学位論文要旨



No 126165
著者(漢字) 山,郁代
著者(英字)
著者(カナ) タカヤマ,イクヨ
標題(和) 麻疹ウイルスヌクレオカプシドタンパク質の宿主インターフェロン経路への関与とその機序に関する研究
標題(洋) Analyses of effects of measles virus nucleocapsid protein in host interferon signaling pathway
報告番号 126165
報告番号 甲26165
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第582号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 准教授 佐藤,均
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 教授 俣野,哲朗
内容要旨 要旨を表示する

<背景・目的>

麻疹ウイルス(MV)は、パラミクソウイルス科、モービリウイルス属に属するウイルスで、牛疫ウイルス(RPV)、イヌジステンパーウイルス(CDV)と同属である。これらのウイルスは、それぞれの宿主に対して強い感染性や高い致死率を示し、特に、感染後、一過性に強い免疫抑制や免疫撹乱を引き起こすなどの共通の病原性を持つ。モービリウイルス属に属するウイルスは一本鎖、マイナスRNAゲノムを持ち、6つの遺伝子から成り、そのうち、P遺伝子からはC、V2種のアクセサリータンパク質も産生される。

ウイルス感染に対して、宿主は防御機構として、インターフェロン(IFN)をはじめとする抗ウイルス活性を持つ。これに対し、ウイルスはIFNによる抗ウイルス作用を抑制する働きを獲得し、対抗してきたと考えられている。宿主IFN経路には、IFN-α/βとIFN-γの二種類の経路がある。多くのパラミクソウイルス科のウイルスでは、アクセサリータンパク質による宿主IFNシグナル経路の阻害が報告されている。ルブラウイルス属では、Vタンパク質によるユビキチン化を介したSTATの分解が誘導、ヘニパウイルス属では、P/V/Wタンパク質によるSTAT1リン酸化の阻害、また、レスピロウイルス属のセンダイウイルスではSTATを含む高分子複合体の形成によりSTATの二量体形成の阻害がおこることが知られている。一方で、モービリウイルス属では、これらの属のウイルスに比べ、IFN経路阻害のメカニズムがはっきりと分かっていない。MVでは、P/V/Cタンパク質によるIFN経路の阻害が報告されているが、IFN-α/β経路のみで阻害が見られるとする報告やその阻害部位にも諸説あり、未だ不明な点がある。

今回、私は野外株のHL株を用いて、まず、P/V/Cタンパク質のIFN経路阻害を確認した。さらに、Pタンパク質とウイルス感染時に複合体(RNP)を形成し、また、細胞内でSTAT1との共局在が報告されているヌクレオカプシド(N)タンパク質の関与も検討した。その結果、Nタンパク質のIFN経路阻害が見られたため、阻害部位の同定および阻害メカニズムの解明を行った。

<方法・結果>

IFN経路阻害に対するMV-HL株のP/V/Cタンパク質の働きを確認し、Nタンパク質の関与を検討した。具体的な方法としては、各ウイルス遺伝子を組み込んだ哺乳類発現プラスミドを構築、それらとIFN-α/βもしくはIFN-γ応答配列の下流にルシフェラーゼ遺伝子を持つレポータープラスミドを293T細胞にtransfectionし、ルシフェラーゼ・レポーターアッセイを行った。結果、MV-HL株においてもP/Vタンパク質によるIFN-α、γ両経路の著しい阻害が確認された。また、過去に阻害作用の報告があったMV-Cについては、IFN-α、IFN-γ経路共に、40-50%の阻害が確認された。さらに、本実験ではMV-NについてもIFN-α、IFN-γ経路どちらにおいてもMV-Cと同等かそれ以上の阻害を示した。

続いて、MV-NによるIFN経路の阻害部位の同定を進めた。まず、各IFN経路でリン酸化されるSTATおよびJakについて、MV-N発現がそのリン酸化レベルに影響するか、また、STATの分解を誘導するかをWestern blottingで解析した。結果、MV-NはIFN-α経路におけるJak1、STAT1、STAT2およびIFN-γ経路におけるJak1、Jak2、STAT1のリン酸化に対して影響を及ぼさなかった。また、IFN-αおよびIFN-γ経路いずれの場合もSTATの発現量に変化は見られず、分解は誘導されていなかった。

次に、活性化STATの二量体形成に対するMV-Nの影響をNative-PAGEにより検討した。結果、IFN-α刺激により形成されるSTAT1とSTAT2ヘテロ二量体(ISGF-3)、IFN-γ刺激により形成されるSTAT1ホモ二量体(GAF)はMV-N発現下でも分子量、形成量ともに正常であった。

最近の報告で、パラミクソウイルス科のウイルスでも感染によってIFN伝達系でフィードバック抑制を担う因子SOCS1、SOCS3のmRNA発現量の上昇が認められた。そこで、MV-Nによりその発現量に変化が見られないか、RT-PCR法で確認した。IFN-γ添加24時間後まででのSOCS mRNA発現量は変化が見られず、MV-NによるIFN経路の阻害はフィードバック阻害の亢進によるものではないことが確認された。

次に、二量体STATが核内へ移行する過程でのMV-Nの影響を間接蛍光抗体法により観察した。STATは、IFNの刺激がない場合は核内外輸送のバランスがとれていて、細胞質、核の両方が均一に染まり、IFN-α、γの存在下では核内へ移行し、核が強く染まった。しかし、MV-N発現細胞では、IFN存在下であってもSTATがIFN刺激を加えていないときと同様の局在を示した。MV-NはIFNの刺激によっても、自身の細胞内局在には変化が見られず、細胞質、核の両方に局在が見られた。このことから、MV-NによるIFN経路の阻害は、STATの核移行を阻害することによると考えられた。

阻害部位の同定ができたことから、さらに、その詳しいメカニズムについて解析を進めた。まず、MV-NとSTAT1が直接結合するかを免疫沈降により、確認した。結果、過去の報告通りMV-Vでは結合が確認されたが、MV-Nでは結合が確認されなかった。また、MV-N自身が核へ移行することが、STATの核移行に何らかの影響を及ぼしている可能性について検索を行った。MV-Nの核移行シグナル(NLS)をアラニン置換し、核移行が起こらなくなった変異体を用いて先に行った方法と同様にレポーターアッセイを行った結果、IFN経路の阻害が著しく減弱した。さらに、間接蛍光抗体法によってSTATの細胞内局在を確認したところ、MV-Nが核に移行しなくなると、IFN刺激によるSTATの核移行は正常に起こるようになり、阻害は見られなくなった。以上の結果から、MV-Nが核に移行することが、STATの核移行を阻害するメカニズムにおいて重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

さらに、MV-Nのこの阻害活性が、他のモービリウイルスでも共通であるか調べるために、RPVおよびCDVのN遺伝子を組み込んだ発現プラスミドを作成し、同様にレポーターアッセイを行った。結果、いずれのウイルスのNタンパク質においても同等の阻害が確認され、Nタンパク質によるIFN経路の阻害はモービリウイルス共通であることが示唆された。

<考察>

MVにおいては、以前の研究からP/V/Cタンパク質によるIFN経路阻害が報告されてきたが、本研究では、野外株MV-HL株においてNタンパク質でもCタンパク質と同等のIFN経路阻害をおこすことを新たに発見した。また、その阻害はIFN-α/β経路のみならずIFN-γ経路でも確認された。Nタンパク質がIFN経路の阻害活性を持つことを明らかにしたのは、パラミクソウイルスでは初めての報告である。

詳しい阻害メカニズムの解明を進めた結果、MV-Nは活性化STATの核移行を阻害していること、また、その阻害にはMV-N自身の核移行が重要な役割を担っていることが明らかとなった。モービリウイルスは細胞質で増殖するが、ヌクレオカプシドからなる核内封入体を形成することが知られている。モービリウイルスのみNタンパク質が核内へ移行するが、この意義はまだ分かっていない。今回の結果は、このNタンパク質の核移行とSTATの核移行阻害に関連があることを示唆するもので、大変興味深い結果である。活性化STAT二量体はimportin α5が結合することで、核へ移行することは知られている。一方で、MV-Nの核輸送因子など核移行の詳しいメカニズムはまだ明らかとなっていない。最近の研究から、エボラウイルスVP24タンパク質はimportin α5と結合し、STAT1の核移行を阻害していることが、明らかとなった。MV-Nとimportin α5との結合の有無、STAT1核移行への影響については、現在も検討を続けている。

ウイルス感染下では、ウイルスRNAによって細胞内でのIFN-α/βの産生および応答が速やかに誘導される。今まで、IFN経路阻害が知られてきたV/Cタンパク質はアクセサリータンパク質であるため合成量が少なく、また、感染後合成されるまでに時間がかかる。一方で、MV-Nは最も多く合成され、感染後すぐに合成される。このことから、感染後すぐに始まるIFN応答に対する阻害には、今回明らかとなったMV-Nが重要な役割を担っていることが強く示唆される。

今回、他のモービリウイルスのNタンパク質についても同様のIFN経路阻害が示された。モービリウイルスは共通の病原性を持ち、そのウイルスタンパク質の中でもNタンパク質は特に相同性が高いタンパク質である。また、Nタンパク質の核移行は共通に見られる性質で、そのNLSの領域も共通である。これらのことから、今回のIFN経路阻害についてもMVとRPV、CDVは同じメカニズムで起こっているものと考えられる。

また、これまでの報告から、MV-Nは様々な宿主免疫系に関わっている宿主因子と相互作用することが知られている。今回の結果からMV-Nが宿主免疫系において重要な役割を担っていることが強く示唆された。

本研究では、MVのNタンパク質によるIFN応答の阻害を初めて示したものである。このことは、まだ不明な部分の多いMVのIFN経路阻害メカニズムの解明につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、麻疹ウイルス(MV)のヌクレオカプシド(N)タンパク質の宿主インターフェロン(IFN)経路への関与およびその機序について述べられている。

ウイルス感染に対して、宿主は防御機構として、IFNをはじめとする抗ウイルス活性を持つ。これに対し、ウイルスはIFNによる抗ウイルス作用を抑制する働きを獲得し、対抗してきたと考えられている。多くのパラミクソウイルス科のウイルスでは、非構造タンパク質であるアクセサリータンパク質による宿主IFNシグナル経路の阻害が報告されている。MVでは、P/V/Cタンパク質によるIFN経路の阻害が報告されているが、二種類存在する経路のうちIFN-α/β経路のみで阻害が見られるとする報告やCタンパク質による阻害はあまり見られないとする報告、さらに、その阻害部位にも諸説あり、未だ不明な点が残されている。

本論文では、最初にIFN経路阻害に対する野生株MV-HL株のP/V/Cタンパク質の阻害を確認し、さらに他のウイルスタンパク質の関与をルシフェラーゼ・レポーターアッセイによって検討している。その結果、P/V/Cタンパク質のみならず、Nタンパク質によってもIFN-α、γ両経路の著しい阻害が確認された。

続いて、本論文ではMV-NによるIFN経路の阻害部位の同定を行っている。その結果、STAT二量体が核内へ移行する過程をMV-Nが阻害していることが、間接蛍光抗体法により明らかになった。

さらに、阻害部位の同定ができたことから、その詳しいメカニズムについて解析を進めている。まず、MV-NとSTAT1が直接結合するかを免疫沈降により確認しているが、結合は確認されなかった。そこで、さらにMV-N自身が核へ移行することが、STATの核移行に何らかの影響を及ぼしている可能性について検索を行っている。MV-Nの核移行シグナルをアラニン置換し、核移行が起こらなくなった変異体を用いたレポーターアッセイや間接蛍光抗体法によって確認したところ、MV-Nが核へ移行しなくなると、IFN刺激によるSTATの核移行は正常に起こるようになり、阻害は見られなくなった。つまり、MV-Nが核に移行することが、STATの核移行を阻害するメカニズムにおいて重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

また、本論文ではMV-Nのこの阻害活性が、他のモービリウイルスでも共通であるか検討も行っている。RPVおよびCDVのN遺伝子を組み込んだ発現プラスミドを作成し、レポーターアッセイを行うことで確かめている。その結果、いずれのウイルスのNタンパク質においても同等の阻害が確認され、Nタンパク質によるIFN経路の阻害はモービリウイルス共通であることが示唆された。

本論文での研究内容は、パラミクソウイルスにおいては宿主IFN経路の阻害は非構造タンパク質であるアクセサリータンパク質が行うものという今までの定説に反し、モービリウイルスでは、主たる構造タンパク質であるNタンパク質がIFN応答阻害を起こすという新しい発見を行ったもので、興味深い研究であると評価できる。本論文の考察では、この結果を踏まえて、今回使用したMVの野外株のみならず、MVのワクチン株など他の株に対してもこの阻害活性はあるのかといった点についても行うとより深まるものと思われる。また、本論文では、Nタンパク質によるIFN経路阻害の機序についても詳細な解析がなされ、その阻害部位を同定している点も評価できる。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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