝取り込みは主にOATP1B3によるものであり、その遺伝子変異による機能低下がdocetaxelの体内からの消失遅延を招き、全身暴露が上昇した結果、血液毒性が重篤化した、(2)好中球あるいはその前駆細胞に発現するMRP2がdocetaxelを細胞内から能動的に排出しており、その遺伝子変異による機能低下の結果、血球細胞内の薬物の蓄積が増大し、血液毒性が重篤化した、と考えた(図)。さらに、臨床研究の結果発見された二つの遺伝子変異は、lntron 11(OATP1B3)や3'-非翻訳領域(MRP2)に存在する一塩基置換であり、これら変異が直接の原因かどうかも含め、in vitro実験による機能変化の実証が困難であり、これまでにこれら変異と臨床事象との関連についても報告がない。そこで本研究では、上記仮説の検証を進めると共に、docetaxelによる好中球減少の程度を薬物動態の変動とリンクさせた数理モデルを基に、トランスポーターの機能変動が血液毒性のリスクに与える影響をモンテカルロシミュレーションより考察した。また、トランスポーター機能の個人差は、遺伝的要因以外によっても生み出されることから、ヒトin vivoにおいて個々のトランスポーター機能を見積もることができるプローブ薬が切望されている。そこで、OATP1B3,MRP2の機能を、ヒトin vivoで測定可能なプローブ薬の探索及び解析についても行った。

【方法・結果】

1.Docetaxelに起因する好中球減少症のリスクを決定付けるOATPIB3,MRP2の役割

ヒト肝臓の血管側膜に発現している各種Solute Carrier(SLC)ファミリートランスポーター(OATP1B1,OATP1B3,0ATP2B1,0AT2,NTCP,OCT1)を過剰発現させたHEK293細胞を用いて、docetaxelの細胞内取り込みを観察したところ、OATP1B3発現細胞においてのみ有意な取り込みが認められた。また、ヒト凍結肝細胞へのdocetaxelの取り込みに対して、OATP1B1,0ATP1B3の両方を阻害するEstradiol-17β-glucuronide(EG)、およびOATP1B1を選択的に阻害するEstrone-3-sulfate(ES)の阻害効果を検討したところ、doeetaxelの肝細胞への取り込みは、EGによって阻害されるがESによっては阻害されないことを観察した。この結果からも、docetaxelのヒト肝臓への取り込みにはOATP1B3が主に寄与していることが示唆され、当初の仮説を支持する結果を得た。

一方、ラットより採取した骨髄細胞を用いて、G-CSFにより促進されるコロニー形成に対してdocetaxelの濃度依存的な阻害効果を観察したところ、対照群となるSDrat由来の細胞に比べ、MRP2を遺伝的に欠損するラット、Eisai Hyperbilirubinemic Rat(EHBR)から採取した細胞、もしくは、MRP阻害剤MK571を添加した細胞では、docetaxelの阻害効果の有意な増強が観察された。すなわち骨髄細胞においてMRP2がdocetaxelの細胞毒性に対する防御に関与しており、その機能欠損や阻害が骨髄細胞における毒性を増強することが示唆され、当初の仮説を支持する結果を得た。

2.好中球減少を定量的に予測する数理モデルを用いたOATP1B3,MRP2遺伝子多型が副作用発現リスクに与える影響に関する考察

薬物動態・副作用発現両方を加味した、抗がん剤が引き起こす好中球減少症を定量的に表す数理モデルが過去に提唱されている。薬物動態、薬効(副作用)を決める個々の因子にはそれぞれ個体間変動があるが、数理モデル中においてはパラメータのばらつきとして考えることができる。そこで、過去に報告例のあるdocetaxelの好中球減少症を説明するPK/PDモデルを用いて、各パラメータのばらつきを考慮に入れたモンテカルロシミュレーションによる仮想的なヒトのパラメータセットを発生させ、好中球数の最低値を基に好中球減少症の重篤度のgrade判定を行った。前述の臨床試験の結果では、OddSratioは、OATPIB3rs1l045585のヘテロ接合体で5.44、MRP2 rs12762549のヘテロ接合体で2.00,ホモ接合体で7.73であった。一方、シミュレーションで、docetaxelの全身クリアランスを80%にまで低下させた場合(OATP1B3の機能低下を想定)、およびdocetaxelの最大の副作用発現の半分を示す血中濃度を表す定数を70%にまで低下させた場合(MRP2の機能低下を想定)について、各パラメータのばらつきを考慮してランダムに生成された500人分の仮想パラメータセットに基づきシミュレーションを行い、毒性非発現群とgrade3,4の好中球減少が発現した群とで分類した際のodds ratioをそれぞれ算出したところ、5.11,7.56と臨床報告に近いリスクの上昇が認められた。

3.OATP1B3の機能プローブ候補薬telmisartanを用いた遺伝子多型による機能変動の検証

これまでにアンジオテンシンII受容体拮抗薬telmisartanが、OATP1B3の選択的な基質となって肝取り込みされていることがin vitro実験の結果から示唆されており、ヒト臨床においてOATIP1B3の輸送機能をフェノタイピングできるプローブ基質となりうると考えられてきた。Telmisartanは、これまでの検討から、肝臓にOATP1B3によって取り込まれた後、肝臓内でUDP-glucuronosyl transferase(UGT)によるグルクロン酸抱合を受けて胆汁排泄されると考えられている。そこで本臨床研究では、OATP1B3をはじめとする一連の薬物トランスポーターおよびtelmisartanの抱合代謝に関与する可能性があるUGTsのうち機能低下が明確に報告されているUGT1A1*28についてtelmisartanの薬物動態との関連解析を行った。その結果、前述のdocetaxelの臨床研究において有意な関連が認められた変異であるOArPlB3rs11045585のヘテロ接合体においてtelmisartanの経口クリアランスは70.5%に低下する傾向にあること(P=0.0832)、また、UGT1A1*28のヘテロ接合体では、予想に反してtelmisartanの経口クリアランスが175%に有意に上昇すること(P=0.0349)が明らかとなった。

4.UGT1A1*28によるtelmisartanの薬物動態の変動メカニズムの説明

前述した通り、予想と反してUGTIA1*28変異保持者において、telmisartanの血漿中AUCの低下が認められた。一方、telmisartanのグルクロン酸抱合に関わる分子種については未だ明らかにされていない。そこで、12種類のUGT分子種の発現ミクロソームを用いてtelmisartanのグルクロン酸抱合速度を測定したところ、UGT1A1,1A3,1A7,1A8,1A9がtelmisartanを基質とし、特にUGT1A3,1A8による代謝クリアランスが非常に大きいことが示された。一方、つい最近になってヒト肝臓サンプルにおいて、UGT1A1*28変異保持者では、UGT1A3のmRNAおよびタンパクレベルにおいて発現量が有意に増加しているという報告がなされた。

これらの結果より、UGT1A1*28保持者におけるtelmisartanのクリアランス上昇が、UGT1A3の発現上昇に起因する可能性が高いと考えられ、現在、telmisartanの抱合代謝に関わる各分子種の定量的な寄与率を解析中である。

【総括】

本研究において私は、docetaxelによって引き起こされる好中球減少症に関連することが臨床研究により明確にされたトランスポーターの機能解析を通じ、遺伝子多型によって生じるOATP1B3,MRP2の機能低下がどの程度副作用の発現リスクを高めるかに関して定量的な検討を行った。またさらに、ヒトin vivoで直接トランスポーターの機能を推定できるようなプローブ薬を探索する一環として、OATP1B3選択的基質であるtelmisartanを用いた臨床試験を行うことで、先の遺伝子多型によるOATP1B3の機能低下の程度について併せて検討を行った。

まずトランスポーター発現細胞やヒト肝細胞を用いて、docetaxelの肝臓からの消失に寄与するトランスポーターの同定とOATP1B3の寄与率について検討を行った結果、docetaxelの肝取り込みには主にOATP1B3が関与していることを明らかにした。さらに、ラット骨髄細胞を用いた毒性試験の結果より、Mrp2が骨髄細胞においてdocetaxelの毒性を緩和させる役割を担っていることを明らかにした。

続いてdocetaxelの投与によって引き起こされる重篤な好中球減少の発症リスクがOATP1B3,MRP2のわずかな機能変動によって臨床で報告された好中球減少症の発症リスクの上昇を十分説明しうることをin silicoでの数理モデルを用いた解析の結果からの考察によって明らかとした。

OATP1B3の機能をヒトin vivoで推定するためのプローブ基質として、選択的基質であるtelmisartanを用いた臨床試験の結果、以前のdocetaxelの臨床研究において発見されたOATP1B3の遺伝子多型において、OATP1B3の機能低下が示唆される結果を得た。またさらに、臨床研究より新たに明らかとなったUGT1A1*28変異によるクリアランスの上昇メカニズムについてもin vitro実験による検討を行い、telmisartanのグルクロン酸抱合代謝に主に関与することが推測されるUGT1A3の発現上昇がその一因となっている可能性を示唆した。

本研究ではOATP1B3,MRP2の遺伝子多型により変動する輸送機能を臨床において定量的に考察することを念頭に置いて研究を進めてきた。一方、これら非翻訳領域に存在したtag SNPが直接あるいは間接的であるかを含め、OATP1B3,MRP2の機能・発現を変動させるメカニズムについては全く明らかとなっておらず、現在このメカニズムに関しては、共同研究を行っている理化学研究所の中村祐輔先生、莚田泰誠先生、清谷和馬先生らが中心となって解析を進めており、今後の検討課題である。

図.docetaxelの毒性発現におけるOATP1B3,MRP2の役割

審査要旨 要旨を表示する

医薬品の使用において、薬効および副作用には個人差があることが広く知られている。個人差発現のメカニズムを明らかにすることは、安全な医薬品の適正使用に大きく貢献するものである。抗悪性腫瘍薬のほとんどは、好中球減少をはじめとする重篤な副作用を伴っており、わずかな体内動態の変動が、時には生命を危険にさらすことからも厳密に制御されなければならない。

投与された薬物は、経口投与された場合は、消化管より吸収された後、循環血へと到達し、薬効標的臓器へと分布することで薬効を示す一方、肝臓での代謝あるいは未変化体としての胆汁排泄および腎臓での尿中排泄を受けて体内から消失する。これらの各素過程には、数多くの薬物代謝酵素やトランスポーターが関与していることが明らかとなっている。

医薬品の薬効・副作用発現に対するトランスポーターの関わり方は以下の2種類に大別できる。一つは、薬物の消失過程に関与するトランスポーターの場合、トランスポーターの機能が薬物の全身クリアランスを決定付ける要因となっており、その機能変動により、全身の薬物の暴露が変動し、その結果として標的臓器への分布も同様に変動する場合が挙げられる。もう一つは、薬効・副作用の標的臓器そのものにトランスポーターが発現している場合である。その場合、特に分布容積が全身の分布容積と比較して非常に小さく、標的臓器局所への薬物の移行が循環血中濃度に影響を与えないようなケースだと、標的臓器の薬物濃度だけが変動することが起こりうる。

申請者は抗がん剤docetaxelが引き起こす好中球減少症と薬物トランスポーターOATP1B3, MRP2の遺伝子多型の関連について、そのメカニズムを明らかにするとともに、これまで遺伝子多型による機能変動が全く知られていなかったOATP1B3の機能を、プローブ薬を用いた臨床試験より明らかにした。以下にその詳細を示す。

docetaxelの重篤な副作用の1つである好中球減少症のリスクが、Organic Anion Transporting Polypeptide (OATP)1B3, Multidrug Resistance associated Protein (MRP)2それぞれ特定の遺伝子変異により上昇することが判っていたが、そのメカニズムは不明であった。申請者は、臨床事象を説明しうる仮説として、docetaxelの肝取り込みは主にOATP1B3によるものであり、遺伝子変異による機能低下がdocetaxelの体内からの消失遅延を招き、全身暴露が上昇して血液毒性が重篤化した、好中球あるいはその前駆細胞に発現するMRP2がdocetaxelを細胞内から能動的に排出しており、遺伝子変異による機能低下の結果、血球細胞内の薬物の蓄積が増大し、血液毒性が重篤化した、と考えた。さらに、臨床研究の結果発見された二つの遺伝子変異は、これまでに臨床事象との関連についても報告がない。そこで本研究では、上記仮説の検証を進めると共に、docetaxelによる好中球減少の程度を薬物動態の変動とリンクさせた数理モデルを基に、トランスポーターの機能変動が血液毒性のリスクに与える影響をモンテカルロシミュレーションより考察した。また、トランスポーター機能の個人差は、遺伝的要因以外によっても生み出されることから、ヒトin vivoにおいて個々のトランスポーター機能を見積もることができるプローブ薬が切望されている。そこで、OATP1B3の機能を、ヒトin vivoで測定可能なプローブ薬の解析についても行った。

1. Docetaxelに起因する好中球減少症のリスクを決定付けるOATP1B3の役割とプローブ薬を用いた遺伝子多型によるOATP1B3の機能変動の検証

ヒト肝臓の血管側膜に発現している各種Solute Carrier (SLC)ファミリートランスポーター(OATP1B1, OATP1B3, OATP2B1, OAT2, NTCP, OCT1)のうち、ヒト肝臓への取り込みにはOATP1B3が主に寄与していることを、申請者は発現細胞ならびにヒト肝細胞を用いたin vitro試験より明らかにした。

これまでにアンジオテンシンII受容体拮抗薬telmisartanが、OATP1B3の選択的な基質となって肝取り込みされていることがin vitro実験の結果から示唆されており、ヒト臨床においてOATP1B3の輸送機能をフェノタイピングできるプローブ基質となりうると考えられてきた。Telmisartanは、肝臓にOATP1B3によって取り込まれた後、肝臓内でUDP-glucuronosyl transferase (UGT)によるグルクロン酸抱合を受けて胆汁排泄されると考えられている。そこで申請者は、OATP1B3をはじめとする一連の薬物トランスポーターおよびtelmisartanの抱合代謝に関与する可能性があるUGTsのうち機能低下が明確に報告されているUGT1A1*28についてtelmisartanの薬物動態との関連解析を行った。その結果、前述のdocetaxelの臨床研究において有意な関連が認められた変異であるOATP1B3 rs11045585のヘテロ接合体においてtelmisartanの経口クリアランスは70.5%に低下する傾向にあること(P=0.0832)、また、UGT1A1*28のヘテロ接合体では、telmisartanの経口クリアランスが175%に有意に上昇すること(P=0.0349)を明らかにした。

2. Docetaxelに起因する好中球減少症のリスクを決定付けるMRP2の役割

申請者は、MRP2を過剰発現させた細胞においてdocetaxelによる毒性および蓄積性が低下することを見出し、MRP2がdocetaxelを細胞外へと排出することで細胞毒性を緩和させる働きを担っていることを明らかにした。また次に申請者はラットより採取した骨髄細胞を用いて、G-CSFにより促進されるコロニー形成に対してdocetaxelの濃度依存的な阻害効果を観察したところ、対照群となるSD rat由来の細胞に比べ、MRP2を遺伝的に欠損するラット、Eisai Hyperbilirubinemic Rat (EHBR)から採取した細胞、もしくは、MRP阻害剤MK571を添加した細胞では、docetaxelの阻害効果の有意に増強していることを観察した。すなわち骨髄細胞においてMRP2がdocetaxelの細胞毒性に対する防御に関与しており、その機能欠損や阻害が骨髄細胞における毒性を増強することが示唆され、当初の仮説を支持する結果を得た。

3. 好中球減少を定量的に予測する数理モデルを用いたOATP1B3, MRP2遺伝子多型が副作用発現リスクに与える影響に関する考察

薬物動態・副作用発現両方を加味した、抗がん剤が引き起こす好中球減少症を定量的に表す数理モデルが過去に提唱されている。薬物動態、薬効(副作用)を決める個々の因子にはそれぞれ個体間変動があるが、数理モデル中においてはパラメータのばらつきとして考えることができる。そこで、過去に報告例のあるdocetaxelの好中球減少症を説明するPK/PDモデルを用いて、各パラメータのばらつきを考慮に入れたモンテカルロシミュレーションによる仮想的なヒトのパラメータセットを発生させ、好中球数の最低値を基に好中球減少症の重篤度のgrade判定を行った。毒性非発現群とgrade3, 4の好中球減少が発現した群とで分類した際のodds ratioは、前述の臨床試験の結果における患者数15名以上の遺伝子型のOATP1B3/MRP2の遺伝子型がヘテロ/ヘテロ、野生型/ヘテロ、野生型/ホモにおいてそれぞれ9.04, 3.72, 11.8であった。一方、シミュレーションで、docetaxelの全身クリアランスを80%にまで低下させた場合(OATP1B3の機能低下を想定)、およびdocetaxelの最大の副作用発現の半分を示す血中濃度を表す定数を66%にまで低下させた場合(MRP2の機能低下を想定)について、各パラメータのばらつきを考慮してランダムに生成された500人分の仮想パラメータセットに基づきシミュレーションを行い、odds ratioをそれぞれ算出したところ、9.84, 3.10, 10.8と臨床報告に近いリスクの上昇となった。

以上のように申請者は、docetaxelによって引き起こされる好中球減少症のリスクとOATP1B3, MRP2の遺伝子多型との関連性を明らかにし、また臨床研究により明確にされたトランスポーターの機能解析を通じ、遺伝子多型によって生じるOATP1B3, MRP2の機能低下がどの程度副作用の発現リスクを高めるかに関して定量的な考察を行った。またさらに、ヒトin vivoで直接トランスポーターの機能を推定できるようなプローブ薬を探索する一環として、OATP1B3選択的基質であるtelmisartanを用いた臨床試験を行うことで、先の遺伝子多型によるOATP1B3の機能低下の程度について併せて検討を行った。

本研究では医薬品の副作用発現におけるトランスポーターの重要性を、docetaxelに関する臨床研究をきっかけとして様々な実験系を駆使して、全身動態および局所動態の両側面より明らかにした。特に、OATP1B3の新規遺伝子多型が臨床で機能変動しうる事象や薬物の血球移行におけるMRP2の役割は、申請者が初めて見出したものである。さらに申請者は、数理モデルを用いた解析より、docetaxelに誘起される好中球減少症のリスク要因を定量的に解析可能とした。本研究の成果は、今後の医薬品の適正使用にあたり、トランスポーターの重要性を示唆すると共に、副作用の予測までを包含した情報提供を可能にする道を開くものであり、薬物動態の理論を活用した応用研究として極めて意義深いものである。よって、申請者を、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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