学位論文要旨



No 126169
著者(漢字) 野澤,孝志
著者(英字)
著者(カナ) ノザワ,タカシ
標題(和) A群レンサ球菌感染に対するオートファジーの誘導機構解析
標題(洋)
報告番号 126169
報告番号 甲26169
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第586号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 津本,浩平
 東京大学 教授 小林,一三
 東京大学 教授 俣野,哲朗
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 川口,寧
 東京医科歯科大学 教授 中川,一路
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

生体は病原微生物に対して, 上皮や粘膜組織による物理的障壁をはじめ, 自然免疫, 獲得免疫といった多様な機構により感染防御を行っている. しかし, 一部の病原体はこのような免疫系の及ばない細胞質へ侵入し, 生体に重篤な疾病を引き起こすことが知られている. 近年, 当研究室では細胞内侵入性細菌の一種であるA群レンサ球菌に対する防御機構として, それまで細胞内の生理的なタンパク質分解機構として知られていたオートファジー (自食作用) が重要な役割を果たすことを明らかにした. その後, 結核菌や赤痢菌, サルモネラ等でも同様の報告がされており, 細胞内における新たな免疫システムとして注目されている.

生理的なオートファジーは, 誘導シグナルに応答して隔離膜とよばれる膜構造体を形成, その隔離膜が非特異的に細胞質の一部を取り囲み, 直径およそ数百nmの二重膜構造体 (オートファゴソーム) となる. 次にオートファゴソームの外膜とリソソーム膜との融合によってオートリソソームとなり, 内膜とともに内包物が分解される (図1). 一方の細菌感染によって誘導されるオートファジーも, 隔離膜やオートファゴソームなどの基本的なマシナリーは共通しているが, 細胞質に侵入してきた細菌を感知しその細菌を特異的に取り囲む点, そしてオートファゴソームの直径は10 μm以上にも至る点など, 異なる点も数多く見られる (図2). つまり, 細菌感染誘導によるオートファジーには, 本システム特有の誘導機構および制御機構が存在すると考えられる.

そこで本研究では, 細胞内侵入後, 高頻度でオートファジーを誘導し, 速やかに分解を受けるA群レンサ球菌を用いて, 細菌感染誘導時特有のオートファジーの誘導制御機構を解明することを目的とした.

【結果と考察】

NLRP4, NLRP10と相互作用する宿主因子の探索

これまでの研究により, Nucleotide binding oligomerization domain (NOD)-like receptor (NLR) ファミリータンパク質のNLRP4とNLRP10が細菌の細胞壁成分の一部を認識し, オートファジーを誘導していることを明らかにした. そこで本研究ではこのNLRP4, NLRP10に着目し, これらと相互作用する宿主因子を酵母ツーハイブリッドシステムによりスクリーニングすることで, オートファジーの誘導・制御に携わる因子を探索した. NLRP4とNLRP10の各ドメインをベイトとし, 酵母ツーハイブリッドシステムを用いてスクリーニングを行った結果, 16個の候補タンパク質が得られた. これらのタンパク質のEmGFP融合タンパク質をHeLa細胞で発現させ, 菌感染時の細胞内局在を観察した結果, 候補タンパク質の一つ, Rho GDP dissociation inhibitor α (RhoGDIα) がオートファジーの膜マーカーであるLC3と共局在を示した (図3).

NLRP4とRhoGDIαの相互作用能の確認

免疫沈降法により, NLRP4およびNLRP10とRhoGDIαの相互作用が確認された. 次に, RhoGDIα の相互作用ドメインを決定するため, RhoGDIαのN末端ドメイン欠損体, C末端ドメイン欠損体を作製し, 各欠損体とNLRP4の相互作用をGST pull down アッセイで解析した. この結果, RhoGDIα のC末端ドメインがNLRP4と相互作用していること, そしてこのNLRP4との相互作用がLC3 vacuolesへの局在に必須であることが明らかになった. なお, 酵母ツーハイブリットシステムにより得られたRhoGDIαの配列は, C末端ドメインの一部の配列であったため, この結果とも一致した.

RhoGDIαはGAS感染に対する隔離膜とオートファゴソームに局在する

RhoGDIαが飢餓誘導時のオートファジーにも関与する因子であるのかを試験するため, 飢餓誘導時の細胞内局在を観察した. その結果, 飢餓条件下で形成されたLC3 vacuolesには, RhoGDIαは局在しなかった. さらに, 菌に対するLC3 vacuolesへのRhoGDIαの局在詳細を解析したところ, RhoGDIαは隔離膜とオートファゴソームに局在するが, オートリソソームには局在しないことが明らかになった. 加えて, RhoGDIαはオートファゴソームがリソソームと融合する前にオートファゴソームから解離していることが示唆された. 以上の結果から, RhoGDIαはA群レンサ球菌感染誘導時特異的にLC3 vacuolesに局在すること, そしてA群レンサ球菌感染に対するLC3 vacuolesの形成の初期段階で機能している因子であることが示唆された.

RhoGDIαによりRhoタンパク質がLC3 vacuolesへリクルートされる

RhoGDIαは細胞質中において, RhoA, Rac1, Cdc42といった様々なRhoタンパク質と結合している. そこで, これらRhoタンパク質もLC3 vacuolesに局在しているのかを観察した. その結果, RhoAとCdc42のLC3 vacuoles局在が認められたが, Rac1では認められなかった.このRhoAとCdc42のLC3 vacuolesへの局在率は, RhoGDIαノックダウン細胞ではコントロール細胞に比べて顕著に減少した.つまり, RhoA, Cdc42のLC3 vacuolesへの局在はRhoGDIαに依存していることが示唆された.

RhoA, Cdc42, RhoGDIα のノックダウンによりLC3 vacuoles形成が遅延する

次に, RhoA, Cdc42 ノックダウン細胞におけるLC3 vacuoles形成率を測定したところ, ノックダウン細胞での形成率が感染初期では顕著に減少していたものの, 感染後期ではコントロール細胞と有意な差は見られなくなっていた. つまり, RhoA, Cdc42のノックダウンによりLC3 vacuolesの形成が遅延したと考えられた. この形成遅延はRhoGDIαノックダウン細胞でも同程度に見られた.

LC3 vacuoles に局在するRab GTPases

RhoGDIαノックダウンのLC3 vacuolesサイズへの影響を解析した結果, RhoGDIαノックダウン細胞では拡大したLC3 vacuolesが見られなかった. A群レンサ球菌感染時のLC3 vacuoles拡大にはRab7が重要であることが報告されており, RhoGDIαノックダウン細胞で形成されたLC3 vacuolesにもRab7の局在は認められた. この結果は, LC3 vacuolesの拡大にはRab7とRhoGDIαの両因子が関与していることを意味している.

RhoGDIα, RhoA, Cdc42ノックダウン細胞内でのGASの生存率

細胞内に侵入した菌の細胞内生存率を解析した結果, コントロール細胞では感染後2時間目から速やかに菌の減少が見られたのに対し, RhoA, Cdc42ノックダウン細胞では4時間目以降に減少が見られ, RhoGDIαノックダウン細胞では6時間目以降に僅かな減少が認められた. この結果から, RhoA, Cdc42は感染直後のオートファジーによる菌の分解に重要であること, そしてRhoGDIαはRhoA, Cdc42のリクルート以外にも菌分解に機能している可能性が示唆された.

A群レンサ球菌以外の菌に対するオートファジー

Staphylococcus aureusや Salmonella enterica serovar Typhimurium を感染させた場合にも菌を取り囲むLC3 vacuolesが観察され, このLC3 vacuolesにRhoGDIα, RhoA, Cdc42の局在が認められた. これは, RhoGDIαによるLC3 vacuoles制御機構がA群レンサ球菌感染時特異的なものではなく, 他の細菌感染に対するオートファジーにも共通した機構であることを示唆していると考えられる.

本研究の結果から, 細胞内のセンサータンパク質であるNLRP4, NLRP10が様々なRhoタンパク質と結合するRhoGDIαと相互作用することで, RhoAやCdc42をLC3 vacuolesへリクルートしていることが明らかとなった. そしてリクルートされたRhoA, Cdc42は, 感染初期においてLC3 vacuoles形成を迅速に行うために重要な因子であることが示唆された. A群レンサ球菌に対するLC3 vacuolesの直径は最大で飢餓誘導時の10倍以上であり, 必要となる膜成分はおよそ100倍以上にもなる. 巨大な膜構造体を形成するためには迅速な膜成分の供給が重要であると考えられる. Rhoファミリータンパク質が制御する細胞骨格は小胞輸送の分子基盤であることから, RhoAやCdc42は細菌感染時特異的なLC3 vacuolesの膜成分供給を担っているのかもしれない.

図1 オートファジーの模式図

図2 オートファゴソーム写真 矢印がオートファゴソーム

図3 GAS感染時の RhoGDIαとLC3の細胞内局在

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、A群レンサ球菌感染に対するオートファジーの誘導に重要なNLRP4、NLRP10の宿主相互作用因子を同定し、その機能を解明することで、オートファジー誘導機構の分子メカニズムの解明を目指した研究である。

本論文の大略は次のとおりである.

第一章では、オートファジーとA群レンサ球菌の特長と課題をまとめ、本研究での目的と意義について述べている。

第二章では、まず、細胞質内でA 群レンサ球菌の認識およびオートファジーの誘導を担うと考えられているNLRP4、NLRP10の宿主相互作用因子の探索を、酵母ツーハイブリットシステムを用いて行い、得られた候補タンパク質についてその細胞内局在観察および免疫沈降法を行うことで、Rho dissociation inhibitor α (RhoGDIα) をNLRP4/NLRP10相互作用因子として同定している。RhoGDIαについてはそのドメイン欠損体を用いた解析を行い、NLRP4との相互作用を担う領域を決定し、その領域はA群レンサ球菌を囲うオートファジーの膜構造体 (GAS-containing LC3 vacuoles (GcLVs)) への局在にも必須であることを示している。

第三章では、NLRP4/NLRP10相互作用因子として同定したRhoGDIαの、A群レンサ球菌感染に対するオートファジーにおける機能解析について述べている。共焦点レーザー顕微鏡観察の結果、RhoGDIαと同時にRhoAやCdc42がGcLVsに局在するが、RhoGDIαノックダウン細胞ではRhoA、Cdc42のGcLVs局在率が減少したこと、そしてRhoGDIα、RhoA、Cdc42ノックダウン細胞ではいずれもGcLVsの形成に遅延が見られたことなどから、RhoGDIαはRhoA、Cdc42のGcLVsへのリクルートを担っていること、そしてRhoA、Cdc42は感染後の迅速なGcLVs形成に関与していることが示唆された。また、遅延して形成されたGcLVsはコントロール細胞のものに比べ小さく、RhoGDIαはGcLVsの拡大にも重要な因子であることが明らかとなった。加えて、複数のRab GTPasesとRhoGDIαとの相互作用解析および細胞内局在観察の結果、RhoGDIαはRab GTPasesとも相互作用し、GcLVsへの局在にも関与している可能性が示唆された。以上のようなGcLVs形成における機能の結果、RhoGDIαは細胞内のA群レンサ球菌の分解に関与していることが示されている。また、こうしたRhoGDIαによるオートファジー誘導制御機構は、栄養飢餓時のオートファジーには関与しないが、他の細菌に対するオートファジーには関与する可能性が示唆されている.

以上の結果について、第四章で総括している。

本研究の成果は細菌感染時特異的なオートファジー誘導機構について多くの知見を与え、今後の細菌感染に対するオートファジー研究の発展に大きく貢献することが期待される。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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