学位論文要旨



No 126126
著者(漢字) 卞,舜生
著者(英字)
著者(カナ) ピョン,スンセン
標題(和) 高温超伝導体La2-x-yEuySrxCuO4における電荷ストライプ秩序と超伝導
標題(洋) Superconductivity and charge stripe ordering in La2-x-yEuySrxCuO4
報告番号 126126
報告番号 甲26126
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第543号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 教授 高橋,敏男
 東京大学 准教授 中辻,知
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

銅酸化物における高温超伝導は、擬二次元的なCuO2面を持つ反強磁性絶縁体母物質がキャリアドープによってフェルミ液体的金属に移行する中間過程で発現する。高温超伝導の発現機構は未だ明らかになっていないが、この中間過程において発現する擬ギャップ状態や電荷秩序相などの電子状態およびそれらと超伝導の関係についての理解が重要と考えられている。

電子状態を特徴付ける有効な方法の一つはフェルミ面を詳細に示すことである。最近になって過剰ドープ領域のTl系銅酸化物と不足ドープ領域のY系銅酸化物において、それぞれ大きなフェルミ面、小さなフェルミ面の存在を示す量子振動が観測された[1,2]。これらの結果から、高温超伝導体のキャリアドープの過程でフェルミ面が何らかの理由で再構成されていると考えられている。その起源の候補の一つが長周期的電荷秩序の形成による電子構造変化である。実際、結晶構造相転移に伴って電荷秩序が安定化するLa系銅酸化物におけるホール係数やネルンスト係数の測定から、電子構造の変化を裏付ける結果が報告されている[3,4]。しかし、これが結晶構造などの物質固有の特徴に起因するものである可能性があるため、電荷秩序が形成されるドープ領域でのフェルミ面の再構成が銅酸化物超伝導体の普遍的な現象であるか明らかにする必要がある。

また、不足ドープ領域の擬ギャップの起源について、超伝導の前駆状態、あるいは超伝導との競合相によるものとの相反する二つの解釈がなされ、メカニズム解明の鍵として議論が続けられている。擬ギャップ起源の候補である電荷秩序も超伝導と共存するか競合するかはっきりとわかっておらず、その解明が望まれている。

2.目的

本研究では電荷秩序形成が超伝導とCuO2面の電子状態に与える影響に着目し、銅酸化物超伝導体La2-x-yEuySrxCuO4(以下LESCO)に形成される一次元的な電荷ストライプ秩序を研究対象とした。LESCOはLaサイトへのEu置換による格子歪みによって広いドープ領域で110K~150K以下から低温正方晶(LTT)構造が形成される。そのため、100K以下で形成される電荷ストライプ秩序の安定性を結晶構造による影響とは独立にキャリア量制御によって調整できる。LESCOのキャリアドープに伴う電荷ストライプの安定性と電子状態の変化を系統的な輸送特性測定によって明らかにし、電荷ストライプ秩序形成によるフェルミ面の再構成を検証することを第一の目的とした。

次に、超伝導と電荷秩序の競合・共存関係を調べる手法として超伝導と電荷秩序に対する酸素同位体効果に着目した。電荷ストライプ秩序が形成されるキャリア1/8組成のLa系銅酸化物において、超伝導に対する巨大酸素同位体効果(16O→18O置換による超伝導転移温度Tcの抑制)が現れる[5]。電荷ストライプ秩序に対する酸素同位体効果の有無は調べられておらず、仮に電荷ストライプ秩序と超伝導が競合関係にあるとすると、酸素同位体置換によって超伝導相の不安定化によるTcの抑制と共に、それと競合する電荷ストライプ秩序の安定化による電荷ストライプ秩序形成温度TCOの上昇が観測されると推測した。このような競合相間に現れる正と負の同位体効果の例に、強磁性相と電荷秩序相が競合するMn酸化物における同位体効果の報告例がある[6]。本研究では、LESCOの超伝導と電荷ストライプ秩序に対する酸素同位体効果を評価することによって上記のシナリオを検証することを第二の目的とした。

3.LESCO単結晶の輸送特性

TSFZ法によってキャリアドープ量が異なる数種類のLESCO単結晶を合成して様々な物理特性測定を行った。磁化率からTc、電気抵抗率の温度依存性に現れるkinkからLTT構造相転移温度TLTTをそれぞれ求めた。ホール係数が減少しはじめる温度からTCOを見積もり、そこで実際に電荷秩序による長周期構造が形成されることをX線回折による超格子ピークの観測から確認した。さらにx ~ 1/8試料のホール係数は低温で正から負に符号変化した。ホール係数と同様に、ゼロ磁場中で測定したゼーベック係数もTCO以下からの減少と符号変化が観測された。また、ネルンスト係数が降温に伴って増大し(この温度をT〓と定義)、x ~ 1/8試料では異なる二つのピークが観測された。

y = 0.2のLESCOの測定結果を図1の相図にまとめた。電荷ストライプ秩序の安定化に伴って超伝導が抑制されるx ~ 1/8近傍では、キャリア濃度と移動度に敏感なホール係数とゼーベック係数が正から負に符号変化する。また、T〓も過剰ドープ領域からこのドープ領域にかけて大きくなる。ネルンスト係数は超伝導揺らぎによって増大し、準粒子の生成によって増大または減少する[7]。T〓での増大の起源を準粒子によるとすると、これは金属的な過剰ドープ領域からキャリアが徐々に減少するにつれて準粒子の寄与が大きくなること、すなわち電子状態が電荷ストライプ秩序の安定化と共に徐々に変化していることを示唆する。TLTTはキャリア濃度依存性が小さくTCOより高いことから、電子構造変化の起源は構造相転移ではないことが分かる。これらの結果から、電荷ストライプ秩序がキャリアx ~ 1/8に近づくにつれて安定し、長周期構造を形成した結果としてフェルミ面の再構成が起きていると考えられる。

4.LESCOにおける超伝導と電荷秩序に対する酸素同位体効果

固相反応法によってLESCO多結晶( x = 0.125, 0.16 )を合成し、金電極を焼き付け測定試料とした。まず不定比性があるLESCOの酸素量を飽和させるため、全ての試料を16O2雰囲気中で充分に熱処理した。その後、試料を二つに分けて一方を16O2、他方を18O2雰囲気で熱処理し、それぞれ16O試料、18O試料とした。それぞれの試料の重量測定及びラマン分光測定によって18Oが60%~70%の割合で置換されていることを確認した。熱処理前後に磁化測定、ホール係数測定を行い、酸素同位体置換によるTcとTCOの変化を評価した。

図2にx = 0.125の16O試料および18O試料の磁化率とホール係数の温度依存性を示す。Tcから見積もった同位体効果係数〓( 〓 = 〓logTc/〓logMO、MO:酸素質量 )は2±0.5でありBCS超伝導体が示す値〓 ~ 0.5と比較して非常に大きい。しかし、ホール係数の温度依存性は両者に有意な差がみられなかった。これは同位体置換されてもTCOがほとんど変化しないことを意味する。この結果はx = 0.16試料も同様で、〓は1.5±0.3と大きな値をとったがTCOはほとんど差がなかった。

Tcに対する巨大同位体効果とは対照的にTCOに対して同位体効果はほとんど現れないことから、超伝導が酸素同位体置換によって不安定化しても電荷ストライプ秩序は安定化せずほとんど影響が無いことが分かった。この結果は、超伝導と電荷ストライプ秩序が互いに競合しているとしても一方が安定化すれば片方が不安定化するという単純な競合関係にはないことを意味すると考えられ、安定な電荷ストライプ秩序の存在下で、超伝導は不安定ではあるが共存していることを示唆する。

5.総括

高温超伝導体LESCOを対象に、( I )単結晶試料合成と磁化および様々な輸送特性の測定、( II )多結晶試料の合成および酸素同位体置換、磁化・ホール係数測定を行った。( I )の結果、LESCOにおいて構造相転移とは独立な現象として、キャリアx ~ 1/8近傍での長周期電荷ストライプ秩序形成によって電子ポケットの生成などの電子構造変化が起きていることが示された。今回の結果から、このような電荷秩序形成によるフェルミ面の再構成が他の高温超伝導体においても普遍的にみられる現象であることが示唆される。( II )の結果から、電荷ストライプ秩序の安定化に伴って超伝導が抑制されるが、酸素同位体置換によって超伝導が不安定化しても電荷ストライプ秩序には影響が無く両者が単純な競合関係には無いことが示された。これらの結果から、電荷秩序は単に超伝導に付随する競合相であるわけではなく、超伝導状態と共存してその発現メカニズムに重要な役割をはたす秩序状態であるといえる。

[1] N. Doiron-Leyraud et al., Nature 447, 565 (2007).[2] B. Vignolle et al.,Nature 455, 952 (2008).[3] Davie LeBoeuf et al., Nature 450, 533 (2007).[4] O. Cyr-Choiniere et al., Nature 458, 743 (2009).[5] M. K. Crawford et al., 250, 1390 (1990).[6] I. Isaac et al., Phys. Rev. B 57, 5602 (1998).[7] Kamran Behnia, J.Phys. Condens. Matter 21, 113101 (2009).

図1. La1.8-xEu0.2SrxCuO4の構造・電子相図

図2. La1.675Eu0.2Sr0.125CuO4の磁化率とホール係数に対する酸素同位体効果

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、題目「高温超伝導体La2-x-yEuySrxCuO4における電荷ストライプ秩序と超伝導」に表現されるように、高温超伝導体La2-x-yEuySrxCuO4(LESCO)を舞台とした多角的な物性研究から、銅酸化物超伝導体のCuO2面に形成される電子の自己組織化構造と超伝導発現の関係を明らかにした研究である。論文は全4章からなる。

第1章では、研究背景が述べられている。銅酸化物高温超伝導体では反強磁性絶縁体にキャリアがドープされる過程で高温超伝導が発現する。超伝導に隣接して、電荷秩序状態が形成される。高温超伝導機構解明の観点から、微小ドープ領域でのフェルミ面再構成と電荷秩序との関係、電荷秩序と超伝導の共存競合関係を明らかにすることの重要性が指摘されている。本章の最後に、研究対象とした電荷秩序の一種である電荷ストライプ秩序についての予備知識がまとめられている。

第2章では、電荷秩序がフェルミ面再構成にどのように寄与するか明らかにすることを目的としてLESCO単結晶に対して行った様々な輸送特性測定とそれらの結果が述べられている。LESCOは結晶構造相転移と電荷ストライプ秩序形成が独立に起こる。電子状態に対する結晶構造変化の寄与を分離できるため、電荷秩序形成によるフェルミ面再構成を検証するのに適した物質である。

キャリア濃度とEu置換量が異なる様々な組成の11種類のLESCO単結晶が育成された。これらの試料に対する磁化測定、X線回折、ホール係数測定から、キャリア量x ~ 1/8近傍において、超伝導が強く抑制されて長周期電荷ストライプ秩序が最も安定に形成されることが示されている。x ~ 1/8キャリア領域では、電荷秩序の安定化に伴ってホール係数とゼーベック係数が正から負に符号変化する。この結果からYBCOの量子振動観測から提案された不足ドープ領域における電子ポケットの生成がLESCOでも起きていると結論付けられる。また、電荷ストライプ秩序形成に付随するようにネルンスト係数が増大する。電気抵抗率とホール係数、X線回折実験結果の比較からフェルミ面の再構築が結晶構造相転移と独立に起きていることが示される。

第3章では、LESCO多結晶に対して行われた酸素同位体置換及び磁化・ホール係数測定とその結果について述べられている。超伝導と電荷ストライプ秩序に対する酸素同位体効果の比較から、双方の共存・競合関係が議論されている。最初にMn酸化物における同位体効果の例が示され、同位体効果が相競合を検証する有力な手法であることが指摘されている。次にLESCO多結晶の合成及び酸素同位体置換熱処理の手法、重量測定とラマン分光による同位体置換の確認について述べられている。得られた試料に対して磁化及びホール係数をそれぞれ測定した結果、酸素同位体置換によって超伝導は抑制されるものの電荷ストライプ秩序の安定性はほとんど変化しないことが示されている。このことから、超伝導と電荷秩序の関係は単純な競合関係にはないと結論づけられている。

第4章では、本論文全体が総括され、電荷秩序が超伝導の種結晶的な役割を果たしていることなどが議論されている。

以上、本論文でまとめられた研究により、電荷秩序がCuO2面の電子構造を劇的に変化させ、フェルミ面を再構成すること、および電荷秩序と超伝導が非競合関係にあることが明らかにされた。本研究の結果は、高温超伝導体の電子構造の理解に重要な知見を提供するとともに、電荷秩序が超伝導と共存してその発現に重要な役割を果たしている可能性を示したものであり、高温超伝導発現メカニズムの解明に大きなインパクトを与える。超伝導工学、相関電子科学、さらには物性物理に寄与するところ大であり、博士(科学)の学位請求論文として合格と認められる。

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