学位論文要旨



No 126096
著者(漢字) 山梨,義英
著者(英字)
著者(カナ) ヤマナシ,ヨシヒデ
標題(和) コレステロールの胆汁排泄におけるNiemann-Pick C2とコレステロール輸送担体群との機能連関の解析
標題(洋) Analysis of the functional associations between Niemann-Pick C2 and cholesterol transporters in the biliary secretion of cholesterol
報告番号 126096
報告番号 甲26096
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1361号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,洋史
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 一條,秀憲
 東京大学 教授 入村,達郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

生体内におけるコレステロールの恒常性維持は主に、肝臓での生合成、胆汁酸への異化、胆汁排泄、消化管吸収のバランスによって担われている。胆汁排泄は生体内からコレステロールを排出する主要経路であり、その促進は血中コレステロール値低下の一要因となることから、高脂血症の発症・治療という点からも重要と考えられる。胆汁中のコレステロール量は、肝臓の毛細胆管膜に発現するコレステロール輸送担体群の発現・活性のバランスで制御されており、肝細胞から胆汁中へのコレステロール排出にはATP-bindingcassetteG5・G8のヘテロダイマー(ABCG5/G8)が、胆汁中から肝細胞へのコレステロール再吸収にはNiemann-PickC1-Like1(NPC1L1)が重要な役割を果たしている。コレステロールは脂溶性が極めて高く、胆汁中ではほとんどがミセル中に存在する。そのため、その細胞膜輸送活性には輸送担体の発現だけではなく、輸送担体からミセルへのコレステロールの引き抜き、または受け渡しに関わることで活性を制御する可能性のある胆汁中液性因子が注目されており、これまでに胆汁酸やリン脂質などの胆汁脂質について解析が進んでいる。しかし、肝臓から分泌される胆汁蛋白質が上記輸送担体群の活性ならびにコレステロールの胆汁排泄に与える影響は明らかとなっていない。

本研究では、そのような活性制御因子の候補としてNiemann-PickC2(NPC2)に注目した。NPC2は強いコレステロール結合能を有しており、NPClL1の類縁分子であるNiemann-PickCl(NPC1)と協調して、リソソームから他のオルガネラや細胞膜への細胞内におけるコレステロール輸送に関与することが知られるが、一方でNPC2は肝臓から胆汁中にも分泌されており、その胆汁中における機能は全く不明であった。そこで私は、NPC1L1とNPC1の類似性に着目して、NPC1L1とNPC2との分子間共役について検討を行うとともに(第一章)、分泌型NPC2がNPC1LlとABCG5/G8の活性ならびにコレステロールの胆汁排泄に及ぼす影響を検討することにより(第二章)、その生理機能の解明を試みた。

【方法・結果】

第一章NPC1L1とNPC2の分子間共役

(1)NPC1L1はNPC2の発現量・分泌量を負に制御する

NPClL1とNPC2の分子間共役を検証するために、CHO-Kl細胞にアデノウィルスを用いて両遺伝子を一過性導入し、免疫沈降実験を行った。その結果、両蛋白質の共沈が確認され分子間会合が示唆された。次にこの分子間相互作用の役割を検討するために、両蛋白質を内因性に発現するHepG2細胞にNPC1L1を標的としたsiRNAを一過性導入したところ、NPC1L1の発現量低下とともにNPC2の蛋白質発現量・分泌量の上昇が観察された(Fig.1)。この上昇は、NPC2のmRNA量の変動を伴っていないことから、NPC1L1がNPC2の発現量ならびに分泌量を翻訳以降の段階で負に制御していることが示唆された。

(2)ヒト肝臓においてNPC1L1とNPC2の蛋白質発現量は負に相関する

NPC1L1ならびにNPC2はヒトにおいて肝臓に発現していることが報告されている。そこで、ヒト肝臓検体における各蛋白質の発現量を解析したところ、mRNAレベルでは相関関係は見出されなかったが、蛋白質レベルで有意な負の相関関係が認められた。この結果は、invitroで見出されたNPCIL1によるNPC2の蛋白質発現制御機構により説明可能であると考えられた。

第二章胆汁中NPC2の生理機能

(1)NPC2はABCG5/G8によるpHコレステロール排出を促進する

分泌型NPC2がコレステロール輸送担体であるNPC1L1およびABCG5/G8の活性に及ぼす影響を調べるために、NPC1L1またはABCG5/G8を培養細胞に高発現させたin vitrotw能評価系を用いて検討を行った。なお、各評価系におけるコレステロールの可溶化には、生理的条件を考慮して胆汁酸ミセルを使用した。その結果、精製したNPC2蛋白質の添加は、NPC1L1のコレステロール取り込み活性に影響を及ぼさなかった一方で、ABCG5/G8のコレステロール排出活性を有意に上昇させた(Fig.2)。これらの結果から、分泌型NPC2はABCG5/G8によるコレステロール排出の促進因子として機能しうることが示唆された。

次に、分泌型NPC2の機能の詳細を解析するために、細胞内コレステロール輸送活性が低いとされる2種の変異型(D72A・V96F)NPC2と野生型NPC2について、それぞれのコレステロール排出促進活性を上述のin vitro機能評価系を用いて比較した。その結果、コレステロール結合能のあるD72ANPC2では野生型と同様にコレステロ一ル排出の上昇が認められたものの、コレステロール結合能のないV96FNPC2では活性が見出されなかった(Fig.2)。以上の結果から、分泌型NPC2によるABCG5/G8の活性亢進にはNPC2のコレステロール結合能が必要であることが示唆された。

(2)胆汁中NPC2はコレステロールの胆汁排泄を促進する

生体内において胆汁中NPC2がコレステロールの胆汁排泄にどのような影響をもたらすかを調べるために、野生型NPC2を発現するアデノウィルスをマウスに感染させ、胆汁中コレステロール濃度を解析した。その結果、胆汁中NPC2の分泌量増加に伴い胆汁中コレステロール濃度の有意な上昇が認められた(Fig.3)。また、上述の2種の変異型NPC2に関して同様の検討を行ったところ、invitroにおける活性と一致して、D72ANPC2においては胆汁中コレステロール濃度の上昇が観察された一方で、V96FNPC2については変動が見出されなかった(Fig.3)。細胞内コレステロール輸送活性の低いD72A変異体でも野生型と同程度の胆汁中コレステロール濃度の上昇が観察されたことから(Fig.3)、胆汁中NPC2は細胞内コレステロール輸送活性とは無関係に、コレステロール排出促進因子として生体内で機能しうることが示唆された。

(3)ヒト胆汁中においてNPC2発現量とコレステロール濃度は正の相関を示す

ヒト生体内における胆汁中NPC2分泌量と胆汁中コレステロール濃度の関係について、ヒト胆汁検体を用いて解析を行った。その結果、胆汁中コレステロール濃度はNPC2分泌量と有意な正の相関を示すことが明らかとなり、ヒト生体内においても、上述のNPC1L1によるNPC2の胆汁分泌抑制ならびに胆汁中NPC2の減少によるABCG5/G8の活性低下といった相互連関がコレステロ一ル胆汁排泄を制御している可能性が考えられた(Fig.4)。

【まとめ・考察】

本研究により、NPC2の発現量・分泌量がNPC1L1により負に制御されるという新たな生理機構が見出された。また、細胞外に分泌されたNPC2は、NPC1L1によるコレステロール取り込みには影響を及ぼさない一方で、ABCG5/G8によるコレステロール排出を促進することが明らかとなり、細胞外においてコレステロールの胆汁排泄促進因子として機能することが示唆された。これらの結果から、肝臓に発現するNPC1L1は胆汁中からのコレステロール再吸収に加えて、NPC2の胆汁分泌を制御することでABCG5/G8の活性を間接的に抑制し、胆汁中コレステロール量の低下を担っている可能性が考えられた(Fig.5)。

胆汁中コレステロール量の変化による胆汁脂質の組成変動は、胆石症や胆汁うっ滞などの肝胆道系疾患の発症に関わることが報告されており、今回見出された制御機構はこれら疾患の発症リスクの低減に役立っている可能性も考えられる。また、胆汁中コレステロール量の変動により血中のアポリポ蛋白質の組成が変動すること、NPC2ならびにABCG5/G8がコレステロールに加えて植物性ステロールや幾つかの脂溶性物質に関して結合活性や排出活性を有していることから、上記制御機構はコレステロールを含む様々な脂溶性物質の全身動態を考える上でも重要な知見であると考えている。

Fig.1NPC1L1によるNPC2の発現・分泌抑制

Fig.2NPC2によるABCG5/G8のコレステロール排出活性の亢進

Fig.3マウス胆汁におけるNPC2分泌量増加によるコレステロール濃度の変化

Fig.4ヒト胆汁中におけるNPC2分泌量とコレステロール濃度の相関関係

Fig.5NPC2分泌量制御による胆汁中コレステロール量の調節機構

審査要旨 要旨を表示する

コレステロールの胆汁排泄は、肝臓での生合成、胆汁酸等への異化、消化管吸収と並んで、コレステロールの恒常性維持を担う重要な要素の1 つであるが、その分子メカニズムについては未解明な点が多い。胆汁中のコレステロール量は毛細胆管膜上に発現するコレステロール輸送担体群の発現、活性のバランスにより制御されており、肝細胞から胆汁中へのコレステロール排出にはATP-binding cassette G5・G8 のヘテロダイマー(ABCG5/G8)が、胆汁中から肝細胞へのコレステロール再吸収にはNiemann-Pick C1-Like 1(NPC1L1)が重要な役割を果たしている。また、コレステロールは脂溶性が極めて高く、胆汁中ではほとんどがミセル中に存在するため、その細胞膜輸送活性には輸送担体の発現だけではなく、輸送担体‐ミセル間でのコレステロール引き抜き・受渡しに関与する活性制御因子の存在が想定されている。本研究では、このような活性制御因子の候補として胆汁中液性因子の1つであるNiemann-Pick C2(NPC2)に注目している。NPC2 は強いコレステロール結合能を有しており、NPC1L1 の類縁分子であるNiemann-Pick C1(NPC1)と協調して、リソソームから他のオルガネラや細胞膜への細胞内におけるコレステロール輸送に関与することが知られているが、一方でNPC2 は肝臓から胆汁中にも分泌されており、その胆汁中における機能は全く不明であった。そこで本研究では、NPC1 とNPC1L1 の類似性に着目して、NPC1L1 とNPC2 との分子間共役について解析を行うとともに、分泌型NPC2 がNPC1L1とABCG5/G8 の活性ならびにコレステロールの胆汁排泄に及ぼす影響を検討することにより、これまで未知であった胆汁中NPC2 の生理機能の解明を試みている。

第一章においては、ヒトNPC1L1 とヒトNPC2 の分子間相互作用について検証を行っている。両蛋白質の分子間会合を免疫沈降実験により確認するとともに、in vitro における解析から、ヒトNPC1L1 がヒトNPC2 の糖鎖付加・成熟過程を阻害することで、ヒトNPC2 の蛋白質発現量ならびに分泌量を負に制御することを見出している。ヒト肝臓検体においても、両蛋白質の発現量に負の相関関係が認められており、この相関関係はNPC1L1 によるNPC2 の蛋白質発現制御機構により説明できると考えられる。また、ヒトNPC2 ならびにヒトNPC1L1 を発現するアデノウィルスを感染させたマウスを用いて、ヒトNPC1L1 を肝臓に高発現させることで、ヒトNPC2 の胆汁分泌量が減少することをin vivo においても確認している。以上の結果は、NPC2 の分泌制御というNPC1L1 の新たな生理機能を示唆するものである。

第二章においては、NPC1L1 により分泌量が制御される胆汁中NPC2 の生理機能について検討を行っている。まず、分泌型NPC2 がNPC1L1 ならびにABCG5/G8 のコレステロール輸送活性に及ぼす影響について、当研究室で構築したin vitro 評価系を用いて解析を行っており、NPC2 がNPC1L1 機能には影響を与えないものの、ABCG5/G8 によるコレステロール排出の促進因子として機能しうることが示されている。また、NPC2 発現アデノウィルスを感染させたマウスにおいては胆汁中コレステロール濃度が有意に上昇しており、細胞内コレステロール輸送能を欠損した変異型NPC2 もこの作用を有することから、胆汁中NPC2 が細胞内コレステロール輸送とは独立した機能としてコレステロール排出促進作用を持つことが示されている。さらに、ヒト胆汁検体を用いた解析から、胆汁中NPC2 分泌量と胆汁中コレステロール濃度に有意な正の相関が見出されており、このことは、ヒト生体内においてもNPC2 がコレステロールの胆汁排出促進因子として機能していることを示唆する結果であった。

以上、申請者の研究は、NPC2 の発現量・分泌量制御というNPC1L1 の新たな生理機能ならびに、コレステロールの胆汁排泄促進作用というこれまで未解明であった胆汁中NPC2の生理機能を見出しており、生理学的意義が非常に大きいといえる。また、今回見出されたNPC2 と各コレステロール輸送担体との機能連関はコレステロールの胆汁排泄制御機構の解明に大きく貢献するものであり、コレステロールの恒常性維持を考える上で重要な知見を与えるものと思われる。また、胆汁中コレステロール量の変化による胆汁脂質の組成変動は、胆石症や胆汁うっ滞などの肝胆道系疾患の発症に関わることが報告されていることから、本研究により得られた知見は、これら疾患の発症リスク・新規創薬標的を考える上でも有用であると思われる。従って、申請者の業績は博士(薬学)の授与にふさわしいものと判断した。

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