学位論文要旨



No 126161
著者(漢字) 石原,誠人
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,マコト
標題(和) リンパ腫増殖における線維素溶解系の役割の解明と新規治療法の開発
標題(洋) Role of fibrionlytic system in lymphoma progression; implication for new molecular targets
報告番号 126161
報告番号 甲26161
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第578号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 准教授 醍醐,弥太郎
内容要旨 要旨を表示する

【研究背景】

悪性リンパ腫はリンパ球に由来する悪性腫瘍であり、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に大別される。悪性リンパ腫は年に21,000人ほどの発症報告があり、うち9,200人ほどが亡くなっている(2003年、2006年 国立がんセンターがん対策情報センター)。悪性リンパ腫の病態と治療に関する知見は徐々に集まりつつあるもののすべての患者を治癒できるというレベルには程遠く、さらなる治療法の改善が望まれている。近年ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫患者に於いて金属要求性メタロプロテアーゼ(MMPs)の血中濃度の上昇が報告され、悪性リンパ腫とMMPの関連が示唆されている。MMPsは24種類以上のサブタイプが存在し、癌増殖において増殖、転移など様々なプロセスに関与していることが明らかとなってきており、リンパ腫を含めた癌治療に有用な標的因子と考えられてきた。しかし現在までに開発されてきたMMP阻害剤はその非特異性に依存すると考えられる副作用により治療効果が得られる投与量での治療が難しく、新規のMMP制御機構の開発が急務とされている。血液線維素溶解系(線溶系:図1)は血液中における血栓溶解作用が主に知られている一方、線溶系因子の一つであるプラスミノーゲン(Plg)/プラスミン(Plm)はMMPsの生理学的な制御因子であることが近年in vitroで明らかにされている。また、臨床レベルでもリンパ腫患者において血液中での線溶系亢進を示唆する臨床報告が数多くなされ、MMPの上流に位置する線溶系のリンパ腫増殖における意義が注目され始めている。発表者及び共同研究者らのグループはこれまでの研究でMMPs、特に血管基底膜の主に構成するIV型コラーゲンを基質とするMMP-9の活性化によって末梢組織中に動員される骨髄由来細胞がVEGFの供給を介して血管新生を促進し、組織再生を促進すること(Heissig et. al. Cell Stem Cell 2007, Ohki et. al. Faseb J. 2005)を報告してきた。さらにMMPsの活性化が、こうした骨髄由来細胞群の増殖因子として機能するKit-ligand(KitL)のプロセシングを促進する事実を明らかにしてきた(Heissig et. al. Cell 2002)。1970年代よりFolkmanらによって癌増殖における血管新生の重要性が提唱され、リンパ腫を始めとした癌増殖において血管新生の阻害は癌治療の重要な標的とされてきた。VEGFは血管新生因子の一つとして知られ、骨髄由来細胞は近年VEGFを初めとした癌増殖性サイトカインの放出を介して癌増殖を促進し、癌細胞に有利な「癌微小環境」を提供していることが報告されてきている。そこで発表者は生体内線溶系亢進をMMP活性化を介したリンパ腫細胞の浸潤あるいは転移、増殖の開始点と捕らえ、本研究においてはPlg/PlmによるMMP活性を介したの骨髄由来細胞群のリンパ腫組織への浸潤とリンパ腫増殖ないしリンパ腫微小環境形成との関連性の解明(図2)、さらにこれらの知見を基礎とした、線溶系因子群を標的とした新規の分子療法の開発を目的とした。

【研究方法】

マウス悪性リンパ腫細胞であるB6RV2、EL4をPlg(Plg-/-)、MMP-9(MMP-9 -/-)遺伝子欠損マウス及びこれらの野生型の背部皮下へ移植し、担癌モデルを作製した。リンパ腫増殖、進展の状況をYO-2 、トランサミンなどの線溶系阻害剤の薬効と照らし合わせながらその腫瘍径の測定及び線溶系、MMP-9リンパ腫増殖の関係を観察した。またこれらのリンパ腫モデルから一週間毎に血漿を採取しELISAの手法を用いてKitL、VEGFなどのサイトカインのレベルを測定した。なお組織染色に関しては各種骨髄由来細胞の染色を行いリンパ腫組織内における骨髄由来細胞の浸潤を評価した。

【結果】

1.リンパ腫増殖はPlg/MMP-9経路によって制御される。

WTとPlg-/-、 MMP-9 -/-でマウスリンパ腫の一種であるB6RV2の担癌マウスを作成し、その増殖を観察したところ、WTに比べPlg-/-、MMP-9 -/-ではB6RV2の増殖が抑制されることが確認された(図4)。この結果からPlm及びMMP-9がB6RV2の増殖を促進していることが確認された。発表者は次にPlmによるリンパ腫増殖制御がMMP-9を介して起こるものと考えた。そこで発表者はWTとMMP-9 -/-で同様にB6RV2の担癌マウスを作成し、Plm阻害剤(YO-2)によるリンパ腫増殖抑制効果を観察した。その結果WTではYO-2によるリンパ腫増殖の抑制効果が見られたものの、MMP-9 -/-では見られなかった(図5)。また、WTと Plg-/-の担癌マウスの末梢血中の活性化MMP-9をELISAを用いて測定した所、WT ではリンパ腫細胞移植後7日目をピークにMMP-9のレベル増加が観察されるのに対し、Plg-/-ではこの増加が観察されなかった。また野生型の担癌マウスにYO-2を投与したモデルではPlg-/-同様に血漿中のMMP-9のレベルの上昇が観察されなかった。当初、仮説ではPlmによるMMP-9の活性化がリンパ腫の増殖をコントロールしているものと考えていたが、これらELISAの結果やマウス胎児性繊維芽細胞はPlmによる刺激でMMP-9の産生量が増加することなどからPlmは直接MMP-9の産生量を増加させているものと考えられる。これらの結果から発表者はPlmがMMP-9の産生増加を通じてリンパ腫増殖に関与していることを示唆した。またEL4リンパ腫細胞を用いたモデルではWTとPlg-/-のモデル間で優位な差はなかった。

2.サイトカイン産生及びリンパ腫組織中へのCD11b+F4/80+細胞の浸潤はPlg/MMP-9経路によって制御される。

発表者は前章において用いたリンパ腫モデルを使い、KitLやVEGFなどの血漿中のサイトカインの濃度測定を行った。この結果、KitLやVEGFは野生型ではリンパ腫細胞移植後14日前後をピークに血漿中のレベルが上昇するのに対してPlg-/-、MMP-9 -/-及び野生型、MMP-9 -/-リンパ腫モデルをYO-2で治療したものはこの上昇が観察されなかった(図6)。これらの結果は、リンパ腫増殖と同様にKitLやVEGFの血漿中の濃度はPlg/MMP-9経路によって制御されていることが明らかとなった。次に発表者はCD45+VEGF-R1+CXCR4+ (hemangiocytes), CD45+VEGF-R1+Gr-1+ (neutrophils), CD45+VEGF-R1+CD11b+ (monocytes), CD45+CD11b+Gr-1+ (mylomonocytic cells) and CD45+CD11b+F4/80+ (macrophages and eosinophils) cellsなどの骨髄由来細胞のリンパ腫組織への浸潤の相違に注目した。発表者はWTとPlg-/-、 MMP-9-/-を使いB6RV2リンパ腫モデルを作製し、リンパ腫移植後7日目にリンパ腫組織を破砕し、リンパ腫組織中に各種骨髄由来細胞の量をフローサイトメトリーを用いて計測した。その結果、CD45+CD11b+F4/80+の細胞群のリンパ腫組織内への浸潤が野生型において顕著に観察され、野生型と比較しPlg-/-、 MMP-9-/-におけるリンパ腫内への浸潤が有意に減少することが観察された(図7)。リンパ腫増殖同様これらの細胞群の浸潤がPlg/MMP-9の経路によって制御されている可能性を考え、WTとMMP-9-/-のリンパ腫モデルにおけるYO-2のCD45+CD11b+F4/80+浸潤阻害効果をみた。この結果WTにおいてはこれらの細胞群の浸潤がYO-2よって阻害されるのに対し、MMP-9-/-のリンパ腫モデルではこれらの細胞群の浸潤を抑えることはできなかった。免疫組織染色においてもリンパ腫細胞移植後7日目のリンパ腫組織へのF4/80+細胞の浸潤が同様の傾向をしめしており、これらの結果から、骨髄由来細胞のリンパ腫組織への浸潤はリンパ腫増殖同様、Plg/MMP-9経路によって制御されている可能性が示唆された。

【結論】

本博士論文によって発表者は(1)リンパ腫増殖がPlg/MMP-9経路によって制御されること、(2)リンパ腫組織中に浸潤しているCD11b+F4/80+細胞の数はPlg/MMP-9経路によって制御されることを明らかにした。今後はリンパ腫増殖とCD11b+F4/80+細胞のリンパ腫組織への浸潤の関連性の解明、ならびに転移・悪性化へのPlg/MMP-9経路の寄与の解明、及び各癌種のPlg/MMP-9経路の寄与の大きさの検討を行っていきたい。本研究はリンパ腫細胞動態・増殖機構に関連性が高いMMPの活性を線溶系因子群によって制御することができる可能性に注目して始められた。トラネキサム酸に代表される線溶系阻害剤は従来から止血剤として一部臨床でも使用され、副作用が少ないという点で安全性が確認されている。これら線溶系活性を標的する薬剤を止血剤としての本来の利用方法から視点を変え、MMP制御を介したリンパ腫を始めとする癌治療へと応用を試みた本研究の着想は非常に独創的なものであり、本研究によって得られた結果は次世代型癌治療法開発と基礎研究として、さらに癌の病態解明の点でも多くの意義を持っていると考えられる。

(図1)線維素溶解系

(図2)本研究の仮説

(図3)研究方法

(図4)リンパ腫の増殖1

(図5)リンパ腫の増殖2

(図6)血漿中のサイトカイン

(図7)CD45+CD11b+F4/80+細胞の浸潤

審査要旨 要旨を表示する

1.論文の目的

悪性リンパ腫はリンパ球に由来する悪性腫瘍であり、その病態と治療に関する知見は徐々に集まりつつあるもののすべての患者を治癒できるというレベルには程遠く、さらなる治療法の改善が望まれている。近年ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫患者に於いて金属要求性メタロプロテアーゼ(MMPs)の血中濃度の上昇が報告され、悪性リンパ腫とMMPの関連が示唆されている。MMPsは24種類以上のサブタイプが存在し、癌増殖において増殖、転移など様々なプロセスに関与していることが明らかとなってきており、リンパ腫を含めた癌治療に有用な標的因子と考えられてきた。しかし現在までに開発されてきたMMP阻害剤はその非特異性に依存すると考えられる副作用により治療効果が得られる投与量での治療が難しく、新規のMMP制御機構の開発が急務とされている。血液線維素溶解系は血液中における血栓溶解作用が主に知られている一方、線溶系因子の一つであるプラスミノーゲン(Plg)/プラスミン(Plm)はMMPsの生理学的な制御因子であることが近年in vitroで明らかにされている。また、臨床レベルでもリンパ腫患者において血液中での線溶系亢進を示唆する臨床報告が数多くなされ、MMPの上流に位置する線溶系のリンパ腫増殖における意義が注目され始めている。本論文においては生体内線溶系亢進をMMP活性化を介したリンパ腫細胞の浸潤あるいは転移、増殖の開始点と捕らえ、Plg/PlmによるMMP活性を介したリンパ腫促進性骨髄由来細胞群のリンパ腫組織への浸潤とリンパ腫増殖ないしリンパ腫微小環境形成との関連性の解明、さらにこれらの知見を基礎とした、線溶系因子群を標的とした新規の分子療法の開発を目的として研究が行われた。

2.論文の構成

論文は2章構成となっている。第1章ではPlgがMMP-9を介してリンパ腫増殖を制御していることが提示され、第2章ではPlg/MMP-9がリンパ腫増殖を制御している具体的な機構を明らかにされた。

3.論文の内容

第1章ではリンパ腫増殖がPlmによって活性化されたMMP-9によって制御されることが明らかにされている。 WTとPlg-/-、 MMP-9 -/-でマウスリンパ腫の一種であるB6RV2の担癌マウスを作成し、その増殖を観察したところ、WTに比べPlg-/-、MMP-9 -/-ではB6RV2の増殖が抑制されることが確認された。この結果からPlm及びMMP-9がB6RV2の増殖を促進していることが確認された。次にPlmによるリンパ腫増殖制御がMMP-9を介して起こるものと考え、WTとMMP-9 -/-で同様にB6RV2の担癌マウスを作成し、Plm阻害剤(YO-2)によるリンパ腫増殖抑制効果を観察した。その結果WTではYO-2によるリンパ腫増殖の抑制効果が見られたものの、MMP-9 -/-では見られなかった。これらの結果から本章ではPlmがMMP-9の産生増加を通じてリンパ腫増殖に関与していることが示唆された。

第2章ではサイトカイン産生及びリンパ腫組織中へのある種の骨髄由来細胞の浸潤はPlmによるMMP-9の活性化によって制御されることが明らかにされている。KitLやVEGFなどの血漿中のサイトカインおよび骨髄由来細胞一種であるCD45+CD11b+F4/80+の細胞群のリンパ腫組織内への浸潤がリンパ腫増殖同様、PlmによるMMP-9の活性化によって制御されている可能性が示唆された。近年骨髄由来細胞群の癌組織への浸潤が癌悪性化にかかわっている知見が多く出されていることからもこれらの細胞群の機能解析に今後興味が持たれる。

4.本論文の評価

本研究によって大まかに(1)リンパ腫増殖がPlmによるMMP-9の活性化によって制御されること、(2)炎症性サイトカインの産生及びリンパ腫組織中に浸潤しているCD11b+F4/80+細胞の数はPlmによるMMP-9の活性化によって制御されることが明らかになった。本研究はリンパ腫細胞動態・増殖機構に関連性が高いMMPの活性を線溶系因子群によって制御することができる可能性に注目して始められた。トラネキサム酸に代表される線溶系阻害剤は従来から止血剤として一部臨床でも使用され、副作用が少ないという点で安全性が確認されている。これら線溶系活性を標的する薬剤を止血剤としての本来の利用方法から視点を変え、MMP制御を介したリンパ腫を始めとする癌治療へと応用を試みた本研究の着想は非常に独創的なものであり、本研究によって得られた結果は次世代型癌治療法開発と基礎研究として、さらに癌の病態解明の点でも多くの意義を持っていると考えられる。よって本論文により博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク