学位論文要旨



No 126128
著者(漢字) 矢島,健
著者(英字)
著者(カナ) ヤジマ,タケシ
標題(和) 二元系遷移金属酸化物ReRAMにおけるブリッジ構造の形成機構
標題(洋) Mechanism of the bridge structure formation in binary transition metal oxide ReRAM device
報告番号 126128
報告番号 甲26128
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第545号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木,英典
 東京大学 教授 寺嶋,和夫
 東京大学 教授 廣井,善二
 東京大学 准教授 山本,剛久
 東京大学 准教授 百生,敦
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

絶縁性酸化物を金属電極で挟んだ素子において発現する抵抗スイッチング現象は、近年不揮発性の抵抗変化型メモリ(ReRAM) に応用されている。ReRAMは高いメモリ特性などから、次世代メモリとして注目され、盛んに研究が行われている[1]。しかしスイッチング機構に未解明な部分が多く、実用化への大きな妨げになっている [2]。

二元系遷移金属酸化物ReRAMは使用するにあたり、「フォーミング」と呼ばれる電圧印加による素子初期化操作が必要である。近年、フォーミング時に「ブリッジ構造」と呼ばれる導電性パスが電極間に形成されることや、フォーミングが電界駆動の絶縁破壊類似現象であることなどが、素子内部の可視化が可能であるplaner型素子を用いて明らかにされた[3]。現在、この系においては、ブリッジ構造内部に存在する金属フィラメントの局所的な酸化還元により抵抗スイッチングが発現するという「フィラメントモデル」が最も妥当なモデルであると考えられている。抵抗スイッチングが酸化還元であるとするならば、酸素の動きが重要な役割を果たすことは間違いなく、酸素に着目することが、機構の全貌解明において重要である。

また抵抗スイッチングの舞台がブリッジ構造であることから、ReRAM実用化の上で、ブリッジ構造のサイズや形成位置の制御が重要となる。最近では、突起状電極を使用したブリッジ構造のピニングなどが報告されるなど、簡便かつ現象理解に基づいたブリッジ構造の制御が求められつつある[4]。

2. 目的

本研究では、フォーミング時の酸素の動きに着目し、18Oイオンをトレーサーとした二次イオン質量分析(SIMS)による酸素拡散追跡から、ブリッジ構造形成機構の解明を行った。さらに、顕微ラマン分光の結果と組み合わせ、ブリッジ構造内部の化学組成の評価も行った。

またブリッジ構造が絶縁破壊類似現象であることに着目し、酸素イオン注入によるリークパス形成を用いたブリッジ構造ピニング、およびイオン注入法を用いたReRAM素子パターニングという新たなデバイス作製手法の確立を目指した。

3. 実験方法

3-1. 試料作製

熱酸化SiO2/Si基板上にCuO多結晶薄膜を3.4 μmの厚さで堆積させ、成膜後にAr-H2 150℃下で還元処理を行った。還元処理後も薄膜の組成はCuOのままであった。このCuO薄膜上にEB蒸着法にてPtを300 nm堆積させた。これまでplanar型素子は収束イオンビーム(FIB)加工によりPtを除去することでチャネルを形成してきたが、本研究ではあらかじめ電極間中央部のみPtを除去し、18Oイオン注入を行うことで選択的にトレーサーである18Oイオンを配置させた。注入条件は加速電圧100 kV、注入量5 × 1016 ions/cm2とした。イオン注入後、さらにFIB加工を施すことで図1(a)のような素子中心部のみに18Oイオンが注入されたplaner型素子を作製した。図1(b)に示すように18Oイオン濃度は表面近傍が最大となっている。この素子にフォーミング操作を行ったところ図1(c)のような幅約3 μmのブリッジ構造が形成され、素子には明確な抵抗スイッチングが付与された。

3-2. ブリッジ形成時の酸素拡散追跡および化学組成変化

素子中央表面部分に注入された18Oイオンのフォーミング操作後の拡散の様子を、SIMSによるマッピング分析から調べた。測定には空間分解能に優れた飛行時間SIMS (TOF-SIMS) および感度に優れたDynamic-SIMS (D-SIMS) の両者を用い、ブリッジ構造の化学組成分析については、顕微ラマン分光を用いた。

3-3. 酸素イオン注入によるブリッジ構造のピニング

CuOは金属欠損型p型半導体であるため、酸素イオン注入により人為的に金属欠損を生成させ、リークパスを形成することで、ブリッジ構造のピニングが可能であると考えた。そこで18Oイオン注入と同様の手法にて素子の一部に16Oイオンを注入した素子を作製し、このアイデアの実証を試みた。

4. 結果および考察

4-1. TOF-SIMS

ブリッジ構造形成時の酸素拡散・輸送は、ブリッジ構造以外の部分をイニシャル部とし、ブリッジ部の酸素分布と比較することで解析を行った。ブリッジ構造形成は数μmの微小領域の現象であるため、まずは空間分解能が高いTOF-SIMSにより表面数原子層の二次イオン分布を評価した。イニシャル部分の18Oイオンは注入部を中心としたGaussian分布をしており、ブリッジ部分ではアノード側に偏って分布していた。これはフォーミング時に、アニオンである酸素が電場により輸送された結果であると考えられる。また、ブリッジ部分における18Oイオンの積算強度はイニシャル部に比べ減少しており、電場垂直方向(Z方向)への18Oイオンの拡散が示唆された。16Oイオンについても同様の分析を行ったところ、ブリッジ部の酸素量はイニシャル部とほぼ同等であり、ブリッジ構造表面の組成がCuOであることが分かった。

4-2. Dynamic-SIMS

次に、TOF-SIMSに比べ空間分解能ではわずかに劣るものの感度に優れたD-SIMSを用い、18Oイオン拡散・輸送の解析を行った。図2にブリッジ構造周辺のD-SIMSによる16O, 18Oの二次イオンマッピング像および線分析結果を示す。D-SIMSではTOF-SIMSの結果と比べ、高感度かつほぼ同等の分解能が得られた。この像は表面から300 nm程度の積算分析の結果であり、各イオンの深さ方向積算平均情報である。イニシャル部の18Oイオンは注入部を中心としたGaussian分布をしていた。一方、ブリッジ部は注入した18Oイオン強度が劇的に減少していた。TOF-SIMSの結果とあわせて考えると、表面近傍に存在した18Oイオンはブリッジ内側に拡散するのではなく、大気へと放出されたと結論づけることができる。またD-SIMSにおいても18Oイオンのアノード方向への輸送が観測された。

ブリッジ部の16Oイオン強度は大幅に減少しており、イニシャル部分をCuO1.0とした場合、強度比からアノード側がCuO0.6、カソード側はCuO0.5程度と見積もることができる。このことはブリッジ構造形成時の還元、および拡散によるアノード方向への酸素分布の偏りを意味している。

4-3. 顕微ラマン分光

顕微ラマン分光により、ブリッジ部とイニシャル部の化学組成の差異を評価した結果、図3に示したように、イニシャル部ではCuOのピークのみが観測され、ブリッジ部分ではCuOのピークに加えCu2Oピークが観測された。このことは、ブリッジ構造が形成される際に、一部のCuOがCu2Oに還元され、両相が混在している状態にあることを示唆しており、還元の駆動力としてジュール熱が考えられる。

4-4. ブリッジ構造の形成機構および内部の組成分布

実験結果を総合すると、ブリッジ構造内部は図4のように金属フィラメントを中心とした酸素量のグラデーションが生じている状態であると理解できる。ブリッジ構造形成機構は、まず絶縁破壊的に金属導電性のフィラメントが生成し、フィラメント周囲に生じたジュール熱によりCuOの還元が生じる。フィラメントおよびその周囲の還元により生じた余剰酸素は表面方向に拡散し、表面部分では大気へ放出される。またこれらの電場垂直方向の拡散に加え、酸素イオンが陰イオンであることを反映したアノード側への酸素イオンの輸送も存在していると考えられる。

4-5. ブリッジ構造のピニング

16Oイオン注入量1.0×1016 ions/cm2とし、図5(a)に示すような素子を作製したところ、図5(b)のSEM像のように、イオン注入部に選択的にブリッジ構造が形成され、素子には明確な抵抗スイッチング特性が付与された。この結果はイオン注入法によるブリッジ構造のピニングが可能であり、素子の微細化が可能であることを意味している。また、リソグラフィと組み合わせ、電極までもイオン注入で作製すれば、貴金属フリーな素子作製が可能となる。

5. 総括

本研究は、18OイオンをトレーサーとしたSIMSによる酸素拡散追跡、および顕微ラマン分光を利用した化学組成分析から、ブリッジ構造の形成機構および内部の組成分布を明らかにしたものである。このブリッジ構造形成機構理解のもとに、酸素拡散を制御することにより、ReRAMの動作特性の向上や微細化が可能となる。フォーミング時の酸素拡散の様子を明らかにしたが、Setも微小領域で起こるフォーミング同様の還元現象であると捉えると、同様の酸素拡散が生じていると予想することができる。

またイオン注入法を用いたピニング手法を開発し、イオン注入とリソグラフィを利用した新たなデバイス作製手法の提案を行った。この成果は、素子の高集積化を可能にし、ReRAM実用化へ大きく近づけるものである。

[1] I. G. Beak et al., Tech. Dig. -Int. Electron Device Meet. 2004, 587.[2] R. Waser et al., Adv. Mater., 21, 2632 (2009)[3] K. Fujiwara et al., Jpn. J. Appl. Phys., 47, 6266 (2008).[4] K. Fujiwara et al., Appl. Phys. Express 2, 081401 (2009).

図1. (a) 作製した素子の模式図. (b) 素子中18Oの深さ方向分布. (c) 素子のSEM像.

図2 (a) 18Oの二次イオン像. (b)16Oの二次イオン像.(c) 18OのY方向線分析結果. (d) 16OのX方向線分析結果.

図3. イニシャル部およびブリッジ部のラマンスペクトル.

図4. ブリッジ構造形成機構の模式図.

図5 (a) 素子の模式図.(b) イオン注入によるピニング結果.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、遷移金属酸化物ReRAMにおけるブリッジ構造形成機構解明、および新規素子作製手法開発について述べられたものである。論文は、全7章からなる。

第1章「二元系酸化物ReRAMとは」では、本研究の着想に至った背景として、二元系酸化物ReRAMについて述べられている。抵抗変化型メモリReRAMは、現在のSiを用いた不揮発性メモリに替わる次世代メモリの最も有望な候補として注目されている。しかしその動作機構は解明されたとは言い難く、実用化に向けて動作機構の早期解明が望まれる。二元系酸化物の素子では、初期化操作Formingの際に電極間に形成されるブリッジ構造が、メモリ動作の礎となる抵抗スイッチングの舞台である。このブリッジ構造内部に金属フィラメントが存在し、その局所的な酸化還元により生じる抵抗変化が動作モデルとして提案されている。したがって、ブリッジ構造の形成機構や形成後の内部組成分布などを明らかにすることが、二元系酸化物ReRAMのスイッチング機構解明および高性能化に向けて最重要である。

第2章「本研究の目的」では具体的な目的が述べられている。抵抗スイッチングの正体が酸化還元であるとすれば、その主役と言える酸素の動きに着目することで、ブリッジ構造形成機構を解明することができると期待される。また形成機構を明らかにすることにより、機構に基づいた新規デバイス作製手法の提案を行うことが可能であると期待される。このような指針に従い、研究を行い、第4章から第6章の成果を得た。

第3章「試料作製および測定」では、本研究で用いた試料作製方法および実験装置について説明がなされ、特殊なものについては原理まで紹介されている。

第4章「ブリッジ構造形成時の酸素拡散追跡」では、Formingにより形成されるブリッジ構造形成機構を明らかにした。酸素トレーサーとして18Oイオンを注入したPlaner型Pt/CuO/Pt素子を用いたSIMSマッピング分析から、ブリッジ構造形成時の酸素の空間的な動きを可視化することに成功した。その結果、ブリッジ構造形成時に素子表面付近の酸素は大気へと拡散されること、アノード方向への酸素の輸送が存在すること、ブリッジ構造内部には金属フィラメントを中心とした酸素量のグラデーションが形成されることを明らかにした。また顕微ラマン分光から、ブリッジ構造形成後の内部組成分析を行い、ブリッジ構造形成時にCuOの一部がCu2Oへと還元されることを明らかにした。

第5章「単結晶を用いた微細化極限の探索」では、ReRAM微細化を目指す上で重要となる、ブリッジ構造幅の微細化極限について述べられている。メモリの記録密度向上は、素子の微細化によりなされる。そこで、素子にガイド構造を導入することによって微細化を行った結果、ガイド構造による狭窄および投入電力の抑制、単結晶基板を用いることで、少なくとも幅100 nm以下までは微細化が可能であり、現行Siデバイスと同等以上の集積が可能であることを明らかにした。

第6章「新規ReRAM素子作製手法の開発」では、本研究第4章で明らかにしたブリッジ構造形成機構に基づき、ブリッジ構造のピニングが酸素イオン注入により達成可能であることを提案・実証した。通常ブリッジ構造形成位置はランダムであるが、CuOは金属欠損型p型半導体であることから、酸素イオン注入により金属欠損によるリークパスを形成させることでこの形成位置を制御することに成功した。

最後に第7章「総括」において、本論文を通して得られた結果に関して総合的な討論、本論文の総括が行われている。

なお本論文第4章は、藤原宏平、中尾愛子、小林知洋、田中俊之、洲之内啓、鈴木嘉昭、武田麻衣、小島健太郎、中村吉伸、谷口耕治、高木英典各氏との共同研究、第5章、第6章は藤原宏平、中村吉伸、高木英典各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験計画立案、試料作製、評価および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上より本論文は、酸素の動きに着目することで、これまで未解明であったReRAMの動作機構のうちブリッジ構造形成機構を解明し、明確な指針に基づく素子材料設計を可能にした点、および来るべきReRAM実用化に向けて、微細化に対応した新規素子作成技術を確立したという点で独創的かつ新しい成果であると言える。よって物質科学研究の発展に寄与するところ大であり、本論文は博士(科学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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