学位論文要旨



No 126167
著者(漢字) 仁科,隆史
著者(英字)
著者(カナ) ニシナ,タカシ
標題(和) 膵癌細胞における転写因子NF-κBの恒常的活性化の分子機構とそのがん悪性化での役割
標題(洋)
報告番号 126167
報告番号 甲26167
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第584号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 古川,洋一
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 醍醐,弥太郎
内容要旨 要旨を表示する

膵癌は悪性度が高く、非常に予後の悪い癌である。このことから、癌悪性化に関与する機構を分子レベルで明らかにすることは、治療法創出の観点から非常に重要である。

過去の報告から膵癌細胞において、様々な細胞内シグナル伝達経路の異常が、癌悪性化を促進していることが知られており、その1つに転写因子NF-κB活性化経路がある。NF-κBは(p105/p50, p100/p52, p65, c-Rel, RelB)からなるファミリータンパク質で、ホモあるいはヘテロ二量体を形成して機能する。通常の細胞で、NF-κBはIκBと結合し細胞質に局在する結果、不活化されている。しかし、細胞外から活性化シグナルにより、IκBがIKK複合体によってリン酸化、プロテアソームにより分解されると、NF-κBは核移行し、標的遺伝子の発現を誘導する。NF-κBの活性化分子機構には主に2つの経路があり、1つは古典的経路、もう1つは近年存在が明らかとなった非古典的経路がある。古典的経路は主に、p65-p50の活性化を誘導する経路である。また、非古典的経路は、p100の部分分解の誘導、不活性型のp100-RelBを、活性型のp52-RelBとする経路である。

通常の細胞では、様々な刺激によってNF-κBの活性化は一過性になるよう制御されているが、膵癌細胞では恒常的に活性化している。そして膵癌細胞におけるNF-κBの恒常的活性化は、血管新生、癌細胞の浸潤、化学療法耐性などの癌悪性化に関与しているといわれている。また、通常の細胞で 非古典的経路により活性化されるRelBを一部の膵癌細胞株において、RNA干渉法により発現抑制すると、細胞増殖が抑制されることが報告されている。このことから膵癌細胞において、非古典的経路を介してNF-κBが活性化されているならば、この活性化分子機構を抑制することは、非常に重要であると考えられる。しかしながらNF-κBの非古典的経路が、膵癌細胞内で恒常的に活性化しているのか、また悪性化に寄与しているのかは明らかになっていない。

そこで本研究は、未だ明らかにされていない膵癌細胞におけるNF-κB非古典的経路の恒常的活性化の有無を検証し、その活性化の分子機構と悪性化への関与を究明することを目的とした。

膵癌細胞においてNF-κB非古典的経路は恒常的活性化している

まず膵癌細胞において、NF-κB非古典的経路が恒常的に活性化しているのかを明らかにするために、膵癌細胞株8種(QGP-1, PANC-1, PK-1, PK-45P, PK-45H, PK-59, KP-1N, KP-2)を用いることにした。非古典的経路が活性化すると、p52の産出、p52とRelBの核移行が細胞内で起こることから、これらを指標にすることにより、非古典的経路の恒常的活性化を明らかにすることにした。NF-κBの局在を明らかにするために、膵癌細胞を分画し、細胞質画分と核画分とに分け、p52の産出とp52、RelBの発現を調べた。その結果、程度に差はあるがすべての細胞株において、細胞質、核画分でp52の発現が見られた。また、すべての細胞の核画分にRelBが局在していることがわかった。これらのことから、膵癌細胞において非古典的経路が恒常的に活性化していることが明らかとなった。またこの際、8種の細胞株のうちPANC-1、PK-1、KP-1Nにおいて比較的RelB、p52が多く核に局在していることがわかった。

NF-κB inducing kinase (NIK)のmRNA発現量とタンパク質量はp52とRelBの核内存在量と相関する

次に、非古典的経路の恒常的活性化分子機構を解析するために、非古典的経路の活性化に必要であると考えられているNIKに着目した。NIKは細胞外からの刺激がない状況では、ユビキチン化を受け、プロテアソームにより分解され不活化された状態になっている。しかしながら、受容体を介して細胞に刺激が入るとNIKは、ユビキチン化を受けなくなり、安定化する。そしてNIKは、下流のIKKαを活性化、p100の部分分解を誘導し、非古典的経路を活性化させると考えられている。

また、多発性骨髄腫細胞株ではNIK抑制分子群に機能欠損を誘引する遺伝子変異が起きている結果、NIKが安定化しNF-κBの恒常的活性化が起きていることが報告されている。そして、成人T細胞白血病細胞においてはNIK遺伝子の過剰発現が原因で、NF-κBの恒常的活性化が引き起こされ、悪性化に関与していることが報告されている。これらの報告から、膵癌細胞株においても、NIKの異常な活性化が、NF-κBの恒常的な活性化、癌悪性化を促進しているのではないかと考えた。

まず、膵癌細胞内でのNIKの発現を、ウェスタンブロティングにより確認した。その結果、プロテアソームを阻害する薬剤を用いて検出を行なった際、調べた全ての細胞株で発現が確認できた。また、PANC-1、PK-1、KP-1NにおいてNIKの蓄積レベルは高かった。そしてNIK蓄積量の違いの原因を調べるために、NIK mRNA量を調べた。その結果、他の癌細胞株と比較して、PANC-1、PK-1、KP-1Nにおいて、比較的高くNIK mRNAが発現していた。このことからNIKのタンパク質量は、NIK mRNA量により規定されていると考えられた。そしてNF-κBの核移行を指標とした際に、NIK mRNA量は非古典的経路の活性化と相関することが分かった。このことから、私は膵癌細胞において比較的高くNIKが発現している結果、膵癌細胞においてNF-κBの非古典的経路の恒常的活性化が誘導されているのではないかと考えた。

膵癌細胞において、NIKはNF-κB非古典的経路の恒常的活性化を関与している

膵癌細胞において、NIKが非古典的経路の恒常的活性化に寄与しているかを明らかにするために、siRNAを用いてNIKの発現を抑制し、その影響を調べた。通常の細胞では、NIKはIKKαを介して、p100のリン酸化、p100の部分分解を誘導しp52とする。p52は続いてRelBとともに核移行し、標的遺伝子の発現を誘導する。まずNIK siRNAを処理した膵癌細胞株2種を用いてウェスタンブロティングによりp100のリン酸量を測定した。その結果、両細胞株においてコントロール群と比較して著しいp100のリン酸化の減少がみられた。また、siRNA処理群では、p52の産出量も減少していることがわかった。次に、NIK siRNA処理をした膵癌細胞を細胞分画し、核画分に存在するp52、RelBの量をウェスタンブロティングにより調べた。その結果、siRNA処理依存的にp52、RelBの核への局在が減少していることが分かった。これらのことから私は、膵癌細胞において、NIKの発現がNF-κB非古典的経路の恒常的活性化に関与していることを明らかにした。

NIKの活性化は膵癌細胞の細胞増殖を促進する

次に癌悪性化への関与の1つとして、NIKが膵癌細胞の増殖機構に関与しているかを調べた。そのために、siRNAを用いて膵癌細胞株のNIKの発現抑制し、その影響を調べることにした。その際、siRNAによる影響が、標的分子以外の遺伝子発現抑制による効果であることを否定するために、2種の膵癌細胞株を用いてsiRNAの標的塩基配列にsiRNAに耐性になるようサイレント変異を加えた変異型のNIKを安定発現させた細胞株と野生型のNIKを発現させた細胞株を樹立した。そして、これらの細胞株にsiRNA処理をし、6日後に生細胞数を計測した。その結果、空ベクターを発現させた細胞株やNIKの野生型を発現させた細胞株では、NIKの発現抑制により細胞増殖率の減少がみられたが、変異型のNIKを発現させた膵癌細胞株ではその影響はみられなかった。また、NIKを安定発現させている細胞では、発現させていない細胞に比べて細胞増殖率が亢進している傾向がみられた。これらの結果から、膵癌細胞においてNIKは細胞増殖に関与していることがわかった。

まとめと考察

本研究において、膵癌細胞におけるNF-κBの恒常的活性化分子機構に焦点をあて、NIK発現依存的にNF-κB非古典的経路が恒常的活性化していることを明らかとした。

この恒常的な活性化の原因として私は、膵癌細胞において、NIKはタンパク質として分解されていることから、NIK抑制分子の遺伝子変異が恒常的活性化の原因ではなく、NIKの発現量亢進が原因のひとつではないかと考えている。また、非古典的経路の活性化に重要なRelBやp100は、膵癌細胞でも恒常的に活性化しているNF-κB古典的経路やNotchカスケードの標的遺伝子であることから、NIKだけでなくRelBやp100の発現亢進も非古典的経路の恒常的活性化の原因ではないかと考えている。

そして膵癌細胞において、NIKが細胞増殖機構に関与していることが分かった。このことから、NIKを介する非古典的経路の恒常的活性化が、細胞増殖を促進することによって、癌悪性化に寄与していると考えられる。しかしながら、依然として膵癌細胞において非古典的経路の活性化が細胞増殖以外に、どのような悪性化に寄与しているかは不明である。このことから、膵癌細胞において、この経路の活性化分子機構と、悪性化への寄与を詳細に解析することは、新規治療法の開発が待たれる膵癌治療おいて重要であると考えており、今後の研究課題であると考えている。

審査要旨 要旨を表示する

膵癌は悪性度が高く、非常に予後の悪い癌である。このことから、癌悪性化の分子機構を詳細に解析することは、治療法創出の観点から非常に重要である。

過去の報告より、転写因子NF-κBの恒常的活性化が癌悪性化に関与しているが示唆されている。NF-κBは(p105/p50、 p100/p52、 p65、 c-Rel、 RelB)からなるファミリータンパク質で、ホモあるいはヘテロ二量体を形成して働く。NF-κBの活性化分子機構には主に2つの経路があり、1つは古典的経路、もう1つは非古典的経路がある。古典的経路は主に、p65-p50の活性化を誘導する経路である。また、非古典的経路は、p100の部分分解を誘導し、不活性型のp100-RelBを、活性型のp52-RelBとする経路である

通常の細胞では、様々な刺激に応じてNF-κBの活性化は一過性になるよう制御されているが、膵癌細胞では恒常的に活性化している。今までの研究では古典的経路を中心に解析されてきたが、膵癌細胞において、非古典的経路が恒常的に活性化しているのか、またその活性化が悪性化に関与しているのかは不明である。

本研究は、未だ明らかにされていない膵癌細胞におけるNF-κB非古典的経路の恒常的活性化の有無を検証し、その活性化の分子機構と悪性化への関与を究明することを目的とした。

本研究は膵癌細胞株8種を用いて検証した。まずNF-κB非古典的経路の恒常的活性化の有無を検証するために、膵癌細胞を細胞質画分と核画分とに分画し、非古典的経路が活性化の指標である、p52とRelBの核移行をウェスタンブロティングにより評価した。その結果、すべての膵癌細胞株において、p52、 RelBが核にも局在していた。

次に、非古典的経路の恒常的活性化分子機構を解析するために、通常の細胞でこの経路の活性化に関与するキナーゼNIKに着目し、その発現量をタンパク質、mRNAレベルで解析した。NIKのタンパク質量を調べた結果、全ての細胞株で発現し、一部の膵癌細胞株(PANC-1、PK-1、KP-1N)で高発現していた。また、NIK mRNA量はNIKのタンパク質量と相関していた。

膵癌細胞における非古典的経路恒常的活性化へのNIKの関与を明らかにするために、とp52、RelBの局在変化を指標に評価した。その結果、p52の産出量が減少しp52、RelBの核局在量が著しく減少していた。siRNAを用いてNIKの発現を抑制し、その影響をp52の産出

最後に、NIKの癌悪性化への関与を検討するために、siRNAによりNIKの発現抑制しその影響を膵癌細胞の増殖への影響を指標に、解析した。その際、siRNAによる影響が、標的分子以外の遺伝子発現抑制による効果であることを否定するために、siRNAの標的塩基配列にsiRNAに耐性になるようサイレント変異を加えた変異型のNIKを安定発現させた細胞株と野生型のNIKを発現させた細胞株を樹立した。そして、これらの細胞株にsiRNA処理をし、6日後に生細胞数を計測した。その結果、空ベクターを発現させた細胞株やNIKの野生型を発現させた細胞株では、NIKの発現抑制により細胞増殖率の減少がみられたが、変異型のNIKを発現させた膵癌細胞株ではその影響はみられなかった。また、NIKを安定発現させている細胞では、発現させていない細胞に比べて細胞増殖率が亢進している傾向がみられた。これらの結果から、膵癌細胞においてNIKは細胞増殖に関与していることがわかった。

膵癌細胞において非古典的経路を介してNF-κBが恒常的に活性化していることを明らかにした。特に、8種の癌細胞株のうちPANC-1、PK-1、KP-1NにおいてRelB、p52が多く核に局在していた。これら細胞群でのNF-κBの核局在量は、NIK mRNA量と相関することから、膵癌細胞において比較的高くNIKが発現している結果、膵癌細胞において非古典的経路を介したNF-κBの恒常的活性化が亢進されているのではないかと考えられた。NIKの脱制御が多くの癌で悪性化に関与していることが報告されてきている。今回得られた知見から、膵癌においてもNIKを中心とする非古典的経路の活性化の抑制は、新たなる治療の標的であると考えられた。

なお、本論文は、山口憲孝、合田仁、仙波憲太郎、井上純一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって検証したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク