学位論文要旨



No 126173
著者(漢字) 福田,夏子
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ナツコ
標題(和) ニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus japonicus)による樹皮剥ぎの対策に関する研究
標題(洋) A study on countermeasures against bark stripping action by Japanese black bear (Ursus thibetanus japonicus)
報告番号 126173
報告番号 甲26173
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第590号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 斎藤,馨
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 教授 下村,彰男
 東京大学 准教授 石田,健
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、林業被害として問題になっているツキノワグマによる樹皮剥ぎ(クマ剥ぎ)を取り上げ、1、クマ剥ぎの発生実態と発生要因、及び対策に関する全国の既往知見の現状を明らかにする、2.林分レベルと単木レベルにおける発生場所の特性を、現地調査を通じて把握する、などの検討を通じて、今後のクマ剥ぎ対策の在り方について考察することを目的としている。研究の進め方としては、全国の既往知見(発生実態、発生要因、防除策、保護管理計画)を収集し、林分レベルと単木レベルの2つの空間スケールごとに整理した上で、既往知見の現状を体系的に把握するとともに、課題を抽出した。そして、林分レベルー単木レベルで、発生場所の特性を検討し、各空間スケールでクマ剥ぎ防除策を検討した。特に、「空間スケール」「防除策」という観点から、既往知見の現状と発生場所の特徴を検討している点に、本研究の特徴がある。論文は、第7章から構成されており、1章では研究の背景及び目的、2章では、クマ剥ぎの発生実態と発生要因、及び防除策に関する既往知見の現状、3章では、クマ剥ぎ痕跡の同定、4章では、発生林分における環境条件、5章では発生木の特性と分布、6章ではツキノワグマ保護管理計画におけるクマ剥ぎ対策について、考察、記述している。

2章:クマ剥ぎの発生実態と発生要因及び防除策に関する既往知見の現状

クマ剥ぎの発生実態と発生要因、及び防除策の知見の現状について、林分レベルと単木レベルに着目して全国の既往知見を整理し、分析することを通じて、明らかにした。その結果、1、発生実態と発生防除策に関する知見が多かった一方、発生要因に関する知見が少なかった。今後は、クマがクマ剥ぎ時期に摂取するとされる糖と発生木、発生林分との関係を把握する研究が他地域でもなされ、糖摂取説が検討されることが課題であること、2、発生防除策に関する研究では、資材の巻き付けと忌避剤の塗布があり、双方ともに、継続して行うには労力がかかることがデメリットにあげられていた。今後は、資材を巻き付けたり、忌避剤を塗布したりする対象林分や対象木を選定する基準や、実際に巻き付けや塗布を行うに際の具体的な手順(日数、人数、資材の量など)を把握する研究が課題である。

3章:クマ剥ぎ痕跡の同定

秩父演習林内のクマ剥ぎ剥皮木を調査し、クマ剥ぎ痕であることを確認するとともに、クマの爪痕、歯痕、剥いだ樹皮を記録し、その形状の違いから各痕跡タイプを分類した。また、3つの痕跡の組み合わせから、痕跡木をクマの剥皮行動パターンより4タイプに分類した。その結果、1、クマの爪痕、歯痕、樹皮は、それぞれ、4タイプ、3タイプ、4タイプに分類された。2、3つの痕跡の組み合わせから、痕跡木は、4つの剥皮パターンに分類された。

4章:発生林分における環境条件

林分レベルにおけるクマ剥ぎ発生場所の特徴について、秩父演習林29林班スギ・ヒノキ人工林における3年間の現地調査を通して検討した。その結果、1、分散分析の結果、カテゴリー間にクマ剥ぎ発生率の平均値に有意差があった環境条件は低木層の被覆で、発生率平均値に有意差があった環境条件は、施業の有無であった。2、相関分析の結果、クマ剥ぎ発生率との相関係数が相対的に高い環境条件は、低木層の被覆と林齢であった。3、これらのことから、発生しやすい林分の環境条件は、低木層の被覆が高く、林齢が若い林分である可能性が考えられた。

5章:発生林分における発生木の特性と分布形態

単木レベルにおけるクマ剥ぎ発生場所の特徴について、秩父演習林29林班スギ・ヒノキ人工林内に2年以上クマ剥ぎが発生した林分内の現地調査を通して検討した。その結果、1、調査対象としたプロットA~Dにおいて、発生木の平均DBHは、非発生木の平均DBHより大きい傾向を示した。2、プロットAでは、発生木の分布はランダム型となり、プロットB~Dでは、発生木の分布は凝集型となった。また、プロットB~Dにおいて、発生木は初年度に1本或いは数本が固まって発生し、翌年以降にその周辺に、線状或いは面状に分布が拡大していた。

3、これらのことから、クマ剥ぎは、DBHが大きい優勢木に発生すること、林内に最初に出現するときは1本或いは数本が固まって発生し、翌年以降には、初年度の発生地点の周辺に、線状或いは面状に発生することが考えられた。

6章:ツキノワグマ保護管理計画におけるクマ剥ぎ対策

現行のクマ保護管理計画(19府県)における分析を通じて、各府県のクマ剥ぎ対策の傾向をつかみ、発生場所に関する知見の活用方法といった側面から、その実態を把握した。その結果、1、対象とした19府県の保護管理計画におけるクマ剥ぎ対策は、クマ剥ぎ被害の防除を軽減することを目的として、テープなどの資材の巻き付けと有害鳥獣としての捕獲が取り組まれていた。2、巻き付けを実施する際の対象林分や対象木の選定や、巻きつけを実施する際の具体的な手順などは、1府を除いて、殆どの県で計画されていなかった。

7章:結論

2章から6章の結果を踏まえて、今後のクマ剥ぎ対策としては、以下の4点が考えられる。1、林分レベルの対策として、林床植生が茂っている林分では下刈や全刈りを行うことと、10年生の若齢の林分から、資材の巻き付けや忌避剤の塗布などの防除策を施すことで、被害の防止に役立つ可能性がある。2、単木レベルの対策として、林内にクマ剥ぎが1本或いは数本、固まって発生しているときには、その発生地点の周辺に、テープ巻き付けなどの防除策を施すことで、被害拡大の防止に役立つ可能性がある。3、保護管理計画において、クマ剥ぎ被害を防止していく際には、捕獲以外の方法について具体的な対策を練ること、特に広大な山林で防除を行うので、発生する場所の特性を林分レベルと単木レベルで把握する調査を行った上、発生しやすい林分や林木についての選定基準を定めて、そこを重点的に防除していくことが、捕獲に依存しない被害対策を活性化させる上で必要である。4、1~3の防除策を実施する際には、クマの生息との調整を図りながら、林業を重視するエリアを選定し、その林業重点エリアでは集中的にクマ剥ぎの防除を施していくことが必要である。そのためには、クマの生息に重要なエリアを抽出するために、クマの生息条件を生息環境全体で把握し、クマ剥ぎが発生する人工林分においてもクマの生息条件を把握することが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、林業被害として問題となっているニホンツキノワグマ(Ursus thibetanus)による樹皮剥ぎ(クマ剥ぎ)を取り上げ、1.クマ剥ぎの発生実態と発生要因、及び対策に関する全国の既往知見の現状を体系的に整理する、2.林分レベルと単木レベルにおける発生場所の特性を現地調査で把握し、その検討を通じてクマ剥ぎ対策の在り方を考察することを目的としたものである。特に、林分・単木からなる空間スケール別の体系的な検討を行うとともに、クマとの共生を念頭においた「防除策」という観点から、クマ剥ぎ対策の在り方を考察している点に本研究の特徴がある。論文は7章から構成されており、1章で研究背景と目的、2章で日本におけるクマ剥ぎに関する、発生実態と発生要因及び防除策既往知見の現状、3章でクマ剥ぎ痕跡の同定、4章で発生林分における環境条件、5章で発生木の特性と分布、6章で全国レベルのツキノワグマ保護管理計画におけるクマ剥ぎ対策を把握し、7章では2~6章の結果からクマ剥ぎ対策の在り方について結論を導いている。

1章では、クマ剥ぎ被害防除のためにクマを大量に捕獲した結果クマの地域個体群の絶滅が危惧されていることから、クマ個体群を長期的に維持するために、クマの捕獲に依存せずにクマ剥ぎの被害を防除する必要があることを背景として、前述の目的を導いている。

2章では、クマ剥ぎの発生実態と発生要因、及び防除策に関する既往知見の現状を林分レベルと単木レベルという2つの空間スケールごとに整理した上で、これらの知見の現状を体系的に整理している。その結果、クマ剥ぎは胸高直径、年輪幅、当年度成長量が大きい木と20~30年生の林分で多く発生することが報告されていることの他、そうした単木や林分で形成層帯の糖が多い点が報告され、クマ剥ぎはクマが糖を摂取する採食行動と考えられていることを確認している。そして、発生要因に関する知見は、発生実態や防除策に関する知見と比べて少ないことから、糖と発生木、発生林分との関係が研究されることが課題である点を指摘している。一方、防除策では、単木レベルの主な防除策としての資材の巻き付けと忌避剤の塗布は継続するには労力が要ることと、林分レベルの主な防除策としての全刈り、枝の集積、忌避剤の林縁木への塗布は林分の条件により防除を実施する林分が異なる点が指摘されていることを確認し、今後は効果的な防除を行うためには、発生しやすい林木や林分を把握し、そこに重点的に防除をすることが課題であると指摘している。

次に、3章では東京大学大学院農学生命科学研究科附属科学の森教育研究センター秩父演習林内のクマ剥ぎ発生小班内で、先ずクマ以外の動物の樹皮剥ぎを区別し、クマ剥ぎ発生木(計22本)を対象に、クマ剥ぎ発生木の痕跡同定のための検討を行っている。その結果、クマの爪痕については羽澄(2003)が指摘した樹幹についた爪痕以外に、樹皮から、樹皮が剥がされ露出した形成層にかけてと形成層の上についた爪痕3タイプを確認し、クマの歯痕については羽澄(2003)が指摘した「長めにこそいだような跡」以外に、下から上方向と左右横方向についた2つの歯痕タイプを確認している。また、クマにより剥がされた樹皮については、樹幹についている樹皮4タイプを確認している。

4章では、秩父演習林29林班スギ・ヒノキ人工林を対象として、2006~2008年にクマ剥ぎ発生木を調査し、林分毎の発生率(2006~2008年の累積発生率)と7つの環境条件との関係を相関分析と分散分析、及び数量化一類で分析を行っている。その結果、発生率の平均値は、尾根部、標高1000~1200m、林齢40年生(40以上50年生未満)の林分で高い傾向があることを確認している。また、発生地点は等高線沿いに分布する傾向が見られ、斜度と立木密度は発生率との相関係数は低いことを確認している。そして、地形、斜度、立木密度と発生率との関係は既往知見と同様の結果となり、10年生(10以上20年生未満)の林分で発生率の平均値が比較的高いことを明らかにしている。

5章では、2006~2008年に2年以上継続してクマ剥ぎが発生した林分で、クマ剥ぎが最も多くみられる区域に50m×50mのプロットを4つ設置(プロットA~D)し、プロットの全立木の樹種と位置及び胸高直径を測定している。その結果、プロットA~Dでは発生木の平均胸高直径は非発生木の平均胸高直径より大きかった。プロラトB~Dで発生木は凝集型分布となり、クマ剥ぎは最初の年に1本発生し、或いは数本がかたまって発生し、翌年以降に初年度の発生木の周辺に、線上或いは面状に発生する傾向が見られることを指摘している。以上の結果から、糖摂取説(2章)によりクマ剥ぎは採食行動の可能性が示唆された。また、発生木の分布からクマは近隣にある太い木を順々に剥ぐ行動傾向があると考察している。

6章では、現行のクマ保護管理計画(全国19府県の資料)を分析資料として、保護管理計画内容とクマ剥ぎ対策における全国の傾向を把握した結果、クマ剥ぎ対策は、それが記載された16府県においては、被害防除策として資材巻き付けと有害鳥獣捕獲があり、捕獲が全県で資材の巻き付けが8県で計画されていると分析している。しかし、巻き付けを実施する対象場所は1府を除いて殆どの県で計画されておらず、農林業被害モニタリング調査項目でも被害発生場所や被害防除実施場所に関する項目を記載した県は少ない点も指摘している。

そして、7章において、今後のクマ剥ぎ対策の在り方として、発生しやすい林分特性と林木特性、及び育林工程を踏まえ、防除を実施するに際して、適した実施対象場所(林分レベル、或いは単木レベル)と、適した防除方法について、保護管理計画で基本的方向性を示すことと、そのために発生林分と林木の特性に関するモニタリング調査を行うことが課題であると指摘している。また、防除策に関して、複数の研究例で効果が報告されているテープなどの資材の巻き付けが有効であるとする一方で、その他、枝の集積、全刈り、忌避剤の塗布等は、いずれも、防除試験の研究例が少なく、労力や費用が要るため、それらの課題を克服して、開発していく必要があると考察している。そして、林縁部でクマの食物を多くする孔状皆伐法については、今後、防除試験によってその防除効果を検証することが課題であると指摘している。これらの防除方法を実施するときに、林分レベルでは地形や標高等の発生林分の立地条件を各地域で調査し、単木レベルでは被害の拡大防止のために発生初期段階で防除する必要があるとし、胸高直径が大きい木々を防除するとよいと考察している。いずれも林業被害としてのクマ剥ぎの対策ついて、熊と共生するできる捕獲に寄らない方法を考究している。

従って、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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