学位論文要旨



No 126099
著者(漢字) 鮫島,知哉
著者(英字)
著者(カナ) サメシマ,トモヤ
標題(和) シャペロニンGroELの反応サイクルに対する再検討
標題(洋) Reexamination of the chaperonin GroEL reaction cycle
報告番号 126099
報告番号 甲26099
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1364号
研究科 薬学系研究科
専攻 統合薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 船津,高志
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 准教授 富田,泰輔
 東京大学 准教授 三田,智文
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

シャペロニンは, あらゆる生物において生存に不可欠な分子シャペロンである. シャペロニンは2 つの樽型のリングが背中合わせになった構造をしており, 細胞内ではATP 依存的にタンパク質の折れたたみを介助している. 中でも大腸菌のシャペロニンGroEL の反応サイクルは約20 年に及び詳細に解析されてきており, 反応サイクルのモデルが世界中の生化学の教科書に記述されている. そのモデルは「GroEL の2 つのリングに補因子のGroES が交互にGroEL に相互作用することで機能する」というものである.すなわち, GroEL はリングを片側ずつ交互に利用しながらタンパク質の折れたたみを介助すると考えられてきた. 一方, 電子顕微鏡の観察, および化学架橋の実験からGroEL とGroESが1:1 で結合した弾丸型複合体(図1B)のほかに, GroEL とGroES が1:2 で結合したフットボール型複合体の存在が確認されている(図1C). この結果から, GroEL は両側のリングを同時に利用しながら反応を進行させることもあると考えられる. しかし, これらの実験はGroELの反応を止めて計測しており, GroEL が反応サイクルを進行させている状態でフットボール型複合体を検出した例は報告されていない. そのため, GroEL の反応サイクル中にフットボール型複合体を経由した反応経路が存在するのかについては未だ不明である. そこで, 本研究ではフットボール型複合体が本当に存在しないのかについてGroEL の反応サイクルを停止させずに確認すること, および詳細なGroEL の反応機構を解明することを目的とした.

【実験結果】

1. 蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)を用いたフットボール型複合体の検出

蛍光分光光度計を用いて, 特定のアミノ酸残基に蛍光色素を導入したGroEL とGroES の分子間FRETを測定することで, 定常状態におけるフットボール型複合体の存在を確認する実験を行った. 先行研究により明らかにされているフットボール型複合体形成条件(ATP+BeFx)と弾丸形複合体成条件(ADP+BeFx),およびGroEL の反応サイクル中(ATP)のFRET 効率を比較した. その結果, フットボール型複合体と弾丸型複合体が反応サイクル中で共存していることが確認された(図2). さらにATP 加水分解能が低下したGroELの変異体(D398A)を用いることで, フットボール型複合体は両側にATP が結合した状態で形成されることを見出した.

2. ADP がフットボール型複合体形成に与える影響の解析

次に, GroEL の反応サイクルをATP 添加により開始させてからフットボール型複合体の形成量が時間と共にどのように変化するのかをGroEL-GroES の分子間FRET を利用して調べた.その結果, 時間が経過すると, フットボール型複合体の形成量は減少することが分かった. そこでGroEL によりATP が加水分解され, 溶液中にADP が蓄積したことがフットボール型複合体の形成に影響を与えたのではないかと考え,ADP 存在下におけるGroEL-GroES の分子間FRET を測定した. その結果, ADP が存在するとフットボール型複合体の形成が阻害されることが明らかとなった(図3). このADP によるフットボール型複合体形成阻害機構を明らかにするため, 様々なADP 濃度において, ATP 加水分解前のアナログであるADP-BeFx を利用して形成させた弾丸型複合体に2 個目のGroESが結合する様子をFRETにより解析した. すると,弾丸型複合体に対するGroES の結合速度はADP 濃度依存的に低下することが分かった.

3. 変性タンパク質がフットボール型複合体形成に与える影響の解析

変性タンパク質は GroEL のATPase 活性を増加させるなど, GroEL の反応サイクルに影響を与えることが知られている. そこで, 変性タンパク質がフットボール型複合体の形成に与える影響を調べるため, 変性タンパク質濃度を変化させて,GroEL-GroES の分子間FRET を測定した. その結果,フットボール型複合体の形成は変性タンパク質濃度依存的に促進され, また, 変性タンパク質によるGroEL のATPase 活性化と良好な相関を示した(図4).次に, ADP によるフットボール型複合体形成阻害効果に対し, 変性タンパク質がどのように影響しているのかについて調べた. 20 μM ADP 存在下において変性タンパク質濃度を変化させ, ADP-BeFx で形成させた弾丸型複合体に対するGroES の結合速度の変化をFRET により測定した. その結果, 弾丸型複合体に対するGroES の結合速度が変性タンパク質濃度依存的に加速することが分かった. すなわち, 変性タンパク質はADP による2 個目のGroES の結合阻害効果を低下させ, その結果, フットボール型複合体の形成を促進する働きがあることが明らかとなった.

4.フットボール型複合体の1 分子蛍光イメージング

次に, GroEL がどのようにフットボール型複合体を経由した反応サイクルを進行させているのかについて調べることにした. フットボール型複合体を含む反応経路はGroEL1 分子に対しGroES が2 分子相互作用するという3 分子が関与した複雑な反応である. このような,複雑な反応を解析する場合, 個々の反応の素過程を解析することができる1 分子蛍光イメージング法の利用が有効である. そこで, フットボール型複合体を経由したGroEL の反応経路を1 分子蛍光イメージングにより解析した. フットボール型複合体を飽和量形成させるためには, 高濃度の蛍光標識GroES を必要とするためzero-mode waveguides(ZMWs)基板を利用した1分子蛍光イメージング法を利用した. ビオチン及びAlexa488 で標識したGroESをビオチン化BSA とストレプトアビジンを介してZMWs 基板底面に固定し, 50 nM Cy5 標識GroEL(Cy5-GroEL), 300 nM Cy3 標識GroES(Cy3-GroES), および変性タンパク質である還元型ラクトアルブミンを溶液中に存在させ, Cy3-GroES 及びCy5-GroEL の蛍光を同時計測した(図5A). その結果, Alexa488-ビオチン化GroES が存在する位置にCy3-GroES, Cy5-GroELの輝点が共局在する様子が確認できた.さらに共局在の様式はCy3-GroES とCy5-GroEL が同時に結合して同時に解離する様式(タイプ1, 図5B), Cy3-GroES とCy5-GroEL が同時に結合して,先にCy3-GroES が解離する様式(タイプ2, 図5C)に分類され, タイプ1 が30%, タイプ2 が48%, その他の結合様式が22%であった(図5D). すなわち, フットボール型複合体の2つのGroES は先に結合したものが先に解離する場合 (タイプ2) が若干多いものの, 後から結合したGroES が先に解離すること(タイプ1)もかなりの割合で起こることが明らかとなった. また, Cy3-GroES とCy5-GroEL が共局在した時間を解析したところ, フットボール型複合体から弾丸型複合体へ移行する時間は約3 秒, 弾丸型複合体からGroEL 単体へと移行する時間は約5 秒であった.

【考察】

本研究の結果から, GroEL の反応機構は図6 のようにまとめられる. まず, GroEL の反応サイクルにはフットボール型複合体を経由する経路と経由しない経路が存在する. フットボール型複合体は両側のリングがATP の状態で形成され, そして, 先にATP が加水分解した側のリングからGroESが解離する. 変性タンパク質濃度が低いときは, フットボール型複合体からGroES が解離した後もGroEL のリングにADP が残存する. その結果, フットボール型複合体の形成が阻害され, GroELはフットボールを経由しない経路を利用してATP の消費を抑えながら機能する. 一方, 変性タンパク質濃度が高くなると, GroES が解離した後のリングからADP が解離しやすくなる. その結果, フットボール型複合体が形成されやすくなり, 両側のリングを同時並行で利用しながら効率のよい折れたたみ反応を進行させると考えられる. このように, GroEL は変性タンパク質濃度など細胞内の環境を察知しながら2 つの経路を使い分けることが出来る巧妙に設計された分子機械であることが分かった. 本研究結果はGroEL の反応サイクル中にフットボール型複合体を経由する反応経路が存在し, また, どのような条件で現れるのかについて明確に示した初めての例である.

図1. フットボール型複合体に関する論争

A. 従来のGroEL-GroES の反応モデル B. 弾丸型複合体の電子顕微鏡像 C. フットボール型複合体の電子顕微鏡像 (B.C.はBeiβinger et al., J. Mol. Biol., 1999 より引用)

図 2. FRET を用いたフットボール型複合体の検出 (n=3, 平均±標準誤差)

図3. 一定のADP 濃度存在下におけるATP 濃度とGroEL-GroES 分子間のFRET 効率の関係.丸が50 μM, 三角が100 μM, ダイヤモンドが150 μM ADP を表す. (n=3, 平均±標準誤差)

図4. 変性タンパク質(rLA) 濃度とGroEL-GroES 分子間のFRET 効率(黒丸)およびGroELのATPase 活性の関係(n=3, 平均±標準誤差)

図5. フットボール型複合体の1 分子蛍光イメージング

A. 実験の模式図 B. 結合タイプ1 の例 C. 結合タイプ2 の例 D. 結合タイプの分類結果

図 6. 本研究により明らかにされたGroEL の反応モデル

審査要旨 要旨を表示する

シャペロニンは、あらゆる生物において生存に不可欠な分子シャペロンである。シャペロニンは2つの樽型のリングが背中合わせに向かい合わせになった構造をしており、細胞内では自発的に折れたたむことが出来ないタンパク質の折れたたみを介助する役割を担っている。中でも大腸菌のシャペロニンGroELの反応サイクルは約20年に及び詳細に解析されてきており、反応サイクルのモデルが世界中の生化学の教科書に記述されている。そのモデルは「GroELの2つのリングに補因子のGroESが交互に結合することで機能する」というものであり、GroELの2つのリングにGroESが同時に結合した状態 (フットボール型複合体)は存在しないと考えられてきた。一方、電子顕微鏡の観察、および化学架橋の実験からGroELとGroESが1:1で結合した弾丸型複合体のほかに、1:2の割合で結合したフットボール型複合体の存在が確認されている。しかし、フットボール型複合体を確認した実験は反応サイクルを停止させて測定しているため、多くの研究者はGroELの反応サイクル中にフットボール型複合体は存在しないと疑っていた。このように反応サイクル中におけるフットボール型複合体の存在が論争の的になっている。本論文では、シャペロニンの反応サイクル中にフットボール型複合体が存在することを、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)および蛍光相関分光法(FCS)を用いた多分子系の実験で明らかにすると共に、フットボール型複合体と弾丸型複合体の寿命を1分子計測した結果をまとめたものである。

まず、第1章ではシャペロニンGroELの機能と現在広く受け入れられているGroELの反応サイクルのモデルなど、本研究の背景が述べられるとともに、本論文の概要がまとめられている。

第2章では、本研究で用いた材料と実験方法がまとめられている。

第3章では、FRETを用いたフットボール型複合体の検出について述べられている。筆者は、GroELとGroESの特定のアミノ酸残基にそれぞれ異なる蛍光色素を導入しGroELとGroESの結合によって起こるFRETを蛍光分光光度計を用いて測定した。先行研究により明らかにされているフットボール型複合体形成条件(ATP+BeFx)と弾丸形複合体成条件(ADP+BeFx)、およびGroELの反応サイクル中(ATP)のFRET効率を比較した。その結果、フットボール型複合体と弾丸型複合体が反応サイクル中で共存していることを明らかにした。FRETの変化がGroELの構造変化によるものではないことを証明するため、次に筆者はGroESを蛍光標識し、FCSを用いてフットボール型複合体と弾丸型複合体が反応サイクル中で共存していることを明らかにした。また、筆者は、ADPが存在するとフットボール型複合体の形成が阻害されることを明らかにした。このADPによるフットボール型複合体形成阻害機構を明らかにするため、ATP加水分解前のアナログであるADP-BeFxを利用して形成させた弾丸型複合体にGroESが結合する様子を、FRETを用いて様々なADP濃度条件下において測定した。すると、弾丸型複合体に対するGroESの結合速度はADP濃度依存的に低下した。さらに筆者はATP加水分解能が低下したGroELの変異体(D398A)を用いることで、フットボール型複合体は両側にATPが結合した状態で形成されることを見出した。

第4章では、変性タンパク質がフットボール型複合体形成に与える影響が述べられている。変性タンパク質はGroELのATPase活性を増加させるなど、GroELの反応サイクルに影響を与えることが知られている。そこで、筆者は変性タンパク質がフットボール型複合体の形成に与える影響を調べるため、変性タンパク質濃度を変化させて、GroEL-GroESの分子間FRETを測定した。その結果、フットボール型複合体の形成は変性タンパク質濃度依存的に促進され、変性タンパク質によるGroELのATPase活性化と良好な相関を見出した。また、ADPによるフットボール型複合体形成阻害効果に対し、変性タンパク質がどのように影響しているか調べた。20 μM ADP存在下において変性タンパク質濃度を変化させ、ADP-BeFxで形成させた弾丸型複合体に対するGroESの結合速度の変化をFRETにより測定した。その結果、弾丸型複合体に対するGroESの結合速度が変性タンパク質濃度依存的に加速することが分かった。すなわち、変性タンパク質はADPによる2個目のGroESの結合阻害効果を低下させ、フットボール型複合体の形成を促進する働きがあることを明らかにした。

第5章では、1分子蛍光イメージング法によるフットボール型複合体を経由したGroELの反応経路の解析について述べられている。フットボール型複合体の2つのGroESが解離する順番は、GroELに結合する順番により決まっているのかという疑問に答えることは、多分子の平均を扱う従来の生化学的手法では困難である。そこで、筆者は1分子蛍光イメージング法を利用することで、フットボール型複合体の2つのGroESを区別して解析した。フットボール型複合体の1分子観察を行うためには、高濃度の蛍光標識GroESを溶液中に存在させる必要があるためzero-mode waveguides(ZMWs)基板を利用して1分子蛍光イメージングを行った。ビオチン及びAlexa488で標識したGroESをビオチン化BSAとストレプトアビジンを介してZMWs基板底面に固定し、50 nM Cy5標識GroEL(Cy5-GroEL)、300 nM Cy3標識GroES(Cy3-GroES)、および変性タンパク質である還元型ラクトアルブミンを溶液中に存在させ、Cy3-GroES及びCy5-GroELの蛍光を同時観察した。その結果、Alexa488-ビオチン化GroESが存在する位置にCy3-GroES、Cy5-GroELの輝点が共局在する様子が確認できた。さらに共局在の様式は主にCy3-GroESとCy5-GroELが同時に結合して同時に解離する様式 (タイプ1)、Cy3-GroESとCy5-GroELが同時に結合して、先にCy3-GroESが解離する様式 (タイプ2)に分類され、タイプ1が31%、タイプ2が48%、その他の結合様式が21%だった。すなわち、フットボール型複合体の2つのGroESは先に結合したものが先に解離する場合 (タイプ2) が若干多いものの、後から結合したGroESが先に解離すること(タイプ1)もかなりの割合で起こることが明らかとなった。また、Cy3-GroESとCy5-GroELが共局在した時間を解析し、フットボール型複合体の寿命は平均約3秒、弾丸型複合体の寿命が約5秒であることを明らかにした。

第6章では、本研究のまとめと展望が述べられている。

以上のように、学位申請者はGroELの反応サイクル中にフットボール型複合体が存在することをFRET、FCS、および1分子イメージング法を用いて明らかにし、GroELの反応機構の解明に大きく貢献した。よって、本研究を行った鮫島知哉は博士(薬学)の学位を受けるにふさわしいと判断した。

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