No | 126142 | |
著者(漢字) | 関谷,瑞穂 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | セキヤ,ミズホ | |
標題(和) | 出芽酵母の細胞壁合成チェックポイントにおけるM期サイクリン転写制御に関する研究 | |
標題(洋) | Transcriptional regulation of the M-phase cyclin in the yeast cell wall integrity checkpoint | |
報告番号 | 126142 | |
報告番号 | 甲26142 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第559号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | [序論] 細胞周期チェックポイントとは、出芽酵母においてDNA損傷および複製阻害を受けた場合に細胞周期が一時的に停止するという事象を説明するために、HartwellとWeinertによって1989年に提唱された概念である。彼らによる「細胞周期において、後のイベントの開始は前のイベントの完了に依存する」という定義により、一時的な細胞周期の停止という事象に合理的な解釈が与えられた。その後、細胞内の様々な事象、例えば、細胞骨格、紡錘体の形成や位置、細胞壁などをモニターし、細胞周期を制御する因子および情報伝達機構をチェックポイント機構として総称するようになった。 細胞壁合成チェックポイントは近年、当研究室から報告されたチェックポイントである。出芽酵母の細胞壁構成成分は、芽(娘細胞)の成長部位で合成され、細胞壁へと組み込まれる。細胞壁合成に異常が生じた場合、細胞は十分な大きさの娘細胞を形成できず、ごく小さな芽をもった状態で細胞周期を停止する。このときDNAおよびスピンドル極体は複製されているが、紡錘体は形成されておらず、G2期で細胞周期が停止している。このG2期停止は、CLB2の転写抑制により引き起こされている。Clb2pはM期進行に重要な働きをするサイクリンの1つであり、サイクリン依存性キナーゼと複合体を形成して細胞周期進行の様々な現象を直接あるいは間接的に統御する、細胞周期制御の基幹因子である。細胞壁合成停止時のCLB2抑制にはCLB2の正の転写因子であるFkh2pや、ダイナクチン複合体の関与が示唆されている。しかし細胞壁合成の異常がどのように核内へ伝達され、G2期停止が達成されているのかは、大部分が未解明のままである。そこで本研究ではM期サイクリン転写制御因子に着目し、細胞壁合成停止時のG2期停止がどのようなメカニズムで引き起こされるのかを明らかにすることを目的とした。 [結果と考察] 1. 細胞壁合成停止条件下におけるサイクリン発現の解析 出芽酵母では9種類のサイクリンが時期特異的に発現(Cln1-3pはM/G1期に、Clb5,6pはG1/S期に、Clb3,4pはS/G2期に、Clb1,2pはG2/M期に発現)している。これらの中でClb1-4pはM期進入に重要であることが知られているが、細胞壁合成停止条件下においてCLB2と同様にCLB1,3,4の転写が抑制されるのかは不明であった。そこで細胞壁の主要な構成成分である1,3-β-グルカン合成酵素に欠損をもつために細胞壁合成欠損株である温度感受性fks1-1154(fks1ts fks2△)変異株を用いて、CLB1-4の発現を検証した。その結果、CLB1はCLB2と同様に細胞壁合成停止時に転写が抑制されていることが分かった(図1)。一方CLB3、CLB4は細胞壁合成停止時にも発現が見られた。 細胞壁合成停止条件下においてCLB1、CLB2は共に発現が抑制されたが、これら両方の抑制が細胞周期停止に必要であるのか、あるいはどちらかへの抑制がより重要であるのかを調べるため、CLB1またはCLB2を過剰発現させ、細胞壁合成チェックポイントに対する影響を調べた。CLB2を過剰発現すると細胞壁合成停止条件下における細胞周期停止が起こらないこと(チェックポイントの欠損)が知られているが、CLB1の過剰発現はチェックポイントの欠損を引き起こさなかった。 これらの結果は、細胞壁合成停止条件下におけるG2期停止には、M期サイクリンの中でもCLB2の発現を抑制することが最も重要である可能性を示している。 2. 細胞壁合成停止条件下におけるCLB2転写因子群の解析 CLB2 mRNA量は主として転写によって調節されている。これまでにCLB2転写因子は、負の転写因子が2種(Sin3p、Rpd3p)、正の転写因子が3種(Mcm1p、Fkh2p、Ndd1p)報告されている。これらの中で、Fkh2pは過剰発現によって細胞壁合成チェックポイントの欠損を引き起こすことが知られている。そこでFkh2p以外の転写因子の細胞壁合成チェックポイントへの関与について解析した。 まず、負の転写因子であるSin3p、Rpd3pの関与を調べた。Sin3p、Rpd3pは複合体を形成し、ヒストン脱アセチル化酵素として機能することで、CLB2を含む多くの遺伝子の転写抑制に関与している。CLB2転写抑制に関しては、G1期にCLB2プロモーターに結合し、G1期での発現を抑制していること、S期以降はプロモーターから解離することが報告されている。SIN3、RPD3を細胞壁合成欠損株中で破壊し、細胞壁合成チェックポイントへの影響を検証したところ、これらの欠損は細胞壁合成チェックポイントの欠損を引き起こすことが分かった(図2a)。このときCLB2 mRNAの蓄積も見られた。しかしfks1-1154株を用いたクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイの結果、Sin3p、Rpd3pは細胞壁合成停止条件下でCLB2プロモーター上にリクルートされていないことが分かった。これらの結果は、Sin3p、Rpd3pは細胞壁合成チェックポイントに関与するが、細胞壁合成停止条件下におけるCLB2発現の抑制はSin3p、Rpd3pがCLB2プロモーター上に結合し続けることによって行われているのではないことを示している。Sin3p、Rpd3p複合体はヒストン脱アセチル化酵素としてクロマチンと相互作用することにより転写調節を行っていることを考え合わせると、細胞壁合成停止条件下におけるCLB2発現抑制はSin3p、Rpd3pを介しているのではないことが示唆される。 次に、正の転写因子について解析を行った。Mcm1p、Fkh2p、Ndd1pはG2期以降、複合体を形成し、CLB2の転写を強く誘導することが報告されている。FKH2は過剰発現によって細胞壁合成チェックポイントの欠損を引き起こすことも知られている。そこでNDD1、MCM1についても過剰発現が細胞壁合成チェックポイントに与える影響を検証した。その結果、NDD1が過剰発現によりチェックポイントの欠損を引き起こすことが分かった(図2b)。またNDD1の過剰発現では、FKH2過剰発現時と同様に、CLB2 mRNAが蓄積していること、一方チェックポイントの欠損を引き起こさないMCM1の過剰発現はCLB2 mRNAの蓄積を引き起こさないことも見いだした。 これらCLB2転写因子群を用いた解析により、Sin3p、Rpd3pは細胞壁合成停止条件下でのCLB2発現抑制に関与していないことが示唆された。さらに、細胞壁合成停止条件下ではFKH2、NDD1の転写抑制が起きていること、細胞壁合成チェックポイントがこれらの遺伝子発現を抑制することでCLB2発現を転写レベルで制御している可能性が示された。 3. 細胞壁合成停止条件下における転写因子Hcm1pの解析 細胞壁合成停止条件下において、CLB2の正の転写因子の発現が抑制されるメカニズムについて解析するために、発現調節部位に着目した。細胞壁合成停止条件下において発現が抑制されるFKH2、NDD1のプロモーター領域には、HCM elementと呼ばれるHcm1p結合領域が共通に存在していた。Hcm1pとはDNA結合領域をもつタンパク質の1つであり、G1/S期に発現し、S期特異的な遺伝子の転写を制御している。またHCM1欠損株ではFKH2、NDD1の発現が抑制されることも報告されている。これらのことから、細胞壁合成停止条件下では、Hcm1pの機能が阻害されており、そのためにHcm1p依存的発現を示すFKH2、NDD1の発現が低下したことが示唆された。 そこで、Hcm1pの過剰発現が細胞壁合成チェックポイントの欠損を引き起こすことが予想された。これについて検証した結果、Hcm1pの過剰発現は細胞壁合成チェックポイントの欠損を引き起こすことが示された(図3)。これらの結果から、細胞壁合成停止によって引き起こされるM期サイクリンCLB2の発現抑制に、Hcm1p機能の阻害が重要であると考えられた。 次に、細胞壁合成停止条件下において、Hcm1pがどのように阻害されているかを検証した。まず、細胞壁合成停止条件下におけるHcm1pタンパク質量を観察した。その結果、細胞壁合成停止条件下では細胞壁合成停止前と比べたHcm1p 量に変化がなかったことから、Hcm1pは細胞壁合成停止条件下で、局在やリン酸化のような翻訳後レベルでの制御を受けている可能性が示唆された。そこで次にHcm1pの局在を観察した。野生株においてHcm1pは、出芽の直前から小さな芽をもつ細胞の時期(G1後期からS期に相当する)に核に強く局在することが観察された。しかし細胞壁合成欠損株では制限温度下で全ての時期を通じて、Hcm1pの核局在は見られなかった(図4a)。このことは、細胞壁合成停止によりHcm1pの核局在が妨げられていることを示唆する。 Hcm1pの核局在の阻害が、細胞壁合成停止条件下でのG2期停止に重要であるのかを検証するために、核局在シグナル配列(NLS)をHCM1に融合し、強制的にHcm1pが核に局在することによる細胞壁合成チェックポイントへの影響を調べた。その結果、細胞壁合成停止条件下において、紡錘体の形成、つまり細胞壁合成チェックポイントの欠損が見られた(図4b)。これらの結果は、細胞壁合成停止条件下ではHcm1pの核局在が阻害されていること、この阻害がG2期停止に重要であることを示唆している。 [結論] 本研究では、M期サイクリンであるCLB2の発現制御を手がかりとして、細胞壁合成停止条件下でのG2期停止のメカニズムについて解析し、その一端を明らかにした。細胞壁合成停止時にはサイクリンCLB1、CLB2の抑制が見られるが、CLB2の抑制が特に重要であることを示した。また、CLB2転写因子群を網羅的に解析した結果から、これまで細胞壁合成チェックポイントへの関与が示唆されていたFKH2だけでなく、新たにNDD1も細胞壁合成停止条件下で抑制されていることを明らかにした。さらに細胞壁合成停止時には、FKH2、NDD1の転写に関与することが知られているHcm1pの核局在が阻害されていること、Hcm1pの強制的な核局在はチェックポイント異常を引き起こすことを発見した。一連の結果から、細胞壁合成チェックポイントは、Hcm1pの核局在を阻害し、このことがCLB2転写因子の発現抑制、そしてCLB2の発現抑制を引き起こし、最終的にG2期停止を導いているという仮説を提唱した。 図1.細胞壁合成停止条件下におけるCLESS伝子群の発現 G1期の野生型株(WT)および細胞壁合成欠損株(fks1-1154)を制限温度下にリリース後、各時間ごとにサンプルを採取した。サンプルからRNAを抽出し、ノーザン解析を行った。CLB1、CLB2 mRNAは、細胞壁合成停止条件(細胞壁合成欠損株を制限温度で培養)において強く発現が抑制されている。 図2. CLB2転写因子群が細胞壁合成チェックポイントに与える影響 (a)細胞壁合成欠損株において負のCLB2転写因子を欠損させ、細胞壁合成停止時の紡錘体形成を観察した。sin3およびrpd3欠損株ではwac1変異株(細胞壁合成チェックポイント異常株)と同様、細胞壁合成チェックポイントの異常が起きていることが示された。(b)細胞壁合成欠損株において正のCLB2転写因子を過剰発現させ、細胞壁合成停止時の紡錘体形成を観察した。NDD1過剰発現株ではFKH2過剰発現株と同様、細胞壁合成チェックポイントの異常が起きていることが示された。 図3. HCM1の細胞壁合成チェックポイントへの関与 ガラクトース誘導プロモーターによってHcm1pを過剰発現させ、細胞壁合成停止時の紡錘体形成を観察した。HCM1過剰発現株では、細胞壁合成チェックポイントの異常が起きていることが示された。 図4. 細胞壁合成チェックポイントにおけるHcm1p局在 (a)G1同調した各株を制限温度下にリリース後、各時間ごとにサンプルを採取した。サンプルを蛍光抗体によって染色し、Hcm1p局在を観察した。細胞壁合成停止条件ではHcm1pの核局在が阻害されていた。(b)HCM1にNLSを融合させ、細胞壁合成停止条件下での紡錘体形成に与える影響を観察した。NLS融合株は細胞壁合成チェックポイントの異常が起きていることが示された。 | |
審査要旨 | 本論文は2章からなり、第1章は細胞壁合成停止条件下におけるサイクリン発現の解析、第2章は細胞壁合成停止条件下におけるCLB2転写因子群の解析、第3章は細胞壁合成停止条件下における転写因子Hcm1Pの解析について述べられている。 細胞壁チェックポイントは近年、当研究室から報告されたチェックポイントである。出芽酵母の細胞壁構成成分は、芽(娘細胞)の成長部位で合成され、細胞壁へと組み込まれる。細胞壁合成に異常が生じた場合、細胞は十分な大きさの娘細胞を形成できず、ごく小さな芽をもった状態で細胞周期を停止する。このときDNAおよびスピンドル極体は複製されているが、紡錘体は形成されておらず、G2期で細胞周期が停止している。このG2期停止は、CLB2の転写抑制により引き起こされている。Clb2pはM期進行に重要な働きをするサイクリンの1つであり、サイクリン依存性キナーゼと複合体を形成して細胞周期進行の様々な現象を直接あるいは間接的に統御する、細胞周期制御の基幹因子である。細胞壁合成停止時のCLB2抑制にはCLB2の正の転写因子であるFkh2Pや、ダイナクチン複合体の関与が示唆されている。しかし細胞壁合成の異常がどのように核内へ伝達され、G2期停止が達成されているのかは、大部分が未解明のままである。そこで本研究ではM期サイクリン転写制御因子に着目し、細胞壁合成停止時のG2期停止がどのようなメカニズムで引き起こされるのかを明らかにすることを目的とした。 1.細胞壁合成停止条件下におけるサイクリン発現の解析 出芽酵母では9種類のサイクリンが時期特異的に発現(Cln1-3pはM/Gl期に、Clb5,6pはG1/S期に、Clb3,4pはS/G2期に、Clb1,2pはG2/M期に発現)している。これらの中でClb1-4pはM期進入に重要であることが知られているが、細胞壁合成停止条件下においてCLB2と同様にCLB1,3,4の転写が抑制されるのかは不明であった。そこで細胞壁合成欠損株である温度感受性tks1-1154変異株を用いて、CLB1-4遺伝子の発現を検証した。その結果、CLB1はCLB2と同様に細胞壁合成停止時に転写が抑制されていることが分かった。一方CLB3、CLB4は細胞壁合成停止時にも発現が見られた。 細胞壁合成停止条件下においてCLB1、CLB2は共に発現が抑制されたが、これら両方の抑制が細胞周期停止に必要であるのか、あるいはどちらかへの抑制がより重要であるのかを調べるため、CLB1またはCLB2を過剰発現させ、細胞壁チェックポイントに対する影響を調べた。CLB2遺伝子を過剰発現すると細胞壁合成停止条件下における細胞周期停止が起こらないこと(チェックポイントの乗り越え)が知られているが、CLB1の過剰発現はチェックポイントの乗り越えを引き起こさなかった。 これらの結果は、細胞壁合成停止条件下におけるG2期停止の達成には、M期サイクリンの中でもCLB2の発現を抑制することが最も重要である可能性を提示しており、CLB2転写抑制メカニズムの解明が細胞壁チェックポイントシステムの全容を解明する上で重要であることを示している。 2.細胞壁合成停止条件下におけるCLB2転写因子群の解析 CLB2 mRNA量は主として転写によって調節されている。これまでにCLB2転写因子は、負の転写因子が2種(Sin3p、Rpd3p)、正の転写因子が3種(Mcm1p、Fkh2p、Ndd1p)報告されている。これらの中で、Fkh2pは過剰発現によって細胞壁チェックポイントの乗り越えを引き起こすことが知られている。そこでFkh2p以外の転写因子の細胞壁チェックポイントへの関与について解析した。 まず、負の転写因子であるSin3p、Rpd3pの関与を調べた。Sin3p、Rpd3pは複合体を形成し、ヒストン脱アセチル化酵素として機能することで、CLB2を含む多くの遺伝子の転写抑制に関与している。CLB2転写抑制に関しては、G1期にCLB2プロモーターに結合し、G1期での発現を抑制していること、S期以降はプロモーターから解離することが報告されている。SIN3、RPD3遺伝子を細胞壁合成欠損株中で破壊し、細胞壁チェックポイントへの影響を検証したところ、これらの欠損は細胞壁チェックポイントの乗り越えを引き起こすことが分かった。このときCLB2 mRNAの蓄積も見られた。しかしfks1-ll54株を用いたクロマチン免疫沈降(ChIP)アッセイの結果、Sin3p、Rpd3pは細胞壁合成停止条件下でCLB2プロモーター上にリクルートされていないことが分かった。これらの結果は、Sin3P、Rpd3Pは細胞壁チェックポイントに関与するが、細胞壁合成停止条件下におけるCLB2発現の抑制はSin3p、Rpd3pがCLB2プロモーター上に結合し続けることによって行われているのではないことを示している。Sin3p、Rpd3p複合体はピストン脱アセチル化酵素としてクロマチンと相互作用することにより転写調節を行っていることを考え合わせると、細胞壁合成停止条件下におけるCLB2発現抑制はSin3p、Rpd3pを直接に介しているのではないことが示唆される。 次に、正の転写因子について解析を行った。Mcm1p、Fkh2p、Ndd1pはG2期以降、複合体を形成し、CLB2の転写を強く誘導することが報告されている。FKH2は過剰発現によって細胞壁チェックポイントの乗り越えを引き起こすことも知られている。そこでNDD1、MCM1についても過剰発現が細胞壁チェックポイントに与える影響を検証した。その結果、NDD1が過剰発現によりチェックポイントの乗り越えを引き起こすことが分かった。またNDD1の過剰発現では、FKH2過剰発現時と同様に、CLB2 mRNAが蓄積していること、一方チェックポイントの乗り越えを引き起こさないMCM1の過剰発現はCLB2 mRNAの蓄積を引き起こさないことも見いだした。FKH2とNDD1は、SIG2期に発現があることが知られているが、細胞壁合成停止条件下でFKH2、NDD1の発現は抑制されていることが観察された。さらにFKH2のホモログであるFKH1も細胞壁合成停止条件下では発現抑制が起きていた。 3.細胞壁合成停止条件下における転写因子Hcm1pの解析 細胞壁合成停止条件下において、CLB2の正の転写因子の発現が抑制されるメカニズムについて解析するために、発現調節部位に着目した。細胞壁合成停止条件下において発現が抑制されるFKH1、FKH2、NDD1のプロモーター領域には、HCM1 elementと呼ばれるHcm1P結合領域が共通に存在していた。そこで、プロモーター領域にHCM1 elementをもつ7遺伝子(YHP1、CIN8、DSN1、SPC34、WHI5、GCR1、ABF1)について細胞壁合成停止条件下での遺伝子発現を調べたところ、いずれも細胞壁合成停止条件下で発現が抑制または遅延していた。これらの遺伝子発現はGCR1、ABF1を除き、G1/S期に発現する転写因子であるHcm1pの遺伝子欠損株において転写が抑制または遅延することが報告されている。今回GCR1、ABF1についてもhcm1遺伝子欠損株において発現が抑制されていることを確認した。これらのことから、細胞壁合成停止条件下では、Hcm1Pの機能が阻害されており、そのためにHcm1p依存的発現を示す遺伝子の発現が低下したことが示唆された。 細胞壁合成停止条件下でHcm1pの機能が阻害されている可能性が示されたことから、Hcm1pの過剰発現が細胞壁チェックポイントによるCLB2の転写抑制を解除し、細胞壁チェックポイントの乗り越えを引き起こすかどうかを検証した。その結果、Hcm1pの過剰発現は細胞壁チェックポイントの乗り越えを引き起こすことが示された(図3b)。これらの結果から、細胞壁合成停止によって引き起こされるM期サイクリン CLB2の発現抑制に、Hcm1p機能の阻害が重要であると考えられた。 次に、細胞壁合成停止条件下において、Hcm1pがどのように阻害されているかを検証した。まず、細胞壁合成停止条件下におけるHcm1pタンパク質量を観察した。その結果、細胞壁合成停止条件下では細胞壁合成停止前と比べたHcm1p量に変化がなかったことから、Hcm1pは細胞壁合成停止条件下で、局在やリン酸化のような翻訳後レベルでの制御を受けている可能性が示唆された。そこで次にHcm1pの局在を観察した。野生株においてHcm1pは、出芽の直前から小さな芽をもつ細胞の時期(G1後期からS期に相当する)に核に強く局在することが観察された。しかし細胞壁合成欠損株では制限温度下で全ての時期を通じて、Hcm1pの核局在は見られなかった。このことは、細胞壁合成停止によりHcm1pの核局在が妨げられていることを示唆する。 Hcm1pの核局在の阻害が、細胞壁合成停止条件下でのG2期停止に重要であるのかを検証するために、核局在シグナル配列(NLS)をHCM1に融合し、強制的にHcm1pが核に局在することによる細胞壁チェックポイントへの影響を調べた。その結果、細胞壁合成停止条件下において、紡錘体の形成、つまり細胞壁チェックポイントの乗り越えが見られた。これらの結果は、細胞壁合成停止条件下ではHcm1Pの核局在が阻害されていること、この阻害がG2期停止に重要であることを示唆している。 なお、本論文第1章は野上識、大矢禎一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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