No | 126149 | |
著者(漢字) | 伊藤,喜重 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | イトウ,キエ | |
標題(和) | 真正粘菌ミトコンドリア核様体の構築と機能発現制御に関わる構造タンパク質群の解析 | |
標題(洋) | Studies on architectural proteins involved in organization and functional regulation of the mitochondrial nucleoid in Physarum polycephalum | |
報告番号 | 126149 | |
報告番号 | 甲26149 | |
学位授与日 | 2010.03.24 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第566号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 生体内において、ミトコンドリアDNA(mtDNA)はタンパク質によって折りたたまれ、凝縮した核様体構造をとる。ミトコンドリア核様体は、mtDNAの複製・転写・修復を行う場であり、そういったmtDNAの機能発現を支える構造基盤となる。しかしながら、ミトコンドリア核様体は多くの真核生物において微小な構造であるため、どのように構築され機能しているのか依然として明らかではない。 原生生物である真正粘菌Physarum polycephalumのミトコンドリア核様体は、ヒトや出芽酵母と比較して10-50倍のDNAを含み、巨大な棒状の構造をとる。その形態的特徴から、真正粘菌はミトコンドリア核様体研究のモデル生物とされ、生体内での構造と機能を保持した高純度のミトコンドリア核様体が単離されている(Sasaki et al., 1998)。これまでに真正粘菌において、ミトコンドリア核様体の構築に関与するタンパク質(構造タンパク質)としてGlom(A protein inducing agglomeration of mitochondrial chromosomes)が同定された(Sasaki et al., 2003)。Glomは、2つのHMG-boxドメインを含む塩基性タンパク質(HMGタンパク質)であり、ミトコンドリア核様体の中で最も含有量が多く、機能を妨げずにmtDNAを効率良く凝縮させる。同様のHMGタンパク質は、高等動物や酵母でもミトコンドリア核様体の構造タンパク質として同定され、複製・転写・組換え・メンテナンスなどのmtDNA機能発現制御にも関与することが報告されている。このようなミトコンドリア核様体の構築を担う構造タンパク質は、複数存在していると予測されているにも関わらず、各生物でまだ1種類しか同定されていない。 本研究では、真正粘菌から単離した高純度のミトコンドリア核様体を用いて、新規の構造タンパク質群の同定を目指した。そして、それらのタンパク質群がどのようにミトコンドリア核様体の構築やmtDNAの機能発現に関わるのか明らかにすることを目的とした。そのために、これまで真正粘菌では困難であった遺伝子発現抑制法の開発も試みた。 結果と考察 1.ミトコンドリア核様体を構築するDNA結合タンパク質の探索 ミトコンドリア核様体の構築に関与するタンパク質の候補を得るために、高純度に単離したミトコンドリア核様体をNaClまたはDNaseで処理し、構造を解体させた。その結果、解体にともなって数種類のタンパク質が遊離した。次に、ミトコンドリア核様体の総タンパク質をDNAセルロースアフィニティークロマトグラフィーで解析し、数種類のタンパク質が高いDNA結合能をもつことがわかった。これらの結果を比較したところ、56-、38-、34-kDaタンパク質がGlomと同様の挙動を示したため、ミトコンドリア核様体の構築に関わる可能性の高いタンパク質として着目し解析することにした(表1、図1)。 それぞれをPmn56、Pmn38、Pmn34(Physarum polycephalum mitochondrial nucleoid protein 56, 38, 34)と名付けた。 2.新規ミトコンドリア核様体タンパク質Pmn56、Pmn38、Pmn34 の機能解析 1) 一次構造の決定 各遺伝子を同定するため、アミノ酸シークエンス法によりN末端と内部アミノ酸配列を決定した。それを基にcDNAを鋳型としてdegenerate PCR、5'-RACE、3'-RACEを行い、全長塩基配列を決定した。BLAST検索の結果、Pmn56のN末端側半分はMgm101ドメインに高い相同性をもち、C末端側半分には特徴的なポリプロリン配列(PPPP)をもっていた。Mgm101ドメインは、酵母や粘菌、一部の動物、バクテリアに広く保存されるタンパク質で、酵母での解析ではmtDNA複製や修復への関与が示唆されている。Pmn38は機能未知であり、Pmn34は3'-5' エキソヌクレースに広く保存されるDEDD (DnaQ-like) モチーフをもつタンパク質であった(図2)。 2) 細胞内局在解析 細胞分画を行い、各タンパク質に対する抗体を作製してウエスタンブロット解析を行ったところ、Pmn56とPmn38は、ミトコンドリア核様体画分に特異的に検出された。一方、Pmn34はミトコンドリア内の核様体以外の画分にも検出された。細胞免疫染色を行ったところ、Pmn56とPmn38は、Glomと同様にミトコンドリア核様体全体に均質に局在し、さらにPmn38は細胞核にも局在していた。Pmn34は、RNAの局在が示唆されるミトコンドリア核様体の表層領域に特異的に局在していた(図3)。 3) DNA結合能・DNA凝縮能解析 大腸菌で強制発現させ精製した各タンパク質と、mtDNAまたはλDNAを用いてゲルシフト解析を行ったところ、3種類のタンパク質全てが配列非特異的にDNAに結合した。各タンパク質とDNAの混合液を蛍光顕微鏡で観察したところ、Pmn56、Pmn38を添加した時に、DNAの凝縮が観察された。このように、Pmn56とPmn38は、Glomと同様にmtDNA全体に結合し凝縮させる能力をもっていたことから、それぞれGlom2、Glom3と名付けた。それにともないGlomをGlom1とした。 3.ミトコンドリア核様体の主要構成タンパク質Glom1とGlom2の機能解析 Glom1とGlom2は、ミトコンドリア核様体の主要構成成分であり、生体内での存在量は、それぞれmtDNA20bp、100bpあたり1分子に相当する。両者がどのようにミトコンドリア核様体の構築やmtDNAの機能発現制御に関わっているか解析を行った。 1) Glom1とGlom2によるDNA凝縮能解析 精製した両タンパク質を、生体内での存在量比となるようにmtDNAに添加し、蛍光顕微鏡により観察した。興味深いことに、両者が共存することで相乗的にDNA凝縮が強まった。 2) アンチセンスオリゴによる遺伝子発現抑制法の開発 生体内での機能を解析するために、遺伝子発現抑制法の検討を行った。以前に報告のあったsiRNAのインジェクションによるRNA干渉法を試みたが、明瞭な発現抑制効果が認められなかった。そこで、DNase耐性をもつDNA類似体のモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)のマイクロインジェクションを行った。真正粘菌の二倍体の変形体は、巨大な多核単細胞であるため、実体顕微鏡下で変形体の一部に容易にMOを導入でき、導入したMOは、2時間以内に細胞全体に行き渡った(図4A)。また、変形体の一部を採取しても生育に影響しないため、単一の変形体からの経時的サンプリングを行い、ウエスタンブロット解析により標的遺伝子の発現量変化を調べた。その結果、MO導入後1日目から7日目まで発現抑制効果がみられ(図4B)、5.5日目に再度MO導入を行うことで、その効果は延長され、12日目で十分な発現抑制効果を維持していた(図4C,D)。またMOを混合して導入することで、複数の標的遺伝子の同時発現抑制にも効果があった(図4D)。 3) Glom1とGlom2の発現抑制解析 細胞をDAPI染色し、蛍光観察したところ、Glom1の発現抑制細胞では、ミトコンドリア核様体の形態が細くまたは短く変化する傾向がみられた。Glom1とGlom2を同時に発現抑制した細胞では、ほぼ全てのミトコンドリア核様体が顕著に小さくなり、ドット状へと変化した(図5A)。この時のmtDNAコピー数を定量的PCRによって計測したところ、Glom1の発現抑制細胞では33%、Glom1とGlom2の同時発現抑制細胞では5.5%まで有意に減少していた。一方で、mRNA蓄積量を定量的RT-PCRによって計測したところ、Glom2の発現抑制細胞において、mtDNA量あたりのmRNA量が顕著に減少していた(図5B)。また、Glom2の発現抑制細胞においてmtDNA修復酵素RecAの発現量が増加した。そこでGlom2のmtDNA修復への関与を解析するため、細胞を過酸化水素で処理し、酸化ストレスを与えたところ、細胞の増殖速度の低下にともなってGlom2の細胞内存在量が約2倍に増加することがわかった。 結論 ミトコンドリア核様体は、mtDNAの転写・複製・修復などの機能発現を支える重要な構造基盤であるが、その構築や、mtDNAの機能発現への関与についてほとんどわかっていなかった。今回、高度に発達したミトコンドリア核様体をもつ真正粘菌を用いてミトコンドリア核様体の新規構造タンパク質Glom2、Glom3、Pmn34を同定し、以下のことを明らかにした。 1.Glom2、Glom3、Pmn34は、mtDNAに対して配列非特異的に結合する。 2.Glom2とGlom3は、DNA凝縮能をもち、ミトコンドリア核様体全体に局在することから、mtDNA全体の構築に関わる構造タンパク質である。 3.Pmn34は、ミトコンドリア核様体表層に特異的に局在することから、特定の領域で機能する構造タンパク質である。 4.真正粘菌の変形体において、モルフォリノアンチセンスオリゴをマイクロインジェクションすることにより、効率的に標的遺伝子を発現抑制できる。 5.Glom1は、単独でミトコンドリア核様体構造の構築とmtDNAの維持に関与する。 6.Glom2は、Glom1と協調して、ミトコンドリア核様体構造の構築とmtDNA量の維持に関与する。さらに単独で、mRNA量の維持に関与する。 表1. ミトコンドリア核様体の構築に関わるDNA結合タンパク質の候補 図1 単離ミトコンドリアと単離ミトコンドリア核様体のSDS-PAGE泳動像 図2 Pmn56, Pmn38, Pmn34の一次構造TP, ミトコンドリア移行シグナル 図3 抗Pmn56, Pmn38, Pmn34抗体を用いた細胞免疫染色像 Scale bar, 5μm. 図4 MOのマイクロインジェクションによる標的遺伝子の発現抑制 (A) MO導入直後(a,b)と2時間後(c,d)の変形体 Scale bar, 1cm.(B) MO導入後0-11日目のGlom2の発現抑制効果 (C) タイムコース(D) MO導入後12日目のGlom1とGlom2の発現抑制効果 図5 Glom1とGlom2の発現抑制がミトコンドリア核様体に及ぼす影響 (A)ミトコンドリア核様体の形態変化 (B) mtDNAコピー数の変化とミトコンドリアmRNA(cox1, nad6, nad7)の蓄積量の変化 (*未処理細胞に対して有意差あり) | |
審査要旨 | 本論文は3章から構成され、第1章では、ミトコンドリア核様体の構築に関わる構造タンパク質候補の探索、第2章では3種類の新規構造タンパク質(Pmn56/Glom2、Pmn38/Glom3、Pmn34)の同定、第3章では主要構造タンパク質Glom1とGlom2の核様体構築への協調的な関与について述べられている。 真核細胞のもつミトコンドリアDNA(mtDNA)は、生体内でタンパク質によって折りたたまれ凝縮した「核様体」として存在する。核様体の内部で、mtDNAの転写、複製、修復といった機能発現制御が行われるが、その基盤となる核様体の分子構築については殆ど明らかでなかった。本研究は、発達した巨大ミトコンドリア核様体をもつ原生生物の真正粘菌(Physarum polycephalum)をモデルとし、核様体構築の解明を目標として進められた。 これまで、ヒトを含む高等生物や酵母、真正粘菌での解析から、ミトコンドリア核様体を構築する構造タンパク質として、各生物で1種類のHMGタンパク質が同定されていた。しかし、それだけでは核様体構築に不十分であり、依然として核様体の分子構築の全体像は不明確であった。 第1章では、構造解体法とDNA結合能解析を用いることで、単離核様体を構成しているタンパク質からの更なる構造タンパク質候補の絞り込みが行われた。結果を比較することで、既知の構造タンパク質Glom1(HMGタンパク質)と同様の性質をもつ3種類のタンパク質の特定に成功した。それらのタンパク質は、核様体に占める量も多く、構造タンパク質として機能する可能性を強く示唆するものだった。 第2章では、構造タンパク質候補として見出した3種類のタンパク質(Pmn56、Pmn38、Pmn34)について、遺伝子配列の決定と機能解析が行われた。真正粘菌のゲノム情報はまだ解読されておらず、遺伝子配列の決定は困難であるが、ペプチドシークエンス法、Degenerate PCR法、RACE法を用いることで、3種類のタンパク質の配列決定に成功した。さらに細胞内局在と生化学的性質が詳細に解析された結果、Pmn56とPmn38はmtDNA全体の構築に関わる新規構造タンパク質であり、Pmn34はミトコンドリア核様体の表層領域で機能するリボヌクレースであることが明らかにされた。これらは、HMGタンパク質以外の構造タンパク質として初めて同定されたものであり、さらには核様体の内部構造が機能的に区画化されていることを初めて示唆するものであった。 第3章では、複数の構造タンパク質が核様体を構築していることの意義を見出すため、特に存在量の多いGlom1とGlom2に着目して核様体への関与について詳細に解析された。In vitroでのmtDNA凝縮能解析の結果、両タンパク質が共存することで、mtDNAを相乗的に凝縮させることが明らかにされた。さらに、in vivoでの機能を解析するため、真正粘菌における標的遺伝子の発現抑制法の新規開発が行われた。開発された発現抑制法は、DNA類似体であるモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)のマイクロインジェクションによる方法で、そのDNase耐性からMOは生体内で安定に存在し、従来の方法より効率的で持続的な発現抑制を可能にした。また、巨大多核単細胞という真正粘菌のユニークな特性から単一細胞からの経時的サンプリングも可能であり、開発された方法は大変魅力的な実験系であった。この手法を用いた発現抑制解析によって、Glom1は単独で、Glom2はGlom1と協調して、核様体の形態とmtDNAコピー数維持に重要に機能することが示された。さらに、Glom2はmRNA蓄積量の維持とDNA修復への関与も示唆された。これらは、ミトコンドリア核様体が独自の機能をもつ複数の構造タンパク質により協調的に構築されていることを初めて示すものである。今後、mtDNAの複製、転写、修復、翻訳といった様々な機能に関わる個々のタンパク質の解析と、それらの相互作用解析を通して、mtDNAの機能と相関した核様体の分子構築の全貌を明らかにしていけるものと考えられる。 さらに、本研究の対象とされた真正粘菌のミトコンドリア核様体は、高等生物や菌類と、主要構造タンパク質(HMGタンパク質)が共通しているだけでなく、mtDNAの転写・複製・修復を担う重要な酵素類についても高く保存されている。また、真正粘菌は進化的に全真核生物の基部に位置することからも、本研究によって得られた核様体構築に関する知見は、真核生物全般の核様体構築を理解していくうえでも重要であると考えられる。 なお、本論文は、泉亜紀子、森稔幸、堂前直、由比良子、佐野桂、金岡雅浩、黒岩晴子、黒岩常祥、東山哲也、室伏きみ子、佐々木成江、河野重行との共同研究であるが、本論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり、本論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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