学位論文要旨



No 126146
著者(漢字) 中村,有希
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ユキ
標題(和) 細胞内共生細菌 Cardinium および Wolbachia と宿主昆虫類との相互作用
標題(洋)
報告番号 126146
報告番号 甲26146
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第563号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 野田,博明
 東京大学 教授 宇垣,正志
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 講師 尾田,正二
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

昆虫を始めとする節足動物は、その体内に様々な微生物を保持しており、その微生物と共生関係を築くことにより、限られた餌や環境条件に上手く適応している。それとは別の共生関係として、宿主の生存には影響しない、宿主の生殖に影響を与えている微生物が存在する。その代表と言えるのが、αプロテオバクテリアに属するWolbachiaで、Wolbachiaは昆虫を始めとする節足動物宿主に様々な生殖異常 (単為生殖、雄殺し、雌化、細胞質不和合性) を引き起こす。最も報告例が多いのが細胞質不和合性 (CI) で、Wolbachiaに感染していない雌と感染している雄が交尾したときに、産下卵の胚発育が停止し、致死となる現象である。そのような生殖異常を引き起こす能力は、Wolbachiaが独自に保有しているものであると考えられてきたが、系統的に異なる細菌CardiniumもWolbachiaと同様の生殖異常を引き起こすことが近年分かってきた。Cardiniumは、Cytophaga-Flavobacterium-Bacteroidesグループに属し、単為生殖、雌化、細胞質不和合性の3つの表現型を引き起こすことが報告されている。ただしその報告例は未だ少なく、寄生蜂およびハダニで見つかっている数例にとどまる。また節足動物全般におけるCardiniumの感染率は4-7%で、Wolbachiaの感染率20-75%に比べると低い。WolbachiaとCardiniumの引き起こす生殖異常が共通する機構によってもたらされているどうかは不明であるが、Cardiniumとの比較を突破口として、生殖異常のメカニズムが明らかになる可能性がある。本研究では、これまで明らかにされていないCardiniumの情報を積み重ね、Cardiniumの全体像の把握に努めた。その中で、同一宿主に感染しているCardiniumとWolbachiaの関係およびCardiniumとWolbachiaが宿主に与える影響の違いについて調査した。

【結果および考察】

1. 特定の節足動物グループにおけるCardiniumの感染状況の調査およびCardiniumの再分類

ウンカおよびハダニにおけるCardiniumの分布状況を特異的プライマーを用いたPCRにより調査した。Cardiniumはウンカ57種のうち27種に感染しており (47.4%)、ハダニ22種のうち9種に感染していた (40.9%)。ウンカとハダニはともにCardiniumが高い割合で感染しており、Cardiniumの感染が最も広がっている生物と言える。またWolbachiaの感染も見つかり、ウンカにおいてはCardiniumとWolbachiaの重複感染が有意に高く検出された (P < 0.05)。牛などの家畜に病気を引き起こすヌカカからもCardiniumに似た細菌が検出された。しかしその細菌は、これまで見つかったCardiniumとは16S rRNA遺伝子の配列が6%異なっていた。一般的に細菌は16S rRNA遺伝子で3%異なると別種とされているが、昆虫の共生細菌は、その宿主と共に進化してきた結果、8-10%の違いを持っていても一種の細菌として扱われている。ヌカカに由来する細菌をCardiniumと呼べるかどうかの指標として、Cardiniumが持つ形態的な特徴であるミクロフィラメント様構造に注目したところ、ヌカカに由来する細菌もこの構造を有していた (図1)。Cardiniumに近縁な植物寄生性線虫の共生細菌Paenicardiniumもこの構造を持つことが報告されている。16S rRNA遺伝子の配列と形態から、上記の細菌を全てCardinium属に含め、その下にそれぞれのグループに分けることを提案した (図2)。

2. CardiniumとWolbachiaの感染がセジロウンカの生殖に与える影響の調査

CardiniumとWolbachiaの重複感染の影響をセジロウンカを用いて調査した。セジロウンカはイネの害虫で、毎年東南アジアから季節風に乗り中国や日本などに飛来する。CardiniumとWolbachiaの感染を調査した6ヶ国26個体群の全てのセジロウンカはCardiniumとWolbachiaに重複感染していた。その重複感染しているセジロウンカに抗生物質を投与して、非感染系統ならびにCardinium単独感染系統を作出した。Wolbachia単独感染系統を作ることは困難で未だ得られていない。これらの系統と、もとの重複感染系統との間で交配を行い、卵の孵化率を調査した。その結果、非感染系統同士の交配における孵化率は85.2%であったのに対し、非感染雌とCardinium感染雄間の孵化率は21.4%、非感染雌と重複感染雄間の孵化率は4.3%であった (表1)。CardiniumはCIを誘導しており、またCardiniumとWolbachiaの重複感染はそれよりも強いCIを誘導した。それぞれの細菌の密度を計測すると、CardiniumがWolbachiaよりも雄で5倍、雌では10倍高く、生殖巣では雄で57倍、雌で10倍高かった。CIの強さと細菌密度には正の相関性があると言われている。強いCIを引き起こす細菌は短期間で感染が宿主個体群内に広がり、その感染は固定すると考えられているが、セジロウンカではCardiniumとWolbachiaがともに誘導するCIにより、これら2種の感染がセジロウンカ全体に広がり、その結果重複感染が固定している、あるいはそれに近い状態にあると考えられた。

3. CardiniumとWolbachiaの感染が発現に影響を与える宿主細胞遺伝子

CardiniumとWolbachiaがそれぞれ宿主の遺伝子発現にどのような影響を及ぼしているか、特に宿主の免疫に与える影響について、カイコ培養細胞 (Bm-aff3細胞) とカイコ22Kマイクロアレイを用いて調査した。実験には、細胞での培養が唯一できているマダニに由来するCardiniumと非常に強いCIを誘導するヒメトビウンカのWolbachiaを使用した。Cardiniumの感染では、宿主の免疫応答遺伝子であるcecropin B, lysozyme, lebocin, tox, gloverin遺伝子、セリンプロテアーゼ遺伝子、細菌の細胞壁成分を認識するパターン認識蛋白質遺伝子などの発現量が増加しており、宿主の生体防御反応を引き起こしていた (図3)。一方Wolbachiaの感染では、それらの遺伝子の発現量の増加は見られなかった。その原因は、Wolbachiaは宿主に認識されていないためであると考えられた。宿主細胞のCardiniumとWolbachiaの認識の違いを探るため、それぞれの細菌のゲノムを比較した。Cardiniumのゲノムは本研究室にてドラフトシーケンスを解読しており、Wolbachiaは数種類のゲノムが公開されている。まずグラム陰性細菌の細胞壁の主要成分の1つであるリポ多糖 (LPS) の有無をみるとLPS合成酵素であるlpxA, lpxB, lpxC, lpxD, lpxH, lpxK, lpxL, lpxM, kdtAはCardiniumのゲノム中に存在し、Wolbachiaはそれらの合成酵素を持っていなかった。また、もう1つの細胞壁成分であるペプチドグリカンを合成するためのペプチドグリカン合成酵素であるmurA, murB, murC, murD, murE, murF, alr, ddl, mraY, murGはCardiniumのゲノム中に存在した。Wolbachiaも同様にペプチドグリカン合成酵素を持っているものの、2つの異性化酵素 (murIとalr) がないため、一般的な細菌とは少し異なる構造であることが予想される。そのため、一般的な細菌と同じ構造をしていると考えられるCardiniumの細胞壁は宿主に認識され、LPSを失い、ペプチドグリカンの形状が変化していると考えられるWolbachiaの細胞壁は認識されていないことが示唆された。ただしCardiniumのゲノム中にはフルクトース-6-リン酸からUDP-N-acetylglucosamineを合成する酵素 (glmS, glmM, glmU) が見つからなかった。

【結論】

Cardiniumとは、ミクロフィラメント様構造を持ち、宿主の生殖異常を引き起こすものを含む細胞内共生細菌である。本研究において、Cardiniumを16S rRNA遺伝子が8%異なるものを含む3つのグループからなる1属の細菌とすることを提案した。Cardiniumはウンカ類とハダニ類に広く感染しており、ウンカ類にはCardiniumとWolbachiaが有意に高く重複感染していた。セジロウンカを用いて生殖への影響を調査すると、CardiniumとWolbachiaは同一個体内で共にCIを起こしており、それぞれの細菌の引き起こすCIが両細菌の感染を個体群内および個体群間に広げていると考えられた。CardiniumとWolbachiaの感染が宿主細胞に与える影響として、Cardiniumは宿主の免疫応答遺伝子の発現を誘導していた。一方のWolbachiaは、宿主細胞の遺伝子発現にほとんど影響を与えていなかった。CardiniumとWolbachiaが異なる細胞壁を持つことがそれぞれの細菌のゲノムより推測され、それにより発現の違いが引き起こされると考えられた。

図1. Cardiniumの電子顕微鏡写真.

(a)セジロウンカのfollicle cell, (b)クワオオハダニのfollicle cell, (c)ルンチヌカカのoocyte.矢印はミクロフィラメント様構造を示す

図2. CardiniumのA, B, Cグループの関係.

16S rRNA遺伝子 (1,447-1,448 bp) およびgyrB (286アミノ酸) の一致率を示した.

表1. Cardinium単感染とCardiniumとWolbachiaの重複感染が誘導するCI

図3. CardiniumおよびWolbachiaの感染による免疫応答遺伝子の発現量への影響.

Cardinium 1とWolbachia 1は非感染細胞と同量の感染細胞を混ぜて24時間後における発現量、 Cardinium 2とWolbachia 2は72時間後の発現量で、それぞれの感染細胞で非感染細胞に比べ何倍の発現量になったかを示した.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、5章からなり、第1章は共生細菌と宿主昆虫との関係についてのこれまでの研究の紹介になっている。第2章から第4章までが、調査実験の内容とその考察になっており、第5章は総合考察となっている。

本論文は、昆虫の細胞内に最も広く感染分布している共生細菌ウォルバキアWolbachiaと比較しながら、最近発見された共生細菌カルディニウムCardiniumの特徴を明らかにしたものである。Cardiniumは、2001年の発見以来、宿主生物の性や生殖に影響を与える細菌として注目を浴びているが、いまだその特徴や節足動物界での分布など不明の点が多かった。これらの経緯に関しては、第1章「共生細菌と宿主昆虫類との関係」で紹介されている。

第2章では、Cardinium細菌の感染をウンカ類、ハダニ類、ヌカカ類で調査し、このCardiniumが高い比率で多くの種に共生していること、そして、WolbachiaとCardiniumが重複感染している例が多くあることを明らかにしている。そして、ヌカカからこれまでとは系統的に異なる細菌を発見し、これまでの近縁の細菌を統括し、Cardiniumの分類について、新たな提案をしている。

第3章では、WolbachiaとCardiniumが重複感染しているセジロウンカにおいて、それぞれが、宿主の生殖に及ぼす影響を調査し、これら細菌が野外ウンカ個体群に高頻度で感染している原因を推察した。セジロウンカにおいては、これら両細菌ともに、細胞質不和合性を引き起こしており、同じ個体内で別の細菌によって個別の生殖不和合が起こる例が初めて示された。

第4章では、WolbachiaとCardiniumを共通の細胞系(カイコ培養細胞)で培養し、カイコマイクロアレイを用いて、それぞれの細菌が細胞内で増殖するときの、宿主細胞での遺伝子発現を比較調査した。Cardiniumが宿主の生体防御関連遺伝子の発現を引き起こしていたのに対し、Wolbachiaは生体防御反応を引き起こしておらず、その原因が両者の細胞壁構造にあることを明らかにした。同じ細胞内共生細菌でも、宿主の免疫応答が異なることは、その他の共生細菌の細胞内増殖を考える上で、重要な示唆を与えるに至った。

本論文は、片利共生とも言える細胞内共生細菌の宿主との相互作用の一端を解明したもので、ここで開発された培養技術、遺伝子発現解析技術などは今後の研究に大いに貢献すると考えられる。

なお、本論文第2章は、河合佐和子、行弘文子、伊藤彩子、後藤哲雄、岸本良一、梁瀬徹、松本由記子、陰山大輔、野田博明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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