学位論文要旨



No 126133
著者(漢字) 鈴木,誠
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,マコト
標題(和) 無線センサネットワークにおける高精度サンプリング方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 126133
報告番号 甲26133
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第550号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 基盤情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 若原,恭
 東京大学 准教授 南,正輝
 東京大学 講師 小川,剛史
内容要旨 要旨を表示する

計測は科学・技術の基盤である.近年では,「見える化」などのキーワードのもと,データの蓄積および解析による効率化や現象の解明への期待が高まっている.

無線センサネットワークはこのような要求に広く応える可能性を持つ技術であるといえる.無線センサネットワークはMICA moteなどの無線通信モジュールを備えた小型のセンサノードを用いて,有線の敷設を必要とせずに無線によってアクセス網を確保することができる.このような技術を利用して計測システムを構築することができれば,計測システムの抜本的な低廉化が期待できる.

しかしながら,無線センサネットワークにおいては,現象を記録するうえで最も基本的な機能であるサンプリングに関しての議論がいまだに尽くされていない.本論文は,無線センサネットワークにおいて,「どのようなサンプリングが望ましいのか」「どのようなサンプリングが実現可能なのか」について論じ,「どの程度のアプリケーションに適用できるのか」を明らかにすることを目的としている.

無線センサネットワークのように,分散してサンプリングを行うシステムでは,取得したサンプル列を比較するために,時刻同期について考えなくてはならない.時刻同期は,サンプリングだけでなく,省電力,一貫性の維持などで必要となるネットワークの基盤であるためこれまでにも多くの研究が進められている.しかしながら,時刻同期誤差がどのような要因で構成されているのかが明らかにされていない.

現在は,少ない同期パケット数で高精度な時刻同期を行えるという特徴から,FTSPが標準的な時刻同期プロトコルとして多くのアプリケーションで利用されている.FTSPでは,シングルホップにおいて生じる誤差要素のすべてを抽出し,MACレイヤタイムスタンプと線形回帰を導入することで,11ホップのネットワークにおいて誤差を最大で67usに抑えられることを示している.FTSPはこのような高精度の時刻同期をフラッディングベースの簡略で効率的な方式で実現しているため,多くのアプリケーションの時刻同期に対する要求を満足することができる.

しかしながら,FTSPはシングルホップで生じる誤差に関して最小化を行っているものの,このシングルホップで発生した発生した誤差がマルチホップネットワークを通じてどのように伝播していくかについて検討されていない.従って,FTSPの手法がマルチホップネットワークにおいて最適な手法であるか明らかではない.

このような観点から,誤差伝播を解析することによって,時刻同期誤差のモデル化を行った.具体的には,誤差補正手法をFIRフィルタとして捉え,誤差の増幅特性について解析を行った.結果によれば,FTSPではホップ数に対して誤差が指数関数的に増大することが分かった.さらに,この解析に基づいて,地震モニタリングなどで必要となる「ネットワークの自由度」「パケットロスに対してロバスト」「ホップ数に対してスケーラブル」「誤差推定可能」という特徴を備える時刻同期プロトコルの設計を行った.

次いで,サンプリング方式に関して検討を行った.無線センサネットワークにおいてこのような高精度な時刻同期が実現できることを考えると,時刻を同期させるだけではなく,サンプリングタイミングまでを同期させることも可能となる.無線センサネットワークによる地震モニタリングの構築に向けては,忠実な記録を行うために,どのようにサンプリングジッタを低く維持するかを考えなければならない.サンプリングジッタは,想定したサンプリングタイミングと実際のサンプリングタイミングの差として表され,測定精度に影響を与える.

無線センサネットワークでは,前述の時刻同期誤差に加えてタスクスケジューリングに起因したジッタが存在する.これは,1つのCPUで複数のタスクを並列処理する場合には,タスクスケジューリングによって不確定な遅延が発生するためである.つまり,タスク並列性によって,指定したタイミングと実際にサンプリングが実行されるタイミングとの間に時間的な相違が発生する.

時刻同期誤差とスケジューリング遅延の不確定性の2つの要因を同時に低減するためには,無線通信を行いながらも確定的なタイミングでサンプリングを実行できる仕組みが必要となる.タスクの並列性による影響を除去しようと定期的な時刻同期を行わない場合には,時間を経るに従って時刻同期誤差が増大してしまう.また,サンプリングと時刻同期のための無線通信の2つのタスクを並列して実行する場合には,タスクスケジューリングの不確定性に起因するサンプリングジッタが発生してしまう.

このような観点から,無線センサネットワークにおいて常にサンプリングジッタを低く抑えることが可能な高精度同期サンプリング機構の設計について述べる.サンプリングジッタの許容値をサンプリング間隔の1/10の1msと設定し,常にこの値を下回ることを目標とする.具体的には,時刻同期を行うだけではなく,すべてのノードでサンプリングタイミングまで同期させる.さらに,サンプリングと次のサンプリングの間にのみ無線通信を制限するMACプロトコルを開発することで,タスク並列性に起因するサンプリングジッタを除去している.本機構のPAVENETモジュールへの実装評価によって,100Hzのサンプリングにおいてジッタを最大3.4us,平均0.7usに抑えられることを示す.このジッタは許容値の1msを大きく下回っており,地震モニタリングに十分適用可能である.

続いて,これらの機構を利用して,実際に地震モニタリングシステムを開発・運用することで,無線センサネットワークの応用範囲に関して検討を行った.これまでに20個程度の地震観測に成功している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「無線センサネットワークにおける高精度サンプリング方式に関する研究」と題し,省資源かつ小型という特徴を有する無線センサネットワークを用いて高精度サンプリングを実現することを目的に,基盤技術から応用技術まで包括的に論じている.

基盤技術では,無線センサネットワークにおいてサンプリング精度に大きな影響を与える時刻同期について検討し,高精度と誤差推定可能という特徴を有する時刻同期プロトコルを提案している.また,サンプリングタイミングとサンプリングタイミングの間に無線通信を制限するメディアアクセス方式によって,省資源という制約下において課題となるタスクスケジューリングの不確定性を除去可能な,分散同期サンプリング機構を提案している.さらに,応用技術として地震モニタリングシステムを実際に構築することで,これらの基盤技術の有効性について考察を加えている.

第 1 章は序論であり,実空間情報の重要性の高まりについて示し,無線センサネットワークにおける高精度サンプリングへの期待について触れ,本論文の背景と目的について述べている.

第 2 章では,これまでの無線センサネットワーク研究について述べ,本研究の位置付けを明確にしている.また,高精度サンプリングへ向けては,サンプリングジッタを発生させる要因となる,時刻同期プロトコルおよびタスクスケジューリング手法が課題となることを明らかにしている.さらに,サンプリング精度の確保に向けては,これらのジッタ要因のそれぞれにおいて,誤差を低減するだけでなく,発生している誤差の大きさを推定する仕組みが必要であることを明らかにしている.

第 3 章では,無線センサネットワークにおける高精度サンプリングへ向けた基盤技術として,無線センサノード向けの時刻同期プロトコルについて述べている.まず,現在無線センサネットワークで最も広く利用されている時刻同期プロトコルである FTSP を,FIR フィルタとしてモデル化を行い詳細な解析を行っている.次いで,本解析に基づいて時刻同期プロトコルの開発に取り組み,時刻同期誤差の低減および誤差の推定が可能となる時刻同期プロトコルを実現している.さらに,実装評価を通して,FTSP の場合にはホップ数に対して誤差が指数関数的に増大するのに対して,同プロトコルの場合には誤差の増大を線形に抑えられることを示している.

第 4 章では,無線センサネットワークを利用した地震モニタリングシステムの開発に向けて,省資源という制約下で高精度なサンプリングを実現するために課題となるタスクスケジューリングの不確定性を除去可能な分散同期サンプリング機構について述べている.同サンプリング機構では,サンプリングタイミングとサンプリングタイミングの間に無線通信を制限するメディアアクセス方式を開発することにより,確定的なタスクスケジューリングを実現している.また,実装評価を通して,サンプリングジッタをマイクロ秒オーダに低減できることを示している.さらに,地震モニタリングシステムの開発および運用評価を行い,同サンプリング機構および第 3 章で示した時刻同期プロトコルの有効性検証を行っている.

第 5 章は論文全体を総括しており,本論文の成果をまとめるとともに,無線センサネットワークをより広く活用するために残された課題,および今後の研究の方向性について述べている.

以上,これを要するに,本論文は無線センサネットワークにおいて高精度な測定を実現するための時刻同期方式およびサンプリング機構を提案し,アプリケーション構築を通して,それぞれの有効性を実証したものであり,情報学の基盤に貢献するところが少なくない.

したがって,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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