学位論文要旨



No 126148
著者(漢字) 石井,公太郎
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,コウタロウ
標題(和) 雌雄異株植物ヒロハノマンテマの性染色体のBACライブラリーと重イオンビーム照射を用いた研究
標題(洋) Studies on the sex chromosome of the dioecious plant Silene latifolia by using the BAC library and heavy-ion beam irradiation
報告番号 126148
報告番号 甲26148
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第565号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 大矢,禎一
 東京大学 准教授 河村,正二
 東京大学 教授 藤原,晴彦
 東京大学 教授 三谷,啓志
内容要旨 要旨を表示する

序論

ナデシコ科の雌雄異株植物ヒロハノマンテマは、800-2,400万年前に雌雄同株から雌性両全異株を経て進化し、そのときXY型の性染色体も獲得したとされている(Desfeux et al. 1996)。XY性染色体は本来1組の常染色体ペアであり、常染色体ペアに一連の出来事:1)原X染色体上の遺伝子に雄性不稔変異が、原Y染色体上の遺伝子に雌性抑制変異が生じ、2)変異遺伝子周辺で組換え抑制が生じ、3)組換え抑制領域の拡大と転移因子の蓄積による性染色体の異形化が生じ、4)新たに性決定に関与する遺伝子の出現、5)他の染色体との組換えによる配列の転移が起こり、現在の異形性染色体が形成されたというモデルが提唱されている(図1,Bergero and Charlesworth 2008)。

本研究では、PAR近傍の領域、組換え抑制領域、PARと反対側の末端領域の3つの領域に注目し、それぞれの領域の配列をもつBacterial Artificial Chromosome (BAC)クローンを解析し、ヒロハノマンテマのXY染色体間の構造の差異を明らかにすることを試みた。また、それぞれの領域で性決定に関与する遺伝子の単離を試みた。さらに重イオンビームを花粉に照射して得られた個体のY染色体の欠失状況を網羅的に解析し、性決定に関与する領域とその原因遺伝子の探索を行った。

結果と考察

1. Xq腕末端に由来する反復配列を含むBACクローンの解析

染色体末端特異的サテライトDNAであるKpnIサブファミリーはPARと反対側のXq腕末端に蓄積しているが、対応するYp腕末端には蓄積していない(Kazama et al. 2003)。これはXY染色体の末端が異なる配列をもつことを示し、性染色体と他の染色体間で配列の転移があったことを示唆する。Xq腕末端の配列を得るためにKpnIサブファミリーを多く含むBACクローンとして風間ら(2003)により単離されたBACクローン#15B12を解析した。#15B12のインサート配列150 kbの両端それぞれ7.5 kbと24 kbの配列を決定した。それぞれの配列にはKpnIサブファミリー配列の反復した領域と非反復性配列が隣接していた。

#15B12の配列がX染色体に由来するかを確かめるためにFISH解析を行った。#15B12全体をプローブとした場合には、KpnIサブファミリーをプローブとした場合(Kazama et al. 2003)と同様、多くの染色体末端にシグナルがみられた。さらに非反復性の配列を得るため、#15B12に隣接する配列をもつBACクローンを得るために4D-スクリーニング(Asakawa et al. 1997)を行い、BACクローン#56b11Cを単離した。#56b11Cのインサートの末端5.8 kbの配列からなるプローブでは、多くの染色体末端にシグナルがみられたが、X染色体末端のシグナル強度が最も強く、これらの配列がX染色体に由来することが明らかになった。さらに、#15B12の非反復性の14.6 kbの配列からなるプローブでは、X染色体のPARと反対のXq腕末端と、7番常染色体ペアの片末端にシグナルがみられた。これはXq腕末端の配列が7番常染色体の末端の配列と相同性をもつことを示し、7番常染色体の末端と原X染色体のq腕末端が共通の由来をもつことを示唆する(図2)。

2. 組換え抑制領域上の対立遺伝子SlAP3X/Yの配列解析とFISH解析

シロイヌナズナのAPETALA3(AP3)は雄蕊の形成に関与し、AP3欠損変異体には雄蕊の代わりに雌蕊が形成されることから、ヒロハノマンテマのAP3ホモログ(SlAP3)も性決定遺伝子の一つではないかと注目されている。AP3ホモログSlAP3Yは松永ら(2003)によってcDNA配列が単離され、Y染色体上にあることが報告されている。X染色体上に対立遺伝子が存在するかを確かめるため、BACライブラリーからAP3ホモログを2つ単離した。連鎖解析から、一方はY染色体上に(SlAP3Y)、他方はX染色体上に(SlAP3X)あることがわかった。2つのBACクローンのショットガンシーケンシングによりSlAP3X/Yの全長配列を得た。SlAP3Xは全長1.7kbであったが、SlAP3Yの第2イントロンは24.4 kbに及び、全長は26 kbであった。

内部構造の差異から2つの遺伝子は非組換え領域に存在すると考えられた。そこで性染色体上での位置を決定するためにFISH解析を試みた。KpnIサブファミリーのプローブとのマルチカラーFISHで、SlAP3YはY染色体q腕のセントロメア近傍に位置することがわかった。一方、SlAP3XのFISH解析により、SlAP3XはX染色体q腕のセントロメア付近に存在することがわかった(図2)。このことから、性染色体の異形化の過程で、Y染色体に動原体を含んだ逆位が起きたことが示唆された。この逆位によりSlAP3X/Yの機能分化が生じた可能性がある。

3. Y染色体PAR領域近傍の配列タグ部位(STS)マーカーMS2とその周辺配列の解析

RAPD解析により雄特異的なSTSマーカーMS2が単離されていた(Sugiyama 2003)。Y染色体欠損変異体ライブラリーをテンプレートとして、Y染色体上のマーカーを用いてPCRをするY染色体デリーションマッピングにより、MS2はPAR近傍のマーカーL8 (Lebel- Hardenack et al. 2002)と同じ座位にマッピングされた。

PAR近傍の対立遺伝子を単離することを期待して、4Dスクリーニング法によりBACライブラリーからMS2を含むBACクローン#9d12Fを単離し、ショットガンクローニングにより109 kbのインサート配列を決定した。BLASTX検索では既知のレトロトランスポゾンと相同な11個の配列が明らかになった。ドットマトリックスプロット解析とBLASTN検索により、14個のLTR様配列が明らかになった。さらに、ORF Finderを用いた解析により100アミノ酸残基からなる9個のORFが予測された。RT-PCR解析により内4個のORFの雌雄両方での発現が確認された。これらはPAR近傍の対立遺伝子の候補である。さらに内1個のORF211について連鎖解析を行い、Y染色体とX染色体にそれぞれ存在する対立遺伝子、ORF211YとORF211Xを単離した。

4.重イオンビーム照射によるY染色体欠失変異体の網羅的解析

本研究で得られた性染色体上の対立遺伝子はヒロハノマンテマの性決定への関与が疑われる。これらの欠失変異体を得ることを期待して乾燥種子に重イオンビームを照射した。種子への重イオンビーム照射で得られた変異体のY染色体の部分欠損はそのほとんどが個体中にキメラで含まれていたため解析に不向きであった。そこで染色体欠失変異を均一にもつ変異体を得るために、花粉へ重イオンビーム照射を照射した。表現型の観察と合わせて、合計5個体の両性花変異体、4個体の無性花変異体、4個体の葯発育不全変異体を得た。

得られた両性花変異体、無性花変異体のY染色体の欠損をZluvovaら(2007)の結果と合わせて比較した。これまでの研究で得られた遺伝子の欠失はみられなかったが、γ線照射由来の両性花変異体、無性花変異体ではそれぞれマーカーMK17、ScQ14が共通して欠失していた。これはそれぞれのマーカーが雌蕊抑制機能(GSF: Gynoecium Suppressing Function)領域、雄蕊促進機能(SPF: Stamen- Promoting Function)領域と緊密に連鎖していることを示す。一方、重イオンビーム照射由来の両性花変異体、無性花変異体ではそれぞれのマーカーが欠失していないものがみられた(図3)。これはそれぞれの機能領域に存在する遺伝子がピンポイントに欠失していることを示唆する。

γ線と炭素イオンビームによるDNA欠失の長さのピークがそれぞれ100 kb (Morita et al. 2007)、1-1000 bp (Kazama et al. 2007)であることを考慮すると、ScQ14の周辺100 kb以内の領域にSPF機能遺伝子が存在すると考えられる.そこでScQ14を含むBACクローンのインサート配列を454シーケンシングにより決定した。ORF FinderとBLASTXにより、合計91 kbのコンティグ配列中に3個の転移因子ではないORFが予測された。そのうち1個は既知のヒロハノマンテマの機能未知の遺伝子ORF285に類似していた。これらのORFはSPF機能遺伝子の候補である。

結論

本研究ではヒロハノマンテマの性染色体の3つの領域に着目し以下のことを明らかにした。

1)サテライトDNA KpnIサブファミリーの連続して反復する配列130 kbを同定し、配列がXq腕末端に存在すること、7番常染色体に相同な領域が存在することを明らかにした。

2)AP3ホモログSlAP3YのX染色体上の対立遺伝子SlAP3Xを単離し、内部構造の差異を明らかにした。また、FISH解析により両遺伝子が非組換え領域にあることを決定し、セントロメアを含んだ染色体再構成の可能性を示唆した。

3)STSマーカーMS2がY染色体PAR領域近傍に存在することを明らかにした。また、MS2周辺109 kbの配列を決定し、新規の性染色体上の対立遺伝子の候補となるORFの存在を明らかにした。その1つについて対立遺伝子ORF211YとORF211Xを単離した。

4)重イオンビーム照射によりY染色体の部分欠失変異体を作出した。欠失マッピングにより、GSF機能領域、SPF機能領域がそれぞれマーカーMK17、ScQ14に緊密に連鎖することを明らかにした。454シーケンシングによりSPF機能遺伝子の候補を3個単離した。

図1 ヒロハノマンテマ性染色体の出現モデル 染色体上の線は性決定に関与する遺伝子の位置を示す。矢頭はその段階で生じた変化の位置を示す。

図2 性染色体のマップ 染色体上の縦線は染色体上の位置が決定された遺伝子の位置を示す。

図3 Y染色体の欠失地図 実線はマーカーあるいは遺伝子が存在することを示す。K034は自然突然変異体として得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、雌雄異株植物ヒロハノマンテマのBACライブラリーを用いた性染色体の精密なマッピングと、重イオンビーム照射変異体による性染色体の構造の解析について述べたものである。第1章はXq腕と7番染色体末端に存在する相同な配列を含むBACクローンの解析、第2章はSlAP3X/Y遺伝子の遺伝・物理マッピングによる性染色体の段階的進化の解明、第3章はY染色体特異的STSマーカーMS2とその近傍領域の配列解析、第4章は重イオンビーム照射による性の表現型異常とY染色体上の欠失領域の関連性について述べられている。

ヒロハノマンテマのXY性染色体は1組の常染色体ペアが異形化して形成されたとされる。しかし、これまでの性染色体についての情報量は非常に少ない。本論文で得られた知見はヒロハノマンテマの性染色体の異形化の過程を明らかにするうえで重要である。

第1章では、染色体末端特異的サテライトDNAであるKpnIサブファミリーを含むBACクローン#15B12を解析した。KpnIサブファミリーのFISH解析はXY染色体の末端が異なる配列をもつことを示していた。#15B12のインサート配列150 kbの両端を配列解析し、インサート中でのKpnIサブファミリーの420回の反復と、それに隣接する非反復性配列を明らかにした。#15B12の配列がX染色体に由来するかを確かめるためにFISH解析を行った。#15B12に隣接するBACクローン#56b11Cを単離した。#56b11C全体をプローブとした解析により、これらの配列がX染色体に由来することが明らかになった。さらに、#15B12の非反復性の配列からなるプローブでは、Xq腕末端と、7番常染色体ペアの片末端にシグナルがみられた。これによりXq腕末端の配列が7番常染色体の末端の配列と相同性をもつことが示された。これにより性染色体の異形化の過程で、原7番染色体末端から原X染色体のq腕末端への転移、あるいは原Y染色体末端から原7番染色体末端への転移が示唆された。

第2章では、AP3ホモログ含むBACクローンの解析を行った。AP3はシロイヌナズナで雄蕊の形成に関与し、ヒロハノマンテマのホモログSlAP3も性決定遺伝子の一つではないかと注目されている。SlAP3は2コピーのcDNA配列が単離されていた。BACライブラリーからそれぞれのコピーを含むクローンを単離した。連鎖解析から、それぞれX染色体(SlAP3X)とY染色体(SlAP3Y)上にあることがわかった。SlAP3Xは全長1.7kbであったが、SlAP3Yの全長は26 kbであった。SlAP3X/Yを含むBACクローン中にはそれぞれ2個、1個の転移因子ではない遺伝子が予測された。2つの遺伝子の性染色体上での位置を決定するためにFISH解析を試みた。SlAP3YはY染色体q腕のセントロメア近傍に位置することがわかった。SlAP3XはX染色体q腕のセントロメア付近に存在することがわかった。このことから、性染色体の異形化の過程で、Y染色体に動原体を含んだ逆位が起きたことが示唆された。

第3章では、Y染色体特異的STSマーカーMS2を含むBACクローンの解析を行った。デリーションマッピングにより、MS2はPAR近傍のマーカーL8と同じ座位にマッピングされた。PAR近傍の対立遺伝子を単離することを期待して、ショットガンクローニングにより109 kbのインサート配列を決定した。ORF Finderを用いた解析により100アミノ酸残基以上からなる9個のORFが予測された。RT-PCR解析により内4個のORFの雌雄両方での発現が確認された。これらはPAR近傍の対立遺伝子の候補である。さらに内1個のORF211について連鎖解析を行い、Y染色体とX染色体にそれぞれ存在する対立遺伝子、ORF211X/Yを単離した。

第4章では、重イオンビーム照射によるY染色体欠失領域と性に関する表現型異常の対応付けを試みた。重イオンビーム照射種子当代では得られたY染色体の欠失はほとんどがキメラであった。そこで花粉へ重イオンビームを照射した。5個体の両性花変異体、4個体の無性花変異体、4個体の葯発育不全変異体を得た。変異体のY染色体の欠失を、報告されていたγ線照射変異体と比較した。雌蕊抑制機能、雄蕊促進機能がそれぞれマーカーMK17、ScQ14と緊密に連鎖した。ScQ14を含むBACクローンのインサート配列を配列解析し、3個の雄蕊促進機能遺伝子の候補が予測された。

なお、本論文第1章は天内康人、風間裕介、池田美穂、鎌田博、河野重行との、第2章は杉山立志、大貫恵美、風間裕介、松永幸大、河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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