学位論文要旨



No 126145
著者(漢字) 吉武,和敏
著者(英字)
著者(カナ) ヨシタケ,カズトシ
標題(和) ヒトテロメアを特異的に切断するエンドヌクレアーゼに関する研究
標題(洋)
報告番号 126145
報告番号 甲26145
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第562号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 准教授 松本,直樹
 東京大学 教授 落合,淳志
 東京大学 准教授 鈴木,匡
 東京大学 教授 大矢,禎一
内容要旨 要旨を表示する

[序論]

真核生物の遺伝情報は直線状の染色体に保存されており、その染色体の末端にはテロメアと呼ばれるリピート配列が存在する。繊維芽細胞など通常の体細胞のテロメアは、末端複製問題により細胞分裂の際に少しずつ短縮し、ある限界の長さよりも短くなると、細胞分裂が停止する。これは個体の老化になぞらえ、細胞の老化と呼ばれている。しかし、細胞老化の研究において、テロメアを極限まで短縮させるためには、シャーレの中で細胞を長期間培養する必要があった。そのため、培地交換によるストレスなどが生じ、テロメア短縮による老化ストレスと区別することが難しかった。そこで、短期間のうちに細胞老化を誘導するために、テロメアの高次構造を維持するタンパク質を欠損させてテロメアの高次構造を破壊し、極限まで短縮したテロメアを疑似的に再現した手法が考えられた。この実験系では、テロメア損傷時にp53とp16INK4a (p16)の発現量がともに増加し、下流のCDKを阻害することで細胞老化が誘導されると報告されている(Smogorzewska et al. 2002)。一方、長期間繊維芽細胞を培養した実験系では、p16には依存せずに細胞老化が誘導された(Beausejour et al. 2003)。どちらの実験系がテロメアの短縮による細胞老化を正しく反映しているのかこれまで不明であった。

繊維芽細胞など通常の体細胞ではテロメラーゼが発現しておらず、分裂回数に限りがあるが、半永久的に細胞分裂を繰り返すがん細胞では、約80%の細胞株において、テロメラーゼがテロメアを伸長し、末端複製問題を回避している。また、残り20%の細胞株ではalternative lengthening of telomere (ALT)と呼ばれる機構で、テロメラーゼ活性がないにも関わらずテロメアが伸長される。このようにがん細胞においてテロメアの維持は極めて重要であり、今のところ報告されているがん細胞には、ある一定の長さ以上のテロメアが必ず存在する。そこで、がん細胞のテロメアを短縮させることができれば、がん細胞の種類に依らない遺伝子治療が可能であると期待されている。しかし、現在臨床試験に用いられているテロメラーゼ阻害剤では、細胞分裂に伴いテロメアが短縮するのを待つ必要があり、効果が現れるまでに1カ月以上の長い時間がかかる。また20%と少数ではあるがALTによってテロメアが維持されるがん細胞には効果がないといった、原理的な問題点がある。

当研究室で発見された、カイコテロメアに特異的に転移するnon-LTRレトロトランスポゾンTRAS1は、カイコテロメア(TTAGG)nを特異的に切断するエンドヌクレアーゼドメイン(TRAS1EN、以下EN)をコードしている(図1)。in vitroの研究から、ENはカイコテロメアと配列の似たヒトテロメア(TTAGGG)nに対しても、弱いながらも特異的な切断活性を示した。そこでENをヒト細胞で発現させて、ヒトテロメアを特異的に切断、短縮し、細胞老化を誘導することができるのではないかと考えた。本研究ではヒト細胞内でテロメアを切断する系を確立し、テロメアの短縮と細胞老化の関係について直接検証することを目的とし研究を行った。

[結果]

1. ヒトテロメア配列を特異的に切断するエンドヌクレアーゼの創出

最初に、EN単体をヒト細胞で発現させ、テロメアが切断されるか調べたところ、有意な切断が見られなかった。そのため、ヒト細胞内でテロメアを切断するには、より高い活性をもったヒトテロメア切断酵素が必要であると考えられた。そこでENによるヒトテロメアの切断を促進させる目的で、ヒトテロメアに結合するTRF1をENに融合させたキメラタンパク質を作成し、より高い活性をもつ酵素が得られるか調べることにした。TRF1は中央のTRFHドメインによって二量体化し、C末端のMybドメインによってヒトテロメアに結合している。TRF1のMybドメインもしくは全長とENを融合したキメラタンパク質を作成し(図2A)、大腸菌の発現系を用いて発現・精製を行った。精製したタンパク質をTTAGGGの80回の繰り返し配列を含むプラスミドpTR80と、ヒトテロメア配列を含まないプラスミドpNTRに反応させ、EN単体に対する各キメラタンパク質の相対活性を測定した(図2B)。Mybドメインを融合したコンストラクトについて見てみると、ENがC末端にあるキメラM-ENと、N末端にあるキメラEN-M、リンカーを長くしたEN-NMのpTR80に対する切断活性は、EN単体と比較してそれぞれ26、23、21倍にまで上昇したのに対し、pNTRに対する切断活性はそれぞれ4.3、4.4、5.5倍であった。これよりMybドメインとENを融合したキメラはENと比べ、ヒトテロメアに対してより特異的に高い切断活性をもつことが示された。さらにTRF1全長とのキメラであるT-ENとEN-TのpTR80に対する切断活性はEN単体と比較して45、38倍であり、TRFHドメインを含めたキメラタンパク質のほうが、含まないものと比べると切断活性が高いことが明らかとなった。

2. テロメアの人為的な切断に対する細胞の応答

in vitroの実験でヒトテロメアをより高い活性で切断する酵素が得られたので、それらの遺伝子をアデノウィルスによってヒトがん細胞U2OSに導入し、発現させた。3日後にゲノムDNAを抽出し、テロメア配列をプローブとしてサザンブロッティングを行い、テロメア長を測定した(図3A)。U2OS細胞はALTによってテロメアが維持されているがん細胞で、そのテロメアは非常に長く、23 kbp以上の長さがある。ENのキメラであるT-EN、EN-Tが組み込まれたアデノウィルスを感染させた細胞ではMOI 100、10のウィルス濃度でテロメアのシグナル強度が減少した。内部標準として、ヒトゲノムに最も多く含まれる転移因子であるL1の配列を用いたが、そのバンドパターンに変化はなく、T-EN、EN-Tによるテロメアの特異的な切断が強く示唆された。ENの活性中心である258番目のヒスチジンをアラニンへと置換した切断活性のない変異体ENmutのキメラタンパク質では、テロメアの切断が全く見られなかった。また、キメラタンパク質の発現量を解析したところ(図3B)、ウィルス濃度に比例したタンパク質の発現が見られ、ENのキメラとENmutのキメラとで発現量に差がないことが確かめられ、テロメアの切断はENの活性によることが確認された。意外なことにin vitroではヒトテロメア配列を切断したFNのキメラタンパク質は、in vivoではENのキメラと同程度に発現しているにも関わらず全くテロメアを切断しなかった。細胞内ではENのキメラのほうがFNのキメラよりもテロメアを切断する活性が高いことが明らかとなった。

次に種々のキメラタンパク質を発現するアデノウィルスをU2OSおよびHFL-1細胞に感染させ、細胞を培養した(図4A)。その結果、EN-Tを発現させたU2OS細胞では2週間ほどで細胞増殖が阻害され始めた。切断活性のないENmut-Tを発現した細胞の増殖速度は、GFPを発現した細胞と有意な差がなく、ENの切断活性により増殖が阻害されていることを確認した。テロメアを伸長しない繊維芽細胞HFL-1ではEN-Tによる増殖の阻害効果が著しく、17日目には細胞の増殖が完全に停止していた(図4B)。この細胞増殖の阻害が細胞老化によるものかを調べるため、細胞老化のマーカーとして用いられているSA βガラクトシダーゼ染色を行った(図5)。EN-Tを発現した細胞は、SA βガラクトシダーゼ染色陽性の割合が70%に上昇し、老化した細胞に特徴的な扁平な形となっており、EN-Tの発現により細胞老化が誘導されていることが明らかとなった。テロメアの切断が何日目から起こるのかサザンブロッティングによって調べたところ、感染後7日目にはテロメアの切断が観察された(図6A)。ALTでテロメアが維持されるU2OS細胞においても、テロメアの切断、短縮によって細胞増殖が阻害されることが示された。また、EN-Tを発現した細胞で、テロメア損傷に応答する遺伝子が変動しているか調べたところ、p53はテロメア切断と同じく7日目から発現量が増加していたが、p16は13日目になっても変化は見られなかった(図6B)。テロメアが短縮した際の応答として、繊維芽細胞を長期間培養する実験系ではp53のみが活性化し、テロメアの高次構造を維持するタンパク質を欠損させる実験系ではp53、p16がともに活性化することが報告されていたが、本研究の結果からは前者の結果が支持された。

3. テロメア切断による細胞増殖阻害効果の応用

EN-Tによるテロメアの切断により細胞増殖が抑制されることがわかったので、がん細胞特異的にEN-Tを発現させることができれば、がん細胞の増殖を特異的に抑制することができると考えた。がん細胞の80%ではテロメラーゼが活性化しており、そのプロモーター(hTERTプロモーター)は多くのがん細胞で活性がある。EN-Tをがん細胞で十分量発現させるために、hTERTプロモーターによって、がん細胞で特異的に増殖するアデノウィルスベクター(CRAd)にEN-Tを組み込んだ。CRAdが増殖可能ながん細胞LoVo, HT-1080, HeLaとCRAdが増殖しないと考えられる繊維芽細胞HFL-1の計4つの細胞に対する細胞毒性を比較した。その結果CRAd EN-Tは、4つの細胞すべてにおいて、コントロールとなるCRAd G, CRAd G-Tよりも低濃度で細胞の増殖を阻害することが明らかとなった(図7)。さらに、現在臨床研究で用いられるp53よりもEN-Tを発現するCRAdのほうが細胞に対する毒性が高かった。p53の細胞増殖を阻害する効果は、p53が欠損したがん細胞では高いが、これら3つのがん細胞株では全てp53自体は正常に機能しているため、p53の強制発現による増殖の阻害は起こりづらいと考えられる。EN-Tはp53が正常に機能しているこれらのがん細胞でも効果的に細胞増殖を阻害しており、治療用遺伝子としてp53より幅広いがん細胞で有効であることが示唆された。問題は、繊維芽細胞HFL-1においてもCRAd EN-Tによる増殖阻害が見られた点である。原因はわからないが、タンパク質の発現量がHFL-1でも増加してしまった。今後、CRAdとは別の遺伝子導入系を用いてこの問題を解決し、がん細胞特異的にEN-Tを発現することができれば、がんの新しい遺伝子治療法となりうると期待される。

[結論]

ENとTRF1の融合により、テロメアを特異的に切断するエンドヌクレアーゼを創出することができた。これまで短期間のうちに細胞内でテロメアを短縮させることは不可能であったが、本研究において実際にテロメアを切断すると、p53の発現上昇が起こり、短期間で細胞老化が誘導された。テロメアの高次構造を破壊する実験系と比較して、本手法はテロメアの短縮を伴う自然な状態に近い細胞老化を誘導しうると考えられ、本研究によってテロメアの短縮に起因する細胞老化にはp16の活性化が不要であると示唆された。また、EN-Tの発現により、テロメラーゼを発現しているLoVo, HT-1080, HeLa細胞のみならず、テロメラーゼ阻害剤が機能しないALTによるテロメア伸長を行うU2OS細胞においても細胞増殖が阻害されていた。細胞増殖に必要不可欠なテロメアを切断することで、広範ながん細胞の増殖を妨げることが可能であり、将来的に治療用遺伝子としての応用が期待される。

図1 TRAS1の模式図

カイコテロメアに転移するTRAS1はORFを二つコードしており、ORF2にはエンドヌクレアーゼドメイン(EN)と逆転写酵素ドメイン(RT)がコードされている。

図2 TRF1と融合させたENとFNキメラタンパク質の相対活性比

(A)作成したENとTRF1のキメラタンパク質の模式図。(C)FNとTRF1のキメラタンパク質の模式図。 (B, D)EN単体のpTR80に対する切断活性を1とした時のキメラタンパク質の相対活性。

図4 U2OS細胞内におけるテロメアの切断

(A)各キメラタンパク質を発現するウィルスを感染させたU2OS細胞のテロメア長を測定した。内部標準としてL1の配列を用いた。各ウィルス濃度は左から順にMOI 100, 10, 1。(B)キメラタンパク質の発現量をHA抗体を用いたウェスターンブロットにより検出。

図5 EN-Tによる細胞増殖の抑制

各タンパク質を発現するアデノウィルスを8.8×105 pfu/mlの濃度で培地に加え、培養後の日数と細胞数を測定した。(A) U2OS細胞、(B) HFL-1細胞

図6 SA βガラクトシダーゼ染色

図4と同様の実験系でU2OS細胞において、13日目にSA βガラクトシダーゼ染色を行った。(A, B)細胞の染色像。(C)SA βガラクトシダーゼ染色陽性の細胞の割合

図7 テロメアの切断とテロメア損傷シグナルの活性化

図4と同様の実験系でU2OS細胞に関するテロメアの切断の経時変化(A)と、p53、p16の発現量の経時変化を調べた(B)。コントロールとしてα-tubulinとβ-actinを用いた。また、HAタグによるキメラタンパク質の検出により、EN-TとENmut-Tの発現量が等しいことを確認した。

図8 細胞毒性の比較

各ウィルスの50%増殖阻害濃度(IC50)を測定した。IC50の値は低いほど細胞に対する毒性が高いことを示す。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章はin vitroにおけるヒトテロメアを特異的に切断するエンドヌクレアーゼの創出について、第2章は細胞内におけるテロメア切断、短縮による細胞の応答について解析が行われており、第3章ではがん細胞特異的にテロメアを切断し、細胞の増殖を阻害する研究について述べられている。

第1章では、ヒトテロメア配列 (TTAGGG)nと似たテロメア配列である、カイコテロメア配列 (TTAGG)nを特異的に切断するエンドヌクレアーゼTRAS1ENを出発点として、研究を進めている。まず、ヒトテロメアへの切断活性を向上させるために、ヒトテロメアに結合するTRF1とTRAS1ENのキメラタンパク質を作成しているが、この発想は独創性があり評価出来る。そして、活性を向上させるのに必要なTRF1のドメインを検討するため、複数のキメラタンパク質を作成し、各キメラタンパク質の活性、及び特異性を適切に比較している。さらに、キメラタンパク質となった際のTRAS1EN及び、TRF1それぞれのドメインの特異性が保存されていることを、注意深く検証している。第1章は、第2章において、ヒト細胞内でテロメアを切断するために、ヒトテロメアを特異的に切断する酵素を創出することが目的であり、その役割は十分に果たしていると思われる。

第2章はin vitroでのキメラタンパク質の切断活性の結果を受け、実際にヒト細胞内でテロメアを切断しうるかについての検証から行われている。まず第1章で作成したキメラタンパク質を、アデノウィルスベクターを用いてヒトがん細胞で発現させたのち、細胞からゲノムDNAを抽出し、テロメアの長さを解析した。その結果、TRAS1ENのキメラタンパク質は細胞内でも、テロメアを切断することが示された。これまでに、細胞内でテロメアを急速に短縮させる手法はなく、本論文はそれを可能にしたという点で評価出来る。さらに、TRAS1ENのキメラタンパク質を発現させた細胞に関して、その増殖速度を、テロメアを切断しないコントロールの細胞と比較した結果、わずか2週間でがん細胞の増殖を阻害することを示した。また、そのような細胞の増殖の阻害は、アポトーシスによる細胞死ではなく、細胞老化によるものであることが、senescence associated βガラクトシダーゼ染色によって示された。さらにテロメアの短縮に対する細胞の応答を調べるため、キメラタンパク質を発現させた細胞からタンパク質を抽出し、ウェスターンブロットを行い、p53とp16の発現量の経時変化を解析した。これにより、テロメア短縮時には、DNA修復系の役割も知られているp53が活性化されていることが示され、またこれまでに詳細が不明であったp16に関しては、活性化される必要がないことを明らかにした。このようなテロメアを急速に短縮させることによって、細胞の増殖を速やかに阻害することが可能になった点、及びテロメア短縮時にはp16が活性化される必要がないことを明らかにした点で評価できる。

第3章はテロメアを切断するTRAS1ENのキメラタンパク質の発現をがん細胞に限定することで、正常細胞には影響を与えずに、がん細胞のみの増殖を阻害することを目標として研究を行っている。キメラタンパク質の発現をがん細胞に限定するために、がん細胞で活性の高いテロメラーゼのプロモーター、hTERTプロモーターを用い、がん細胞での特異性を確保できるか検討している。まず、Dual-Luciferaseアッセイを行い、hTERTプロモーターが、本論文で使用するがん細胞で特異的に機能するか、慎重に確認している。そして、hTERTプロモーターに依存して、がん細胞で特異的に増殖するアデノウィルスベクターCRAdにキメラタンパク質を組み込むことで、がん細胞の増殖を制御することを試みた。結果としては、これまで臨床試験にも使用されたことのあるp53タンパク質よりも、TRAS1ENのキメラタンパク質を発現させた場合の方が、がん細胞の増殖をより強く阻害することを明らかにした。がん細胞に対する特異性を確保するという点では、CRAdウィルスベクターの特異性が、想定したほどには高くないことに起因して、正常細胞に対しても細胞の増殖を阻害してしまっていた。しかし、既存のテロメラーゼ阻害剤などの、テロメアに着目した細胞の増殖阻害を行う物質と比較すると、TRAS1ENのキメラタンパク質はテロメラーゼの発現の有無に関わらず、広範ながん細胞に応用可能であり、さらに1~2週間の短い期間で細胞の増殖を阻害するという利点を明らかにした。このようにテロメアを切断することで、短期間のうちにがん細胞の増殖を阻害することができるという知見は、今後テロメアに関するがんの遺伝子治療に関する研究において極めて重要な知見であり、本論文中で最も評価できる点である。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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