学位論文要旨



No 126170
著者(漢字) 山崎,孔輔
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,コウスケ
標題(和) TRAF6による二相性NF-κB活性化モデルの提唱
標題(洋)
報告番号 126170
報告番号 甲26170
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第587号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 清野,宏
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 樋口,理
 東京大学 准教授 深井,周也
内容要旨 要旨を表示する

細胞間情報伝達物質であるサイトカインのうち、IL-1は炎症反応や感染防御などの免疫反応において重要な役割を果たし、そのIL-1の過剰産生は癌の悪性化に寄与していることが知られている。そのため、IL-1のシグナル伝達機構に関する知見は免疫疾患や癌に対する治療薬の開発に大きく貢献すると考えられる。

IL-1は多様な細胞から産生され、繊維芽細胞やマクロファージなどに発現しているIL-1Rに作用し、転写因子NF-κBやAP-1を活性化することでサイトカインを発現誘導する。IL-1シグナルにおいて、ユビキチンリガーゼ活性(E3活性)を持つRING ドメインを有するアダプター分子TRAF6が重要な役割を果たしており、活性化すると自己をK63型ポリユビキチン化する。このK63型ポリユビキチン鎖はプロテアソーム分解の標的ではなく、シグナル分子が複合体形成をするための足場になると考えられており、TAK1-TAB2/3複合体がこのポリユビキチン鎖を介してTRAF6と結合することが知られている。この結合によりリン酸化酵素であるTAK1が活性化し、IKK をリン酸化することで活性化させ、続いてIKKがNF-κBの抑制因子であるIκBαのリン酸化、それに続くプロテアソーム分解を誘導することで、NF-κBの核移行を促し、転写活性を導く。一方、TAK1と同様なリン酸化酵素であるMEKK3もIL-1シグナルに関与しており、IKKをリン酸化することでNF-κB活性を促すことが知られている。(図1)

しかしながら、TAK1とMEKK3の両者はIL-1シグナルに深く関与するにも関わらず、これらの活性化機構や両者の関係性については未解明な点が多い。本研究では、TRAF6の下流に位置する2つのリン酸化酵素(TAK1とMEKK3)の活性化機構の解析を中心として進めた結果、TRAF6による巧妙なNF-κB活性化の制御機構が明らかになった。

TAK1のポリユビキチン化はIL-1シグナル依存的なTAK1の活性化に必要である

本研究ではTRAF6のE3活性に着目し、新規な基質分子の探索の結果、TAK1がポリユビキチン化されることを見出した。K63型しか起こらないユビキチンを、レトロウイルスを用いてマウス胎児繊維芽細胞(MEF)に遺伝子導入し、安定発現細胞株を樹立した。そして、IL-1シグナル依存的なTAK1のK63型ポリユビキチン化の検出を試みたところ、IL-1シグナル依存的に増大するTAK1のポリユビキチン化が確認された。また、このTAK1のポリユビキチン化はTRAF6依存的であることを、TRAF6欠損MEFを用いた実験から明らかにした。

次にTAK1のポリユビキチン化サイトの同定を試みた。幅広い種間で保存されているTAK1の7つのリジンを抽出し、それぞれのリジンをアルギニンに点変異させたTAK1 K/R変異体を構築した。それらをTAK1の欠損MEFに安定発現させ、生理的条件下におけるIL-1シグナル依存的なTAK1のK63型のポリユビキチン化を検出した。すると、209番目のリジンに点変異を与えたTAK1(TAK1-K209R)のみにおいて、TAK1のポリユビキチン化が著しく減弱した。これより、TAK1のK63型ポリユビキチン化の特異的なユビキチン化部位はK209であることが示された。

TAK1のポリユビキチン化のIL-1シグナル依存的なNF-κB活性化への関与を明らかにするため、TAK1の野生型をTAK1欠損MEFに安定発現させた細胞(TAK1-WT MEF)とK209RをTAK1欠損MEFに安定発現させた細胞(TAK1-K209R MEF)に対して、IL-1刺激を与えた。TAK1-WT NEFと比較してTAK1-K209R MEFでは、TAK1欠損MEFと同程度に、TAK1活性化、NF-κB活性化、さらには、NF-κBの標的遺伝子であるIL-6のmRNA発現量も著しく減弱した。これらの結果は、TAK1のポリユビキチン化はTAK1自身の活性化とそれに続くNF-κBの十分な活性化やIL-6産生に必要であることが示された。

TAK1のポリユビキチン化はTAK1、MEKK3、TRAF6を含む複合体の形成に必要である

TAK1のポリユビキチン化はどのような分子機構でTAK1自身の活性化を制御しているのだろうか?本研究では、TAK1の活性化に必要な分子を同定することで制御機構についての手掛かりを得ようと考えた。そこで着目した分子が上述のMEKK3である。MEKK3欠損MEFに野生型のMEKK3、又はリン酸化活性を消失させたMEKK3を安定発現させ、IL-1シグナル依存的なTAK1の活性化を検討したところ、野生型を発現させたMEFではTAK1の活性化が確認されたのに対し、リン酸化活性が消失したMEKK3を発現させたMEFとMEKK3欠損MEFではTAK1活性化の顕著な減少が見られた。これよりMEKK3はTRAF6と同様に、TAK1の活性化に必要な分子であることが示されたため、これら3分子が複合体を形成するのではないかと考え、IL-1シグナル依存的な免疫沈降実験を試みた。MEKK3抗体、又はTAK1の抗体で免疫沈降したところ、IL-1刺激後5分でTRAF6とTAK1の結合及びMEKK3とTAK1の結合が確認され、刺激後30分にはそれらの結合は消失した。TAK1抗体で免疫沈降しても同様な結果が確認された。さらに、これら3分子の結合は3分子内1分子でもないと残りの両者は結合を維持できないことをそれぞれの欠損MEFを用いて証明した。この結果は、別々の空間で起こっている2分子同士が結合しているのではなく、TRAF6、TAK1、MEKK3の3分子同士が複合体を形成することを示唆している。

さて、この3分子の複合体形成にTAK1のポリユビキチン化がどのように関与するかを、TAK1-WT MEFとTAK1-K209R MEFを用いて検討した。驚くべきことに、TAK1-WT MEFで確認された複合体形成がTAK1-K209R MEFでは殆ど消失した。これらの結果からTAK1のポリユビキチン化はTRAF6、TAK1、MEKK3から構成されるIL-1シグナル依存的な複合体形成に必要であることが示された。そして、この複合体形成により、MEKK3によるTAK1の活性化が促されることが示唆された。

TRAF6は機構的、時間的に異なる2つのNF-κB活性化経路を制御する

上述したTAK1のポリユビキチン化を介する経路はTRAF6のRINGドメインを必要とするが、我々は以前、TRAF6の欠損MEFにTRAF6のRINGドメインを欠損した変異体でもNF-κB活性化能力は残存するが、RINGとZincドメインの両方を欠損させたTRAF6変異体ではNF-κB活性化能力は完全に消失することから、TRAF6のZincドメインから生じるNF-κB活性化経路が存在することを明らかにした。RINGドメインを介す経路をRING経路、Zincドメイン経路をZinc経路と便宜的に呼びたい。本研究においては、このZinc経路の分子機構と生理機能についての解析を試みた。そのためにまず、Zinc経路のみが機能しないTRAF6変異体の構築を試みた。結果として、TRAF6は5つのZinc ドメインを持つのだが、N末端側から数えて5番目のZincドメインの機能を潰した変異体(TRAF6-mZ5)がそのような変異体であることを示した。

そして、野生型のTRAF6と上述した2種類のTRAF6変異体をTRAF6欠損MEFに安定発現させた細胞(TRAF6-WT MEF、TRAF6-(×)R MEF、TRAF6-mZ5 MEF)におけるEMSAを用いたNF-κBのDNA結合能力を比較した。するとTRAF6-(×)R MEFでは時間的に早いNF-κB活性化の抑制が見られ、TRAF6-mZ5 MEFにおいては時間的に遅いNF-κB活性化の抑制が見られた。これより、両方の経路は機構的(ユビキチン化を伴うか否か)に異なるだけではなく、時間的(RING経路が早く、Zinc経路が遅い)にも異なったNF-κB活性化経路であることが示された。

最後にZinc経路の生理機能を理解するためにNF-κB標的遺伝子の発現に着目した。Real-time PCRを用いてIL-1刺激後のNF-κB標的遺伝子のmRNA量を比較検討したところ、TRAF6-WT MEFと比べてTRAF6-mZ5 MEFではIL-6, IRF1の発現量は僅かな減少に留まったが、TNFα, CCL2, CXCL10の発現量は顕著な減少が見られた。これらの結果から、Zinc経路が一群のNF-κB標的遺伝子の発現誘導に重要な役割を果たしていることが明らかにされた。

まとめ

本研究において、IL-1刺激依存的にTRAF6、TAK1、MEKK3がシグナル複合体を形成することを示し、この複合体形成にはTAK1のK63型のポリユビキチン化が必要であることを見出した。この様にリン酸化酵素であるTAK1自身がK63型のポリユビキチン化を受けることで、シグナル複合体形成を促し、自身を活性化させるという全く新しいシグナル制御機構を発見した。

また、TRAF6がドメインごとに機構的、時間的に異なる2つのNF-κB活性化経路を使い分けていることを証明した。それぞれの経路に依存度が高い転写産物群が存在することから、『TRAF6が下流の分子群を巧妙に操作する指揮者としての役割を果たすことで、IL-1シグナルにおける炎症反応や免疫応答を精密に制御する』というTRAF6による二相性NF-κB活性化モデルを提唱したい。

図1 IL-1シグナルのモデル図

図2 IL-1シグナルにおけるTRAF6による二相性NF-kB 活性化モデル

審査要旨 要旨を表示する

細胞間情報伝達物質であるサイトカインのうち、IL-1は炎症反応や感染防御などの免疫反応において重要な役割を果たし、また一方でその過剰発現は癌の悪性化に寄与していることが知られている。そのため、IL-1のシグナル伝達機構に関する知見は免疫疾患や癌に対する治療薬の開発に大きく貢献すると考えられる。

細胞膜上に発現しているIL-1受容体にIL-1が結合することにより細胞内でシグナル伝達が誘導され、活性化された転写因子NF-κBによって、サイトカインやケモカインが発現誘導される。そのシグナル伝達において、ユビキチンリガーゼ活性(E3活性)を有するRINGドメインを持つアダプター分子TRAF6が重要な役割をしており、ユビキチン結合酵素(E2)である Ubc13を介して近傍のたんぱく質をK63型ポリユビキチン化する。このK63型ポリユビキチン鎖はプロテアソーム分解の標的ではなく、シグナル分子が複合体形成するための足場になると考えられており、下流のリン酸化酵素であるTAK1/TAB2複合体がポリユビキチン鎖を介してTRAF6と結合し、この結合により活性化したTAK1がNF-κBの活性化を促すことが報告されている。一方、TRAF6の下流に位置するリン酸化酵素であるMEKK3もTAK1と同様にIL-1シグナルに関与する。しかしながら、TAK1とMEKK3の両者はIL-1シグナルに深く関与するにも関わらず、これらの活性化機構や両者の関係性については未解明な点が多い。本研究では、TRAF6の下流に位置する2つのリン酸化酵素(TAK1とMEKK3)の活性化機構の解析を中心として進めた結果、TRAF6によるNF-κB活性化の二相性制御機構が明らかになった。

本研究では、TRAF6のE3活性に着目し、新規な基質分子としてTAK1を同定し、IL-1シグナル依存的にTAK1がTRAF6(E3)とUbc13(E2)により、K63型ポリユビキチン化を受けることを発見した。そして、このTAK1のポリユビキチン化部位として209番目のリジンを同定し、その変異体を用いることで、TAK1のポリユビキチン化がTAK1の活性化に必要であることを見出した。さらに本研究において、TAK1の活性化に必要な分子の同定を試みたところ、MEKK3がTAK1の活性化に必要な分子であることを発見し、TRAF6、TAK1、MEKK3の3分子がIL-1シグナル依存的な複合体を形成することを示した。TAK1のポリユビキチン化が起こらない状況ではこの複合体が形成されないため、リン酸化酵素であるTAK1自身がK63型ポリユビキチン化を受けることで、シグナル複合体形成を促し、自身を活性化させているという新しいシグナル制御機構を明らかにした。

上述したTAK1のポリユビキチン化を介する経路はTRAF6のRING ドメインを必要とするが(RING経路)、我々は以前にTRAF6のZincドメインから生じるNF-κB活性化経路(Zinc経路)が存在することを明らかにした(EMBO J. 20, 1271-1280, 2001)。本研究では、このZinc経路の詳細な解析を試みたところ、Zinc経路はRING経路より時間的に遅れてNF-κBを活性化することが明らかになり、Zinc経路はRING経路と機構的にだけではなく時間的にも異なるNF-κB活性化経路であることを示した。さらに、NF-κB標的遺伝子の中には、その発現がZinc経路に高く依存している群(TNFαCCL2, CXCL10と依存性の低い群(IL-6IRF1を存在する事を示し、Zinc経路の生理的な役割を明らかにした。

上記の結果をもとに、『TRAF6が下流の分子群を巧妙に操作する指揮者としての役割を果たすことで、IL-1シグナルにおける炎症反応や免疫応答を精密に制御する』というTRAF6による二相性NF-κB活性化モデルを提唱した。

なお、本論文は、合田仁、金山敦宏、宮本有正、櫻井宏明、山本雅裕、審良静男、林秀俊、Bing Su、井上純一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって検証したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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