No | 126129 | |
著者(漢字) | 山田,剛治 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマダ,ゴウジ | |
標題(和) | 極超音速衝撃層内熱化学的非平衡現象のモデリングに関する実験的研究 | |
標題(洋) | Experimental investigation on Modeling of Thermochemical Nonequilibrium Phenomena in the Hypervelocity Shock Layer | |
報告番号 | 126129 | |
報告番号 | 甲26129 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(科学) | |
学位記番号 | 博創域第546号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端エネルギー工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 将来、完全再使用型の宇宙船の開発や惑星探査などの高度な再突入を必要とするミッションが提案されている。アメリカではスペースシャトルが退役した後の次世代有人宇宙船であるオリオン宇宙船の研究開発が活発に行われている、そして月や火星への有人飛行が計画されている。日本でも現在、小惑星サンプルリターンミッション「はやぶさ」計画が進行中であり、2010年6月に地球に帰還予定となっている。この計画の最終段階では、小惑星のサンプルを搭載したカプセルが惑星間軌道から直接地球に再突入する予定であり、その再突入速度は12km/sにも達する。そのため、スペースシャトルのような地球周回軌道からの再突入に比べて厳しい加熱環境になることが予想される。将来、このような再突入を伴うようなミッションはますます活発に行われるようになる。そのため、再突入時の厳しい加熱環境から機体を守る技術の向上が望まれる。 宇宙船が大気圏に再突入する際には機体前方に強い離脱衝撃波が発生する。そして衝撃層内で気体分子は強い圧縮を受け、内部モードの励起や解離、電離といったような化学反応が生じてプラズマの状態になる。高々度を飛行するために地上に比べて気体分子同士の衝突が十分に起こらず、これらの反応過程の進行が遅くなる。一方、飛行速度が速いために反応過程が平衡に達する前に宇宙船は飛び去ってしまう。よって宇宙船の周りの流れ場は常に熱化学的に非平衡状態にある。この熱化学的非平衡現象は宇宙船の空力特性や加熱環境に大きな影響を及ぼすことが過去の研究から明らかにされている。そこでこの熱化学的非平衡現象を考慮して飛行環境の評価が行われている。現在飛行環境の評価には気体分子の内部モードの非平衡性を考慮したパークの2温度モデルが広く用いられている。しかしながらいくつかの実験によると2温度モデルでは再現できないような現象が報告されている。そのためさらなる検証により2温度モデルの問題点を見つけ出し必要であれば修正をしてモデルの精度を向上させることが必要である。そこで本研究の目的は実験的検証により熱化学的非平衡現象を予測する熱化学モデルの精度を向上させることにある。 本研究は主に飛行環境を模擬するための実験装置の開発、観測精度を向上させるために計測システム開発、そして分光計測試験から成り立っている。以下ではそれぞれについて説明する。 1.自由ピストン二段隔膜衝撃波管の開発 本研究では飛行環境を模擬するための実験装置である自由ピストン二段隔膜衝撃波管の開発をいった。本装置はアルミニウム合金製の70×70mmの断面を有する観測部を有している。これによる不純物からの発光を低減する工夫がなされている。またターボ分子ポンプの使用により高真空まで排気が可能となっており、不純物の少ない試験環境を実現している。最初に自由ピストンの駆動条件をピストンの運動解析と第一隔膜の破膜圧力測定試験により明らかにした。次に本衝撃波管の作動特性を把握するために各部の圧力条件を変化させて観測部での衝撃波速度の依存性を調べた。そして最終的に本装置が有する性能を調べて実際の飛行環境との比較検討を行った。その結果から本装置は、惑星間軌道からの再突入として代表的な、はやぶさカプセルの再突入飛行環境を十分模擬できる性能を有していることがわかり、本研究の目的を十分達成できることを明らかにした。 2.観測精度を向上させるための計測システム開発 衝撃波背後の熱化学的非平衡現象は衝撃波面を基準とした経時変化であるために、分光計測の際に取得したスペクトルの衝撃波面からの位置情報が正確に求めなければ現象を把握することができない。従来の研究では1本のレーザーを利用したレーザーシュリーレン法により取得したスペクトルと衝撃波面との位置関係が求められていた。しかしながら速度の計測は圧力センサーにより行われており、圧力センサーは観測部壁面に取り付けられているために、衝撃波管駆動時の振動や境界層の影響を受けやすいといった問題がある。このため本研究では2本のレーザーを利用して速度の計測と取得したスペクトルと衝撃波面との位置関係を同時に行うダブルレーザーシュリーレン計測システムを開発した。これにより速度計測とスペクトル位置の決定を非接触で行うことができ、スペクトル観測精度を大幅に向上させることに成功した。 3.分光計測試験 3.1 衝撃波背後の温度分布の計測 従来の研究において衝撃波背後の温度分布計測が行われて2温度モデルの検証が行われてきた。これらの研究では、窒素分子の励起準位の発光スペクトルであるN2(2+)バンドが計測されて、輻射解析コードSPRADIANを用いたスペクトルフィッティング法による温度推定が行われてきた。これらの結果は特に、2温度モデルが予測する回転温度と著しく非平衡状態にあり回転緩和に関しての修正を指摘している。しかしながらこれらの実験で得られた回転温度は2温度モデルの予想値に比べて著しく低く、またN2(2+)バンドは特異な放射遷移過程を持つことが指摘されているために、気体分子の内部状態を正しく反映しているかわからない。モデルの検証をより正確行うためには基底準位状態にある内部モードを知る必要があるが、実験的に測定することが非常に困難である。そこで本研究では電子励起状態に関わる情報を取得するために、基底準位状態により近い分子スペクトルであるN2(1+)バンドの計測を行い、取得したスペクトルから内部状態を求めてN2(2+)バンドから得られる計測結果との比較検討を行った。また同時に2温度モデルとの比較検討も行った。この結果からN2(1+)バンドから得られる回転温度も2温度モデルの予測値と強い非平衡状態にあることがわかったが、N2(2+)バンドから得られる回転温度よりも高い温度であることが明らかになった。これによりN2(2+)バンドに特異の放射遷移により、スペクトルから得られる回転温度が低く見積もられている可能性が示唆された。 またN2(2+)バンドとN2(1+)バンドの発光スペクトルに対するスペクトル解析結果から電子励起温度が振動温度と非平衡であることが示唆された。 3.2 真空紫外領域の分光計測 はやぶさカプセルの再突入時に加熱環境の解析結果から惑星間軌道からの再突入時のような再突入速度が速い場合、対流加熱に比べて輻射加熱の割合も無視できなくなることが明らかになっている。またこの解析結果によると特に、輻射加熱の割合の大部分は真空紫外・紫外領域の分布していることが指摘されている。このことから速度が速い再突入の場合、真空紫外・紫外領域からの加熱について調べることが重要であることがわかった。しかしながら、この領域に分布する輻射光を計測することは困難であることから、計測された例は非常に少ないのが現状である。そこで本研究では、従来困難とされてきた真空紫外領域における輻射光の分光計測を新たに行った。最初に衝撃波管観測部付近において真空紫外分光計測システムの開発をいった。次に取得スペクトルの絶対強度を求めるために、真空紫外用の重水素光源を用いて計測システムの校正係数求めた。そして真空紫外・紫外領域において、速度が速い場合と遅い場合の二つの実験条件でスペクトル計測を行い、速度の増加とともに真空紫外領域におけるスペクトル強度が強くなることが実験的に明らかになった。また真空紫外・紫外領域におけるスペクトルに対してスペクトル解析を行ったところ、電子励起温度が振動温度よりも高く非平衡であることが示唆された。この結果はN2(2+)バンドとN2(1+)バンドの発光スペクトルに対する解析結果と同じである。このために幅広い波長範囲において窒素原子線の計測を行い、実験的スペクトルから線対法により電子励起温度の評価を行った。この結果から衝撃波背後において実験で得られた電子励起温度は振動温度より高く、非平衡でありスペクトル解析結果と一致する結果が得られた。この結果はパークの2温度モデルにおいて電子励起温度と振動温度が同じであるという仮定の修正を指摘するものである。 以上を踏まえて最終的に2温度モデルに変わり、内部モードに4温度の過程を用いて衝撃波背後で振動温度よりも電子励起温度が高くなる現象を再現できるようなモデルの構築を試みた。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなり、第1章は本論文の研究を着想するに至った背景と本論文の目的、第2章は本研究で新たに開発した自由ピストン二段隔膜衝撃波管装置と分光計測装置、第3章は衝撃波管装置の性能評価の結果、第4章は窒素分子からの発光を利用した温度計測の結果、第5章は真空紫外分光法および実験結果、第6章は観測結果を説明するための熱化学モデルの提案について述べられている。第7章は結論である。 第1章では研究の背景として、航空宇宙工学において、大気突入システムが遭遇する飛行環境について触れ、飛行環境予測において衝撃波背後の強い熱化学的非平衡過程を高い精度で予測することの必要性について議論がなされており、これを実現するために本研究において「将来の大気突入システム開発に十分な性能を有する衝撃波管実験装置および光学計測装置の開発」「同実験装置を用いた熱的非平衡過程の観測」「実験結果に基づいた新しい熱化学モデルの提案」を目的として掲げている。本章では当該研究分野に関わる背景の十分な調査が行われ、また目的の設定も合理的かつ独創的であると認められる。 第2章では従来の試験装置および計測装置の課題を精査し、これらを解決するために必要な要件を備えた装置を新規に開発した経緯が詳細に述べられている。従来よりも光路長を拡大し、不純物を除去してリークレートを抑制するために導入したアルミ引き抜き観測部は独創的であり、効果が認められる。また極短時間の過渡的現象を高い空間分解能で計測するために考案したダブルレーザシュリーレンシステム、多点同時分光システム、高効率集光装置による時間凍結分光システムは独創的であり、高速現象の測定に有効であると認められる。 第3章では、第2章で開発された衝撃波管の最適運転手法が検索されている。簡易な数値モデルにより作動条件をおおまかに推測し、実験によって最適な運転条件をパラメトリックに探索した結果、目標性能である超軌道再突入飛行環境を再現する衝撃波速度を実現できたことが認められる。 第4章では、窒素分子の発光スペクトルに基づいた温度計測により衝撃波背後の熱的非平衡過程が明らかとなり、計測装置が目標とする現象を観測することに成功したことが確認できる。ここでは、従来計測されてことが希であった窒素分子の1+バンドスペクトルにも注目し、同じ窒素分子からの発光スペクトルでも2+バンドスペクトルと1+バンドスペクトルでは分子の温度に差異があること、電子励起状態が従来のPark の二温度モデルが予測する振動-電子温度では説明できず、非平衡状態にあることが指摘されている。これは従来に無い新しい発見であると言える。 第5章では、第4章までの議論によって、広範なエネルギー領域における発光スペクトルを取得して電子励起状態に関する情報を取得する必要がある、という課題を新たに提起し、これを実現するために真空紫外分光計測システムを開発している。真空紫外波長領域において時間分解能が高く、かつ空間分解能の高い分光計測は世界にも類が無く、高い先進性が認められる。計測結果から、第4章で得られた分子における電子励起非平衡だけでなく、原子においても電子励起非平衡が存在することを新たに発見し、電子励起温度は分子と原子においてほぼ同じ温度で記述できること、また電子励起温度は広く用いられているParkの2温度モデルで予測される振動-電子温度よりも著しく高い、という結果を得ている。従来、狭い波長領域の分光計測から得られた電子励起温度は振動-電子温度よりも低く、その原因は謎とされていたが、本計測によって実際には電子励起温度は振動温度よりも高く、このような正しい結果は広い波長範囲に存在するスペクトルを利用しないと得られない、ということが新たに指摘されたといえる。 第6章では、第5章までの実験結果にもとづいて従来の熱化学モデルの問題点を分析し、プリカーサ加熱を導入した新しい熱化学モデルを導入することで実験結果が再現可能であることを示している。電子励起温度の非平衡性を考慮するために、従来広く用いられているParkの2温度モデルを、並進-回転-振動-電子温度を全て分離した4温度モデルへ拡張し、パラメトリックな解析を実施している。その結果、衝撃波背後の高温領域からの放射により衝撃波前方が加熱されなければ実験結果が再現できないこと、そのような物理機構が存在することが示されている。そして、4温度モデルにプリカーサ加熱を導入することにより、衝撃波背後で観測された電子励起温度を再現することに成功している。 第7章では結論として以上の結果をとりまとめており、第1章で掲げた目的を達成していると認められる。 なお、本論文第2章は、宇宙航空研究開発機構 研究開発本部 流体グループにおいて進められた衝撃波管開発の一環として行われた共同研究であるが、論文提出者が主体となって開発を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上要するに、本論文は極超音速衝撃層内で発生する熱化学的非平衡現象を自由ピストン二段隔膜衝撃波管により発生させ、発光分光計測により物理過程を明らかにするものであり、従来計測が行われてこなかった波長領域のスペクトル計測を行い、電子励起状態に非平衡性があることを新たに発見し、新しい熱化学モデルを提案して実験結果をより高い精度で再現することに成功した独創的かつ先進的な研究であり、先端エネルギー工学、特に航空宇宙分野への大きな寄与が認められる。 したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。 | |
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